1 / 9
「おつかい……ですか?」
しおりを挟む
「おつかい……ですか?」
聖女メリルは首を傾げた。足のつかない椅子にちょこんと座り、体に比して大きな本を読んでいたところだ。
「ええそうよ! メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」
メリルの実家は男爵家、といっても、少し豊かな平民かなという程度の、貧乏男爵家である。
腰に腕を当てた母親も、肝っ玉母さんという言葉がよく似合う。
「でも、みんなにめいわくが」
メリルは困って言った。
自分は聖女であり、自分に何かあれば国が困るのだと、メリルはよくわかっている。
それでも教会の皆はメリルが幼いので、こうして三日に一度、実家に帰れるよう手配してくれているのだ。
「何言ってんだい。何もできない大人でいるほうが、将来あんたも皆も困るんだよ! さ、支度しな」
「そうよ、あたしなんて7つの時には隣町まで行ってたわよ」
母によく似た姉が言い、ほらほらとメリルを立たせた。
「特にあんたはとろくさいんだから、ほんとはもっと早く練習しなきゃいけなかったってのに。教会ではちっともそんなこと教えてなかったなんて!」
「メリル! ほら帽子」
「あ、うん。……じゃなくて……私はせいじょだから、しゅぎょうして祈るのがしごとで、」
「聖女の力なんていつなくなるかわかんないんだろ? うちからそんなご立派な聖女が生まれるはずがないよ」
「えーっと……」
聖女は立派な家から生まれるわけではない。
平民からでも生まれる。力の強い聖女であればあるほど、力のある貴族が養女として引き取っているだけだ。
教会で教えられたので知っている。
しかし話術が得意でもない幼いメリルは、それを上手く説明できなかった。
「メリル、着替えるよ。手あげて!」
「いいかい、簡単だよ。人参2本と、ムニ鳥を一羽。ムニ鳥好きだろう? 今日の晩御飯になるからね」
姉に着替えさせられながら、買ってくるものを説明されている。
「……あの、でも」
「人参2本!」
「外にはでられな……」
「人参2本! ほら、言って」
「……にんじん2本」
「ムニ鳥」
「ムニどり」
「よおし!」
母親は満足そうに頷くと、ぽんぽんとメリルの背を叩いた。
「あんたはとろくさいけど大丈夫、ユーミルも小さい頃はそれなりにとろくさかったもんさ」
「えっ、そんなことないよ!」
姉が否定したが、母は構わずメリルの目を見て言った。
「誰だって慣れればちゃんとできるからね。がんばってきな。ほら、人参が?」
「2本と、ムニどり……」
復唱しながらメリルは、でも出かけられないだろうなと思っていた。
だって家の周囲は、きちんと教会の人たちが守ってくれているのだ。メリルが外に出るなどと言ったら、全力で止めるに違いない。
ただメリルが心配しているのは、もし母親が強行したら、もう家には戻れなくなるかもしれないということだ。
聖女がどれだけ大事にされているか、メリルは知っている。今の三日に一度の帰宅だって、いい顔をしない者が多いのだ。
「そっちじゃないよ!」
「え?」
「地下にねえ……ああ、いいかい、このことは秘密だよ。こんな高いもの買ったなんて知られたら、ご近所さんにまた陰口叩かれちまう」
メリルはよくわからないが、眉を下げて頷いた。聖女に与えられる予算を母親が好きに使っている、などと噂を流されたことを知っている。
自分が聖女なばかりに迷惑をかけているのだ。
「ユーミルも、誰にも喋っちゃだめだからね。さ、おいで」
「えっ……」
地下にあったのは魔法陣だった。
集会所で何度か見たから知っている。これは、転移の魔法陣だった。
基本的に公共の場に置かれて皆が使うものだが、最近、ついに個人サイズにまで縮められたのだそうだ。
とても高価だけれど裕福な家なら買える。誘拐が増えるかもしれないから気をつけて、とメリルは巫女のお姉さんに言われていた。
「あーっ! いいなあ、母さん、私も使いたい!」
「来週、王都に行く時には使っていいから、それまで勝手に使うんじゃないよ。通行料が払えなきゃ、戻ってこれなくなるからね」
「はーい」
「さ、メリル」
「ま」
待って。
「ほら、ぐずぐずしないの!」
「行ってらっしゃい!」
「ど、どこに行く、の……っ?」
「本当は近所がいいんだけどねえ、あんたの顔は知られちまってるから、隣国だよ」
「……!」
それはいけない。
とてもいけないと思う。聖女は国から出てはいけなかったはずだ。
まさかこんな、こんなことが。
