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お茶会に王子もいらっしゃいました。
「お茶というのは不思議なものですね」
温かいそれを喉に流して、リーリエは息を吐いた。
「そうでしょう。ほのかな味があるのに、スープよりずっとさらさらしていて……」
ユーファミアも穏やかに答え、茶を口にした。
リーリエの前、鉄格子ごしに床に腰を下ろしている。つれてきた侍女が、慣れた仕草で敷いたカーペットの上である。
ぶわりと広がったドレスは、鉄格子の隙間を超えてこちらまで侵食してきそうだ。つい触りたくなるような、ふわふわのドレスだった。
「いくらでも飲めますし、顎が痛くなりません」
「そこね!」
「はい!」
「それに甘味にとてもよく合うでしょう? いかがかしら」
「サクサクとして……っ……とても、甘くて……美味しいです……!」
ユーファミアが持ってきたクロワッサンというパンは、硬くて柔らかい摩訶不思議な食感だ。噛めるけれど、溶ける。お茶を飲めば更に溶ける。
「はふっ……」
「美味しそうな顔ねえ。懐かしいわ、わたくしも初めて食べた時には」
「ユーファミア!」
「頬がとろけてしまうかと……あら殿下、どうなさいましたの」
「何をやっている!」
重い扉を兵士に開かせ、王子が入ってきた。
「ティータイムですわ」
ユーファミアは立ち上がりもせず、もう一度カップに口をつけて、満足そうに息を吐いた。
「この者は罪人だぞ! 勝手なことをするな!」
「あら、まあ。最初に陛下の許可を得ず、勝手に罪人をつくったのは殿下でしょうに」
「それは……罪が明白だったからだ。父上も納得してくださったはずだ」
「あれだけ堂々と宣言してしまえば、撤回するとややこしいことになります。陛下のお言葉を聞いていなかったのですか。……ああ、リーリエ様、お茶のおかわりはいかが?」
「はい! いただきます!」
ユーファミアと王子は難しい話をしているが、リーリエはそんなことは気にしない。司祭達が難しい話をしている時も、構わず祈り続けるのがリーリエの仕事だった。
「ふざけるな!」
「あっ!」
しかし王子が鉄格子を蹴りつけた。
驚いた拍子に、リーリエのカップは牢の床に落ちてしまった。
「あ、ああ……なんてこと……」
「ふん。この程度で傷つくような女ではあるまい。聖女見習いをさんざん虐げてきたと、俺が知らないとでも……ッ!?」
「リーリエ様!」
茶は牢の床で水たまりをつくった。
あまりにもったいない。こんな不思議なものは二度ともらえないかもしれないのだ。
だからリーリエは身を屈めて、そこに口をつけていた。
(ああ、まだ美味しい。よかった)
つい先程こぼれたばかりの茶だ。牢番の兵士たちがよく掃除をしてくれているので、床がきれいなことも知っていた。
目の前に広がるお茶の、ふわっとした優しい味をもっと味わいたい。
不思議な味だった。甘くも、辛くもない、知っているような、知らないような。腹にたまる感じがしないのに、なぜか嬉しい気分になる。
鉄格子をくぐったユーファミアの手が、リーリエの肩を掴んだ。
「リーリエ様……大丈夫ですわ。お茶は……、お茶はどのようにいれるかお話しましたかしら?」
「……いいえ?」
顔をあげるとユーファミアが硬い表情をしていた。リーリエが首をかしげると、にこりと笑って、ハンカチで唇を拭ってくれる。
侍女にされるよりずっと優しく、ゆっくりしたやり方だった。
「葉からつくります。木の葉っぱですわ」
「葉っぱ……ですか?」
「ええ。いくつか工程があるのですが、簡単に言えば、葉を乾燥して……こうなります」
「まあ」
ユーファミアがティーポットの蓋を取ると、その中にはひたひたに濡れた茶色の葉が入っていた。
「葉っぱなのですね!」
「そう、葉っぱなの。ですからまた、いくらでも増やせますわ」
