聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ

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「おつかい……ですか?」

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「おつかい……ですか?」
 聖女メリルは首を傾げた。足のつかない椅子にちょこんと座り、体に比して大きな本を読んでいたところだ。

「ええそうよ! メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」
 メリルの実家は男爵家、といっても、少し豊かな平民かなという程度の、貧乏男爵家である。
 腰に腕を当てた母親も、肝っ玉母さんという言葉がよく似合う。

「でも、みんなにめいわくが」
 メリルは困って言った。
 自分は聖女であり、自分に何かあれば国が困るのだと、メリルはよくわかっている。
 それでも教会の皆はメリルが幼いので、こうして三日に一度、実家に帰れるよう手配してくれているのだ。

「何言ってんだい。何もできない大人でいるほうが、将来あんたも皆も困るんだよ! さ、支度しな」
「そうよ、あたしなんて7つの時には隣町まで行ってたわよ」
 母によく似た姉が言い、ほらほらとメリルを立たせた。

「特にあんたはとろくさいんだから、ほんとはもっと早く練習しなきゃいけなかったってのに。教会ではちっともそんなこと教えてなかったなんて!」
「メリル! ほら帽子」
「あ、うん。……じゃなくて……私はせいじょだから、しゅぎょうして祈るのがしごとで、」
「聖女の力なんていつなくなるかわかんないんだろ? うちからそんなご立派な聖女が生まれるはずがないよ」
「えーっと……」

 聖女は立派な家から生まれるわけではない。
 平民からでも生まれる。力の強い聖女であればあるほど、力のある貴族が養女として引き取っているだけだ。
 教会で教えられたので知っている。
 しかし話術が得意でもない幼いメリルは、それを上手く説明できなかった。

「メリル、着替えるよ。手あげて!」
「いいかい、簡単だよ。人参2本と、ムニ鳥を一羽。ムニ鳥好きだろう? 今日の晩御飯になるからね」
 姉に着替えさせられながら、買ってくるものを説明されている。

「……あの、でも」
「人参2本!」
「外にはでられな……」
「人参2本! ほら、言って」
「……にんじん2本」
「ムニ鳥」
「ムニどり」
「よおし!」

 母親は満足そうに頷くと、ぽんぽんとメリルの背を叩いた。
「あんたはとろくさいけど大丈夫、ユーミルも小さい頃はそれなりにとろくさかったもんさ」
「えっ、そんなことないよ!」
 姉が否定したが、母は構わずメリルの目を見て言った。
「誰だって慣れればちゃんとできるからね。がんばってきな。ほら、人参が?」
「2本と、ムニどり……」

 復唱しながらメリルは、でも出かけられないだろうなと思っていた。
 だって家の周囲は、きちんと教会の人たちが守ってくれているのだ。メリルが外に出るなどと言ったら、全力で止めるに違いない。

 ただメリルが心配しているのは、もし母親が強行したら、もう家には戻れなくなるかもしれないということだ。
 聖女がどれだけ大事にされているか、メリルは知っている。今の三日に一度の帰宅だって、いい顔をしない者が多いのだ。

「そっちじゃないよ!」
「え?」
「地下にねえ……ああ、いいかい、このことは秘密だよ。こんな高いもの買ったなんて知られたら、ご近所さんにまた陰口叩かれちまう」

 メリルはよくわからないが、眉を下げて頷いた。聖女に与えられる予算を母親が好きに使っている、などと噂を流されたことを知っている。
 自分が聖女なばかりに迷惑をかけているのだ。

「ユーミルも、誰にも喋っちゃだめだからね。さ、おいで」
「えっ……」

 地下にあったのは魔法陣だった。
 集会所で何度か見たから知っている。これは、転移の魔法陣だった。

 基本的に公共の場に置かれて皆が使うものだが、最近、ついに個人サイズにまで縮められたのだそうだ。
 とても高価だけれど裕福な家なら買える。誘拐が増えるかもしれないから気をつけて、とメリルは巫女のお姉さんに言われていた。

「あーっ! いいなあ、母さん、私も使いたい!」
「来週、王都に行く時には使っていいから、それまで勝手に使うんじゃないよ。通行料が払えなきゃ、戻ってこれなくなるからね」
「はーい」

「さ、メリル」
「ま」
 待って。

「ほら、ぐずぐずしないの!」
「行ってらっしゃい!」
「ど、どこに行く、の……っ?」
「本当は近所がいいんだけどねえ、あんたの顔は知られちまってるから、隣国だよ」
「……!」

 それはいけない。
 とてもいけないと思う。聖女は国から出てはいけなかったはずだ。
 まさかこんな、こんなことが。

「だ……っ!」
 だめ、と言う前に、メリルを抱えた母は魔法陣の中央に入り、転移を発動させてしまった。

 景色が歪む。
 かくんと一瞬だけ意識が落ちたような感覚があり、目を開けるとそこは知らない町だった。

「カステルの町へようこそ! 次の方のために移動をお願いします! 通行料の支払いはあちらで!」
「はいよ。ありがとうねえ」

 母は魔法陣を出ると、よいせとメリルを地面におろした。
「……」
 メリルは呆然としている。町の賑わいが近い。市場に近い場所にある魔法陣のようだった。

 転移魔法陣は、他の魔法陣との間を移動する。
 繋がりは固定されているわけではないので、出口と入口、両方で通行料を徴収するのが普通だ。
 当然、個人用の魔法陣を家に買えば、入口の料金はかからない。

「それじゃ、あたしはこの服屋に用事があるから。あんたはあっちの市場が……見えるだろう? 見えるね? あそこでお使いをしてくるんだ。覚えてるかい?」
「……」
「メリル」
 呼ばれてもメリルは呆然として、知らない国の知らない町を見ている。

「こら、ぼうっとしないの! ちゃんと覚えてるんだろうね?」
「……にんじんが、2本と、ムニどり……」
「やればできるじゃないか! よし、行っといで! 迷ったら人に聞けばいいからね」
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