「だ……っ!」
だめ、と言う前に、メリルを抱えた母は魔法陣の中央に入り、転移を発動させてしまった。
景色が歪む。
かくんと一瞬だけ意識が落ちたような感覚があり、目を開けるとそこは知らない町だった。
「カステルの町へようこそ! 次の方のために移動をお願いします! 通行料の支払いはあちらで!」
「はいよ。ありがとうねえ」
母は魔法陣を出ると、よいせとメリルを地面におろした。
「……」
メリルは呆然としている。町の賑わいが近い。市場に近い場所にある魔法陣のようだった。
転移魔法陣は、他の魔法陣との間を移動する。
繋がりは固定されているわけではないので、出口と入口、両方で通行料を徴収するのが普通だ。
当然、個人用の魔法陣を家に買えば、入口の料金はかからない。
「それじゃ、あたしはこの服屋に用事があるから。あんたはあっちの市場が……見えるだろう? 見えるね? あそこでお使いをしてくるんだ。覚えてるかい?」
「……」
「メリル」
呼ばれてもメリルは呆然として、知らない国の知らない町を見ている。
「こら、ぼうっとしないの! ちゃんと覚えてるんだろうね?」
「……にんじんが、2本と、ムニどり……」
「やればできるじゃないか! よし、行っといで! 迷ったら人に聞けばいいからね」
聖女メリルは首を傾げた。足のつかない椅子にちょこんと座り、体に比して大きな本を読んでいたところだ。
「ええそうよ! メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」
メリルの実家は男爵家、といっても、少し豊かな平民かなという程度の、貧乏男爵家である。
腰に腕を当てた母親も、肝っ玉母さんという言葉がよく似合う。
「でも、みんなにめいわくが」
メリルは困って言った。
自分は聖女であり、自分に何かあれば国が困るのだと、メリルはよくわかっている。
それでも教会の皆はメリルが幼いので、こうして三日に一度、実家に帰れるよう手配してくれているのだ。
「何言ってんだい。何もできない大人でいるほうが、将来あんたも皆も困るんだよ! さ、支度しな」
「そうよ、あたしなんて7つの時には隣町まで行ってたわよ」
母によく似た姉が言い、ほらほらとメリルを立たせた。
「特にあんたはとろくさいんだから、ほんとはもっと早く練習しなきゃいけなかったってのに。教会ではちっともそんなこと教えてなかったなんて!」
「メリル! ほら帽子」
「あ、うん。……じゃなくて……私はせいじょだから、しゅぎょうして祈るのがしごとで、」
「聖女の力なんていつなくなるかわかんないんだろ? うちからそんなご立派な聖女が生まれるはずがないよ」
「えーっと……」
聖女は立派な家から生まれるわけではない。
平民からでも生まれる。力の強い聖女であればあるほど、力のある貴族が養女として引き取っているだけだ。
教会で教えられたので知っている。
しかし話術が得意でもない幼いメリルは、それを上手く説明できなかった。
「メリル、着替えるよ。手あげて!」
「いいかい、簡単だよ。人参2本と、ムニ鳥を一羽。ムニ鳥好きだろう? 今日の晩御飯になるからね」
姉に着替えさせられながら、買ってくるものを説明されている。
「……あの、でも」
「人参2本!」
「外にはでられな……」
「人参2本! ほら、言って」
「……にんじん2本」
「ムニ鳥」
「ムニどり」
「よおし!」
母親は満足そうに頷くと、ぽんぽんとメリルの背を叩いた。
「あんたはとろくさいけど大丈夫、ユーミルも小さい頃はそれなりにとろくさかったもんさ」
「えっ、そんなことないよ!」
姉が否定したが、母は構わずメリルの目を見て言った。
「誰だって慣れればちゃんとできるからね。がんばってきな。ほら、人参が?」
「2本と、ムニどり……」
復唱しながらメリルは、でも出かけられないだろうなと思っていた。
だって家の周囲は、きちんと教会の人たちが守ってくれているのだ。メリルが外に出るなどと言ったら、全力で止めるに違いない。
ただメリルが心配しているのは、もし母親が強行したら、もう家には戻れなくなるかもしれないということだ。
聖女がどれだけ大事にされているか、メリルは知っている。今の三日に一度の帰宅だって、いい顔をしない者が多いのだ。
「そっちじゃないよ!」
「え?」
「地下にねえ……ああ、いいかい、このことは秘密だよ。こんな高いもの買ったなんて知られたら、ご近所さんにまた陰口叩かれちまう」
