2 / 13
第一章
第二話
しおりを挟む会社に行くのも億劫で、ついため息をついてしまう朝。
莉子の足取りもいつもより心なしか重い。お気に入りの赤の薄手のニットを着てみたものの、なんだかパンツが変だった?チノパンじゃなくて白のシフォンスカートでも良かったかもしれない。パーマは今日いい感じに出てるんだけどな。そんなことを考えながら、駅に向かう。
会社までは一回乗り換えは必要だが、それなりに便利な立地を選んだだけあって、最寄り駅から電車で二十分くらいだ。
「…なんか気分上がんないなー」
オフィスにはコーヒーメーカーもあるというのに、なんか猛烈に自分を甘やかしたい気分になっていた莉子は、甘いものが飲みたい!と、コーヒーショップに入る。全国展開していて安心できる店内で、莉子はホワイトモカを頼む。普段と違って、シロップは多めだ。
普段より大きいサイズで注文したカップをテイクアウト用の袋に入れてもらい、会社のデスクの上にトン、と置いた莉子の背後から声がかかる。
「珍しいね、朝から」
「先輩!」
「おはよう」
「おはようございます!」
にこやかな表情で莉子に声をかけたのは、2つ年上の上司でもある、片倉 洋太だ。
「新作が今日からだったの?」
「違いますよ~なんか朝から甘いもの飲みたくて」
「いつも甘い系飲んでない?」
「それはそうなんですけど」
片倉は、俺もコーヒー入れてこようーっと、と言いながら荷物だけをデスクの足元に置いて、莉子の傍を離れていった。
ああ、会いたくないとか思っても会えると嬉しい、今日もかっこいいです先輩、かけているメガネも神々しいです、なんか心臓がぎゅっとなる気がする!なんて思いながら莉子は椅子に腰掛けて、パソコンを起動させた。
莉子が勤める会社は、駅から歩いてそう遠くない場所にある、建築系のデザイン事務所だ。莉子が入社する一年前に、ここの場所に移転した。築浅の低層のガラス張りのビルには、一階にフラワーショップやカフェ、小さなギャラリーが入っていてとてつもなくオシャレだ。
デザイナーだったという社長がひとりで立ち上げた会社だったが、今はそれなりの人数もいて、モンステラなどの観葉植物やアートポスターなど、こだわりの内装があちこちにある。
移転当初はフリーアドレス制だったらしいデスクだが、莉子が入社する頃にはいつの間にかある程度座る場所が固定されてしまっていたらしく、莉子の隣はずっと片倉だ。
片倉は莉子より会議や打ち合わせも多く、いない日もあるのだが、莉子はカレンダーで今日は片倉が一日オフィスにいることを掴んでいる。
片倉がコーヒーを持ってくると、莉子はそれに目を止めて言った。
「あれ、そんなタンブラー持ってましたっけ」
「あぁ、今日おろしたの」
「珍しいデザイン!限定ですか?」
「なんか韓国限定らしいよ」
「…彼女さんですか?」
「うんそう、こないだ韓国旅行に友達と行ったみたいで、買ってきてくれた」
「韓国ですか!いいですね~」
考えない考えない、考えるだけ凹むから、大丈夫、私は目の前の仕事に集中する!と莉子はくるりとデスクに向かって、あたかもさっきからしていたかのようなそぶりで作業を始めた。
【こないだ言ってたLPのバナー、最終調整する前に一旦俺に見せてくれる?】
片倉も仕事モードに入ったのか、隣にいるのにチャットしてくるのはいつものことだ。承知しました、と返信をして、莉子は仕事に取り掛かる。ホワイトモカ、シロップ追加なんてしなきゃ良かった。
甘ったるくて、それが喉に張り付くようだ。溶け落ちるのも遅くて、早く流し込んでしまいたいのに、流し込むそれも甘いせいで、堂々巡りで、最悪だ。
「南、キリつく?俺、昼買いに行くけど」
「つきます!私も行きたいです!」
デスクのパソコンを無理やり閉じて、モニターを強制オフにした莉子は、足元のカバンから財布を漁る。サクッと外に行くための適当なニットバッグを通販で買ったのは正解だったな。そんなことを思いながら莉子と片倉はオフィスを出た。
「あっちにキッチンカーがたくさん出てるらしくて、そこ行こうと思ったんだけど」
「え、気になります!」
「だよね、南の好きな唐揚げ出てるんじゃない?」
「やめてください、私はもう唐揚げよりエスニックが好きな女なんです」
「そうだったっけ?」
オシャレな女ってやつね、と片倉は笑って言った。莉子が新卒でこの会社に入った時、みんなオシャレですねと緊張していた初めての後輩に片倉がランチに誘った。何が食べたい?好きなもの食べに行こうよ、と言った片倉に、新卒のまだ垢抜けていない彼女が元気よく「唐揚げが食べたいです!」と言った様子のことを思い出しているのだろう。
元気なその様子が可愛らしくて、片倉が度々そのことを口に出していたら、莉子は揶揄われていると分かったのか、恥ずかしがるようになった。
そして『片倉先輩みたいに、私もオシャレな女になります、もう唐揚げとか言いません』とわざわざ宣言してまた片倉を笑わせてた彼女が、実際にどんどん垢抜けていって、片倉はそれがとても眩しく思う。
「もーいつまでもいじらないでください」
「ごめんごめん」
どの辺りですか?外で食べれますかね?事務所戻りますか?と、無邪気にナビを表示させている自分の手元のスマホを覗いてくるようにして近づいた彼女からは、柔軟剤の香りがした。その近さに慣れてしまっている自分が少しだけ怖い。
「外で食べようか、天気いいし」
「はぁい!」
莉子のパーマが風に触れてふわりと舞い上がる。髪伸びたね、そう思っても片倉は言わない。
そうして、まさかのエスニックと唐揚げ、両方のキッチンカーが売られていたことで迷う莉子に、オシャレな女はどうしたの、と片倉はまた笑いながら揶揄うことになる。
0
あなたにおすすめの小説
元恋人と、今日から同僚です
紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。
仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。
「今日から、この部署に配属になった」
そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。
かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。
仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。
恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。
仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。
元恋人と同僚になった二人。
仕事から始まる新しい恋の物語。
離した手の温もり
橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
【完結】泡になった約束
山田森湖
恋愛
三十九歳、専業主婦。
夫と娘を送り出し、静まり返ったキッチンで食器を洗う朝。
洗剤の泡が立っては消えるその繰り返しに、自分の人生を重ねながら、彼女は「ごく普通」の日常を受け入れている。
愛がないわけではない。けれど、満たされているとも言い切れない。
そんな午前中、何気なく出かけたスーパーで、背後から名前を呼ばれる。
振り返った先にいたのは、かつて確かに愛した男――元恋人・佐々木拓也。
平穏だったはずの毎日に、静かな波紋が広がり始める。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜
葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」
そう言ってグッと肩を抱いてくる
「人肌が心地良くてよく眠れた」
いやいや、私は抱き枕ですか!?
近い、とにかく近いんですって!
グイグイ迫ってくる副社長と
仕事一筋の秘書の
恋の攻防戦、スタート!
✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼
里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書
神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長
社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい
ドレスにワインをかけられる。
それに気づいた副社長の翔は
芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。
海外から帰国したばかりの翔は
何をするにもとにかく近い!
仕事一筋の芹奈は
そんな翔に戸惑うばかりで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる