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なぜそんなことを言う!?
しおりを挟む「兄さんは一つのことに夢中になるとすごくてね。周りも見えなくなるから貴族家当主としては致命的だけど、やるべきことを見つけたらどこまでも突き詰めて成果を出してくれる……そんな人だった」
「……そうね。人の話を聞かないことも、ひっくり返せば真っ直ぐな人だったのね」
「ほんと……困った人だったよ」
「ユアン」
「ごめん、めでたい日なのに、亡くなった人の話を」
「いいえ、大事なことだわ」
「亡くなった……?」
弟の目に光るものを見つけた。
そう、ミイに出会うまでは、俺の一番の理解者は弟だった。一番の理解者であって、一番の邪魔者だったのだ。
そして唯一の俺の弟だった。ユアン。おまえに何も残すことなく、俺は死んでしまったのか?
もちろんただの夢だ。
馬鹿げた夢だ。だが夢であっても弟の涙には胸が痛んだ。かつては慰めてやっていた、かわいい弟だった。
早く目を覚まして、シェリアとの婚約を破棄し、ミイを迎えに行くのだ。ガルコス殿下がミイを守ってくれている。待っていてくれる。
ミイは笑って言ったのだ。
『私には殿下がいるから大丈夫よ。あなたにはもう頼まないから。ごめんね、頼む相手を間違えちゃって』
「うっ……!」
頭が痛くなった。
ズキズキとする側頭部を押さえる。
「ぃ、っぎ」
痛みが強くなった。剥き出しの傷口に触れたようだった。思わず離したてのひらが、血に染まっている。
「あ……あああ?」
どういうことだ。どういう……。
「……ありがとう、シェリア。大丈夫、僕も両親も納得してる。あれだけ殿下に逆らったら、いつかはああなっていただろう」
「そうね。貴族なら王家の恐ろしさを知ってる」
「なまじ気に入られてしまったせいで、兄さんには見えなかったんだろうな。あの人の恐ろしさが」
「ええ。……私達は上手くやっていかなければ」
「もちろんだ。シェリア、僕は君と幸せになる。王家の望む通り、兄さんのことは、最初からいなかったことにして」
「ガルコス……殿下……?」
これも馬鹿げた妄想だった。あの人は恐ろしくなどない。理想を語り合ったのだ。友人なのだ。
しかしぶるぶると体が震えた。嘘だ。
「祝福してくれた!」
そのはずだ。
友情をこめた本当の祝福だ。殿下がミイを自分のものにしたがっていたなんて、ひどく品のない勘ぐりだ。そんな噂はあったが、俺は信じなかった!
気安い関係だからだ。
冗談なんていくらでも言い合っていた。たとえば……。
『婚約おめでとう。君の友情には心から感謝する。どうか私のかわりにミイを守ってくれ。もちろん、君自身からもね』
まるでミイが自分のものであるかのような言葉に、なんと答えたのだったか?
そうだ、もちろん、ミイを大事に愛します。ミイにひどいことなんてしませんと。
『そうか。ありがとう、私たち二人のために』
まだそんなことを言うから笑ってしまった。ミイも笑って言った。
『ほんとうにありがとう。私と殿下のために』
それにはさすがに俺は苦笑して「まるで君たちが結婚するみたいじゃないか」と言った。
すると二人は眉をひそめて「大きな声でそんなことを言わないでくれ」と言うのだ。秘密のことは小声で、ひそやかに、上品に行わなければ。君は私の友人だろう?
「でん、か……」
愕然とする。殿下は何を言っていたのだろう。そもそも、なんだったか、どうしてミイと婚約したのだろう。
もちろんミイが俺を好きだと言ったからだ。俺だけが頼りだと……お願いだと……そして、二人のために……二人? ミイと俺だ。ミイと俺だ、そうだろう!?
それにミイと口づけをした!
だがミイは急に怖い顔をして出ていった。そして、そのあとだ、俺とミイの婚約が破棄されたと一方的な通告を受けた。更にシェリアとの婚約が決まっていたのだ。
ガルコス殿下は、ミイと自分のことは気にせずシェリアと結婚して伯爵家を継ぐようにと言った。その表情は固く、とても友人である俺に向けるものではなかった。
『君は彼女と結婚して伯爵家を継ぐべきだ。ずっと友人でいてくれた君への、これは温情だ。わかるだろう?』
「殿下がそんなことを望むわけがない。だから、きっと……シェリアが家の力を使って……」
殿下までをも脅すとは、なんという恐れも知らぬ傲慢な女だ。しかし顔を合わせればまるで淑女のように猫を被っているのだから腹が立つ。結婚しなければ命が危ないなどと俺を脅してきた。
どれほど罵倒しても、困ったように笑うだけなのだ。
「……そうね。人の話を聞かないことも、ひっくり返せば真っ直ぐな人だったのね」
「ほんと……困った人だったよ」
「ユアン」
「ごめん、めでたい日なのに、亡くなった人の話を」
「いいえ、大事なことだわ」
「亡くなった……?」
弟の目に光るものを見つけた。
そう、ミイに出会うまでは、俺の一番の理解者は弟だった。一番の理解者であって、一番の邪魔者だったのだ。
そして唯一の俺の弟だった。ユアン。おまえに何も残すことなく、俺は死んでしまったのか?
