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「あんたが聖女様で、よかったよ」
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ローレラは即座に状況を理解した。
「……っ!」
声をあげたそうになったのをこらえ、聖騎士に視線を向ける。すぐに彼は察して、気配を殺して彼らに近づいた。
落ち込んだ様子のメリル。
両親が一人の兵士に何事か告げている。
もう一人の兵士が、今にもメリルに手を伸ばしそうだった。
ローレラは巫女筆頭として、隣国の者と顔を合わせることがある。その兵士の衣装が、見回りをするような階級のものではないとすぐにわかった。
聖騎士が近づく。
しかし、兵士の腕がメリルを抱える方が早かった。
「メリル様……!」
「動くな!」
空気が張り詰めた。
メリルの両親が振り向き、悲鳴をあげる。兵士はメリルを抱え、刃を突きつけながら下がる。
こうなれば動けない。
「な……っ、なに、やってんだい! 離しな!」
兵士は叫ぶ母親を一瞥し、聖騎士の姿に小さく笑った。
「やはり隣国の聖女か。何があったか知らないが、まさかそちらから飛び込んでくるとは……」
「あ、あ……っ、お、お母さ……」
メリルは幼い体をひねり、なんとか逃れようとしている。しかし兵士にとって、脅すまでもない弱々しい抵抗だった。
「その方を離しなさい! でなければ、この国に正式に抗議します!」
「巫女ねえさま、」
「動かないで。大丈夫、大丈夫よ」
「はっ、悪いが、国の者だと言った覚えはないね。……全員動くなよ。なに、大事にするさ。いい暮らしもさせる。なんといっても金を生む卵だ」
「させるものですか! 必ず見つけ出します!」
さきほどまで品よく笑顔を浮かべていた男は、顔を歪めるようにして笑った。
「さて、どうだかな」
「……!」
ローレラは最悪を考えた。
この国にいることがわかっていれば、加護の気配を追えるだろう。しかし他国に売り渡されてしまっては、それも難しい。
聖女を失ってしまった混乱の中、他国を探し回るだけの余裕があるだろうか。
ないだろう。
ではメリルを保護する機会は今しかない。
しかし、できるのだろうか。
聖騎士を見た。彼も焦りを見せている。
「おっと、近づくなよ」
抜け目のない男は、この場で最も力を持つのが聖騎士だと理解しているのだろう。警戒は強く、大きく距離を取ろうとしている。
この距離が広がれば、あとは走り去ってしまうつもりだ。
(どうしたら)
ローレラは必死に考えるが、このような荒事など経験にないのだ。良案など浮かばず、いたずらに時がすぎる。
じり、じり、とメリルとの間が開く。
その時だ。
「あたしの子から……っ、離れなッ!」
「ジョアンナさん……!」
あまりにも危険だ。
しかしどちらかというと夫の方を警戒していた男は、腕を振りかぶり突進してきたジョアンナに一瞬ひるんだ。
そしてとっさにメリルから刃を離し、ジョアンナに向けた。
今しかない。
聖騎士ダーフルが動いた。
メリルが悲鳴をあげる。
ダーフルが距離を詰めた。メリルへの危険さえなければ、簡単に制圧できる相手だ。剣を抜く。
メリルを捕らえた男が下がり、もうひとりの男が前に出ようとした。しかしそれより早く、ダーフルの剣は男の腕を斬り飛ばした。
返す刀で残った男も斬り捨てる。
「あっ」
血が飛んだ。
それは悪漢のものだけではなかった。
果敢に男にぶつかったジョアンナの胸に、凶刃が突き立っている。
「……え……?」
ジョアンナは一瞬、理解できないという顔をして、ゆっくりと倒れた。
メリルは目を見開いた。
誰よりも頼れる人が、顔色を紙のように変え、物のように地面に落ちていくのだ。
「……ジョアンナ!」
父が声をあげ、彼女の体を支えたが、ずるずると落ちる。
聖騎士ダーフルが二人の男を捕らえ、拘束しているが、そんなことは目に入らない。メリルはローレラの腕を振りほどいて駆け寄った。
「お母さん!」
血が溢れている。
ジョアンナは力なく、けふりと血を吐いた。
しかしメリルを目にとめると、うっすらと笑う。
「……ぶじだね、メリル……、ごめんねえ……」
「お母さん! お母さん!」
痛みにだろう、ジョアンナはひくりと喉を鳴らした。しかし額に汗をにじませながら、口を開く。
「あんたは、いい子だ……ちゃんと、やれば、なんでも、できる。それが……教会なんかに……悔しくて……だから、」
「ジョアンナ! 喋るな! ローレラさん、治療を……」
ローレラは思わず黙った。
巫女にも多少の心得があるが、回復薬と同程度の、人の治癒力を高める術しかない。今にも命の危機にある状態をどうにかできるものではないのだ。
「……止血をします!」
物理的な行動の方が今は必要だ。
衣服を帯状に引き裂いて止血を行うが、傷ついた体の中を癒せるわけではない。ジョアンナの顔色はどんどん悪く、瞳は力を失っていく。
「……お母さん!」
悲鳴のように名を読んで、メリルが母の体を揺さぶった。
動かしてはいけない。けれどローレラは、とても告げることができなかった。動かさなければ助かるのか?