メリルはよくわからないが、眉を下げて頷いた。聖女に与えられる予算を母親が好きに使っている、などと噂を流されたことを知っている。
自分が聖女なばかりに迷惑をかけているのだ。
「ユーミルも、誰にも喋っちゃだめだからね。さ、おいで」
「えっ……」
地下にあったのは魔法陣だった。
集会所で何度か見たから知っている。これは、転移の魔法陣だった。
基本的に公共の場に置かれて皆が使うものだが、最近、ついに個人サイズにまで縮められたのだそうだ。
とても高価だけれど裕福な家なら買える。誘拐が増えるかもしれないから気をつけて、とメリルは巫女のお姉さんに言われていた。
「あーっ! いいなあ、母さん、私も使いたい!」
「来週、王都に行く時には使っていいから、それまで勝手に使うんじゃないよ。通行料が払えなきゃ、戻ってこれなくなるからね」
「はーい」
「さ、メリル」
「ま」
待って。
「ほら、ぐずぐずしないの!」
「行ってらっしゃい!」
「ど、どこに行く、の……っ?」
「本当は近所がいいんだけどねえ、あんたの顔は知られちまってるから、隣国だよ」
「……!」
それはいけない。
とてもいけないと思う。聖女は国から出てはいけなかったはずだ。
まさかこんな、こんなことが。
「だ……っ!」
だめ、と言う前に、メリルを抱えた母は魔法陣の中央に入り、転移を発動させてしまった。
景色が歪む。
かくんと一瞬だけ意識が落ちたような感覚があり、目を開けるとそこは知らない町だった。
「カステルの町へようこそ! 次の方のために移動をお願いします! 通行料の支払いはあちらで!」
「はいよ。ありがとうねえ」
母は魔法陣を出ると、よいせとメリルを地面におろした。
「……」
メリルは呆然としている。町の賑わいが近い。市場に近い場所にある魔法陣のようだった。
転移魔法陣は、他の魔法陣との間を移動する。
繋がりは固定されているわけではないので、出口と入口、両方で通行料を徴収するのが普通だ。
当然、個人用の魔法陣を家に買えば、入口の料金はかからない。
「それじゃ、あたしはこの服屋に用事があるから。あんたはあっちの市場が……見えるだろう? 見えるね? あそこでお使いをしてくるんだ。覚えてるかい?」
「……」
「メリル」
呼ばれてもメリルは呆然として、知らない国の知らない町を見ている。
「こら、ぼうっとしないの! ちゃんと覚えてるんだろうね?」
「……にんじんが、2本と、ムニどり……」
「やればできるじゃないか! よし、行っといで! 迷ったら人に聞けばいいからね」
247
あなたにおすすめの小説
(完結)嘘つき聖女と呼ばれて
青空一夏
ファンタジー
私、アータムは夢のなかで女神様から祝福を受けたが妹のアスペンも受けたと言う。
両親はアスペンを聖女様だと決めつけて、私を無視した。
妹は私を引き立て役に使うと言い出し両親も賛成して……
ゆるふわ設定ご都合主義です。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
〈完結〉貴女を母親に持ったことは私の最大の不幸でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」ミュゼットは初潮が来た時に母から「唯一のこの家の女は自分」という理由で使用人の地位に落とされる。
そこで異母姉(と思っていた)アリサや他の使用人達から仕事を学びつつ、母への復讐を心に秘めることとなる。
二年後にアリサの乳母マルティーヌのもとに逃がされた彼女は、父の正体を知りたいアリサに応える形であちこち飛び回り、情報を渡していく。
やがて本当の父親もわかり、暖かい家庭を手に入れることもできる見込みも立つ。
そんな彼女にとっての母の最期は。
「この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。」のミュゼットのスピンオフ。
番外編にするとまた本編より長くなったりややこしくなりそうなんでもう分けることに。
聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。
———————————————
物語内のノーラとデイジーは同一人物です。
王都の小話は追記予定。
修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。
【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる