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「ラードル様!」
その時、侍従が駆け込んできた。
名を呼ばれてラードルは震えるばかりで動かない。ツァンテリが代わりに質した。
「何か問題がありましたか?」
「そっ、その、南に侵入者があったようです!」
「……被害は?」
「いえ、侵入は予測されていたようです。王家派によって二十余名が捕らえられているとか」
予測していたということは、何かの前段階があったのだろう。それが公爵派に伝えられなかったのは、責められない。もともと敵同士のような関係だ。
今回連絡があったのは、大きく戦況が動いたからだろう。さすがにここまでくれば、味方同士いがみ合う姿を見せるわけにはいかない。
「確認に参ります。こちらも警戒を怠らないよう」
「はっ!」
「ラードル様」
「い、行かないぞ!」
ラードルは壁に背を押し付けるようにして首を振っている。
「料理に毒が入っていた! こ、このタイミングでやってくるなど……おかしい! 俺をおびき出そうとしているのかもしれない!」
「そうかもしれませんが」
この状況で動かないのでは、指導者として資質を問われかねない。
しかし説得している時間はない。南の拠点に行くだけでも時間がかかるのだ。捕らえた兵の話を聞けないのでは、ここに陣を敷いている意味がなくなってしまう。
民のために兵を起こしたのだ、無駄にはできない。
「わかりました。私ひとりで参ります。馬の用意と、護衛を頼みます」
「既に準備はできています」
「姫、お着替えを!」
「ええ」
歩きながら、侍女が乗馬用のズボンを履かせ、髪をまとめてくれた。護衛はすでにツァンテリを囲んでいる。
外に出るのは久しぶりだった。
広い空だ。このさきにアベルトがいると思うと、状況も忘れて嬉しく思ってしまう。彼は上手くやっているだろうか?
ツァンテリよりはよほどそうだろう。
アベルトとツァンテリは同じであってそうではない。ツァンテリと同じように、アベルトの意志は通らない。けれどアベルトの周囲の人々は、いつも楽しげに笑っていたのを覚えている。
「殿下」
「……来たのか」
ゆっくりと近づく、馬の歩みさえ劇的に見えた。
アベルトは何度もまばたきをして、おかしな幻想を振り払う必要があった。ツァンテリの姿は世界から浮き上がって見える。
「ごきげんよう。このような場ですので、簡単な挨拶で失礼いたします」
「いや、充分だ。……息災なようで何よりだ」
「ありがとうございます」
ツァンテリは上手く微笑むことができなかった。
かわりに呼吸をして、見苦しくないよう気をつけながら馬から降りる。顔をあげて、アベルトの周囲に兵士たちばかりなのが少し不自然に思えた。
「側近の方々は……?」
「ああ……王都を守っている」
「そう、ですか」
アベルトとともに、少数の側近たちは辺境までやってきた。アベルトの監視のような目的があったのだろう。
しばらくすると一人一人、王城へと帰っていった。アベルトがまともに兵を率いているので、よしとしたのだろう。どうせアベルトが何を言っても、大したことはできない。囲い込まれて育てられた、どこにもいけない子供なのだ。
「状況は報告の通りだ。アズラージアの兵士二十五名を捕虜としている」
「彼らはこちらに向かってきたのですか?」
「いや、隠れ潜んでいるのを見つけた。先んじて三人を捕虜とし、彼らから情報を聞き出していた」
「そうだったのですね。できれば、捕虜の様子を見たいのですが」
「ああ、話をさせる。……ラードル殿は?」
「拠点を見ています。他にも侵入者があるかもしれませんから」
アベルトは頷いた。
それらしい会話を続けているが、ただ、話を終わらせてしまうのがもったいないと思っているだけだ。しかし、さすがに無駄話のできる状況ではないだろう。
わずかに目を伏せる。
ツァンテリもまた、少し過ぎた沈黙の時間を取った。
それは周囲からすれば、ほんのわずかな時間だ。しかし二人の中では不必要に長く、役目を忘れたような時間だった。
「……捕虜の返還のかわりに、国境からの撤退を交渉しようと考えている」
「そう……ですね。上手く進むと良いのですが」
「ラードル殿はどう考えるだろうか」
ツァンテリは苦笑した。
あの様子では、自分が交渉する、などと言い出すとは思えない。しかし、もちろん話は通さなければならない。
「話してみますが、恐らく殿下にお任せすることになると思います」
「……そうか」
二人は話の続きを探して視線を合わせたが、それ以上は何も出てこない。ツァンテリは捕虜のもとに案内され、彼らの様子を見た。
会話はできなかったが、ずいぶんと元気そうだ。悔しげに睨みつけてくる。ツァンテリは静かに見返した。
「物資に不足はありませんか?」
「問題ない。気遣いありがとう」
「いえ。こちらこそ、報告をありがとうございました」
視線がまた絡み、離れる。
王家派と公爵派の兵士たちもまた、睨み合っていた。長居しない方が良いだろう。
