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旅行の『足』は? <side晴>
「そろそろアルの店に行かないか?」
隆之さんの提案に僕はテーブルに広げていた雑誌を片付けた。
その間に隆之さんがさっと飲み終わったコーヒーをトレイにのせて返却口へと片付けしてくれていた。
「なぁ早瀬さんって、すごく気が利く人だよね。アルもそうだけど、やっぱり仕事ができる人ってこういうところ無駄がないよな」
「うん。確かに。隆之さんとオーナーって結構似てるかも。だから、意気投合したのかな」
オーナーに紹介してすぐに連絡先交換してたしな。
年も同じくらいだし、性格も似てるなら一緒にいて気楽なのかもしれない。
「アルも早瀬さんも大人だし、俺たちは任せておけば旅行も万事うまくいきそうだな」
「ふふっ。そうだね」
「そういえばさ、こっち来る前にアルに今日香月と早瀬さんと一緒にシュパース行くよって話しておいたから、アル……待ち兼ねてるかもな」
理玖はわざと時間は言わなかったらしい。
そういういたずらっ子みたいなところがあるんだよね。
旅行の話もそうだけど、きっとオーナーは理玖が来るのを心待ちにしてるんだろう。
ただでさえ、今日はバイトを休んでるから、オーナーとしては余計理玖が来るのを待ち遠しく思っているだろうな。
このビルには車で来ていたらしく、隆之さんの車に乗せてもらって向かった。
混雑し始める時間より少し早かったらしく、あっという間にシュパースへ辿り着いた。
駐車場に車を止めて店の中に入ると、オーナーがカウンターに座っている誰かと談笑しているのが見えた。
珍しいな。オーナーがあんなに表情変えて話してるなんて。
知り合いなのかな?
なんて思っていると、その人の横顔に見覚えがあった。
あれ? あっ!! あの人……
「田村さん?!」
僕の声にカウンター席に座っていた男性が振り向いた。
「ああっ! 香月くん、久しぶりだね」
カウンターに置かれた大きめのビールグラスがもう半分くらい減っている。
顔がほんのり赤くなっているからもう数杯は飲んでいるんだろう。
いつもより上機嫌に見えた。
「はい。シュパースにきて田村さんに会えるなんて嬉しいです」
「ちょっとドイツ料理が恋しくなってね。我慢できなくてつまみに来たんだけど、まさか香月くんに会えるとはな。
あ、早瀬さんもこんばんは。お久しぶりですね」
田村さんは僕の後ろに立っていた隆之さんにも笑顔で声をかける。
「また、近々モデルの件でリヴィエラに伺おうと思ってたんですよ。それにしても田村さん……今日はなんだか嬉しそうですね」
「ふふっ。わかります? 実は香月くんのモデルの評判がすごくって、うちへの問い合わせが殺到してるんですよ」
「えっ? 殺到ってどういうことですか?」
僕は驚いて尋ねると、田村さんは嬉しそうに笑って教えてくれた。
「あのリュウールさんのポスターが話題になっててね、その連絡が山ほど来てるんだよ。あのモデルは誰か教えて欲しい! うちでも使いたい! って、もう大変なんだ」
「えっ……。そんな迷惑かけちゃってるんですか?」
「ふふっ。迷惑なんてかかってないよ。私は嬉しいんだ。なんせ私が見つけたモデルがこれだけ影響与えてるなんてさ。だから今日は祝杯あげに来たんだ、まさか香月くんに会えるとは思ってなかったけど。今日はツイてるなぁ」
ほろ酔い気味でいつもより砕けた感じの話し方が田村さんが本当に嬉しいんだと表しているようで僕もすごく嬉しくなった。
「僕もツイてました。田村さんにその話聞けてよかったです! ねぇ、隆之さん」
「ああ、そうだな。実はな、うちにも連絡が殺到してるみたいなんだよ。なんとかしてモデルの情報を聞きだしたいって嗅ぎ回ってるらしいけど、リュウールさんもうちも口を割らないから、田村さんのところに言ったんでしょうね。リヴィエラ所属ということだけ明かされてますから」
ああ、だから田村さんのところに連絡がいったんだ。
なるほど。
「香月くんは心配しなくていいよ。絶対に話したりしないから、今度の撮影も頑張ってきてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
田村さんは満足そうに笑顔を浮かべた。
「リク、あの部屋用意してるからハルとユキを案内してくれ」
カウンター前で立ち話している間に、お店にお客さんが増えてきている。
もしかしたら邪魔になっちゃってたのかも……。
わー、ごめんなさいーっ!
僕は理玖に案内してもらって奥の個室へと向かった。
「香月、さっきの話。前言ってた化粧品のポスターモデルの話だろう? そんなに話題になってるなってすごいじゃん! そういえば、今日のゼミで女の子たちがリュウールがどうのこうの言ってたのはそれだったんだな。もっと詳しく聞いておけばよかったなぁ……」
「ふふっ。理玖らしいね。まぁ、僕も化粧品には全然詳しくないからよくわからないけど、あの撮影自体は面白かったんだよ。ただ、雑談している間に終わっちゃって、どこを撮られたのかわかんなかったから、出来上がりをみてびっくりしちゃったもん」
「へぇ、今度撮影見に行きたいなぁ。どんな風に撮ってるのか興味あるな。早瀬さん、だめですか?」
理玖って写真に興味あったのかな? 意外。
「そうだな。大丈夫だとは思うけど、確認したら連絡するよ」
「わぁ~っ! ありがとうございます」
そういえば、あの撮影って女装っぽいんだけど……。
理玖に見られるのは恥ずかしいけどな。
「撮影見られるのは恥ずかしい気がするんだけど……」
「なんで? いいじゃん。滅多に見られないところ体験したんだよ。だめか?」
理玖にそう言われたら断れないよ。
確かに僕だってそんな機会あったら見たいって言い出すと思うし。
「まぁ……いいけど……」
「やった! 楽しみだな」
そう話がまとまったところで、ドアがガチャリと開いて、オーナーがトレイに飲み物を運んでやってきた。
隆之さんにはシュバルツビール、僕と理玖にはいつものアプフェルショーレを持ってきてくれた。
「料理もいくつか頼んでおいたから」
「わぁ、ありがとうございます!」
久しぶりのシュパースでのゆっくりとした時間に僕はすっかり今日の目的を忘れかけていた。
食事をしながら、理玖が
「香月、お前アルに話をしに来たんだろう?」
と声をかけてくれた。
あっ、そうだ! そのために来たんだった。
「んっ? 私に話ってなんだい?」
「あの……ずっとお休みってことにしてもらってたここのバイトなんですけど、時間的に難しくて……オーナーのご好意に甘え続けるのも申し訳ないなって思って……だから、申し訳ありませんが、シュパースをやめさせていただきたいんです。ごめんなさい」
話をしながらここでの思い出が甦ってきて、寂しくなってきてしまった。
ここは僕にとっては人生で初めてのバイト先ですごく楽しかったから…
知らない間に涙が溢れてしまっていた。
「ハル、君の気持ちはよくわかったよ。泣くほどこの店を愛してくれてありがとう。私は嬉しいんだ。君と出会えたことが……。だから、『ごめんなさい』より、そうだな……『楽しかった』と言ってくれた方が嬉しいな」
「オーナー……」
「ほら、泣かないで。私は君のおかげで愛する人にも出会えたんだ。申し訳ないなんて思うことなんてないんだ」
オーナーは理玖を抱き寄せて、僕に微笑みかけた。
理玖は顔を真っ赤にして離れたそうだったけれど、僕が泣いているからかおとなしくしているみたい。
「ふふっ。ありがとうございます。シュパースでの日々はとても楽しかったです」
涙を流しているけれど、これは嬉し涙だ。
こんな素敵なオーナーの元でアルバイトができて本当によかった。
隆之さんが僕を抱きしめながら、
「晴、よく決断したな。えらいぞ」
と声をかけてくれた。
その声にまた涙がでそうになったけれど、ちょうど鷹斗さんが料理を持って入ってきた。
「あ、あの……なんかすみません……」
部屋の中の雰囲気に少し驚きながら、テーブルに料理を置いている姿に
「ふふっ」
「ハハッ」
と笑いが溢れた。
「さぁ、涙はこの辺にして料理を食べよう。タカト、いいタイミングでありがとう」
オーナーの言葉に??? となっていた鷹斗さんだったけれど、
「どうぞごゆっくり」
と部屋を出ていった。
鷹斗さん、本当にありがとう。
すっかり和やかな雰囲気のまま、料理を食べ、話題は旅行の話になった。
「来月なんてあっという間だから、計画立てておかないとね!」
「やっぱり日本人は計画立てるのが上手だな。私はドイツではいきあたりばったりの旅行によく行ってたから、がっかりすることも多かったよ」
行き当たりばったりの旅行……。
全く知らないところに行くのもそれはそれで面白そうだけど、やっぱり僕は計画立ててないと怖くてなかなか行けないな。
「今回は1泊2日だから、計画しとかないとあっという間に終わっちゃうよ。長期で行くなら計画立てないのも面白そうだけどね」
理玖がオーナーにそういうと、
「じゃあ、今度は長期でどこかに行こう」
と理玖を誘って、すごく楽しそうだった。
「そうそう、今度一緒にドイツに行きたいねって話してたんだ。ねっ理玖」
理玖が頷くと、オーナーは目を輝かせて喜んでいた。
「ドイツに? この4人で? それは楽しそうだ! なっ、ユキ!」
「ああ、それはいいな。俺はドイツはいったこと無いし、詳しい人と一緒だなんて最高だよ!」
「ふふっ。途中で別行動して、隆之さんは僕のおじいちゃん家に一緒に行こうね」
「えっ? 俺が行っていいのか?」
驚きながらも顔はすごく嬉しそうだ。
僕は隆之さんのこういうところが好きなんだよね。
「アルは俺とあの喫茶店行こうよ!」
「リクと一緒にあそこに行けるなんて! ああ、夢みたいだ!」
理玖が誘った喫茶店って、前にこの店に似てるとか言ってたところかな?
