1 / 21
1
しおりを挟む
「ツァンテリ、君とは結婚できない。婚約は破棄せざるをえないだろうな」
パーティの話題としては、冗談だったとしても最悪だ。
アベルト王子の言葉に周囲は静まり返り、ツァンテリは眉を下げて問い返すしかなかった。
「どういう意味でしょうか?」
「君は王妃の器ではない。わかっているだろう」
「……」
ツァンテリは唇を噛んだ。
来るべき日が来るだろうことは、彼女もわかっていた。しかし今日だろうか、今だろうか。諦めるべきが今なのか、ツァンテリにはいつになってもわからない。
「何をおっしゃいますか。ツァンテリ様より優れたご令嬢がいらっしゃるのなら、今、目の前にお連れいただきたいものです!」
「ネネラ、やめなさい」
「姫様、ですが」
「アベルト殿下のお話が終わっていません」
ツァンテリの傍付きであり、伯爵家の令嬢でもあるネネラは悔しげに床を睨んだ。このような場でなければ、鼻を鳴らしてアベルト王子を馬鹿にしていただろう。
(下賤の血の王子ごときが、我らが姫様を侮辱するなんて!)
ミラッダ公爵家派閥のものにとって、アベルト王子よりもツァンテリこそが王家の血を濃く引くものであり、国を導くべき「姫」なのだ。
ツァンテリの亡き父は、正当なる王と王妃の子であった。しかし王はほとんど平民の女に入れあげ、その女に生ませた子を次代とした。今の王はその、半分平民の血を引くものであり、王子であるアベルトは平民の血を四分の一引くことになる。
一方、ツァンテリの父が迎えた妻は隣国の王女であった。ゆえにミラッダ公爵家の派閥のものに言わせれば、どう考えても、アベルト王子よりツァンテリの方が王になるべき血筋の持ち主なのだ。
残念ながら継承権のない女児であるツァンテリを残して公爵は儚くなった。
その死も王家に盛られた毒のためだと噂されており、公爵家派閥のものの恨みは深い。しかしツァンテリが女性である以上、王家の血を修正するには、アベルト王子との婚姻が不可避であろうと、耐え難きを耐えてきたのだ。
「話は終わったよ。あとは好きに歓談するといい」
怒りに目を赤くするネネラを人形のように見て、アベルトは背を向けた。
あ……とツァンテリは思わず声をあげそうになった。去っていく背中を追うことはできない。派閥のものはネネラだけではなく、既に怒りを隠さず「なんだあの態度は!」「お荷物王子が」と小声ながらささやきあっている。
会場を出ていくアベルトに微笑みかける令嬢がいた。
サティ男爵令嬢だ。彼女は自信に溢れた微笑みを浮かべたままで、ツァンテリに近づいてきた。
「殿下のお話の通りだわ! ツァンテリ様って優秀でいらっしゃるけど、王妃って器じゃないもの」
ツァンテリはわずかに首をかしげただけだったが、サティはお構いなしに話を続けた。やめろと言われてないんだから、彼女にとって無言は許容だった。
「だってほら、王妃のお仕事って王様を支えることでしょ? ツァンテリ様ったら、出しゃばってアベルト様をご不快にさせてそうだもの。アベルト様はこの国の民を背負っているのに、奥さんが優しく癒やしてもくれないなんて、まるで地獄だわ」
「姫様、こちらへ。どうやら野良猫が入り込んだようですから」
「そうね」
ネネラは今度は怒りもしないで、ツァンテリをサティから引き離した。あまりにも毛色の違いすぎる女は、ネネラにとって侮蔑の対象でさえなかった。
高貴だとか、下賤だとか、それ以前だ。人間に見えない。
人間でないものの前にいては姫様が危ない。動物は急に襲いかかってきても不思議はないのだからと、そのような思考であった。
すぐにネネラだけではなく、派閥のものがツァンテリを取り囲む。
「お帰りの用意ができております」
「ええ」
「アベルト殿下にはのちほど抗議を。あのような態度は決して許されませんわ。もし真摯な謝罪がされなかったら、その時は……」
ミラッダ公爵派閥はすでに多くの高位貴族を取り込んでいる。権力と金があるのだ。いくらでも王家を困らせる手段はあったし、血縁に隣国の王家もいる。
立場として王家の下といっても、彼らの中ではそうではない。体面を考えて、下賤な王家を許してやっているだけなのだ。
「しかるべき手段を取らねばならないでしょうね」
ツァンテリは冷たく言って、浮ついた空気の方へ視線を向けた。彼女たちは何事かさえずっていたが、ツァンテリの視線ひとつで黙った。
彼女たちのほとんどは下位貴族だ。平民の子である王の周囲には下位貴族が多い。彼らは再び自分たちの王が生まれることを望んでおり、アベルトとツァンテリの婚約が破棄されるのは喜びなのだ。
中には自分が王子妃にと考えるものもいるのだろう。
「な、なんで無視するのよ! ちょっと、どれだけ偉そうなのよ、人間として……っ、どうかしてるわ!」
野良猫が騒いでいたが、ツァンテリとその取り巻きたちは、そのままパーティ会場をあとにした。
パーティの話題としては、冗談だったとしても最悪だ。
アベルト王子の言葉に周囲は静まり返り、ツァンテリは眉を下げて問い返すしかなかった。
