身代わりの花嫁は狼王子の甘いフェロモンに本命認定されました

波木真帆

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私の愛し子  <前編>

カイ視点。長くなったので前後編に分けます。


   *   *   *


<sideカイ王子>

「あの家に、私の愛し子がいる」

視察で隣国を訪れた際、匂いで即座に理解した。
長い年月をかけて探し続けてきた存在が、すぐそこにいると。
本来なら、その場で連れ帰りたかった。
腕の中に閉じ込め、二度と離さぬように。

だがそれは許されない。
ここは他国の領地であり、私は王族だ。

一時の衝動で均衡を崩すわけにはいかない。

帰国後、すぐにあの屋敷について調べさせた。
ローゼンベルク侯爵家。
古くから続く名門貴族。
子どもは三人。だが、末子であるミロだけは、一度も社交界に姿を現していない。
報告書を読みながら、自然と口元が緩む。

「この者に間違いない」

紙の上の情報など、どうでもいい。
あの時、確かに感じた匂いが全てだ。

甘く、抗えない。私を縛る唯一のもの。

「すぐに迎えに行きたいところだが……」

低く呟き、椅子の背にもたれる。

力で奪うのは容易いが、それでは意味がない。
あれは与えられるものではなく、正式に私のものとして迎え入れなければならない。

「誰にも触れさせたくない」

無意識に、机の上の書類を握りつぶしていた。

あの屋敷にいる限り、あれは消耗する。
誰にも気づかれず、すり減っていく。

あれは私のものだ。そんなこと許せるはずがない。

「外交ルートを使え。すぐに婚姻の打診を出す」

控えていた側近が一瞬だけ息を呑む。

それもそうだろう。
王族の婚姻は、国同士の均衡に関わる重大事だ。
だが、私の運命のつがいが待っているのだ。

迷う理由にはならない。

「相手は、ミロ。ローゼンベルク侯爵家の末子だ」

「しかし、王子。公には出ていない人物ですが……」

「問題ない。どのような形でも構わん。あれを私のつまとして迎える。直ちに動け!」

その言葉に一気に事態が動く。

来た!

門の前に泊まった馬車を見た瞬間、確信した。

あの中に愛し子がいる。
感情を抑えきれず、耳がぴくりと立つ。

ようやく、長い間探し続けていた存在が目の前にいる。

扉越しですらわかる。
甘く、抗えない香り。

間違えるはずがない。あれは、私のものだ。

扉が開くのも待たず、馬車へ乗り込む。
周囲の視線などどうでもいい。

「ようこそ、我が花嫁」

目の前にいる愛しいそれから、目が離せない。

細い手。震える指先。

この者は男、か。
匂いでわかる。

ドレスなど着させられているが、外見に惑わされる理由がない。

差し出した手に、恐る恐る触れてくる。
その瞬間、ぞくりと背筋が震えた。

あまりにも弱く、壊れそうで思わずそのまま引き寄せそうになる衝動を抑える。

「ゆっくりでいい」

できるだけ穏やかに言ったつもりだったが、内側では全く別の感情が渦巻いていた。

触れた手が冷たい。
そして信じられないほどにあかぎれを起こし痛々しい。

こんな状態で放置されていたのか……

胸の奥にジワリと黒い感情が滲む。

次の瞬間、身体がふらついたのを見て、迷わず抱き上げた。

「転ばれたら困る。このままでいろ」

そう言ったが、本当は離したくない。
ただ、それだけだ。

腕の中におさまる身体は驚くほど軽い。
そして、ひどく細い。

今にも折れてしまいそうで、無意識に力を緩める。

社交界に出てこなかった理由はこれか。
よく、ここまで耐えていた。

城の中を歩きながら、腕の存在を確かめる。

温かい。生きている。それだけで満たされていく自分がいる。

「すごいですね」

か細い声に視線を落とす。

こんな状況でも素直に感想を漏らすのか。

「大したことはない」

そう答えながら、内心では別のことを考えていた。

これから与えるものは、こんなものではない。

部屋の扉を開けた瞬間、香りが広がる。

私の匂いだ。

本来ならば、強すぎて嫌悪されるそれを……腕の中の愛し子は

「いい匂いがします」

迷いなくそういった。

その瞬間、思考が一瞬止まった。

やはり、この子は私の者に間違いない。

「そうか」

そう返すのが精一杯だった。
気を抜けばこの場で押し倒してしまいそうになる。

「カイと呼べ」

そう命令をして、愛し子がその名を口にした途端、胸の奥が強く締め付けられた。

「其方は、実に素直で可愛らしい」

腕の中に閉じ込め、もう誰にも渡さないと固く誓った。

すると、愛し子は震えながら、

「僕……男、なんです」

と告げる。

「何を今更」

そんなこと、最初から知っている。
それでも選んだ。いや、むしろ、それだから選んだのかもしれない。

「最初から、私は其方を選んでいる」

性別も、立場も。すべて些細なことだ。
重要なのはただ一つ。
この子が私のものかどうかだけだ。

はっきりとそう告げると、愛し子はようやく安堵の表情を見せた。
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