そんなに素敵なところなんだ。
ふふっ。オーナー、なんだかすごく嬉しそう。
「とりあえずドイツの話はそれくらいにして、今日は来月の旅行の話をしよう」
隆之さんにそう言われて、喫茶店の話に夢中になっていた理玖もオーナーも話に戻ってきた。
「そこのテーマパークには行くとして、今日決めたいのはコテージでの食事のことなんだけど、ここのコテージは食材が用意してあるんだ。それで前もって予約したら、料理人が来てくれて食事を作ってくれるらしいんだが、晴が料理を作りたいと言っていて、もし、アルたちが良ければ晴に任せてもらえたらなと思ってるんだが、どうだ?」
「俺は香月の料理なら喜んで食べたいけど、せっかく旅行行くのに大変じゃないか?」
いつも僕の料理を喜んでくれていた理玖の言葉だから食べたいって言ってくれてるのは本心だよね。
それでも僕が大変だからって考えてくれてるんだ。
理玖の気持ちがすごく嬉しいな。
でも……。
「僕、料理設備が整っているところで好きに料理してみたいんだ。ただ、素人だから味に保証はできないけど、それでよければ作らせてもらえた方が僕は嬉しいんだけど……」
そっとオーナーに目を向けると、オーナーはにっこりと笑って
「じゃあ、料理はハルにお願いしよう。ただ、全部だと大変だろうから、夕食はハルにお願いして翌朝の食事は私が作ろう」
と言ってくれた。
「えっ? オーナーが? いいんですか?」
「ああ、リクにも手伝ってもらうから問題ないよ。リク、いいだろう?」
「俺、あんまり戦力にならないかもだけど……アルが指示してくれたら頑張れると思う」
料理が苦手な理玖が朝食を作ってくれるなんて!
ふふっ。愛の力って偉大だなぁ。
「じゃあ、料理人については手配をお願いしなくていいな」
「はーい」
「ああ、任せてくれ」
「頑張ります!」
「よし! 決定」
そう言って、隆之さんはパンフレットの資料にチェックを入れた。
「次は、旅行の時の足なんだけど……」
「足? 何を履いていくかってことかい?」
オーナーの言葉に思わず理玖と2人で笑ってしまった。
「ふふっ。違うよ、アル。早瀬さんはどうやってコテージまで行こうかって聞いたんだ。アルの車でいいんだよね?」
「ああ、足ってそう言うことか。なるほどね。日本語はまだまだ難しいな」
「いやいや、十分だと思うけど」
理玖と話しているオーナーは本当に自然体で楽しそうだ。
普通なら間違えたりしたら恥ずかしがったり、逆に笑われたことを怒ったりする人もいるだろうに。
オーナーはちゃんと受け入れてて、そういうところ尊敬するなぁ。
「それで、その日の足は前にも話したけどアウトドア用に買ったちょうどいい車があるんだ。ちょっと古い車なんだが、どうしても欲しくて日本に来て探し回ってやっと手に入れたんだよ」
「へぇー。それは見てみたいな。じゃあ、それでお願いしていいのか?」
「ああ、みんなを乗せてドライブできるなんて最高だよ! 気に入って買ったはいいが、忙しくてなかなか乗る機会がなかったからな」
「アル、旅行いく前に一度乗せてよ。どっかにドライブ行こう!」
理玖がオーナーにそうお願いすると、驚くほどの満面の笑みで理玖を抱きしめた。
「えっ? アル、どうしたの?」
「リクからドライブのお誘いなんて……なんのご褒美なんだ、これは!」
よっぽど嬉しかったんだろう。
オーナーは僕たちが見ているのにもかかわらず理玖の唇にチュッとキスをした。
理玖も一瞬すごく嬉しそうな顔をしたけれど、すぐに僕がみていたことに気づいたのか慌ててオーナーから離れようともがき始めた。
「アル、離せって。香月に見られてる」
「私たちは恋人同士なんだからキスくらいいいだろう。なっ?」
すごく真っ赤な顔で逃げようとする理玖を必死に抱きしめ説得し続けるオーナーがなんだかすごく可愛く見えた。
とはいえ、僕だったら、理玖の前で隆之さんとのキスを見られるのはやっぱり恥ずかしいかもしれないな……きっと。
「晴、俺たちもキスしようか?」
「えっ? えっとそれは……」
「ふふっ。冗談だよ」
ほっとしたのも束の間、隆之さんの口が耳元に近づいてきて、
「2人っきりになったらゆっくりな」
と小声で囁かれた。
ただでさえ隆之さんの声を耳元で聞くだけでドキドキしちゃうのに、そんなこと言われたら意識しちゃうじゃない。
真っ赤な顔の理玖の隣で僕もまた真っ赤な顔で俯いてしまった。
「ユキ、恋人をいじめるなよ」
「何言ってるんだ。アルの方がだろう? 理玖が恥ずかしがって顔が真っ赤になってるぞ」
楽しそうに笑い合う2人を見て、僕はなんとなく隆之さんに仕返しをしてやりたい気分になってきた。
そっと理玖を見ると、理玖も同じことを思っているようだ。
よし! どうしてやったら2人の焦った顔が見られるだろうか?
