聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ

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「……あんた、行くよ!」

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「カステルの町へようこそ! 次の方のために移動をお願いしまーす! 通行料の支払いはあちらで!」
「あ……、はい」
 ローレラは巫女筆頭というそれなりの立場であるが、気軽に国の外に出ることはほぼない。
 気後れしながらも指示に従って魔法陣から出、気配を探る。

「……!」
 ローレラはすぐに、その非常識に大きな加護の力を察知した。
 共にきた巫女と目を合わせ、頷き合う。
「行きましょう」

 来たのはローレラと巫女二人、聖騎士が一人。聖騎士をもっと連れてきたかったが、どうしても威圧の抜けない彼らは目立ちすぎる。聖女がこの国に来たなど、間違っても知られてはいけない。
 一人連れてきた聖騎士ダーフルは、珍しくも計算や書類仕事などが得意で、事務職のような雰囲気を持っている。

「メリル様……」
 胸に手をあてて決意を新たにした。
 すぐに迎えに行く。
 姉ユーミルから聞き出した情報によると、メリルはお使いに行ったのだという。お使い。

(お使い……)
 考えるほど頭が痛い。
 メリルはそんな立場ではないのだ。どうしてもしたいというならともかく、教える必要などない。
 国の危機とお使いでは、天秤にかけるにはあまりにもひどい落差がある。

「このあたり、ですね」
「はい。……ここ?」
 大きな加護の気配を追って、ふたりは一軒の家のそばにやってきた。家の前では二人のご婦人が立ち話をしている。

 メリルの姿はない。
「やはり、少し」
「おかしいですね」
 近づくにつれ違和感はあった。メリルの気配にしては、あまりにも眩しい。あまりにも力強い。
 メリルの持つ加護の気配を煮詰めた、その残り香のような。
 残り香でさえ強すぎる。

「あの……もし」
「はい?」
「このあたりに小さな……このくらいの髪の、品よく、心の優しさが姿に現れたような女の子が来ませんでしたか?」
「ああ! 神様! お知り合いなのですか? さきほど私の病気を治してくださって……でも、もう行ってしまわれたのです。やはりお礼をと思って、近所の方に探すよう頼んでいるのですが……」

 最悪の状況だった。




「……あんた、行くよ!」
「ああ!」
 夫は腕っぷしはさっぱりだが、それでも腕まくりをした。ジョアンナも腹に気合を入れながらメリルの元へ走る。

 メリルは怪しい男に手を引かれている。
 しばらく見てしまっていたが、人気のない道に入っていくに至り、これは非常事態だ。もはや一刻の猶予もない。メリルに知られてしまうなどと言っている場合ではなかった。

「ちょっとあんた!」
 ジョアンナは勢いよく男の肩を掴んだ。
「うちの子にっ……なんか、用、かい!」
 いくら威勢がよくてもこちらは女、先手必勝とばかり体当たりするようにぶつかった。

「わっ」
 押された男が距離を取る。
 計算通りだ。ともかく武器を取り出される前に、メリルから引き離さねばならない。

「なんか用かと聞いてるんだよ!」
「な、なんだ……っ、迷子だっていうから、教えてやってたんだ!」
「その割にどこに向かう気なんだい。この先に店なんかないだろう!」
「それは……」

 当てずっぽうで言っただけだが、図星であったらしい。うっかり善意の人を突き飛ばしたわけではないようで、ジョアンナは安心して男に詰め寄った。
「このっ……人さらいが!」
「……ちっ」
 男は舌打ちすると一目散に逃げていった。

「……ふう」
「メリル、ああ、よかった!」
「……父さん? どうして……仕事……」
「そりゃあ、メリルのためなら父さんは勇者だ。どこにでも駆けつけるさ!」

 夫は仕事のことを誤魔化しつつ、メリルにいい格好をしようとしている。ジョアンナは苦笑して、まあ、何も言わずにいることにした。
「はあ」
「ジョアンナ、怪我は?」
「あたしは何もされちゃいないよ。メリルは」
「ああ、大丈夫だ」
「よかった……」

 ともかく皆、無事でよかった。
 しかしメリルがなんだかうつむいて黙っている。よほど怖かったのだろうかと、ジョアンナはメリルに笑いかけた。
「お使い、だめになっちまったね。……まあ、今日は一緒に買い物しようか」
「父さんも久々にメリルに会えて嬉しいよ。何かほしいものはあるかい?」

「……」
 メリルが黙っている。
 ジョアンナは動揺した。メリルは大人しい子で、何を言ってもぼんやりしているところがあった。困ったところだが、感情的でないのは、これは長所とも言えるだろう。

 しかし今は、泣きそうだ。
 うるうると目に涙がたまっていく。
「……」
 ジョアンナと夫はうろたえた。
 あまりに見慣れない。経験がない。
 そういえばメリルはめったに泣くような子ではなかった。三日に一度しか一緒にいられないので、そのことがあまり目立っていなかったのだ。

 数年ぶりに見るメリルの涙は、静かな涙だ。かんしゃくを起こしても、嗚咽を漏らしてもいない。
 はたはた、メリルの頬に落ちた。
「メ、メリル……怖かったんだね。もう大丈夫だよ」
「……ちがう」
 ひく、としゃくりあげてメリルが首を振った。

「わたし、おつかいも、できなかった……」
「え? 何言ってるんだい、一回の失敗くらい。それに今回はあんたのせいじゃないだろ」
「とろくさくて……何もできなくて……」
「……」
「ごめんなさい」

「そ、そんなことは……」
 ジョアンナは慌てた。
 とろくさくて何もできない子だ。
 と、折にふれて言っていたのはジョアンナで、しかしそれは、ぼんやりした子の尻を叩きたいがための言葉だ。
 それも気楽に、雑に投げ捨てていた言葉だ。

「……あんたは、落ち着いてて、わがままも言わない良い子じゃないか」
「で、でも……っ」

「あのう、すみません」
「へっ?」
 母子の修羅場に、すまなそうに声をかけるものがあった。
「え、あ? 何か……」
 それがきちんとした身なりの兵士二人であったので、ジョアンナは居住まいを正した。

「我々は西区警備のものですが、女の子が連れ去られそうになっている、と詰所に通報がありまして」
「あっ、それは……確かに不審な男が、うちの子をどこかに連れて行こうとしていました」
「ご無事でしたか?」
「はい。私達がそばにいましたので……」
「それはよかった」
 兵士はいかにも同情的に、安堵したような顔をした。

「その男の人相などはわからないでしょうか? このところそういった通報が多く、同一犯かと思われるのです」
「まあ……。そう、待って、確か、丸っこい顔の……」
 他の子供にも危険があるというのなら、協力せずにいられない。ジョアンナはさきほどしっかりと見た男の風体を説明していく。

「はい。なるほど……なるほど……」
 兵士は真剣な顔で聞き、手元の紙にメモを取る。
「身長などは?」
「身長は……えーっと、あたしよりは高くて……」
「僕よりは低いくらいかな」

 夫も加わり、二人で思い出しながら説明した。
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