冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ

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「それから八ヶ月が経過した頃です。管理人の方が、どうしてこんなことに、と叫びながら離れにやってきました。ユナが守ってくれたのですが、翌日、屋敷から家具や美術品、厨房の道具などがなくなっていました」
「おまえっ……おまえだろう! 人のせいにするな!」
「警察を呼び、調べてもらいました。管理人の方は居所がわからなくなっており、隣町で盗品が売られているのを確認したそうです。旦那様にも連絡をしたそうです。もちろんわたくしからも事の次第をお知らせしました」

 ぱくぱくと口を開いて閉じているネーガスは、もちろん知らなかったのだろう。でなければさすがに、二年を待つ前に帰宅していたに違いない。
 その時に帰っていれば、管理人を捕縛し、盗品を取り戻せていたかもしれない。屋敷も救えていたかもしれない。補修は必要になっただろうが、どうせ雨漏りする屋敷だ。

「どうして帰ってきてくださらなかったのでしょうか?」

 クラリスが少し疲れたように、悲しげに聞いた。
 今まで感情を見せなかったからこそ、その頼りなさは人の心によく響いた。

「お、おまえが……無駄な手紙ばかりよこすからだ! その中に埋もれていたのだ。おまえのせいだ、おまえの!」
「……盗まれたのは旦那様の財産です。旦那様の訴えがなければ盗品を取り戻すのは難しいとのことでした」
「なぜだっ! 盗まれたのだぞ、この俺の財産が! なぜ、なぜ!」

「わたくしにはどうしようもありませんでした。王都に行って直接お話しようかとも思いましたが、お会いいただける確証がなく、また、屋敷を離れたことで離縁され、盗みの罪を押し付けられる恐れもあると思いました」

 聴衆の目が一気にネーガスを見る。
 それはそうだ。おまえのせいだ、とずっと言い続けているネーガスなのだから、実に説得力があった。

「そのまま、何度か手紙を送り続けましたが返事はありません。わたくしは、旦那様はもはや屋敷のことも家財のこともどうでもよいのだろうと思いました」

 裁判長はため息をつく。警察から連絡があっても動かなかったのであれば、そう思われても仕方がない。

「しかし困ったことに、オフィリウス邸は盗みのできる家として悪評が広がってしまったようです。何度か盗みに入られ、玄関が壊され、窓が割られました。わたくしは何もできませんでした」

 ただでさえ壁板を剥ぎ取られた屋敷である。盗人も遠慮なく好き放題に荒らして行ったに違いない。

「そして婚姻から一年と半年ほどが経った頃です。その頃にはジョナスさんは充分な出稼ぎが出来たそうで、故郷に帰っていました。ジョナスさんから紹介されたメフさんという方に買い取りをお願いしています。彼が、この屋敷をこのままにしておくのは危険だと言いました。わたくしもそう思いました。少しでも値がつきそうなものは奪われ、良いものがなかった腹いせか、あるいは恨みかわかりませんが破壊されている箇所もありました」

 ネーガスが領主としてよい仕事をしていたとはとても思えない。領民の恨みをかっていたとしてもおかしくないだろう。

「正直に申し上げて、あのお屋敷が十億もするとは思えませんでした。旦那様もどうでもよいのだろうし、お金に変えてしまった方がよいのだろうと考えました。もちろん連絡はしましたが、お返事はありませんでした」

 まあここに至っては、急いで戻ってもどうしようもなかったかもしれない。

「メフさんはちょうど、埋め立てに使う瓦礫を探していたそうです」

 瓦礫、とネーガスがカサついた声で呟いた。そう、彼の十億の屋敷はこのようにして瓦礫になったのであった。
 十億の家とて、解体してしまえばただの瓦礫だ。それにおそらく数年放置された家であり、十億の価値があるというのも怪しい話になってきた。雨漏りが起こり、カビ臭くなった屋敷だ。

「ですので買い取っていただきました。もちろん解体費用もかかりましたが、手持ちのお金を全て支払う形ですみました。大きな屋敷でしたので半年ほどかかりまして、ちょうど終わった頃に旦那様が帰っていらしたのです」

「クリスタ夫人、実家に戻るという考えはなかったのですか?」

 彼女の話が終わり、裁判長はそう問いかけた。困窮する前に、護衛を雇う前に出ていけば、かかるのは旅費だけですんだはずだ。

「ありませんでした。わたくしが家に戻れば、領地は帰ってこないからです。旦那様にとってとるにたらない領地でも、わたくしの先祖が代々守ってきたのです。わたくしが大事に扱われないということは、領地も大事に扱われないということでしょう。そんな方に領地だけを奪われるようなことは、我慢なりませんでした」

 この言葉は、領地を大事に思う貴族の心に響いたようだ。何度も頷いて見せるものもいれば、小さく拍手して賛同を示した者もいる。
 ものが領地でなくとも、騙し取られるのは我慢ならない。その気持ちは人として理解できたはずだ。

「お……おまえはどれほど愚かなのだ!」

 場の空気がクリスタに寄り添ったのがわかったのだろう、ネーガスが大きく声をあげた。顔を赤くし、クリスタに指を突きつける。

「皆、聞いただろう。この女はものの価値がわからず、家を守ることさえできない。このように使えない妻では、手紙を見るのさえ嫌になる!」
「では、どうすればよかったのですか?」

 クリスタのやったことが非常識であるというのは、多くの者が思っているだろう。家のままであれば、十億とはいかなくとも高値で売れたはずだ。それを瓦礫にしてしまった。

「死ねば良かったのだ!」

 ネーガスが叫ぶ。

「死ねっ! 死ねば良かった、死んでおけば、この私に損害を与えることはなかった! 死ね、死ね死ね死ね死ね!」

 裁判長はため息をついた。
 聴衆もネーガスに蔑む視線を向けている。

 ここまで悪役ぶりを見せてしまっては、裁判長にも庇いようがない。
 王に「ネーガスに便宜を図ってやってくれ」と言われているが、これはネーガスを勝たせろということではない。別の裁判長が王のこういった言葉をそう受け取り、無理矢理にそちらを勝たせたことがあるが、それに王は激怒し、彼を罷免した。

 とどのつまり、王は自分を正しいと思っているのだ。自分の気に入っている相手の肩を持つことも、ただのちょっとした親切だと思っている。そこを間違えてはいけない。
 王はネーガスを気に入っている。しかしこの裁判での醜態もきちんと加味して、王がどちらを勝たせたいと思うのかを予測して忖度しなければならない。

 裁判長は覚悟を決めて判決を言い渡した。

「クリスタ・ネマットは、ネーガス・オフィリウスの妻である。その妻の生活が困難な状態にあったのだから、ネーガス氏にはそれを助ける義務があった。再三に渡ってそれを拒否したがゆえの結果であり、クリスタ夫人に賠償の責任はない。ただし婚姻関係は最初から破綻しているため、離縁は認める。婚姻関係の実績がほぼ存在しないため、ネーガス氏はネマット家に領地を変換するように」

「ば、」

 かな、とネーガスは言ったようだ。
 しかし聴衆が裁判について声をあげて議論を始めたので、誰の耳にも届かなかった。
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