うーん。どうする?
目で理玖に訴えかけると、理玖が目の前にあるコテージのパンプレットに目をやっている。
何か言う気かな?
なら、理玖が言ったことに乗ってやればいい。
『うん』と目で返事をすると理玖はニヤリと笑って
「なぁ、せっかくのコテージだから、昔みたいに香月と温泉入ってそのまま一緒に寝ようか。修学旅行を思い出してさ。楽しそうじゃない?」
と言い出した。
「なっ――?!」
驚くオーナーと隆之さんを尻目に僕は
「いいねー!! 修学旅行で泊まった時も楽しかったもんね。浴衣とかもあるのかなぁ。ねぇ、覚えてる? 浴衣で寝た時、朝起きたら理玖も僕も全部脱げちゃってて帯だけになっちゃってたよね。ふふっ」
と本当は僕たちではない違う友達の話を盛り込んで言ってみると、
「だめだ! だめだ!! そんなの私が許さない!!」
「そうだ! 浴衣に裸だって? 許すはずがないだろう!」
とオーナーと隆之さんが焦ったように僕と理玖の間に割り込んできた。
「リクの裸も寝顔も全部私だけのものだ! いくらハルでも絶対に見せるわけにはいかない!」
「晴だって! 裸も寝顔も私しか見てはいけないんだ!!」
いつも冷静で大人な2人が今までに見たこともないような表情で必死に縋ってくる感じが、なんだろう……すごく可愛く思えて僕も理玖も楽しくなってきた。
「「ふふっ、ははっ」」
僕たちが急に笑い出したからか、隆之さんもオーナーもさっきの勢いはどこへやら呆気に取られた表情で僕たちを見ていた。
「ふふっ。冗談だよ、アル。アルが俺を揶揄ったから俺も揶揄ってみただけだよ」
「僕も。隆之さんを揶揄ってみたかっただけだよ」
僕たちの言葉にオーナーも隆之さんもほっと胸を撫で下ろし、ハッとした表情で尋ねてきた。
「じゃ、じゃあ……さっきの浴衣の話は?」
「ああ、あれはそういう友達はいたけど、僕たちのことじゃないよ。ねっ、理玖」
理玖が『ああ』というと、オーナーは心底ほっとした表情をしていた。
「アルと早瀬さんが揶揄うから、俺たちもやってみただけだよ。なっ、香月」
「ふふっ。うん」
僕が笑顔で返すと、隆之さんは
「ごめん、ごめん」
と言ってくれて、隣でオーナーも理玖に『リク、悪かったよ』と謝っていた。
決めるべきことは決まったし、あとは当日のスケジュールを詳しく決めるだけ。
旅行の話も進んだし、今日はそろそろ帰ろうという話になった。
「何か変更とか、他にも気になることとかあったらいつでも連絡してくれ」
「ああ、わかった。旅行楽しみにしてるよ」
隆之さんとオーナーが話をしている間、理玖が僕に話しかけてきた。
「香月、撮影の話頼むな。そっちも楽しみにしてるから」
「うん。わかったよ。連絡するね」
理玖は本当に楽しみにしてくれてるみたいだ。
少し恥ずかしいけど……撮影を間近で見られるなんて機会、滅多にないしね。
せっかくだから理玖に見てもらうのも良いかも知れない。
翌日、隆之さんは早速リュウールに今度の撮影についての確認ついでに、見学者を連れて行っていいかと頼んでくれた。
僕のことはもちろん、撮影で見たこと、知ったことを誰にも教えないということを約束していただけたら大丈夫ですとの答えをもらい、ほっとした。
理玖のことだからポスターの秘匿事項に関しては問題ない。
オッケーだったって言ったら、理玖喜んでくれるかなぁ。
なんか初めての撮影より緊張しちゃうかも。
あっという間に撮影の日が明日に迫った。
理玖は明日のバイトはお休みをもらったらしい。
「明日は8時に迎えに行くから」
「あっ、今日アルの家に泊まるから、明日そっちに迎えにきてもらってもいいか?」
「ふふっ。そっか、今日はお泊まりなんだ。楽しいね」
「いや、そうじゃなくて、引っ越しについての話をするんだ。ほら、やっぱりもったいないじゃん? だから、俺がこのままアルの家に住んでも良いかなって思い始めたんだけど、アルは2人で家を探そうって言ってくれるから、いい加減どっちか決めないとなと思ってさ」
「そっか。それは悩むところだよね。お互い言いたいことは言って、うまく話がまとまるといいね。明日の迎えの件は隆之さんに伝えておくよ」
「ああ、ありがとう」
『じゃあね』と言って電話を切った。
理玖の背後で何か音がしていたから、もしかしたらもうオーナーの家にいたのかもしれない。
うーん、引っ越しか……。
理玖とオーナー。勿体無いって思う理玖の気持ちも、2人で住む家だから新しい家をって思うオーナーの気持ちもどっちの意見もわかるし、どっちが間違いなんてないよね。
