俺の天使に触れないで  〜隆之と晴の物語〜

波木真帆

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隆之さんに見惚れる  <side晴>

今日は金曜日。
ただいま仕事を定時で上がり隆之さんと品揃えの良いスーパーで買い物中です。



えっと……ライ麦ときび砂糖と、あっ、あれは今回あそこで買ってみようかな。

開いてると良いんだけど。

「ねぇ、隆之さん! 買いたいものがもう一つあって、一度アパートに荷物を置いてから違う店に行ってみてもいいですか?」

「ああ、もちろん。せっかくだから、晴の気にいるものを全部揃えよう!」

このスーパーで買える物は全て買って、隆之さんと共に一度アパートへ向かう。

買ったものを全部冷蔵庫に閉まってから、また外に出た。

「それで、晴。どこにいくんだ?」

「僕、【Cheminée en chocolat】に行きたいんです」

「ああ、あのチョコレートショップか。あそこは不定休だと言ってたからな……今日開いてるといいな。とりあえず、すぐに向かおうか」

そう言って、隆之さんはタクシーを呼んでくれた。

もったいないから電車でと言ってみたけれど、時間がかかるし、買えなかったらそれこそもったいない、そう言われてタクシーで向かった。

お店の前でタクシーを降りたが、外からでは開いてるのか閉まっているのかよくわからない。

緊張しながら、お店の扉を引くと、カランカランというウェルカムベルの音と共にチョコレートの甘い香りが漂って来た。

「いらっしゃいませ」

あっ、この前担当してくれた店員さんだ。

僕たちのことを覚えてくれているだろうか?

「ただいまのお時間は中でお食事も召し上がれますが、いかがでございますか?」

「隆之さん、どうしますか?」

「そうだな、せっかく開いていたし食事しようか。でも、晴。その前に買いたいものがあるなら先に買っていた方がいいんじゃないか?」

あっ、そうだ!
お店が開いてることが嬉しくてすっかり忘れてた。

「そうですね。あの、クーベルチュールチョコレートが欲しいんですけど、こちらに置いてありますか?」

「はい。ございますよ。いかほどご入用ですか?」

「えっと、明日パンに使って……残ったらお菓子にも使いたいから100gくらい買っておこうかな」

「はい。それではご用意しまして、お席にお持ちいたしますね」

そう言って店員さんは僕たちを責任案内してくれた。

「いつ、夜にお越しいただけるかなと楽しみにしておりましたが、今日来ていただけてとても嬉しいです」

「あ、覚えていてくださったんですね」

「もちろんです。お2人のように素敵な雰囲気のお客さまは滅多にいらっしゃいませんから。ふふっ」

えっ? もしかして僕たちが恋人だってバレてる?

でも前来た時は普通にお菓子を買っただけだったけどな……?

そう考えている間に、奥の落ち着いた席に案内されて、隆之さんと向かい合って座った。

メニューを渡され、店員さんから説明を受ける。

「こちらのお料理メニューには甘みと深いコクをだすために全て当店のチョコレートが入っております。どのお料理もおすすめですが、当店の一番人気は、こちらの牛タンシチューとスペアリブでございます」

料理の写真を見ているだけでよだれが出そうになる程、美味しそうだ。

「晴、どうする?」

「僕はそのおすすめの牛タンシチューが気になります。うーん、でもスペアリブも美味しそう……。どうしようかな」

「なら、どっちも取ってシェアしよう」

「えっ? いいんですか?」

「ああ、俺も気になったし。せっかく2人で来てるんだからな」

隆之さんの笑顔がすごく眩しく見える。
恋人だって自覚してから、隆之さんのひとつひとつの表情にすぐドキドキしてしまう。

「晴?」

ああっ、いけない。
つい、見惚れてしまってた。

「はい。隆之さんが良ければそれでお願いします」

そういうと、隆之さんは嬉しそうに注文していた。

牛タンシチュー以外の食事には全てガーリックトーストとサラダとスープがつくらしい。

料理が来るのが待ち遠しいな。

「なぁ、さっき注文していたクーベルチュールチョコレートだったか? それは普通のチョコとは違うのか?」

「ああ、あれは製菓用なんです。そのまま食べられるチョコレートより脂肪分が多くて、濃厚なんですよ。ガトーショコラとかフォンダンショコラとかチョコを食べるケーキにはもってこいのチョコレートですね。明日のライ麦ショコラパンには普通のチョコチップでもいいんですけど、せっかくならここのチョコレートを使ってみたいなって思って……」

「そうか。そんな違いがあるんだな。今日この店が開いていて良かったな。やっぱり晴の普段の行いがいいからだな」

仕事帰りに疲れているだろうにスーパーだけでなく、こんなところまで連れてきて……それでも怒るどころか開いていて良かったって笑ってくれるなんて、どうしてこんなに隆之さんは優しいんだろう。

