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前編
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「ああ、アリヤ様。こんなことになるなんて!」
ラッテは笑顔を全く隠しもしないで言った。発言前にふらりと一歩前に出たので、隣にいる王太子に顔は見られていないだろう。
一応はそういうことを考える、賢い女なのだ。
ただ、あまりに欲に忠実すぎて、根本として愚かという他ない。
「アリヤではないわ。愛称で呼ぶなんて無礼がすぎてよ」
私は微笑みながらそう返した。
こちらは王太子后、そちらは王太子の愛人だ。立場をわきまえなければならない。たとえ今、私がこうして牢に繋がれていたとしてもだ。
「それともアリヤーシャという私の名前はあなたには難しすぎたかしら? いまだに殿下のフルネームを書くこともできないとお聞きしたけれど」
「アリヤ、まだ君はそんなことを……!」
「どのような立場にあっても、事実というのは覆せぬものですわ、殿下」
ラッテをいじめていたのは本意ではなかったけれど、言っていたのは正直な気持ちだ。ラッテは王家の妻となるにはあまりにも無知で愚かだった。これが未来の王妃だなんて、この国はもうダメではないかしら。
でも、私にはもはやどうでもいいことだ。
「そ、そんな強がりをおっしゃらないでください! このままでは、あなたは処刑されてしまうのですよ!」
ああ、なんて嬉しそうな顔。勝ちを確信したときこそ、すべてを失う穴はそこにあるのよ、ラッテ。本当に、よく考えた方がいいわ。
こうなったこと、あなたには感謝しているのだから。できれば一日でも長く生きてほしいと思っているの。
「ええ、そのようね」
「……アリヤ、今からでも遅くはない。ラッテに……そしてミルナに、レッツィに、ルアンに、ラベンダに謝ってくれ」
「ふふっ!」
ずらずらと続く名前に笑ってしまった。
私が嫁いだ王太子は、本当に誘惑に弱い男だった。私という正式な妻がいることを、全く気にもしていないようだ。いくら政略結婚でも、礼儀というものがあるでしょうに。
「ふ、ふふっ、謝るなんて! とても感謝しているのよ。ミルナもレッツィもルアンも、ええと、ラベンダでしたかしら? 皆、とても素敵な姿を見せてくれたものね。ミルナは一番最初の方かしら? だったら、首がぽとりと落ちた方ね。お花みたいで愛らしかったわ。その次のレッツィ?は、少し暴れたせいか首が飛んで、私の足元にまで転がってきたの。今でも覚えているわ。素晴らしい光景だった」
うっとりと思い返す。
どれも素晴らしい手腕だった。一瞬にして首が胴体から離れて、あとに残るのはもう人間ではない。苦しまず、無惨さすら見せないで、その人間は天の国に向かったのだ。あとに残るのはただの抜け殻。どれだけ醜くてもそこにもう尊厳なんてものはない。排泄物と同じだ。
夫が不貞をするたびに、私はその光景を見た。
そうさせた。
しばらく泳がせておけば尻尾を出す。もちろん手強い女もいたけれど、ハニートラップには目的があるのが当然なのだから、大人しくしていられるはずがない。
「アリヤ……貴様……」
「ほんとうに、あなたって気が多い方ね。おかげで次から次に首が落ちていく。市井で流行歌になっているのをご存知? 王太子殿下のお手つき、処刑場で鞠つき。ふふっ」
「貴様には人の心というものがないのか!」
「いいえ、あってよ」
貴族牢の床にはカーペットが敷かれている。
私の部屋より豪華だった。ずっとそれが愉快で仕方がない。
ずっと欲しかったもの。でも、誰も私のための部屋を整えようとしてはくれなかった。王太子妃として命じればよかっただろう。でも冷たい床で育った私には、どうすれば温かな部屋になるのか想像もできなかった。
「この心にあるのは愛よ、殿下。私はすべて愛のために……」
貴族家に、希少な血統を持ちながら生まれても、私はずっと冷たい床で育った。血統のためだけに婚姻した両親は、パートナーのことはもちろん私のことも顧みなかった。
婚約者の王子様だってそう。私は物語のヒロインではなかったらしい。王家に入ってからも冷たい床の上。
私の心を暖めたのはこの愛ひとつだった。
「……君は魔女と呼ばれているんだぞ。女の生き血をすすって生きる魔女だと! 君がやっているはずがないことまで、君のせいになっている」
「だから、すべてが上手くいきますわ、殿下。王家にとってその方がよろしいでしょう? 城下は不満ばかり、場内では毎日首が落ちる。私が処刑されることで、この国も、しばらく延命くらいはできるでしょう」
そして私も幸せになる。
うっとりと微笑みかけた、夫はわずかに頬を紅潮させている。また怒らせたのだろうか。私にはどうも永遠に、この人の気持ちがわからない。
隣にいるラッテはなぜか青い顔をしていた。もしかして、私がこんな女だって知らなかった?
それはかわいそうなことね。生き残ったのは運が良かったわよ、あなた。
これから頑張ってちょうだい。
ラッテは笑顔を全く隠しもしないで言った。発言前にふらりと一歩前に出たので、隣にいる王太子に顔は見られていないだろう。
一応はそういうことを考える、賢い女なのだ。
ただ、あまりに欲に忠実すぎて、根本として愚かという他ない。
「アリヤではないわ。愛称で呼ぶなんて無礼がすぎてよ」
私は微笑みながらそう返した。
こちらは王太子后、そちらは王太子の愛人だ。立場をわきまえなければならない。たとえ今、私がこうして牢に繋がれていたとしてもだ。
「それともアリヤーシャという私の名前はあなたには難しすぎたかしら? いまだに殿下のフルネームを書くこともできないとお聞きしたけれど」
「アリヤ、まだ君はそんなことを……!」
「どのような立場にあっても、事実というのは覆せぬものですわ、殿下」
ラッテをいじめていたのは本意ではなかったけれど、言っていたのは正直な気持ちだ。ラッテは王家の妻となるにはあまりにも無知で愚かだった。これが未来の王妃だなんて、この国はもうダメではないかしら。
でも、私にはもはやどうでもいいことだ。
「そ、そんな強がりをおっしゃらないでください! このままでは、あなたは処刑されてしまうのですよ!」
ああ、なんて嬉しそうな顔。勝ちを確信したときこそ、すべてを失う穴はそこにあるのよ、ラッテ。本当に、よく考えた方がいいわ。
こうなったこと、あなたには感謝しているのだから。できれば一日でも長く生きてほしいと思っているの。
「ええ、そのようね」
「……アリヤ、今からでも遅くはない。ラッテに……そしてミルナに、レッツィに、ルアンに、ラベンダに謝ってくれ」
「ふふっ!」
ずらずらと続く名前に笑ってしまった。
私が嫁いだ王太子は、本当に誘惑に弱い男だった。私という正式な妻がいることを、全く気にもしていないようだ。いくら政略結婚でも、礼儀というものがあるでしょうに。
「ふ、ふふっ、謝るなんて! とても感謝しているのよ。ミルナもレッツィもルアンも、ええと、ラベンダでしたかしら? 皆、とても素敵な姿を見せてくれたものね。ミルナは一番最初の方かしら? だったら、首がぽとりと落ちた方ね。お花みたいで愛らしかったわ。その次のレッツィ?は、少し暴れたせいか首が飛んで、私の足元にまで転がってきたの。今でも覚えているわ。素晴らしい光景だった」
うっとりと思い返す。
どれも素晴らしい手腕だった。一瞬にして首が胴体から離れて、あとに残るのはもう人間ではない。苦しまず、無惨さすら見せないで、その人間は天の国に向かったのだ。あとに残るのはただの抜け殻。どれだけ醜くてもそこにもう尊厳なんてものはない。排泄物と同じだ。
夫が不貞をするたびに、私はその光景を見た。
そうさせた。
しばらく泳がせておけば尻尾を出す。もちろん手強い女もいたけれど、ハニートラップには目的があるのが当然なのだから、大人しくしていられるはずがない。
「アリヤ……貴様……」
「ほんとうに、あなたって気が多い方ね。おかげで次から次に首が落ちていく。市井で流行歌になっているのをご存知? 王太子殿下のお手つき、処刑場で鞠つき。ふふっ」
「貴様には人の心というものがないのか!」
「いいえ、あってよ」
貴族牢の床にはカーペットが敷かれている。
私の部屋より豪華だった。ずっとそれが愉快で仕方がない。
ずっと欲しかったもの。でも、誰も私のための部屋を整えようとしてはくれなかった。王太子妃として命じればよかっただろう。でも冷たい床で育った私には、どうすれば温かな部屋になるのか想像もできなかった。
「この心にあるのは愛よ、殿下。私はすべて愛のために……」
貴族家に、希少な血統を持ちながら生まれても、私はずっと冷たい床で育った。血統のためだけに婚姻した両親は、パートナーのことはもちろん私のことも顧みなかった。
婚約者の王子様だってそう。私は物語のヒロインではなかったらしい。王家に入ってからも冷たい床の上。
私の心を暖めたのはこの愛ひとつだった。
「……君は魔女と呼ばれているんだぞ。女の生き血をすすって生きる魔女だと! 君がやっているはずがないことまで、君のせいになっている」
「だから、すべてが上手くいきますわ、殿下。王家にとってその方がよろしいでしょう? 城下は不満ばかり、場内では毎日首が落ちる。私が処刑されることで、この国も、しばらく延命くらいはできるでしょう」
そして私も幸せになる。
うっとりと微笑みかけた、夫はわずかに頬を紅潮させている。また怒らせたのだろうか。私にはどうも永遠に、この人の気持ちがわからない。
隣にいるラッテはなぜか青い顔をしていた。もしかして、私がこんな女だって知らなかった?
それはかわいそうなことね。生き残ったのは運が良かったわよ、あなた。
これから頑張ってちょうだい。
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