「どういう意味でしょうか?」
「君は王妃の器ではない。わかっているだろう」
「……」
ツァンテリは唇を噛んだ。
来るべき日が来るだろうことは、彼女もわかっていた。しかし今日だろうか、今だろうか。諦めるべきが今なのか、ツァンテリにはいつになってもわからない。
「何をおっしゃいますか。ツァンテリ様より優れたご令嬢がいらっしゃるのなら、今、目の前にお連れいただきたいものです!」
「ネネラ、やめなさい」
「姫様、ですが」
「アベルト殿下のお話が終わっていません」
ツァンテリの傍付きであり、伯爵家の令嬢でもあるネネラは悔しげに床を睨んだ。このような場でなければ、鼻を鳴らしてアベルト王子を馬鹿にしていただろう。
(下賤の血の王子ごときが、我らが姫様を侮辱するなんて!)
ミラッダ公爵家派閥のものにとって、アベルト王子よりもツァンテリこそが王家の血を濃く引くものであり、国を導くべき「姫」なのだ。
ツァンテリの亡き父は、正当なる王と王妃の子であった。しかし王はほとんど平民の女に入れあげ、その女に生ませた子を次代とした。今の王はその、半分平民の血を引くものであり、王子であるアベルトは平民の血を四分の一引くことになる。
一方、ツァンテリの父が迎えた妻は隣国の王女であった。ゆえにミラッダ公爵家の派閥のものに言わせれば、どう考えても、アベルト王子よりツァンテリの方が王になるべき血筋の持ち主なのだ。
残念ながら継承権のない女児であるツァンテリを残して公爵は儚くなった。
その死も王家に盛られた毒のためだと噂されており、公爵家派閥のものの恨みは深い。しかしツァンテリが女性である以上、王家の血を修正するには、アベルト王子との婚姻が不可避であろうと、耐え難きを耐えてきたのだ。
「話は終わったよ。あとは好きに歓談するといい」
怒りに目を赤くするネネラを人形のように見て、アベルトは背を向けた。
あ……とツァンテリは思わず声をあげそうになった。去っていく背中を追うことはできない。派閥のものはネネラだけではなく、既に怒りを隠さず「なんだあの態度は!」「お荷物王子が」と小声ながらささやきあっている。
会場を出ていくアベルトに微笑みかける令嬢がいた。
サティ男爵令嬢だ。彼女は自信に溢れた微笑みを浮かべたままで、ツァンテリに近づいてきた。
「殿下のお話の通りだわ! ツァンテリ様って優秀でいらっしゃるけど、王妃って器じゃないもの」
ツァンテリはわずかに首をかしげただけだったが、サティはお構いなしに話を続けた。やめろと言われてないんだから、彼女にとって無言は許容だった。
「だってほら、王妃のお仕事って王様を支えることでしょ? ツァンテリ様ったら、出しゃばってアベルト様をご不快にさせてそうだもの。アベルト様はこの国の民を背負っているのに、奥さんが優しく癒やしてもくれないなんて、まるで地獄だわ」
「姫様、こちらへ。どうやら野良猫が入り込んだようですから」
「そうね」
ネネラは今度は怒りもしないで、ツァンテリをサティから引き離した。あまりにも毛色の違いすぎる女は、ネネラにとって侮蔑の対象でさえなかった。
高貴だとか、下賤だとか、それ以前だ。人間に見えない。
人間でないものの前にいては姫様が危ない。動物は急に襲いかかってきても不思議はないのだからと、そのような思考であった。
すぐにネネラだけではなく、派閥のものがツァンテリを取り囲む。
「お帰りの用意ができております」
「ええ」
「アベルト殿下にはのちほど抗議を。あのような態度は決して許されませんわ。もし真摯な謝罪がされなかったら、その時は……」
ミラッダ公爵派閥はすでに多くの高位貴族を取り込んでいる。権力と金があるのだ。いくらでも王家を困らせる手段はあったし、血縁に隣国の王家もいる。
立場として王家の下といっても、彼らの中ではそうではない。体面を考えて、下賤な王家を許してやっているだけなのだ。
「しかるべき手段を取らねばならないでしょうね」
ツァンテリは冷たく言って、浮ついた空気の方へ視線を向けた。彼女たちは何事かさえずっていたが、ツァンテリの視線ひとつで黙った。
彼女たちのほとんどは下位貴族だ。平民の子である王の周囲には下位貴族が多い。彼らは再び自分たちの王が生まれることを望んでおり、アベルトとツァンテリの婚約が破棄されるのは喜びなのだ。
中には自分が王子妃にと考えるものもいるのだろう。
「な、なんで無視するのよ! ちょっと、どれだけ偉そうなのよ、人間として……っ、どうかしてるわ!」
野良猫が騒いでいたが、ツァンテリとその取り巻きたちは、そのままパーティ会場をあとにした。
1,034
あなたにおすすめの小説
【完結】君を迎えに行く
とっくり
恋愛
顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、
ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。
幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。
けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。
その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。
やがて彼は気づく。
あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。
これは、不器用なふたりが、
遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語
「女友達と旅行に行っただけで別れると言われた」僕が何したの?理由がわからない弟が泣きながら相談してきた。
佐藤 美奈
恋愛
「アリス姉さん助けてくれ!女友達と旅行に行っただけなのに婚約しているフローラに別れると言われたんだ!」
弟のハリーが泣きながら訪問して来た。姉のアリス王妃は突然来たハリーに驚きながら、夫の若き国王マイケルと話を聞いた。
結婚して平和な生活を送っていた新婚夫婦にハリーは涙を流して理由を話した。ハリーは侯爵家の長男で伯爵家のフローラ令嬢と婚約をしている。
それなのに婚約破棄して別れるとはどういう事なのか?詳しく話を聞いてみると、ハリーの返答に姉夫婦は呆れてしまった。
非常に頭の悪い弟が常識的な姉夫婦に相談して婚約者の彼女と話し合うが……
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
婚約破棄した王子は年下の幼馴染を溺愛「彼女を本気で愛してる結婚したい」国王「許さん!一緒に国外追放する」
佐藤 美奈
恋愛
「僕はアンジェラと婚約破棄する!本当は幼馴染のニーナを愛しているんだ」
アンジェラ・グラール公爵令嬢とロバート・エヴァンス王子との婚約発表および、お披露目イベントが行われていたが突然のロバートの主張で会場から大きなどよめきが起きた。
「お前は何を言っているんだ!頭がおかしくなったのか?」
アンドレア国王の怒鳴り声が響いて静まった会場。その舞台で親子喧嘩が始まって収拾のつかぬ混乱ぶりは目を覆わんばかりでした。
気まずい雰囲気が漂っている中、婚約披露パーティーは早々に切り上げられることになった。アンジェラの一生一度の晴れ舞台は、婚約者のロバートに台なしにされてしまった。
私は王子の婚約者にはなりたくありません。
黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。
愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。
いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。
そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。
父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。
しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。
なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。
さっさと留学先に戻りたいメリッサ。
そこへ聖女があらわれて――
婚約破棄のその後に起きる物語
完結 やっぱり貴方は、そちらを選ぶのですね
ポチ
恋愛
卒業式も終わり
卒業のお祝い。。
パーティーの時にソレは起こった
やっぱり。。そうだったのですね、、
また、愛する人は
離れて行く
また?婚約者は、1人目だけど。。。
婚約解消の理由はあなた
彩柚月
恋愛
王女のレセプタントのオリヴィア。結婚の約束をしていた相手から解消の申し出を受けた理由は、王弟の息子に気に入られているから。
私の人生を壊したのはあなた。
許されると思わないでください。
全18話です。
最後まで書き終わって投稿予約済みです。
お飾りの側妃となりまして
秋津冴
恋愛
舞台は帝国と公国、王国が三竦みをしている西の大陸のど真ん中。
歴史はあるが軍事力がないアート王国。
軍事力はあるが、歴史がない新興のフィラー帝国。
歴史も軍事力も国力もあり、大陸制覇を目論むボッソ公国。
そんな情勢もあって、帝国と王国は手を組むことにした。
テレンスは帝国の第二皇女。
アート王ヴィルスの第二王妃となるために輿入れしてきたものの、互いに愛を感じ始めた矢先。
王は病で死んでしまう。
新しく王弟が新国王となるが、テレンスは家臣に下賜されてしまう。
その相手は、元夫の義理の息子。
現王太子ラベルだった。
しかし、ラベルには心に思う相手がいて‥‥‥。
他の投稿サイトにも、掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる