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「メリル様はどこですか?」
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そうして聖女メリルはひとりで送り出された。
「にんじん2本……」
呆然と呟く。
「い、いそがなきゃ……」
聖女、神子、愛し子とも言う。国民が神に祈り、感謝を捧げ、正しい生き方をしているからこそ、神から与えられる祝福だという。
神の祝福の権化たる存在が、国の外に出してしまったのだ。
しかし母にそれをどう伝えればいいかわからなかったし、伝えられたとしても、きっと笑い飛ばされるだけだ。
母親にとってメリルは今もただ出来の悪い子供で、聖女なんてものではないのだ。
「にんじん2本、ムニどり……」
メリルは知らない世界にきょろきょろ、びくびくしながら、とにかく歩き出した。市場はあっちだと言っていた。
ひとりで外に出たことのないメリルだが、いろいろな場所に連れて行ってもらっている。聖女の訪れた場所は祝福されると言われているからだ。
だから歩けなくなるほどの戸惑いはない。
ただ、心配でならない。
(巫女ねえさまは、わたしがいなくなったこと、きづいたかしら……)
メリルが生まれたばかりの頃、特に何をしたわけでもないのに、教会が迎えに来たそうだ。
それなら、いなくなったら気づくかもしれない。
「……なにもおこってないと、いいけど……」
もし何かあったら、自分が怒られるのはいいが、もう家に戻れなくなるかもしれない。
母も何か罰を受けるかもしれない。
(わたしがいけないのに……)
ちゃんと説明できればよかったのだ。
聖女というものがどれだけ重要なものなのか。どうしても母にはわかってもらえない。いつまで経っても、母にとって教会はろくでもないところらしい。
「にんじんにほん……」
考え始めると歩けなくなってしまう。
首を振って足を急がせた。自分は聖女である。聖女たる自覚を持って、誇り高く生きねばならない……と、姉のような巫女に言われているのだ。
「がんばる」
お使いをしてすぐに帰れば問題ないはずだ。
「ど、どうして!?」
その頃、巫女ローレラは慌てていた。それはもう慌てていた。冷静沈着、穏やかで、いつも微笑みを絶やさない彼女の、珍しい慌てっぷりだ。
聖女メリルの気配が、彼女の家から消えたのだ。
「そんな……裏口も見張っていたのですよね!?」
「もちろんです! 使用人ひとり外に出てはいません!」
「ですが表門は私も見ていました……出ているはずが……」
男爵家といってもメリルの家はそれほど大きくない。裏門と表門、それに門のない四辺もしっかりと聖騎士達で見張っていた。
「聖女としての力を使い切れば、そういうことも……いえ、それまで異変はなかったのですから。もし! もし!」
とにかく中にメリルがいるのか確認せねばならない。
男爵家の扉を叩くと、すぐに使用人の女が顔を出した。
「……教会の方ですか? すみません、主人が、教会の方は絶対に入れるなと……」
「メリル様はいらっしゃいますか!?」
「え? メリルお嬢様なら家に……いえ、教会の方にお教えするわけにはいきません」
使用人はすまなそうな顔で言った。そう命じられているのだろう。
メリルの母が教会を嫌っている、信用していないことは知っている。
無理もない。幼い娘を、それが決まりだと押し切られて手元で育てられなくなったのだ。
家族を思う気持ちがわかるので、今までローレラはそれほど強いことは言ってこなかった。母親も教会も気持ちは同じ、聖女メリルを大事に思っているのだから。
しかし今日ばかりはいけない。
「……確認させていただきます! ダーフル!」
「はっ!」
聖騎士ダーフルはすっと使用人を横に退けた。まるで飼い猫を退ける程度の軽やかさで、屋敷に押し入っていく。
「えっ」
「失礼!」
「だ、だめですよ! 勝手に……きゃああ!」
「緊急事態です。お許しを!」
巫女ローレラと他の聖騎士達もそのあとに続く。
とにもかくにもメリルの無事を確認することが第一だ。もし聖女になにかあれば、神の加護が失われかねない。
この国に与えられている加護は、驚くほど多い。
皆、それが当たり前だと思っているようなことだ。
問題として、聖女の重要性を喧伝することはできない。
この国の聖女の重要性が知られれば知られるほど、他国から狙われることになる。完璧な警護などありえないのだから、狙われないのが一番だ。
そのためにメリルの母親のような、聖女の力を胡散臭く思う者が増えてしまっている。
「メリル様!」
巫女ローレラは屋敷の中で叫んだ。
「な、何!? 泥棒! 誰か……!」
メリルの姉であるユーミルが悲鳴をあげた。まだ幼い少女の怯えにローレラは心が痛んだが、緊急事態だ。
「私は教会の巫女です。メリル様はどこですか?」
「教会……?」
「メリル様の気配が消えました。聖女様の安全を確保することは、教会が国王陛下より与えられし責務です。拒否すれば罪に問われます」
「つ、罪って……急に来て、そっちが……!」
「メリル様はどこに?」
「メリルなら地下から……あっ」
言ってはいけないと思い出したように、ユーミルは口に手を当てた。
しかしそれだけ聞けば充分だった。階段を探し回らなければならないような大きな屋敷ではない。
「地下へ!」
「はっ!」
ローレラと聖騎士達はすぐさま地下に向かい、とんでもないものを発見した。
「転移、魔法陣……」
一瞬で消えたメリルの気配。たとえ警備の目をかいくぐったのだとしても、近くにいればわかるはずなのだ。
「どこかに、飛んだのね……」
愕然としたローレラは、なんとか自分を立て直した。
「すぐに魔法師を呼んで! 行き先を調べさせて!」
しかしそれにしても、いったいどこへ向かったのだろう。
聖女はこの国に加護をもたらす。それゆえ近くにいるなら、いや、この国の中にいるのなら、うっすらとでも聖女の気配は感じられるはずだった。
「まさか、国を出た……? ……まさかね。そんなことになったら、何が起こるかわからない……」
神を礎として建国されて以来、この国から聖女がいなくなったことはない。聖女が力を失うと同時に、他の聖女が力を持つ。
あるいは聖女が複数いるという時代もあった。
だが今、この国の聖女はメリルただひとりである。
「……っ?」
寒気がした。
巫女ローレラは生まれて初めて、聖女のいないこの国の空気を感じたのだ。
「にんじん2本……」
呆然と呟く。
「い、いそがなきゃ……」
聖女、神子、愛し子とも言う。国民が神に祈り、感謝を捧げ、正しい生き方をしているからこそ、神から与えられる祝福だという。
神の祝福の権化たる存在が、国の外に出してしまったのだ。
しかし母にそれをどう伝えればいいかわからなかったし、伝えられたとしても、きっと笑い飛ばされるだけだ。
母親にとってメリルは今もただ出来の悪い子供で、聖女なんてものではないのだ。
「にんじん2本、ムニどり……」
メリルは知らない世界にきょろきょろ、びくびくしながら、とにかく歩き出した。市場はあっちだと言っていた。
ひとりで外に出たことのないメリルだが、いろいろな場所に連れて行ってもらっている。聖女の訪れた場所は祝福されると言われているからだ。
だから歩けなくなるほどの戸惑いはない。
ただ、心配でならない。
(巫女ねえさまは、わたしがいなくなったこと、きづいたかしら……)
メリルが生まれたばかりの頃、特に何をしたわけでもないのに、教会が迎えに来たそうだ。
それなら、いなくなったら気づくかもしれない。
「……なにもおこってないと、いいけど……」
もし何かあったら、自分が怒られるのはいいが、もう家に戻れなくなるかもしれない。
母も何か罰を受けるかもしれない。
(わたしがいけないのに……)
ちゃんと説明できればよかったのだ。
聖女というものがどれだけ重要なものなのか。どうしても母にはわかってもらえない。いつまで経っても、母にとって教会はろくでもないところらしい。
「にんじんにほん……」
考え始めると歩けなくなってしまう。
首を振って足を急がせた。自分は聖女である。聖女たる自覚を持って、誇り高く生きねばならない……と、姉のような巫女に言われているのだ。
「がんばる」
お使いをしてすぐに帰れば問題ないはずだ。
「ど、どうして!?」
その頃、巫女ローレラは慌てていた。それはもう慌てていた。冷静沈着、穏やかで、いつも微笑みを絶やさない彼女の、珍しい慌てっぷりだ。