もちろんただの夢だ。
馬鹿げた夢だ。だが夢であっても弟の涙には胸が痛んだ。かつては慰めてやっていた、かわいい弟だった。
早く目を覚まして、シェリアとの婚約を破棄し、ミイを迎えに行くのだ。ガルコス殿下がミイを守ってくれている。待っていてくれる。
ミイは笑って言ったのだ。
『私には殿下がいるから大丈夫よ。あなたにはもう頼まないから。ごめんね、頼む相手を間違えちゃって』
「うっ……!」
頭が痛くなった。
ズキズキとする側頭部を押さえる。
「ぃ、っぎ」
痛みが強くなった。剥き出しの傷口に触れたようだった。思わず離したてのひらが、血に染まっている。
「あ……あああ?」
どういうことだ。どういう……。
「……ありがとう、シェリア。大丈夫、僕も両親も納得してる。あれだけ殿下に逆らったら、いつかはああなっていただろう」
「そうね。貴族なら王家の恐ろしさを知ってる」
「なまじ気に入られてしまったせいで、兄さんには見えなかったんだろうな。あの人の恐ろしさが」
「ええ。……私達は上手くやっていかなければ」
「もちろんだ。シェリア、僕は君と幸せになる。王家の望む通り、兄さんのことは、最初からいなかったことにして」
「ガルコス……殿下……?」
これも馬鹿げた妄想だった。あの人は恐ろしくなどない。理想を語り合ったのだ。友人なのだ。
しかしぶるぶると体が震えた。嘘だ。
「祝福してくれた!」
そのはずだ。
友情をこめた本当の祝福だ。殿下がミイを自分のものにしたがっていたなんて、ひどく品のない勘ぐりだ。そんな噂はあったが、俺は信じなかった!
気安い関係だからだ。
冗談なんていくらでも言い合っていた。たとえば……。
『婚約おめでとう。君の友情には心から感謝する。どうか私のかわりにミイを守ってくれ。もちろん、君自身からもね』
まるでミイが自分のものであるかのような言葉に、なんと答えたのだったか?
そうだ、もちろん、ミイを大事に愛します。ミイにひどいことなんてしませんと。
『そうか。ありがとう、私たち二人のために』
まだそんなことを言うから笑ってしまった。ミイも笑って言った。
『ほんとうにありがとう。私と殿下のために』
それにはさすがに俺は苦笑して「まるで君たちが結婚するみたいじゃないか」と言った。
すると二人は眉をひそめて「大きな声でそんなことを言わないでくれ」と言うのだ。秘密のことは小声で、ひそやかに、上品に行わなければ。君は私の友人だろう?
「でん、か……」
愕然とする。殿下は何を言っていたのだろう。そもそも、なんだったか、どうしてミイと婚約したのだろう。
もちろんミイが俺を好きだと言ったからだ。俺だけが頼りだと……お願いだと……そして、二人のために……二人? ミイと俺だ。ミイと俺だ、そうだろう!?
それにミイと口づけをした!
だがミイは急に怖い顔をして出ていった。そして、そのあとだ、俺とミイの婚約が破棄されたと一方的な通告を受けた。更にシェリアとの婚約が決まっていたのだ。
ガルコス殿下は、ミイと自分のことは気にせずシェリアと結婚して伯爵家を継ぐようにと言った。その表情は固く、とても友人である俺に向けるものではなかった。
『君は彼女と結婚して伯爵家を継ぐべきだ。ずっと友人でいてくれた君への、これは温情だ。わかるだろう?』
「殿下がそんなことを望むわけがない。だから、きっと……シェリアが家の力を使って……」
殿下までをも脅すとは、なんという恐れも知らぬ傲慢な女だ。しかし顔を合わせればまるで淑女のように猫を被っているのだから腹が立つ。結婚しなければ命が危ないなどと俺を脅してきた。
どれほど罵倒しても、困ったように笑うだけなのだ。
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