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そばにいて欲しい

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フロントに挨拶をしてホテルの外に出てから、
さてどこに行こうかと考えたが、もうすでに足は昨日のウサギハウスの方へと向かっていた。

しかし、昨日はたくさんのウサギが走り回っていた小屋は、なんの音もなく静まりかえっていた。

「そっか。そりゃあウサギたちも寝てるよな」

小屋の前にしゃがみ込んで、昨日の光景を思い出していると、

「あれ? 君……朝陽くん、だっけ?」

と声をかけられた。

「えっ? あっ、浅香さん……おはようございます」

「ああ、おはよう。どうしたの? 早いね」

「あ、なんか目が覚めちゃって、散歩がてらここまで来ちゃったんです。すみません……」

勝手に入ってしまって悪かったなと思い謝ると、浅香さんは

「君もウサギの魅力に取り憑かれたかな」

とにっこり笑ってくれた。

「こっちにおいで」

呼ばれていった先にはウサギたちの寝床があった。

ひとりひとり、いや、1羽1羽ちっちゃくて可愛らしいベッドで眠っている。

「うわっ、かわいい」

「だろう? これ、みると手放せなくなっちゃうんだよな」

浅香さんのウサギを見る目がすごく優しい。
まるで自分の子どもを見ているようなそんな眼差し。

「一生懸命育てた子達を渡すって辛いでしょう?」

俺の言葉に浅香さんはビクリと身体を震わせた。
しまった、悪いことを聞いてしまったかな……。

浅香さんは少し寂しそうな視線を寝ているウサギたちに向け、ゆっくりと口を開いた。

「そりゃあね、辛くないと言えば嘘になるけど……この子達がいることで誰かの癒しになるのなら、それは素敵なことなんだって思うようにしてる」

「癒し……」

「そう。ウサギってね、愛を欲している人に寄り添ってくれるんだ。だから、巷で言われてる寂しいと死ぬっていうのは、きっとその役目を終えたってことなんじゃないのかなって俺は思ってるんだ」

浅香さんの言葉が突き刺さる。
あの真っ白いウサギが俺に来てくれたのは、傷ついていた俺の心を見抜いたからなんだろうか。

「でも、君にはもういるだろう? 君のウサギが」

「えっ?」

浅香さんが言っていることがわからなくて、その場に立ち尽くしていると、

「ふふっ。ほら、君のウサギが来たよ」

と笑いながら後ろを指さした。

パッと振り返ると、

「おーい、朝陽くん」

と満面の笑みで手を振っている涼平さんの姿があった。

「君にとってのウサギは蓮見だろう?」

パチンとウインクをしながら、俺に笑顔を向ける浅香さんの言葉に一瞬戸惑ったけれど、何かがストンと心に落ちた気がした。

――ウサギってね、愛を欲してる人に寄り添ってくれるんだよ

みんなに裏切られて苦しかった時、無条件で傍にいてくれたのは涼平さんだけだった。

そっか……。
俺、涼平さんに傍にいて欲しかったんだ……。

この気持ちって一体なんだろう。
もしかして……すき、とか?
はじめての経験に俺は戸惑っていた。

「起きて君の書き置きがあったから驚いたよ。
もう帰ってこないんじゃないかって心配した。
はぁっ、ここに居てくれて良かったよ」

本当に心から安心したという表情を見せてくれる涼平さんを見て、俺は心に宿った彼への気持ちをしばらくは心に留めておこうと思った。

想いが溢れてどうしようもなくなるまでだ。
それまではただ傍にいたい。
今はまだ友達としてでいい。
涼平さんの迷惑にならないように……。



「わぁーっ、涼平さん! レンタサイクルやってますよ! 借りてサイクリングしましょう!」

「そうだな、たまには車から降りて自転車も楽しそうだ」

俺たちは本島から飛行機で石垣島へとやってきた。

そのまま船に乗り竹富島へ向かった。
御目当ての水牛車は後からにして、まずは自転車を借りることにした。

並べられた自転車を見ると、ママチャリに紛れて何台かマウンテンバイクがある。
ママチャリに比べると少し割高だけど、涼平さんにはこっちの方がよく似合う。

2人でお揃いのマウンテンバイクを借り、漕ぎ出した涼平さんの背中を追いかけるように、俺は必死に自転車を漕ぎ続けた。

目的地は星砂の浜だ。

集落を抜け海を目指して漕いでいると、自転車がたくさん並べられた場所に辿り着いた。

どうやらここが目的地の星砂の浜らしい。
浜に続く入り口には木が生い茂り、南国ムードたっぷりだ。

しかし、前を走る涼平さんはそこをスルーして先へと進んでいく。

あれっ?どうしたんだろう?
俺は急いで涼平さんに並ぶように自転車を走らせた。

「さっきの浜が星砂の浜じゃないんですか?」

「ああ、そうなんだけどね、こっちにもっと良い場所があるんだ」

良い場所?
一体どこに連れて行ってくれるんだろう……。

涼平さんの進む通りついていくと、彼は細い道に入り込んだ。
そして、それを突き進むと先ほどの浜よりももっと綺麗な浜辺が現れた。

しかも、誰もいない。
ここって入っても大丈夫なところ?