大体、オーナーに新しい家の話を持ちかけたの僕だし……。
僕はまた余計なことしちゃったのかもしれない……はぁ……うまく纏まるといいな。
隆之さんの提案に僕はテーブルに広げていた雑誌を片付けた。
その間に隆之さんがさっと飲み終わったコーヒーをトレイにのせて返却口へと片付けしてくれていた。
「なぁ早瀬さんって、すごく気が利く人だよね。アルもそうだけど、やっぱり仕事ができる人ってこういうところ無駄がないよな」
「うん。確かに。隆之さんとオーナーって結構似てるかも。だから、意気投合したのかな」
オーナーに紹介してすぐに連絡先交換してたしな。
年も同じくらいだし、性格も似てるなら一緒にいて気楽なのかもしれない。
「アルも早瀬さんも大人だし、俺たちは任せておけば旅行も万事うまくいきそうだな」
「ふふっ。そうだね」
「そういえばさ、こっち来る前にアルに今日香月と早瀬さんと一緒にシュパース行くよって話しておいたから、アル……待ち兼ねてるかもな」
理玖はわざと時間は言わなかったらしい。
そういういたずらっ子みたいなところがあるんだよね。
旅行の話もそうだけど、きっとオーナーは理玖が来るのを心待ちにしてるんだろう。
ただでさえ、今日はバイトを休んでるから、オーナーとしては余計理玖が来るのを待ち遠しく思っているだろうな。
このビルには車で来ていたらしく、隆之さんの車に乗せてもらって向かった。
混雑し始める時間より少し早かったらしく、あっという間にシュパースへ辿り着いた。
駐車場に車を止めて店の中に入ると、オーナーがカウンターに座っている誰かと談笑しているのが見えた。
珍しいな。オーナーがあんなに表情変えて話してるなんて。
知り合いなのかな?
なんて思っていると、その人の横顔に見覚えがあった。
あれ? あっ!! あの人……
「田村さん?!」
僕の声にカウンター席に座っていた男性が振り向いた。
「ああっ! 香月くん、久しぶりだね」
カウンターに置かれた大きめのビールグラスがもう半分くらい減っている。
顔がほんのり赤くなっているからもう数杯は飲んでいるんだろう。
いつもより上機嫌に見えた。
「はい。シュパースにきて田村さんに会えるなんて嬉しいです」
「ちょっとドイツ料理が恋しくなってね。我慢できなくてつまみに来たんだけど、まさか香月くんに会えるとはな。
あ、早瀬さんもこんばんは。お久しぶりですね」
田村さんは僕の後ろに立っていた隆之さんにも笑顔で声をかける。
「また、近々モデルの件でリヴィエラに伺おうと思ってたんですよ。それにしても田村さん……今日はなんだか嬉しそうですね」
「ふふっ。わかります? 実は香月くんのモデルの評判がすごくって、うちへの問い合わせが殺到してるんですよ」
「えっ? 殺到ってどういうことですか?」
僕は驚いて尋ねると、田村さんは嬉しそうに笑って教えてくれた。
「あのリュウールさんのポスターが話題になっててね、その連絡が山ほど来てるんだよ。あのモデルは誰か教えて欲しい! うちでも使いたい! って、もう大変なんだ」
「えっ……。そんな迷惑かけちゃってるんですか?」
「ふふっ。迷惑なんてかかってないよ。私は嬉しいんだ。なんせ私が見つけたモデルがこれだけ影響与えてるなんてさ。だから今日は祝杯あげに来たんだ、まさか香月くんに会えるとは思ってなかったけど。今日はツイてるなぁ」
ほろ酔い気味でいつもより砕けた感じの話し方が田村さんが本当に嬉しいんだと表しているようで僕もすごく嬉しくなった。
「僕もツイてました。田村さんにその話聞けてよかったです! ねぇ、隆之さん」
「ああ、そうだな。実はな、うちにも連絡が殺到してるみたいなんだよ。なんとかしてモデルの情報を聞きだしたいって嗅ぎ回ってるらしいけど、リュウールさんもうちも口を割らないから、田村さんのところに言ったんでしょうね。リヴィエラ所属ということだけ明かされてますから」
ああ、だから田村さんのところに連絡がいったんだ。
なるほど。
「香月くんは心配しなくていいよ。絶対に話したりしないから、今度の撮影も頑張ってきてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
田村さんは満足そうに笑顔を浮かべた。
「リク、あの部屋用意してるからハルとユキを案内してくれ」
カウンター前で立ち話している間に、お店にお客さんが増えてきている。
もしかしたら邪魔になっちゃってたのかも……。
わー、ごめんなさいーっ!