とてもそうは思えなかった。
そのはずだった。
「え?」
大きな力が周囲を包んだ。
暴風の中心にいるように、一瞬何が起こったかわからない。空気が止まった。光さえ途切れた。世界が白い。
空白が襲い、耳がキンと音をたてた。
「……っ!」
それから眩さが襲った。
熱、あるいは錯覚かもしれない。何らかの密度が押し寄せた。一瞬だけ息をするのが苦しくなる。
雲が晴れるように、加護が、目に見えるほどにキラキラと降り注いだ。
「え?」
「お母さんっ!」
「メリル?」
ジョアンナは首を傾げながら起き上がった。
不思議に輝き、傷ひとつない自分の体を確かめている。そこにメリルが抱きついて泣くので、頭を撫でながら呟いた。
「あんた、ほんとに……聖女様なんだねえ……」
「あっ……そう、そう、なの……せいじょだから、」
「そう。……あんたが聖女様で、よかったよ。えらいねえ」
「……っ」
「ありがとね」
「…………うん!」
さて、それならば急いで国に戻らなければならない。回復薬の加護切れによる被害を算出しなければ。他にも何が起こっているかわからない。
それにメリルの家の地下にある転移魔法陣も、危険なので撤去しなければならないだろう。
だがしかし、それだけといえばそれだけだ。
聖女が国を離れたにしては、奇跡的に、目立った問題は起こっていない。
「……良かったわ。きっと素晴らしい聖女様にお育ちになります」
母娘を見ながらのローレラの言葉に、巫女仲間もダーフルも笑って肩をすくめた。
「……っ!」
声をあげたそうになったのをこらえ、聖騎士に視線を向ける。すぐに彼は察して、気配を殺して彼らに近づいた。
落ち込んだ様子のメリル。
両親が一人の兵士に何事か告げている。
もう一人の兵士が、今にもメリルに手を伸ばしそうだった。
ローレラは巫女筆頭として、隣国の者と顔を合わせることがある。その兵士の衣装が、見回りをするような階級のものではないとすぐにわかった。
聖騎士が近づく。
しかし、兵士の腕がメリルを抱える方が早かった。
「メリル様……!」
「動くな!」
空気が張り詰めた。
メリルの両親が振り向き、悲鳴をあげる。兵士はメリルを抱え、刃を突きつけながら下がる。
こうなれば動けない。
「な……っ、なに、やってんだい! 離しな!」
兵士は叫ぶ母親を一瞥し、聖騎士の姿に小さく笑った。
「やはり隣国の聖女か。何があったか知らないが、まさかそちらから飛び込んでくるとは……」
「あ、あ……っ、お、お母さ……」
メリルは幼い体をひねり、なんとか逃れようとしている。しかし兵士にとって、脅すまでもない弱々しい抵抗だった。
「その方を離しなさい! でなければ、この国に正式に抗議します!」
「巫女ねえさま、」
「動かないで。大丈夫、大丈夫よ」
「はっ、悪いが、国の者だと言った覚えはないね。……全員動くなよ。なに、大事にするさ。いい暮らしもさせる。なんといっても金を生む卵だ」
「させるものですか! 必ず見つけ出します!」
さきほどまで品よく笑顔を浮かべていた男は、顔を歪めるようにして笑った。
「さて、どうだかな」
「……!」
ローレラは最悪を考えた。
この国にいることがわかっていれば、加護の気配を追えるだろう。しかし他国に売り渡されてしまっては、それも難しい。
聖女を失ってしまった混乱の中、他国を探し回るだけの余裕があるだろうか。
ないだろう。
ではメリルを保護する機会は今しかない。
しかし、できるのだろうか。
聖騎士を見た。彼も焦りを見せている。
「おっと、近づくなよ」
抜け目のない男は、この場で最も力を持つのが聖騎士だと理解しているのだろう。警戒は強く、大きく距離を取ろうとしている。
この距離が広がれば、あとは走り去ってしまうつもりだ。
(どうしたら)
ローレラは必死に考えるが、このような荒事など経験にないのだ。良案など浮かばず、いたずらに時がすぎる。
じり、じり、とメリルとの間が開く。
その時だ。
「あたしの子から……っ、離れなッ!」
