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大事なもの
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「そ、れなら……この魔導車の開発に参加させてくれないか。無名のおもちゃ屋より、技術も金もうちの方が動かせるはずだ」
「評価してもらえるのは嬉しいですけど、開発自体はほとんど終わってるんです。資金提供なら社長さんに」
「サラ!」
「わっ」
驚いた。
いきなり距離を詰めたジャストが、サラの手を握ったのだ。
「君の回路図を一番理解しているのは僕だ。そうだろう?」
「え、でも」
「昔も、今もだ。……しばらく忙しくて見てやれなかったが、近頃は君の回路図ばかり見ている。ずいぶん進化したな」
「……ありがとうございます?」
「はは、さすがは君だ。特にあの、ランダムに色を変えるライトなど、どうやってランダム性を実現したのかと思っていたが」
「……」
サラは曖昧に微笑んだ。
そのアイデアはずいぶん前にジャストに話したものだ。
売れないと言われて却下されたが、試作品を技師が気に入って量産し、業務用に売り出した。どれほど売れたかはわからないが、カフェの装飾に使われているのを見て、嬉しかった。
しかし興味がなさそうだったジャストに今更言われても、なんともいえない気分だ。
「……サラ、君のアイデアには価値がある。僕は疲れていて、つい君に当たってしまったんだ。僕の気持ちも考えてみてほしい。そう、営業の……こういった場では、目立つことが何より大事で、実際の魔道具の素晴らしさを誰も理解しないんだ。みな無知で、考えなしで……」
「……」
サラはそうは思わない。
確かに客は魔道具がどう動いているかなどわからないだろう。無茶な要求をされることもある。
けれど、上手く理解し合えれば喜んでくれる。きらきらした笑顔で、こんな素敵な道具が欲しかったと言ってくれる。
「君を理解できるのは僕だけだ。もう一度やり直そう。……そうだ、確かに、君とは雇用契約などしていない。君は僕の婚約者なのだからそんなものは必要なかった。もう一度……いや、僕と結婚してくれ、サラ」
「ごめんなさい」
サラはすぐに言った。
考えるまでもなかった。サラは、ジャストと結婚したくなかったし、また彼と魔道具を作ろうとも思わなかった。サラはあの頃のジャストが好きだったのだ。
今の職場で魔道具を作るほうが、サラはあの頃のような気持ちになれる。
「……よく考えてほしい。僕は君に辛く当たってしまったが、かつては君に住むところを与え、魔道具づくりの仕事を与えた。朝まで魔道具について語り合ったこともあった。どうか思い出してほしい」
「ジャスト。私にとって大事なのは、今も昔も魔道具制作なの」
「……」
「……ごめんなさい」
どうしてこんなに求められているか、サラにはわからない。まるで意味がわからない。一度、価値がないと捨てたものをどうしてまた拾おうとしているのか、わからない。そしてそれをサラは嬉しく思っていない。
「……ははっ」
しばらくの沈黙のあとで、ジャストは笑った。
そしてサラの手を離し、よろめくように離れた。
「だよな……わかってる。わかってるさ。君は一度だって、僕を好きにならなかったものな……生活の面倒を見てやり、魔道具師にしてやって……それでも、僕を好きになんてならなかったものな……」
「ジャスト……」
思わず名を呼んでも彼は振り返らなかった。
「忘れてくれ。もう、君には無関係のことだった」
そしてサラを見もせずに進む。いつもきちんとしていた彼の、服の裾が汚れているのが見えた。
サラは思わず足を踏み出していた。
「やめておきなさい」
「……社長」
いつからいたのだろう。その声に引き止められて、サラは困惑する。
「気持ちがないなら期待させないことだ。彼はそんなことを望んではいない」
「……でも」
「同情で自分の気持を捻じ曲げるのも、誰も幸せになれない」
「でも社長、私……」
サラは重いものを飲み込むように息をして、言った。
「魔道具が本当に一番で、大事なの。私は……やっぱりどこか変なのかも。人間として、どこか」
「それが何か問題かい?」
「え……?」
「サラ、君のおかげで多くの人が喜ぶ。素晴らしい魔道具がいっぱいできる! どこに問題があるんだ」
「そ……そう言われると」
そうだろうか。
でもなんだか。
「それとも、まともな人が羨ましい? ああなりたい?」
「そういうわけじゃなくて、なんだか……」
「後ろめたい? まともな人がまともに生きてるのに」
「……そうかもしれません」
「じゃあ今度は、まともな人の助けになるような魔道具をつくればいいじゃないか」
「た、確かに……?」
「ああ楽しみだ。きっと素晴らしいものができるよ」
社長は本当に嬉しそうだ。