「この優しい味と香りは、葉っぱなのですね。とても……懐かしいです」
「あ……頭がおかしいのではないか!? 恥を知らぬ獣にまで成り下がったか? いや、おかしくなったのだな……おかしく……、頭のおかしい女だ、」
「黙りなさい」
ユーファミアが視線を向けもせずに言うと、一瞬だけ王子が黙った。
それから顔を赤くして声をあげる。
「私に黙れだと? 聖女であったというだけの、お飾り王妃ごときが!」
「ええ。お飾り王妃ですわ。わたくしの名がついた料理が、この果ての国いちばんの特産とされているくらい、お飾り王妃ですわね」
「いつまでも昔の成果を……」
「そうですわね。それで、あなたはお飾り王子になるほども何かをなさいましたの?」
「……」
「この城の主は陛下。わたくしは陛下の妻です。わたくしの茶会を邪魔して、まあずいぶんできの悪い義息子ですこと」
「貴様は母親などではない!」
「母親でなければ、あなたは王妃を罵倒しておりましてよ。謝罪なさい」
「……!」
「わたくしは王妃であり、マイラ様の教会入りを推薦いたしました。撤回しましょうか」
「くっ……」
「謝罪なさい」
「……茶会だと? これが、この、牢獄で、頭のおかしい女との」
「謝罪を拒否なさるのね。それもいいでしょう」
「待て……!」
「リーリエ様、今日の茶会は無粋な邪魔が入って申し訳なかったですわ。次の時は別の茶葉と、お菓子をお持ちしますね」
「あっ……はい!」
二人の話に置いていかれていたリーリエは、急に言われて驚いたが、すぐに楽しみでならなくなった。
次もあるのだ。
「ユーファミア!」
「誰が、誰を呼び捨てているのですか?」
「……ユーファミア妃、茶会を……台無しにしてしまったことは、謝罪する……」
「これだけのことをしておいて、あまり反省していらっしゃらないようね。お育ちを疑いますわ」
「……っ、謝罪は、した! 覚えていろ!」
王子は荒々しい大股で部屋を出ていった。
温かいそれを喉に流して、リーリエは息を吐いた。
「そうでしょう。ほのかな味があるのに、スープよりずっとさらさらしていて……」
ユーファミアも穏やかに答え、茶を口にした。
リーリエの前、鉄格子ごしに床に腰を下ろしている。つれてきた侍女が、慣れた仕草で敷いたカーペットの上である。
ぶわりと広がったドレスは、鉄格子の隙間を超えてこちらまで侵食してきそうだ。つい触りたくなるような、ふわふわのドレスだった。
「いくらでも飲めますし、顎が痛くなりません」
「そこね!」
「はい!」
「それに甘味にとてもよく合うでしょう? いかがかしら」
「サクサクとして……っ……とても、甘くて……美味しいです……!」
ユーファミアが持ってきたクロワッサンというパンは、硬くて柔らかい摩訶不思議な食感だ。噛めるけれど、溶ける。お茶を飲めば更に溶ける。
「はふっ……」
「美味しそうな顔ねえ。懐かしいわ、わたくしも初めて食べた時には」
「ユーファミア!」
「頬がとろけてしまうかと……あら殿下、どうなさいましたの」
「何をやっている!」
重い扉を兵士に開かせ、王子が入ってきた。
「ティータイムですわ」
ユーファミアは立ち上がりもせず、もう一度カップに口をつけて、満足そうに息を吐いた。
「この者は罪人だぞ! 勝手なことをするな!」
「あら、まあ。最初に陛下の許可を得ず、勝手に罪人をつくったのは殿下でしょうに」
「それは……罪が明白だったからだ。父上も納得してくださったはずだ」
「あれだけ堂々と宣言してしまえば、撤回するとややこしいことになります。陛下のお言葉を聞いていなかったのですか。……ああ、リーリエ様、お茶のおかわりはいかが?」
「はい! いただきます!」
ユーファミアと王子は難しい話をしているが、リーリエはそんなことは気にしない。司祭達が難しい話をしている時も、構わず祈り続けるのがリーリエの仕事だった。
「ふざけるな!」
「あっ!」
しかし王子が鉄格子を蹴りつけた。
驚いた拍子に、リーリエのカップは牢の床に落ちてしまった。
「あ、ああ……なんてこと……」
「ふん。この程度で傷つくような女ではあるまい。聖女見習いをさんざん虐げてきたと、俺が知らないとでも……ッ!?」
「リーリエ様!」
茶は牢の床で水たまりをつくった。
あまりにもったいない。こんな不思議なものは二度ともらえないかもしれないのだ。
だからリーリエは身を屈めて、そこに口をつけていた。
(ああ、まだ美味しい。よかった)
つい先程こぼれたばかりの茶だ。牢番の兵士たちがよく掃除をしてくれているので、床がきれいなことも知っていた。
目の前に広がるお茶の、ふわっとした優しい味をもっと味わいたい。
不思議な味だった。甘くも、辛くもない、知っているような、知らないような。腹にたまる感じがしないのに、なぜか嬉しい気分になる。
鉄格子をくぐったユーファミアの手が、リーリエの肩を掴んだ。
「リーリエ様……大丈夫ですわ。お茶は……、お茶はどのようにいれるかお話しましたかしら?」
「……いいえ?」
顔をあげるとユーファミアが硬い表情をしていた。リーリエが首をかしげると、にこりと笑って、ハンカチで唇を拭ってくれる。
侍女にされるよりずっと優しく、ゆっくりしたやり方だった。
「葉からつくります。木の葉っぱですわ」
「葉っぱ……ですか?」
「ええ。いくつか工程があるのですが、簡単に言えば、葉を乾燥して……こうなります」
「まあ」
ユーファミアがティーポットの蓋を取ると、その中にはひたひたに濡れた茶色の葉が入っていた。
「葉っぱなのですね!」
「そう、葉っぱなの。ですからまた、いくらでも増やせますわ」
「この優しい味と香りは、葉っぱなのですね。とても……懐かしいです」
「あ……頭がおかしいのではないか!? 恥を知らぬ獣にまで成り下がったか? いや、おかしくなったのだな……おかしく……、頭のおかしい女だ、」
「黙りなさい」
ユーファミアが視線を向けもせずに言うと、一瞬だけ王子が黙った。
それから顔を赤くして声をあげる。
「私に黙れだと? 聖女であったというだけの、お飾り王妃ごときが!」
「ええ。お飾り王妃ですわ。わたくしの名がついた料理が、この果ての国いちばんの特産とされているくらい、お飾り王妃ですわね」
「いつまでも昔の成果を……」
「そうですわね。それで、あなたはお飾り王子になるほども何かをなさいましたの?」
「……」
「この城の主は陛下。わたくしは陛下の妻です。わたくしの茶会を邪魔して、まあずいぶんできの悪い義息子ですこと」
「貴様は母親などではない!」
「母親でなければ、あなたは王妃を罵倒しておりましてよ。謝罪なさい」
「……!」
「わたくしは王妃であり、マイラ様の教会入りを推薦いたしました。撤回しましょうか」
「くっ……」
「謝罪なさい」
「……茶会だと? これが、この、牢獄で、頭のおかしい女との」
「謝罪を拒否なさるのね。それもいいでしょう」
「待て……!」
「リーリエ様、今日の茶会は無粋な邪魔が入って申し訳なかったですわ。次の時は別の茶葉と、お菓子をお持ちしますね」
「あっ……はい!」
二人の話に置いていかれていたリーリエは、急に言われて驚いたが、すぐに楽しみでならなくなった。
次もあるのだ。
「ユーファミア!」
「誰が、誰を呼び捨てているのですか?」
「……ユーファミア妃、茶会を……台無しにしてしまったことは、謝罪する……」
「これだけのことをしておいて、あまり反省していらっしゃらないようね。お育ちを疑いますわ」
「……っ、謝罪は、した! 覚えていろ!」
王子は荒々しい大股で部屋を出ていった。
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