「ジョアンナさん……!」
あまりにも危険だ。
しかしどちらかというと夫の方を警戒していた男は、腕を振りかぶり突進してきたジョアンナに一瞬ひるんだ。
そしてとっさにメリルから刃を離し、ジョアンナに向けた。
今しかない。
聖騎士ダーフルが動いた。
メリルが悲鳴をあげる。
ダーフルが距離を詰めた。メリルへの危険さえなければ、簡単に制圧できる相手だ。剣を抜く。
メリルを捕らえた男が下がり、もうひとりの男が前に出ようとした。しかしそれより早く、ダーフルの剣は男の腕を斬り飛ばした。
返す刀で残った男も斬り捨てる。
「あっ」
血が飛んだ。
それは悪漢のものだけではなかった。
果敢に男にぶつかったジョアンナの胸に、凶刃が突き立っている。
「……え……?」
ジョアンナは一瞬、理解できないという顔をして、ゆっくりと倒れた。
メリルは目を見開いた。
誰よりも頼れる人が、顔色を紙のように変え、物のように地面に落ちていくのだ。
「……ジョアンナ!」
父が声をあげ、彼女の体を支えたが、ずるずると落ちる。
聖騎士ダーフルが二人の男を捕らえ、拘束しているが、そんなことは目に入らない。メリルはローレラの腕を振りほどいて駆け寄った。
「お母さん!」
血が溢れている。
ジョアンナは力なく、けふりと血を吐いた。
しかしメリルを目にとめると、うっすらと笑う。
「……ぶじだね、メリル……、ごめんねえ……」
「お母さん! お母さん!」
痛みにだろう、ジョアンナはひくりと喉を鳴らした。しかし額に汗をにじませながら、口を開く。
「あんたは、いい子だ……ちゃんと、やれば、なんでも、できる。それが……教会なんかに……悔しくて……だから、」
「ジョアンナ! 喋るな! ローレラさん、治療を……」
ローレラは思わず黙った。
巫女にも多少の心得があるが、回復薬と同程度の、人の治癒力を高める術しかない。今にも命の危機にある状態をどうにかできるものではないのだ。
「……止血をします!」
物理的な行動の方が今は必要だ。
衣服を帯状に引き裂いて止血を行うが、傷ついた体の中を癒せるわけではない。ジョアンナの顔色はどんどん悪く、瞳は力を失っていく。
「……お母さん!」
悲鳴のように名を読んで、メリルが母の体を揺さぶった。
動かしてはいけない。けれどローレラは、とても告げることができなかった。動かさなければ助かるのか?
とてもそうは思えなかった。
そのはずだった。
「え?」
大きな力が周囲を包んだ。
暴風の中心にいるように、一瞬何が起こったかわからない。空気が止まった。光さえ途切れた。世界が白い。
空白が襲い、耳がキンと音をたてた。
「……っ!」
それから眩さが襲った。
熱、あるいは錯覚かもしれない。何らかの密度が押し寄せた。一瞬だけ息をするのが苦しくなる。
雲が晴れるように、加護が、目に見えるほどにキラキラと降り注いだ。
「え?」
「お母さんっ!」
「メリル?」
ジョアンナは首を傾げながら起き上がった。
不思議に輝き、傷ひとつない自分の体を確かめている。そこにメリルが抱きついて泣くので、頭を撫でながら呟いた。
「あんた、ほんとに……聖女様なんだねえ……」
「あっ……そう、そう、なの……せいじょだから、」
「そう。……あんたが聖女様で、よかったよ。えらいねえ」
「……っ」
「ありがとね」
「…………うん!」
さて、それならば急いで国に戻らなければならない。回復薬の加護切れによる被害を算出しなければ。他にも何が起こっているかわからない。
それにメリルの家の地下にある転移魔法陣も、危険なので撤去しなければならないだろう。
だがしかし、それだけといえばそれだけだ。
聖女が国を離れたにしては、奇跡的に、目立った問題は起こっていない。
「……良かったわ。きっと素晴らしい聖女様にお育ちになります」
母娘を見ながらのローレラの言葉に、巫女仲間もダーフルも笑って肩をすくめた。
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