ひとつの秩序

水瀬 葵

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第一章

第十二話

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冬の真っ最中。電車を降りた瞬間、巻き上げられるような風に顔を撫でられて思わず首をすくめてしまう。莉子の手はずっとコートのポケットに仕舞われたままだ。ドラッグストアでカイロを買ってこなきゃな、と思う。

【こないだの手土産、買えたよ。ありがとう】

ポケットの中で何となく手を添えていたスマホが震え、莉子は最寄駅のホームを歩きながらメッセージを確認する。加瀬から入っていたメッセージに、先日のことを思い出して返信をした。

【良かったねー!】
【南が欲しいって言ってたパンも買った、いつ渡す?】
【嬉しい、ありがとう!加瀬はいつ暇?】
【ちょっと今日は帰り遅くて、明日の土曜は?】

改札を出た莉子は、いいよーと返事をしてスマホをカバンの中に入れた。そういえば買いに行くってメッセージで言ってたな。加瀬も結構忙しいんだな。加瀬の仕事のこととかあんまり聞いたことないけど、もしかしてそういう時期なのかもなー。業種によって時期で結構変わるもんなー。今日も片倉先輩残ってたしなー。静さんは定時退社してたなー。私も残業するけど、すごい遅くまでっててのはないなー。

寒くてポケットから手を出したくないので、スマホを触っていないと脳内でどんどん思考が進んでいってしまう。意識しているようでしていないようなものが、ベルトコンベアのように脳内に垂れ流されていく。

その後莉子が帰宅してからも加瀬からの返信がなく、別に朝イチで会うわけでもないだろうし、細かいことは明日決めてもいいしな、と莉子は思った。寒い日は早く風呂に入って暖まりたくなるので、就寝時間もいつもより少し早くなる気がする。時計を見て何となく手持ち無沙汰になった莉子は、明日着る洋服を決めて、就寝した。
 
 
 
 
 
「ごめんな昨日」
「全然いいよ、お疲れ様」

莉子が朝起きると、【夜中にごめんな。明日何時がいい?】とメッセージが入っていた。きっと疲れているだろうから、ゆっくりしてほしいと思った莉子は、昼以降の時間を提案し、十五時ごろにカフェに集合となった。

場所は加瀬の駅からも莉子の駅からも一駅のカフェ。莉子が前から行きたいとマップに印をつけていたところだ。加瀬に店の希望を聞くと、特にないとのことだったので莉子が決めた。

先に店に着いていた莉子の、テーブルを挟んだ目の前に加瀬が座った。今日はキャメルのロングコートに、白のハイネックのセーターを着ていた。加瀬はコートを簡単に畳んで足元のカゴに入れた。

「何にする?ハンドドリップコーヒーが美味しいみたいよ」
「へー、じゃあそれにする」
「豆も選べるんだって。ここの中から」
「ほー……じゃあこのグアテマラってやつで。甘いのも食いたい」

あっプリンあんじゃん、あれにする。と振り返ってショーケースの中を見た加瀬が一瞬で決めた。加瀬が来るまで注文を待っていた莉子は店員を呼んだ。
 
 
 
 

「はい、これ」
「ありがとー!いくらだった?」
「あー何だっけ。あとで見ておく」

莉子はありがとう!とお礼を言いながら加瀬が手渡してきた紙袋の中を覗く。紙袋もしっかりデザインしてあるんだな、などと思いながら頼んでいたチョコの食パンの隣にもう一つ小さな箱が入っているのを見つけて取り出す。

「あれ、何これ」
「ああ、お礼。この店教えてくれたから」
「え、そんなのいいのに!」
「ついでに買っただけだからさ」

モノトーンにデザインされた長方形の紙製の箱には、店の名前と英語があしらわれている。開けると、焼き菓子が三つ入っていた。透明な袋が並んでいて、中身はフィナンシェだ。

「わ、嬉しい!フィナンシェ好きなの!」
「食べ比べセットだって。使われてるチョコがそれぞれ違うらしい」
「えーー!すごい良いじゃん!」

箱もオシャレで、好きそうだなと思って。と加瀬は笑いながら言った。
莉子も、すごい可愛い!と返事をした。

「ごめんな昨日渡せなくて」
「えー良いよぅ、夜もらったらすぐ食べたくなっちゃうから丁度良かったかも」
「今もキャロットケーキ頼んでるのに?」
「違う、今はまだ昼だからいいの」
「何時まで昼なの」
「十七時くらい」
「定義ガバガバじゃん」

机に置かれたキャロットケーキは、スパイスの味が濃いめで美味しい。
二人席の正方形のテーブル。十人くらいが定員くらいの店で、加瀬のプリンは至って標準サイズだと思うのだが、ガタイの良さからかやけにそれが小さく見えてバランスが面白い。

加瀬は至っていつも通りで、二人の間に流れる空気も以前と何ら変わりない。
何だったんだろう。こないだの加瀬は、なんか、なんか変だった気がする。気まぐれ?揶揄われた感じなのだろうか。それにしても、珍しい方向の冗談だったな。

莉子はコーヒーを啜る。浅煎り、深煎りと色々な種類を選べたコーヒー豆だったが、莉子は浅煎りにした。濃い豆の味は感じるのに、後に残らない、スッキリした味わいだ。何となく店内を見渡して、壁にかけられた黒板のランチメニューを見つける。
へぇ、スパイスカレーとかあるんだ、お昼に来るのもいい感じそう。と思うと、加瀬も同じ方向を見ていた。

「スパイスカレー美味しそうね」
「いい店だな」

他のお客は一組だけ。土曜のこの時間にこの混み具合なのも嬉しかった。



三時間ほどカフェで過ごし、加瀬と莉子は帰路に着く。少し散歩して帰るかとの加瀬の誘いに、莉子はいいねと頷く。ここから家まで、歩いて帰れない距離でもない。スイーツを食べた後には丁度良かった。

「あー寒いね」
「寒い」
「新しいコート欲しいなぁ」
「それは去年のなん?」
「今年はまだ買ってないのー」

俺も買い物行きてぇ、冬の服がない。そう言った加瀬と、じゃあ今度お買い物でも行こうよと莉子は言った。何だか最近たくさんお世話になっているような気がする加瀬に、ランチでも奢ろうと思ったのだ。

「いいな、服選んで」
「加瀬、自分でいい感じにコーディネートするでしょ」
「同じ店で買ってるからじゃん?」

そしたら何となく合うからなー、と加瀬は言った。小学校からバレーボールをやっていたという加瀬の長い手足なら、似合う服など沢山あるだろうに、羨ましい。

一駅の距離は話していたらあっという間で、歩いているうちにだんだん身体も温まって良かった。加瀬はそのまま莉子の家まで送ってくれた。家まで送ってもらうことが何となく定番になりつつある。

「ありがとうね、フィナンシェもパンも」
「こちらこそ」

加瀬はいつものように共有玄関への五段くらいの階段を上がる莉子を見届けていた。いつもなら軽く言葉を交わして中に入るのだが、何となく莉子は振り返り、ドアを閉めながら手を振った。
加瀬は少し驚いた顔をして、振り返してくれ、その途中でドアは閉まった。
そのまま莉子はドアに背を預け、走り去る加瀬の自転車の音を聞いていた。
 
 
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