どうしよう……。
自覚してから、どんどん隆之さんのことが好きになってる。

隆之さんを見つめすぎて自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
でも、目を離すこともできない。
隆之さんが僕を見てくれる、その表情が好きだからずっとみていたくなる。

「晴……。そんなに見つめられると照れるんだが……」

気づいたら、隆之さんの顔も僕と違わず赤くなっている。

2人して顔を真っ赤にしている姿にふふっと声を合わせて笑ってしまう。

「お料理お待たせ致しました」

そのタイミングで料理が運ばれてくる。

湯気がほわほわと立ち上り、シチューとスペアリブの美味しそうな香りが漂っている。

「うわぁ、美味しそう」

目の前に置かれた料理を見て、つい顔が綻んでしまった。

僕たちがシェアをするというのを聞かれていたんだろう。
スペアリブ用の取り分けのお皿を持ってきてくれていたので隆之さんがそれにスペアリブを乗せてくれた。

『これは気にせず手でお召し上がりくださいね』
そう言われていたので、遠慮なく手掴みで齧り付いてみる。

パクッと口に入れた途端、醤油やニンニクの香りと旨味にチョコレートの深いコクと甘味が相まって、お肉はホロホロと柔らかい。

「これ、おいひぃ」

思わず口に入れたまま喋ってしまった。

ああ、隆之さんにはしたない顔を見られてしまった。
そう思ってちょっと落ち込んだけれど、隆之さんもまた

「おお、ほんとにこれは美味しいな」

と口に入れたまま喋っているのを見て、思わず可愛いなって思ってしまった。

なんだろう、好きな人だとどんな表情でも可愛い、好きだなって思えるんだな。

「ほら、口についてるぞ」

そういって、隆之さんは僕の口元の汚れをさっと親指で拭ってそのまま自分の口元に運び、ぺろっと舌を出して舐めとってしまった。

その仕草があまりにもかっこよくて、艶かしくて
その一連の動作を見ているだけで、顔が真っ赤になってしまった。

「隆之さん……恥ずかしいです」

「何がだ?」

「い、今……」

「ああ、誰も見てないよ。気にしないで良い」

いやいや、見られてるよ。
パッと周りを見てみたけれど、誰とも目が合わない。

あれ? 
隆之さんの言う通り、誰も見てないのか。
そうか、みんな美味しい食事に夢中なんだな。
なんだ……僕の気にしすぎだったのかな。

そう思ったら、なんとなく気持ちがふわっと楽になった。

「シチューも食べてみて」

隆之さんにそう促されて、スプーンで牛タンに触れてみるとこちらもホロホロと柔らかい。
お肉と一緒にシチューを食べてみる。

「うわぁ……これも美味しい」

これ、家で真似したいくらい美味しいな。

「晴、俺にもくれないか?」

器ごと渡そうとしたけれど、ひと口でいいと言われて、スプーンに乗せ、ついつい、『あーん』と声をかけて隆之さんの口へと運ぶと隆之さんは嬉しそうに口を開けた。

「おお、これも美味しいな」

「でしょ?」

「ああ、晴が食べさせてくれたから余計かな」

ふふっと笑顔を見せる隆之さんが眩しくて、つい見惚れてしまった。

食事の最後にフォンダンショコラとチョコレートタルトを頼んでこちらもシェアして食べることにした。

あっさりめの珈琲はミルクだけを少し淹れて飲むと、チョコレートの甘さが引き立って美味しいらしい。

元々デザートと一緒の場合は砂糖なしで飲むから、店員さんからのおすすめに喜んでミルクのみを淹れてみた。
ほんのりと温められたミルクが珈琲と混ざりあっていくのを見ると、ふわりと心が温まっていくそんな気がした。

「デザートはもちろん、食事も美味しかったな。晴がここに来たいって言ってくれたから、美味しいものが食べられて良かった」

「僕も隆之さんと美味しいものを共有できてすごく楽しい時間でしたよ。疲れているのにここまで連れてきてくれてありがとうございました」

嬉しくて笑顔でお礼を言うと、

「晴と楽しい時間を過ごせる方が疲れが吹き飛ぶんだ。また行きたいところがあったらいつでも一緒に行こうな」

そう言ってくれてもっと嬉しくなった。

「帰ったら明日の仕込みをやるんだろ? 俺もできることは何でもやるから指示してくれよ、晴先生」

おどけながらそんなことを言う隆之さんが可愛く思えて、

「じゃあ、先生の言うことをよく聞くんですよ、早瀬くん」

とノッて返すと、てっきり笑ってくれるかと思ったのに、隆之さんはきょとんとした顔をして、パッと顔を赤らめた。

『これ、ヤバすぎだろ』

なんだかよく聞こえないけれど、何か呟いたと思ったら、

「そろそろ帰ろうか」

とすぐにテーブルでお会計をお願いしてしまった。

あれ?
『早瀬くん』が失敗しちゃったかな?
あんまりこういうノリ分からないからな……。

今度理玖に教えてもらおっと。

クーベルチュールチョコレートもお願いしたので、それなりのお値段になってしまって、慌ててお財布を出したけれど、隆之さんがさっさとカードで支払いをしてしまっていた。

「僕が行きたいって誘ったんですから、僕もお支払いします!」

先日リヴィエラから初めてのお給料を貰ったばかりの僕は、通帳に記帳した時にビックリして何度も見返してしまった。
こんなに貰って良いの?
間違いなんじゃ?

と、慌てて田村さんに電話した。

『ちゃんと合っているから大丈夫ですよ』
と言われたけれど、実はこれは固定給の分だけで、ポスターが全て終わったら、成功報酬が入ってくるそうだ。

たしかにそういう契約だったけれど、固定給だけで今まで見たこともないような金額が入金されていることに驚いてしまった。

せっかくの初給料で、ずっと隆之さんに迷惑をかけてしまっているから、近いうちに食事をご馳走したいなと思いながらいろんなことが重なってなかなか実現できずにいた。

やっと今日ご馳走できると思ったのに、今日もまた隆之さんにご馳走してもらって申し訳ない。

「晴はお金のことなんか気にしなくて良いんだよ」

そう言ってくれたけれど、僕も何かしたいのに。

僕が納得していないことに気づいたのか、ならばと隆之さんが代替案を出してくれた。

「じゃあ今度俺のネクタイを選んでプレゼントしてくれないか? 晴が選んでくれたものを身につけたいんだ」

隆之さんのお願いが嬉しくて、こっそりぼくもお揃いを買おうかと計画してしまった。

タクシーに乗り、ぼくのアパートへ向かうがチーズケーキに必要なクリームチーズを買い忘れたことに気付いて、アパート近くのスーパーで降ろしてもらった。

スーパーでクリームチーズを無事にゲットし、アパートまでゆっくりと歩いて帰る。

「夜にこの辺を歩くのほんとうに久しぶりだなぁ」

「俺も大学時代はこの辺に住んでいたから、懐かしいよ。でも、今気づいたが、意外と暗い道が多いな。学生が多いところだし、もう少し電灯を増やしたほうが良いな」

「本当ですね。この辺は女子専用のアパートも多いから、不審者がよく出るらしいですよ。さすがに僕は遭ったことないですけど」

同じゼミの子が下半身露出している男に追いかけられたって泣いて来てたっけ。
慌てて警察に電話して、一応捕まったらしいけど。
下半身露出の男が追いかけてくるって、想像するだけで怖すぎる……。

「そういや、俺たちの時も女の子たちがよく騒いでたな。あーいう奴らって、俺たちみたいな男の前には絶対出てこないんだよ。女の子が歩く時間をよくわかってるって本当に怖いな」

そんな話をしながら歩いていると、遠くから『キャーー』と悲鳴が聞こえる。

「えっ? 今の……」

「ああ、たしかに悲鳴だな。あっちか?」

隆之さんが僕の手を取って急いで悲鳴の聞こえた方へと走っていくと、その方向からものすごい勢いで走ってくる人とすれ違った。

あの悲鳴、この人にも聞こえていたはずだよね?

「隆之さん、あの人怪しすぎる!」

僕がそう言うと、隆之さんは男を追いかけてあっという間に見えなくなった。

ぽつんと残された僕は、あの悲鳴を上げた人を探さなきゃ! と急いでそちらに向かうと地面にへたり込んでいる人を見つけた。

「あの、大丈夫ですか?」

僕が話しかけると、涙を流しながら頷いた。

制服を着ているところを見ると女子高生かな?

「どうしたんですか?」

「……あの、きゅうに後ろから抱きつかれて……」

「警察に電話しますね」

僕は咄嗟に森崎刑事のことを思い出して、念のためにと登録してあった電話番号を表示させた。

ーもしもし、森崎です。香月くん、どうしたの? 何かあった?

ワンコールですぐに取り、食い気味に話してくる森崎刑事の反応に驚きながら、僕は答えた。

ーあ、あの、今、僕のアパートの一つ隣の道路で女子高生が急に男に後ろから抱きつかれたって泣いていて……

ー分かった。すぐに向かうので女性についていてもらえますか?

ーはい。現場近くで怪しい人を見かけて、早瀬さんがその人を捕まえに走って行きました

ーええっ? わかりました! すぐに行きます

僕は電話を切ると、未だ涙を流している女の子にハンカチを渡した。

「今、知り合いの刑事さんを呼びましたから、すぐに来てくれますよ」

出来るだけ、落ち着いてもらえるようにと笑顔を向け優しい言葉をかけた。

「あ、ありがとうございます」

そうお礼を言う彼女がにこりと笑顔を向けてくれたから、僕は少しほっとした。

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