俺の心配そうな表情に気づいたんだろう。

「ここはね、私有地なんだ。浅香が来年ここに小さなホテルを建てる予定で、中に入る許可は貰ってるから気にしないでいいよ」

浅香さんのホテルがここに……。
ふぇーーっ、凄すぎる。

「ほら、おいで」

自転車を降り、手を引かれて浜辺へと進んでいくと、一番綺麗に海が見える場所に小さな東屋が建っているのがみえた。

涼平さんはそこに俺を連れて行き、ベンチに座らせてくれた。
屋根が眩い太陽の光を遮り、心地よい風と波の音だけが聞こえる。

「幸せだな……」

えっ? 自分から吐いて出た言葉に思わず驚いた。

あんなに辛い思いをして、そこから逃げるようにここまできたのに……今の俺は幸せなのか?

「ふふっ。ここで波の音を聞いてると、本音が出るんだ」

「えっ?」

「さっき、朝陽くんが幸せだなって言ったのは、君の心の声なんだと思うよ。辛い思いをした君が幸せだって思ったなら、ここに連れてきた甲斐があったなぁ」

ふわりとした笑顔を見せてくれる涼平さんを見て、俺は確信した。

ああ……俺、涼平さんのことが好きだ。


これからあと何日一緒に過ごす?
どうしよう……。
このまま気持ちを隠しておくことなんて俺には無理だ!
どうする?

そうだ。
ここが本音を言える場所ならば、涼平さんも本当のことを言ってくれるはずだ。
俺の気持ちが迷惑なら、断ってくれたらいい。

これでこの旅行が終わったとしても、俺は悔いはない。
今ここで気持ちを伝える方が大事だと思うから……。

よし。

俺は『ふぅーーっ』と深呼吸して、

「涼平さん」

と声を掛けた。

俺の緊張した面持ちに涼平さんも何かを察したかもしれない。
じっと黙って俺を見つめていた。

気持ちが伝えられたらそれで良い。
涼平さん、思いっきり俺のことを振ってください。

「俺、涼平さんのことが好きです!」

一気に叫ぶように思いを伝えた。
涼平さんの反応を見るのが怖くて目をぎゅっと瞑ったまま、涼平さんの顔を見ることは出来なかった。

俺の耳にはザザーン、ザザーンとただ波の音だけが聞こえていて、涼平さんの反応は何もなかった。

せめて、断りの声だけでも聞かせてもらえないだろうか……。
いや、急にこんな告白をして怒っているのかもしれない。
せっかくの親切を仇でかえすようなことになってしまって……。

「……あの、ごめ……うわっ!!」

謝ろうと思った瞬間、大きなものにぎゅっと包み込まれた。
恐る恐る目を開けると、俺は涼平さんに抱き込まれていた。

「あ、あの……」

「朝陽くん……ごめん、嬉しすぎて昇天してた」

へっ? し、昇天??

「まさか、朝陽くんから告白してくれるなんて思ってなかったから、油断した。私から言いたかったのに……」

「ふえっ? ご、ごめん、なさい」

「ふふっ。良いんだ。君が今、私の腕の中にいる。
それだけで嬉しいんだ」

それからどれくらい抱きしめられていたんだろう。
涼平さんがゆっくりと俺を体から引き離した。

「あ……っ」

ぬくもりが消えたことが寂しくて思わず声が出た。

「ふふっ。可愛いな。でも、今そんなに可愛いことされるとここで全部奪ってしまいたくなるから、もう少し待って」

「ええーっ!」

ぜ、全部奪う、って……それって……。

想像しただけで顔が真っ赤になってしまった俺を

「だから、それが可愛いんだって。無自覚に煽るなあ、君は」

と頭をポンポンと撫でてくれた。

「話はゆっくりホテルでしよっか。さっきの続きもね」

意味深な笑いを見せながら、彼は立ち上がった。
そして俺たちはそのまま竹富島の集落へと戻った。

自転車を返し、水牛車にのって三線の音色を聴きながら回っている間も、他のお客さんの目も気にすることなく、ずっと涼平さんは俺の手を握りピッタリとくっついたまま座っていた。
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