僕は理玖に案内してもらって奥の個室へと向かった。
「香月、さっきの話。前言ってた化粧品のポスターモデルの話だろう? そんなに話題になってるなってすごいじゃん! そういえば、今日のゼミで女の子たちがリュウールがどうのこうの言ってたのはそれだったんだな。もっと詳しく聞いておけばよかったなぁ……」
「ふふっ。理玖らしいね。まぁ、僕も化粧品には全然詳しくないからよくわからないけど、あの撮影自体は面白かったんだよ。ただ、雑談している間に終わっちゃって、どこを撮られたのかわかんなかったから、出来上がりをみてびっくりしちゃったもん」
「へぇ、今度撮影見に行きたいなぁ。どんな風に撮ってるのか興味あるな。早瀬さん、だめですか?」
理玖って写真に興味あったのかな? 意外。
「そうだな。大丈夫だとは思うけど、確認したら連絡するよ」
「わぁ~っ! ありがとうございます」
そういえば、あの撮影って女装っぽいんだけど……。
理玖に見られるのは恥ずかしいけどな。
「撮影見られるのは恥ずかしい気がするんだけど……」
「なんで? いいじゃん。滅多に見られないところ体験したんだよ。だめか?」
理玖にそう言われたら断れないよ。
確かに僕だってそんな機会あったら見たいって言い出すと思うし。
「まぁ……いいけど……」
「やった! 楽しみだな」
そう話がまとまったところで、ドアがガチャリと開いて、オーナーがトレイに飲み物を運んでやってきた。
隆之さんにはシュバルツビール、僕と理玖にはいつものアプフェルショーレを持ってきてくれた。
「料理もいくつか頼んでおいたから」
「わぁ、ありがとうございます!」
久しぶりのシュパースでのゆっくりとした時間に僕はすっかり今日の目的を忘れかけていた。
食事をしながら、理玖が
「香月、お前アルに話をしに来たんだろう?」
と声をかけてくれた。
あっ、そうだ! そのために来たんだった。
「んっ? 私に話ってなんだい?」
「あの……ずっとお休みってことにしてもらってたここのバイトなんですけど、時間的に難しくて……オーナーのご好意に甘え続けるのも申し訳ないなって思って……だから、申し訳ありませんが、シュパースをやめさせていただきたいんです。ごめんなさい」
話をしながらここでの思い出が甦ってきて、寂しくなってきてしまった。
ここは僕にとっては人生で初めてのバイト先ですごく楽しかったから…
知らない間に涙が溢れてしまっていた。
「ハル、君の気持ちはよくわかったよ。泣くほどこの店を愛してくれてありがとう。私は嬉しいんだ。君と出会えたことが……。だから、『ごめんなさい』より、そうだな……『楽しかった』と言ってくれた方が嬉しいな」
「オーナー……」
「ほら、泣かないで。私は君のおかげで愛する人にも出会えたんだ。申し訳ないなんて思うことなんてないんだ」
オーナーは理玖を抱き寄せて、僕に微笑みかけた。
理玖は顔を真っ赤にして離れたそうだったけれど、僕が泣いているからかおとなしくしているみたい。
「ふふっ。ありがとうございます。シュパースでの日々はとても楽しかったです」
涙を流しているけれど、これは嬉し涙だ。
こんな素敵なオーナーの元でアルバイトができて本当によかった。
隆之さんが僕を抱きしめながら、
「晴、よく決断したな。えらいぞ」
と声をかけてくれた。
その声にまた涙がでそうになったけれど、ちょうど鷹斗さんが料理を持って入ってきた。
「あ、あの……なんかすみません……」
部屋の中の雰囲気に少し驚きながら、テーブルに料理を置いている姿に
「ふふっ」
「ハハッ」
と笑いが溢れた。
「さぁ、涙はこの辺にして料理を食べよう。タカト、いいタイミングでありがとう」
オーナーの言葉に??? となっていた鷹斗さんだったけれど、
「どうぞごゆっくり」
と部屋を出ていった。
鷹斗さん、本当にありがとう。
すっかり和やかな雰囲気のまま、料理を食べ、話題は旅行の話になった。
「来月なんてあっという間だから、計画立てておかないとね!」
「やっぱり日本人は計画立てるのが上手だな。私はドイツではいきあたりばったりの旅行によく行ってたから、がっかりすることも多かったよ」
行き当たりばったりの旅行……。
全く知らないところに行くのもそれはそれで面白そうだけど、やっぱり僕は計画立ててないと怖くてなかなか行けないな。
「今回は1泊2日だから、計画しとかないとあっという間に終わっちゃうよ。長期で行くなら計画立てないのも面白そうだけどね」
理玖がオーナーにそういうと、
「じゃあ、今度は長期でどこかに行こう」
と理玖を誘って、すごく楽しそうだった。
「そうそう、今度一緒にドイツに行きたいねって話してたんだ。ねっ理玖」
理玖が頷くと、オーナーは目を輝かせて喜んでいた。
「ドイツに? この4人で? それは楽しそうだ! なっ、ユキ!」
「ああ、それはいいな。俺はドイツはいったこと無いし、詳しい人と一緒だなんて最高だよ!」
「ふふっ。途中で別行動して、隆之さんは僕のおじいちゃん家に一緒に行こうね」
「えっ? 俺が行っていいのか?」
驚きながらも顔はすごく嬉しそうだ。
僕は隆之さんのこういうところが好きなんだよね。
「アルは俺とあの喫茶店行こうよ!」
「リクと一緒にあそこに行けるなんて! ああ、夢みたいだ!」
理玖が誘った喫茶店って、前にこの店に似てるとか言ってたところかな?