サラは思わず笑顔になりながら、この人もどこか変なんだな、と納得した。ともかく展示会は始まろうとしているし、この画期的な魔導車を紹介しなければならない。
きっと素晴らしい一日になるだろう。
「評価してもらえるのは嬉しいですけど、開発自体はほとんど終わってるんです。資金提供なら社長さんに」
「サラ!」
「わっ」
驚いた。
いきなり距離を詰めたジャストが、サラの手を握ったのだ。
「君の回路図を一番理解しているのは僕だ。そうだろう?」
「え、でも」
「昔も、今もだ。……しばらく忙しくて見てやれなかったが、近頃は君の回路図ばかり見ている。ずいぶん進化したな」
「……ありがとうございます?」
「はは、さすがは君だ。特にあの、ランダムに色を変えるライトなど、どうやってランダム性を実現したのかと思っていたが」
「……」
サラは曖昧に微笑んだ。
そのアイデアはずいぶん前にジャストに話したものだ。
売れないと言われて却下されたが、試作品を技師が気に入って量産し、業務用に売り出した。どれほど売れたかはわからないが、カフェの装飾に使われているのを見て、嬉しかった。
しかし興味がなさそうだったジャストに今更言われても、なんともいえない気分だ。
「……サラ、君のアイデアには価値がある。僕は疲れていて、つい君に当たってしまったんだ。僕の気持ちも考えてみてほしい。そう、営業の……こういった場では、目立つことが何より大事で、実際の魔道具の素晴らしさを誰も理解しないんだ。みな無知で、考えなしで……」
「……」
サラはそうは思わない。
確かに客は魔道具がどう動いているかなどわからないだろう。無茶な要求をされることもある。
けれど、上手く理解し合えれば喜んでくれる。きらきらした笑顔で、こんな素敵な道具が欲しかったと言ってくれる。
「君を理解できるのは僕だけだ。もう一度やり直そう。……そうだ、確かに、君とは雇用契約などしていない。君は僕の婚約者なのだからそんなものは必要なかった。もう一度……いや、僕と結婚してくれ、サラ」
「ごめんなさい」
サラはすぐに言った。
考えるまでもなかった。サラは、ジャストと結婚したくなかったし、また彼と魔道具を作ろうとも思わなかった。サラはあの頃のジャストが好きだったのだ。
今の職場で魔道具を作るほうが、サラはあの頃のような気持ちになれる。
「……よく考えてほしい。僕は君に辛く当たってしまったが、かつては君に住むところを与え、魔道具づくりの仕事を与えた。朝まで魔道具について語り合ったこともあった。どうか思い出してほしい」
「ジャスト。私にとって大事なのは、今も昔も魔道具制作なの」
「……」
「……ごめんなさい」
どうしてこんなに求められているか、サラにはわからない。まるで意味がわからない。一度、価値がないと捨てたものをどうしてまた拾おうとしているのか、わからない。そしてそれをサラは嬉しく思っていない。
「……ははっ」
しばらくの沈黙のあとで、ジャストは笑った。
そしてサラの手を離し、よろめくように離れた。
「だよな……わかってる。わかってるさ。君は一度だって、僕を好きにならなかったものな……生活の面倒を見てやり、魔道具師にしてやって……それでも、僕を好きになんてならなかったものな……」
「ジャスト……」
思わず名を呼んでも彼は振り返らなかった。
「忘れてくれ。もう、君には無関係のことだった」
そしてサラを見もせずに進む。いつもきちんとしていた彼の、服の裾が汚れているのが見えた。
サラは思わず足を踏み出していた。
「やめておきなさい」
「……社長」
いつからいたのだろう。その声に引き止められて、サラは困惑する。
「気持ちがないなら期待させないことだ。彼はそんなことを望んではいない」
「……でも」
「同情で自分の気持を捻じ曲げるのも、誰も幸せになれない」
「でも社長、私……」
サラは重いものを飲み込むように息をして、言った。
「魔道具が本当に一番で、大事なの。私は……やっぱりどこか変なのかも。人間として、どこか」
「それが何か問題かい?」
「え……?」
「サラ、君のおかげで多くの人が喜ぶ。素晴らしい魔道具がいっぱいできる! どこに問題があるんだ」
「そ……そう言われると」
そうだろうか。
でもなんだか。
「それとも、まともな人が羨ましい? ああなりたい?」
「そういうわけじゃなくて、なんだか……」
「後ろめたい? まともな人がまともに生きてるのに」
「……そうかもしれません」
「じゃあ今度は、まともな人の助けになるような魔道具をつくればいいじゃないか」
「た、確かに……?」
「ああ楽しみだ。きっと素晴らしいものができるよ」
社長は本当に嬉しそうだ。
サラは思わず笑顔になりながら、この人もどこか変なんだな、と納得した。ともかく展示会は始まろうとしているし、この画期的な魔導車を紹介しなければならない。
きっと素晴らしい一日になるだろう。
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