その時、侍従が駆け込んできた。
名を呼ばれてラードルは震えるばかりで動かない。ツァンテリが代わりに質した。
「何か問題がありましたか?」
「そっ、その、南に侵入者があったようです!」
「……被害は?」
「いえ、侵入は予測されていたようです。王家派によって二十余名が捕らえられているとか」
予測していたということは、何かの前段階があったのだろう。それが公爵派に伝えられなかったのは、責められない。もともと敵同士のような関係だ。
今回連絡があったのは、大きく戦況が動いたからだろう。さすがにここまでくれば、味方同士いがみ合う姿を見せるわけにはいかない。
「確認に参ります。こちらも警戒を怠らないよう」
「はっ!」
「ラードル様」
「い、行かないぞ!」
ラードルは壁に背を押し付けるようにして首を振っている。
「料理に毒が入っていた! こ、このタイミングでやってくるなど……おかしい! 俺をおびき出そうとしているのかもしれない!」
「そうかもしれませんが」
この状況で動かないのでは、指導者として資質を問われかねない。
しかし説得している時間はない。南の拠点に行くだけでも時間がかかるのだ。捕らえた兵の話を聞けないのでは、ここに陣を敷いている意味がなくなってしまう。
民のために兵を起こしたのだ、無駄にはできない。
「わかりました。私ひとりで参ります。馬の用意と、護衛を頼みます」
「既に準備はできています」
「姫、お着替えを!」
「ええ」
歩きながら、侍女が乗馬用のズボンを履かせ、髪をまとめてくれた。護衛はすでにツァンテリを囲んでいる。
外に出るのは久しぶりだった。
広い空だ。このさきにアベルトがいると思うと、状況も忘れて嬉しく思ってしまう。彼は上手くやっているだろうか?
ツァンテリよりはよほどそうだろう。
アベルトとツァンテリは同じであってそうではない。ツァンテリと同じように、アベルトの意志は通らない。けれどアベルトの周囲の人々は、いつも楽しげに笑っていたのを覚えている。
「殿下」
「……来たのか」
ゆっくりと近づく、馬の歩みさえ劇的に見えた。
アベルトは何度もまばたきをして、おかしな幻想を振り払う必要があった。ツァンテリの姿は世界から浮き上がって見える。
「ごきげんよう。このような場ですので、簡単な挨拶で失礼いたします」
「いや、充分だ。……息災なようで何よりだ」
「ありがとうございます」
ツァンテリは上手く微笑むことができなかった。
かわりに呼吸をして、見苦しくないよう気をつけながら馬から降りる。顔をあげて、アベルトの周囲に兵士たちばかりなのが少し不自然に思えた。
「側近の方々は……?」
「ああ……王都を守っている」
「そう、ですか」
アベルトとともに、少数の側近たちは辺境までやってきた。アベルトの監視のような目的があったのだろう。
しばらくすると一人一人、王城へと帰っていった。アベルトがまともに兵を率いているので、よしとしたのだろう。どうせアベルトが何を言っても、大したことはできない。囲い込まれて育てられた、どこにもいけない子供なのだ。
「状況は報告の通りだ。アズラージアの兵士二十五名を捕虜としている」
「彼らはこちらに向かってきたのですか?」
「いや、隠れ潜んでいるのを見つけた。先んじて三人を捕虜とし、彼らから情報を聞き出していた」
「そうだったのですね。できれば、捕虜の様子を見たいのですが」
「ああ、話をさせる。……ラードル殿は?」
「拠点を見ています。他にも侵入者があるかもしれませんから」
アベルトは頷いた。
それらしい会話を続けているが、ただ、話を終わらせてしまうのがもったいないと思っているだけだ。しかし、さすがに無駄話のできる状況ではないだろう。
わずかに目を伏せる。
ツァンテリもまた、少し過ぎた沈黙の時間を取った。
それは周囲からすれば、ほんのわずかな時間だ。しかし二人の中では不必要に長く、役目を忘れたような時間だった。
「……捕虜の返還のかわりに、国境からの撤退を交渉しようと考えている」
「そう……ですね。上手く進むと良いのですが」
「ラードル殿はどう考えるだろうか」
ツァンテリは苦笑した。
あの様子では、自分が交渉する、などと言い出すとは思えない。しかし、もちろん話は通さなければならない。
「話してみますが、恐らく殿下にお任せすることになると思います」
「……そうか」
二人は話の続きを探して視線を合わせたが、それ以上は何も出てこない。ツァンテリは捕虜のもとに案内され、彼らの様子を見た。
会話はできなかったが、ずいぶんと元気そうだ。悔しげに睨みつけてくる。ツァンテリは静かに見返した。
「物資に不足はありませんか?」
「問題ない。気遣いありがとう」
「いえ。こちらこそ、報告をありがとうございました」
視線がまた絡み、離れる。
王家派と公爵派の兵士たちもまた、睨み合っていた。長居しない方が良いだろう。
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