そんなに素敵なところなんだ。
ふふっ。オーナー、なんだかすごく嬉しそう。
「とりあえずドイツの話はそれくらいにして、今日は来月の旅行の話をしよう」
隆之さんにそう言われて、喫茶店の話に夢中になっていた理玖もオーナーも話に戻ってきた。
「そこのテーマパークには行くとして、今日決めたいのはコテージでの食事のことなんだけど、ここのコテージは食材が用意してあるんだ。それで前もって予約したら、料理人が来てくれて食事を作ってくれるらしいんだが、晴が料理を作りたいと言っていて、もし、アルたちが良ければ晴に任せてもらえたらなと思ってるんだが、どうだ?」
「俺は香月の料理なら喜んで食べたいけど、せっかく旅行行くのに大変じゃないか?」
いつも僕の料理を喜んでくれていた理玖の言葉だから食べたいって言ってくれてるのは本心だよね。
それでも僕が大変だからって考えてくれてるんだ。
理玖の気持ちがすごく嬉しいな。
でも……。
「僕、料理設備が整っているところで好きに料理してみたいんだ。ただ、素人だから味に保証はできないけど、それでよければ作らせてもらえた方が僕は嬉しいんだけど……」
そっとオーナーに目を向けると、オーナーはにっこりと笑って
「じゃあ、料理はハルにお願いしよう。ただ、全部だと大変だろうから、夕食はハルにお願いして翌朝の食事は私が作ろう」
と言ってくれた。
「えっ? オーナーが? いいんですか?」
「ああ、リクにも手伝ってもらうから問題ないよ。リク、いいだろう?」
「俺、あんまり戦力にならないかもだけど……アルが指示してくれたら頑張れると思う」
料理が苦手な理玖が朝食を作ってくれるなんて!
ふふっ。愛の力って偉大だなぁ。
「じゃあ、料理人については手配をお願いしなくていいな」
「はーい」
「ああ、任せてくれ」
「頑張ります!」
「よし! 決定」
そう言って、隆之さんはパンフレットの資料にチェックを入れた。
「次は、旅行の時の足なんだけど……」
「足? 何を履いていくかってことかい?」
オーナーの言葉に思わず理玖と2人で笑ってしまった。
「ふふっ。違うよ、アル。早瀬さんはどうやってコテージまで行こうかって聞いたんだ。アルの車でいいんだよね?」
「ああ、足ってそう言うことか。なるほどね。日本語はまだまだ難しいな」
「いやいや、十分だと思うけど」
理玖と話しているオーナーは本当に自然体で楽しそうだ。
普通なら間違えたりしたら恥ずかしがったり、逆に笑われたことを怒ったりする人もいるだろうに。
オーナーはちゃんと受け入れてて、そういうところ尊敬するなぁ。
「それで、その日の足は前にも話したけどアウトドア用に買ったちょうどいい車があるんだ。ちょっと古い車なんだが、どうしても欲しくて日本に来て探し回ってやっと手に入れたんだよ」
「へぇー。それは見てみたいな。じゃあ、それでお願いしていいのか?」
「ああ、みんなを乗せてドライブできるなんて最高だよ! 気に入って買ったはいいが、忙しくてなかなか乗る機会がなかったからな」
「アル、旅行いく前に一度乗せてよ。どっかにドライブ行こう!」
理玖がオーナーにそうお願いすると、驚くほどの満面の笑みで理玖を抱きしめた。
「えっ? アル、どうしたの?」
「リクからドライブのお誘いなんて……なんのご褒美なんだ、これは!」
よっぽど嬉しかったんだろう。
オーナーは僕たちが見ているのにもかかわらず理玖の唇にチュッとキスをした。
理玖も一瞬すごく嬉しそうな顔をしたけれど、すぐに僕がみていたことに気づいたのか慌ててオーナーから離れようともがき始めた。
「アル、離せって。香月に見られてる」
「私たちは恋人同士なんだからキスくらいいいだろう。なっ?」
すごく真っ赤な顔で逃げようとする理玖を必死に抱きしめ説得し続けるオーナーがなんだかすごく可愛く見えた。
とはいえ、僕だったら、理玖の前で隆之さんとのキスを見られるのはやっぱり恥ずかしいかもしれないな……きっと。
「晴、俺たちもキスしようか?」
「えっ? えっとそれは……」
「ふふっ。冗談だよ」
ほっとしたのも束の間、隆之さんの口が耳元に近づいてきて、
「2人っきりになったらゆっくりな」
と小声で囁かれた。
ただでさえ隆之さんの声を耳元で聞くだけでドキドキしちゃうのに、そんなこと言われたら意識しちゃうじゃない。
真っ赤な顔の理玖の隣で僕もまた真っ赤な顔で俯いてしまった。
「ユキ、恋人をいじめるなよ」
「何言ってるんだ。アルの方がだろう? 理玖が恥ずかしがって顔が真っ赤になってるぞ」
楽しそうに笑い合う2人を見て、僕はなんとなく隆之さんに仕返しをしてやりたい気分になってきた。
そっと理玖を見ると、理玖も同じことを思っているようだ。
よし! どうしてやったら2人の焦った顔が見られるだろうか?
