嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ

文字の大きさ
1 / 4

終わりの始まり

しおりを挟む
「もうわかっているんだ。君がこの国に張り巡らせているのは浄域であって、結界ではない」
「……いいえ、結界です」

 私は静かに真実を告げました。
 この、さして広くないとはいえ国全体に私は結界を張っています。魔物を決して侵入させない結界です。魔物が近づくことを忌避するというだけの「浄域」ではないのです。

 けれど私の上司という立場の大神官は、もう自分の中で結論を出してしまっているのです。

「結界ならば、どうして魔物を倒した報告が相次ぐのだ」
「結界の外で倒したのでしょう」

 それは私の中で自明のことです。結界は魔物を通しません。
 雇われた兵士たちは自分の生活を守るために、魔物を倒して報酬を得るのです。

「多くの兵士たちが嘘をついていると? 話にならんな。だいたいおかしな話だ。いくら神器の助けがあり、力の強い聖女でも、結界を国全体に張り続けていられるわけがない」

 でも、できてしまっていたのです。
 その力もそろそろ尽きる頃でした。私は信託の通り、与えられた聖力でこの国を守りました。

 十年前のことです。世界的な魔物の大発生がありました。私は隣国に生まれましたが、隣国は武力で国を守ることを選んだため、この国に求められて聖女となったのです。
 そして強力な魔物達の侵攻を退けました。
 その時は私を神とばかりに崇めてくれたものです、目の前の大神官様も。

「浄域ならば見習い巫女にでも張ることができる。各地で数人ずつ雇ったとしても、君ひとりの給料に及ばない額でね」
「結界でなければ、大侵攻を耐えることはできなかったでしょう」
「ああ、あの時はそうだったのだろう。だが、今は浄域だ。大義を果たした君の力はもう尽きている。そうだろう?」
「衰えていることは否定しませんが」

 それでもまだ、国を覆うほどの結界を張れています。もっと衰えたとしても、恐らく小さな範囲の結界は張り続けられるでしょう。
 この国に結界を張れる聖女はいません。
 充分に私は価値のある存在だと思っていましたが、大神官様にとってそうではないようです。国からの支援金が減っているのかもしれません。

「身の引き時は弁えたまえ。もともと君は隣国の生まれだ。この国のことは、この国で動かしていく。隣国と関わりのある者を聖女とし続けることを、皆、よく思っていないのだ」
「……」

 それはそうでしょう。
 武力で魔物の侵攻を退けることができた隣国は、いつでもこの国を攻め滅ぼすことができます。
 実際のところ、他国を敵に回すことを恐れるため、理由なく隣国が攻めて来ることはないでしょう。ですがこの国の人々は怯えているのです。私が裏切り、他国の軍を引き入れることを恐れているのです。

 この国を救った聖女であることは、そこにはもう関係がないようでした。

「高い給金とおっしゃいましたけれど、私はそれを持ち出すことができるのですか?」
「……最後に持ち出すのが金の話か。君は嘘つきだが、聖女だろう」
「私は事実を述べています。あなたに従い続けた結果、使うことを許されなかった給金のことです。存在しない給金で神の使徒を使い続けていたのですね?」
「人聞きの悪い。君の快適な生活のために使っていたさ」
「ええ、私を快適にするはずの、特に役に立たない人たちのためにですね。特に、あなただとか」

 大神官が顔をしかめたので、少し溜飲を下げることにしました。どうせこのまま文句を言っても、すべてを持ち出すことはできないでしょう。
 そもそも、残っているお金は少ないはずです。

「では、十分の一にまけてさしあげましょう。それをすぐにご用意いただけるのであれば、黙って出ていきます。そうでなければこの場で自害します」
「なっ……そんな脅しにのると」
「大神官様、この十年、私が得られたのは存在しない給料だけでしたよ。これまでの給料をいただけないのであれば、私はこの国に何もいただかなかったことになります。であれば、この国が神の怒りを受けて滅びたとしても胸は傷みませんよ」

 大神官様は、これまでよくしてやったのに、だとか、恩知らずとかぐちぐち言い出しましたが、私は涼しい顔ですべてに「あなたのことを言っておられるのですか?」とお返ししました。
 結局、お金は用意していただけました。よかったです。そのお金で老馬を一匹譲っていただき、残りを体にぐるりと巻き付けて、私は神殿をあとにしました。

「隣国まで、お願いね」

 馬を聖力で強化してやり、隣国まで急いで駆けます。この国で聖女を殺し、神の怒りを受けることは避けたいでしょうが、金を奪うくらいはしてくるかもしれません。
 そもそも神の怒りと言っても、実際には有り余る聖力が死後に呪いのようになるだけです。神は人に力を授けますが、自ら動くことはありません。

「馬に乗れるようになっていて良かった。……あの人の言ったこと、全部当たったわね」

 私はこの十年、守り続けた国を駆けていきます。
 町中も森も街道にも、まだ魔物の姿はありません。それが当たり前になり、人々はのんきに行き交っています。

 私はぼんやりと、あの人……母国の王子の言葉を思い出します。

『君はいずれ排除されるだろう。脅威というのは、そこになければ脅威ではない。君の結界が優秀であればあるほど、人々はその価値を認めなくなる』

 あの時の私はどう答えたのでしょうか。わずか14の私は、確か、そう、そこまで人が悪辣であるはずはないと言ったのです。
 守られておいて感謝しないなんて、まるきり恩知らずです。

『悪辣なのではないよ。ただ、愚かなのだ。目の前のことだけしかわからないし、自分の常識の中でしか生きられない。……常識外な君の力を、ずっと認めているのは無理なのだ』

 その通りでした。
 私の力が常識外すぎたのでしょう。この国を結界で覆い続けるなど非常識だったのです。どこかのタイミングで浄域に切り替えるべきだったのでしょう。でもそうすれば、そこで人が死に、私は責められていたでしょう。

 それに規格外のこの力を持ったままでは、私はうっかり死ぬこともできません。聖力を少しでも使い続けたかったのです。できるならば、誰かに感謝されながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

「嘘つき」と決めつけられた私が幸せになるまで

梨丸
ファンタジー
 -この世界は、精霊が見え、触れ合える聖女によって支えられている- 私の村で、私の双子の妹は聖女として祭り上げられている。 私も精霊と触れ合うことができるのに、誰も信じてはくれない。 家族にも、村の人にも「嘘つき」と決めつけられた。 これはそんな私が、幸せになるまでの物語。 主な登場人物 ルーシー・ルーベルク  双子の姉で本作の主人公 リリー・ルーベルク   ルーシーの双子の妹 アンナ         ルーシーの初めてできた友達 番外編では、ルーシーの妹、リリー目線で話が進みます。 番外編を読んでみると、リリーの印象がガラリと変わります。読んでいただけると、幸いです。 10/20 改行が多くて読みにくいことに気づいたので修正いたしました。

聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます

香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。 どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。 「私は聖女になりたくてたまらないのに!」 ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。 けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。 ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに…… なんて心配していたのに。 「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」 第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。 本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。

【完結】 ご存知なかったのですね。聖女は愛されて力を発揮するのです

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 本当の聖女だと知っているのにも関わらずリンリーとの婚約を破棄し、リンリーの妹のリンナールと婚約すると言い出した王太子のヘルーラド。陛下が承諾したのなら仕方がないと身を引いたリンリー。  リンナールとヘルーラドの婚約発表の時、リンリーにとって追放ととれる発表までされて……。

この国を護ってきた私が、なぜ婚約破棄されなければいけないの?

ファンタジー
ルミドール聖王国第一王子アルベリク・ダランディールに、「聖女としてふさわしくない」と言われ、同時に婚約破棄されてしまった聖女ヴィアナ。失意のどん底に落ち込むヴィアナだったが、第二王子マリクに「この国を出よう」と誘われ、そのまま求婚される。それを受け入れたヴィアナは聖女聖人が確認されたことのないテレンツィアへと向かうが……。 ※複数のサイトに投稿しています。

聖女の妹によって家を追い出された私が真の聖女でした

天宮有
恋愛
 グーリサ伯爵家から聖女が選ばれることになり、長女の私エステルより妹ザリカの方が優秀だった。  聖女がザリカに決まり、私は家から追い出されてしまう。  その後、追い出された私の元に、他国の王子マグリスがやって来る。  マグリスの話を聞くと私が真の聖女で、これからザリカの力は消えていくようだ。

社畜聖女

碧井 汐桜香
ファンタジー
この国の聖女ルリーは、元孤児だ。 そんなルリーに他の聖女たちが仕事を押し付けている、という噂が流れて。

【完結】聖女と結婚するのに婚約者の姉が邪魔!?姉は精霊の愛し子ですよ?

つくも茄子
ファンタジー
聖女と恋に落ちた王太子が姉を捨てた。 正式な婚約者である姉が邪魔になった模様。 姉を邪魔者扱いするのは王太子だけではない。 王家を始め、王国中が姉を排除し始めた。 ふざけんな!!!   姉は、ただの公爵令嬢じゃない! 「精霊の愛し子」だ! 国を繁栄させる存在だ! 怒り狂っているのは精霊達も同じ。 特に王太子! お前は姉と「約束」してるだろ! 何を勝手に反故してる! 「約束」という名の「契約」を破っておいてタダで済むとでも? 他サイトにも公開中

処理中です...