聖女メリルの気配が、彼女の家から消えたのだ。
「そんな……裏口も見張っていたのですよね!?」
「もちろんです! 使用人ひとり外に出てはいません!」
「ですが表門は私も見ていました……出ているはずが……」
男爵家といってもメリルの家はそれほど大きくない。裏門と表門、それに門のない四辺もしっかりと聖騎士達で見張っていた。
「聖女としての力を使い切れば、そういうことも……いえ、それまで異変はなかったのですから。もし! もし!」
とにかく中にメリルがいるのか確認せねばならない。
男爵家の扉を叩くと、すぐに使用人の女が顔を出した。
「……教会の方ですか? すみません、主人が、教会の方は絶対に入れるなと……」
「メリル様はいらっしゃいますか!?」
「え? メリルお嬢様なら家に……いえ、教会の方にお教えするわけにはいきません」
使用人はすまなそうな顔で言った。そう命じられているのだろう。
メリルの母が教会を嫌っている、信用していないことは知っている。
無理もない。幼い娘を、それが決まりだと押し切られて手元で育てられなくなったのだ。
家族を思う気持ちがわかるので、今までローレラはそれほど強いことは言ってこなかった。母親も教会も気持ちは同じ、聖女メリルを大事に思っているのだから。
しかし今日ばかりはいけない。
「……確認させていただきます! ダーフル!」
「はっ!」
聖騎士ダーフルはすっと使用人を横に退けた。まるで飼い猫を退ける程度の軽やかさで、屋敷に押し入っていく。
「えっ」
「失礼!」
「だ、だめですよ! 勝手に……きゃああ!」
「緊急事態です。お許しを!」
巫女ローレラと他の聖騎士達もそのあとに続く。
とにもかくにもメリルの無事を確認することが第一だ。もし聖女になにかあれば、神の加護が失われかねない。
この国に与えられている加護は、驚くほど多い。
皆、それが当たり前だと思っているようなことだ。
問題として、聖女の重要性を喧伝することはできない。
この国の聖女の重要性が知られれば知られるほど、他国から狙われることになる。完璧な警護などありえないのだから、狙われないのが一番だ。
そのためにメリルの母親のような、聖女の力を胡散臭く思う者が増えてしまっている。
「メリル様!」
巫女ローレラは屋敷の中で叫んだ。
「な、何!? 泥棒! 誰か……!」
メリルの姉であるユーミルが悲鳴をあげた。まだ幼い少女の怯えにローレラは心が痛んだが、緊急事態だ。
「私は教会の巫女です。メリル様はどこですか?」
「教会……?」
「メリル様の気配が消えました。聖女様の安全を確保することは、教会が国王陛下より与えられし責務です。拒否すれば罪に問われます」
「つ、罪って……急に来て、そっちが……!」
「メリル様はどこに?」
「メリルなら地下から……あっ」
言ってはいけないと思い出したように、ユーミルは口に手を当てた。
しかしそれだけ聞けば充分だった。階段を探し回らなければならないような大きな屋敷ではない。
「地下へ!」
「はっ!」
ローレラと聖騎士達はすぐさま地下に向かい、とんでもないものを発見した。
「転移、魔法陣……」
一瞬で消えたメリルの気配。たとえ警備の目をかいくぐったのだとしても、近くにいればわかるはずなのだ。
「どこかに、飛んだのね……」
愕然としたローレラは、なんとか自分を立て直した。
「すぐに魔法師を呼んで! 行き先を調べさせて!」
しかしそれにしても、いったいどこへ向かったのだろう。
聖女はこの国に加護をもたらす。それゆえ近くにいるなら、いや、この国の中にいるのなら、うっすらとでも聖女の気配は感じられるはずだった。
「まさか、国を出た……? ……まさかね。そんなことになったら、何が起こるかわからない……」
神を礎として建国されて以来、この国から聖女がいなくなったことはない。聖女が力を失うと同時に、他の聖女が力を持つ。
あるいは聖女が複数いるという時代もあった。
だが今、この国の聖女はメリルただひとりである。
「……っ?」
寒気がした。
巫女ローレラは生まれて初めて、聖女のいないこの国の空気を感じたのだ。
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