うーん。どうする?
目で理玖に訴えかけると、理玖が目の前にあるコテージのパンプレットに目をやっている。
何か言う気かな?
なら、理玖が言ったことに乗ってやればいい。
『うん』と目で返事をすると理玖はニヤリと笑って
「なぁ、せっかくのコテージだから、昔みたいに香月と温泉入ってそのまま一緒に寝ようか。修学旅行を思い出してさ。楽しそうじゃない?」
と言い出した。
「なっ――?!」
驚くオーナーと隆之さんを尻目に僕は
「いいねー!! 修学旅行で泊まった時も楽しかったもんね。浴衣とかもあるのかなぁ。ねぇ、覚えてる? 浴衣で寝た時、朝起きたら理玖も僕も全部脱げちゃってて帯だけになっちゃってたよね。ふふっ」
と本当は僕たちではない違う友達の話を盛り込んで言ってみると、
「だめだ! だめだ!! そんなの私が許さない!!」
「そうだ! 浴衣に裸だって? 許すはずがないだろう!」
とオーナーと隆之さんが焦ったように僕と理玖の間に割り込んできた。
「リクの裸も寝顔も全部私だけのものだ! いくらハルでも絶対に見せるわけにはいかない!」
「晴だって! 裸も寝顔も私しか見てはいけないんだ!!」
いつも冷静で大人な2人が今までに見たこともないような表情で必死に縋ってくる感じが、なんだろう……すごく可愛く思えて僕も理玖も楽しくなってきた。
「「ふふっ、ははっ」」
僕たちが急に笑い出したからか、隆之さんもオーナーもさっきの勢いはどこへやら呆気に取られた表情で僕たちを見ていた。
「ふふっ。冗談だよ、アル。アルが俺を揶揄ったから俺も揶揄ってみただけだよ」
「僕も。隆之さんを揶揄ってみたかっただけだよ」
僕たちの言葉にオーナーも隆之さんもほっと胸を撫で下ろし、ハッとした表情で尋ねてきた。
「じゃ、じゃあ……さっきの浴衣の話は?」
「ああ、あれはそういう友達はいたけど、僕たちのことじゃないよ。ねっ、理玖」
理玖が『ああ』というと、オーナーは心底ほっとした表情をしていた。
「アルと早瀬さんが揶揄うから、俺たちもやってみただけだよ。なっ、香月」
「ふふっ。うん」
僕が笑顔で返すと、隆之さんは
「ごめん、ごめん」
と言ってくれて、隣でオーナーも理玖に『リク、悪かったよ』と謝っていた。
決めるべきことは決まったし、あとは当日のスケジュールを詳しく決めるだけ。
旅行の話も進んだし、今日はそろそろ帰ろうという話になった。
「何か変更とか、他にも気になることとかあったらいつでも連絡してくれ」
「ああ、わかった。旅行楽しみにしてるよ」
隆之さんとオーナーが話をしている間、理玖が僕に話しかけてきた。
「香月、撮影の話頼むな。そっちも楽しみにしてるから」
「うん。わかったよ。連絡するね」
理玖は本当に楽しみにしてくれてるみたいだ。
少し恥ずかしいけど……撮影を間近で見られるなんて機会、滅多にないしね。
せっかくだから理玖に見てもらうのも良いかも知れない。
翌日、隆之さんは早速リュウールに今度の撮影についての確認ついでに、見学者を連れて行っていいかと頼んでくれた。
僕のことはもちろん、撮影で見たこと、知ったことを誰にも教えないということを約束していただけたら大丈夫ですとの答えをもらい、ほっとした。
理玖のことだからポスターの秘匿事項に関しては問題ない。
オッケーだったって言ったら、理玖喜んでくれるかなぁ。
なんか初めての撮影より緊張しちゃうかも。
あっという間に撮影の日が明日に迫った。
理玖は明日のバイトはお休みをもらったらしい。
「明日は8時に迎えに行くから」
「あっ、今日アルの家に泊まるから、明日そっちに迎えにきてもらってもいいか?」
「ふふっ。そっか、今日はお泊まりなんだ。楽しいね」
「いや、そうじゃなくて、引っ越しについての話をするんだ。ほら、やっぱりもったいないじゃん? だから、俺がこのままアルの家に住んでも良いかなって思い始めたんだけど、アルは2人で家を探そうって言ってくれるから、いい加減どっちか決めないとなと思ってさ」
「そっか。それは悩むところだよね。お互い言いたいことは言って、うまく話がまとまるといいね。明日の迎えの件は隆之さんに伝えておくよ」
「ああ、ありがとう」
『じゃあね』と言って電話を切った。
理玖の背後で何か音がしていたから、もしかしたらもうオーナーの家にいたのかもしれない。
うーん、引っ越しか……。
理玖とオーナー。勿体無いって思う理玖の気持ちも、2人で住む家だから新しい家をって思うオーナーの気持ちもどっちの意見もわかるし、どっちが間違いなんてないよね。
大体、オーナーに新しい家の話を持ちかけたの僕だし……。
僕はまた余計なことしちゃったのかもしれない……はぁ……うまく纏まるといいな。
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