投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ

文字の大きさ
5 / 40

お茶会に王子もいらっしゃいました。

「お茶というのは不思議なものですね」
 温かいそれを喉に流して、リーリエは息を吐いた。

「そうでしょう。ほのかな味があるのに、スープよりずっとさらさらしていて……」
 ユーファミアも穏やかに答え、茶を口にした。
 リーリエの前、鉄格子ごしに床に腰を下ろしている。つれてきた侍女が、慣れた仕草で敷いたカーペットの上である。
 ぶわりと広がったドレスは、鉄格子の隙間を超えてこちらまで侵食してきそうだ。つい触りたくなるような、ふわふわのドレスだった。

「いくらでも飲めますし、顎が痛くなりません」
「そこね!」
「はい!」
「それに甘味にとてもよく合うでしょう? いかがかしら」

「サクサクとして……っ……とても、甘くて……美味しいです……!」
 ユーファミアが持ってきたクロワッサンというパンは、硬くて柔らかい摩訶不思議な食感だ。噛めるけれど、溶ける。お茶を飲めば更に溶ける。
「はふっ……」
「美味しそうな顔ねえ。懐かしいわ、わたくしも初めて食べた時には」

「ユーファミア!」
「頬がとろけてしまうかと……あら殿下、どうなさいましたの」
「何をやっている!」

 重い扉を兵士に開かせ、王子が入ってきた。
「ティータイムですわ」
 ユーファミアは立ち上がりもせず、もう一度カップに口をつけて、満足そうに息を吐いた。

「この者は罪人だぞ! 勝手なことをするな!」
「あら、まあ。最初に陛下の許可を得ず、勝手に罪人をつくったのは殿下でしょうに」
「それは……罪が明白だったからだ。父上も納得してくださったはずだ」
「あれだけ堂々と宣言してしまえば、撤回するとややこしいことになります。陛下のお言葉を聞いていなかったのですか。……ああ、リーリエ様、お茶のおかわりはいかが?」
「はい! いただきます!」

 ユーファミアと王子は難しい話をしているが、リーリエはそんなことは気にしない。司祭達が難しい話をしている時も、構わず祈り続けるのがリーリエの仕事だった。

「ふざけるな!」
「あっ!」
 しかし王子が鉄格子を蹴りつけた。
 驚いた拍子に、リーリエのカップは牢の床に落ちてしまった。
「あ、ああ……なんてこと……」

「ふん。この程度で傷つくような女ではあるまい。聖女見習いをさんざん虐げてきたと、俺が知らないとでも……ッ!?」
「リーリエ様!」

 茶は牢の床で水たまりをつくった。
 あまりにもったいない。こんな不思議なものは二度ともらえないかもしれないのだ。
 だからリーリエは身を屈めて、そこに口をつけていた。

(ああ、まだ美味しい。よかった)
 つい先程こぼれたばかりの茶だ。牢番の兵士たちがよく掃除をしてくれているので、床がきれいなことも知っていた。
 目の前に広がるお茶の、ふわっとした優しい味をもっと味わいたい。
 不思議な味だった。甘くも、辛くもない、知っているような、知らないような。腹にたまる感じがしないのに、なぜか嬉しい気分になる。

 鉄格子をくぐったユーファミアの手が、リーリエの肩を掴んだ。

「リーリエ様……大丈夫ですわ。お茶は……、お茶はどのようにいれるかお話しましたかしら?」
「……いいえ?」

 顔をあげるとユーファミアが硬い表情をしていた。リーリエが首をかしげると、にこりと笑って、ハンカチで唇を拭ってくれる。
 侍女にされるよりずっと優しく、ゆっくりしたやり方だった。

「葉からつくります。木の葉っぱですわ」
「葉っぱ……ですか?」
「ええ。いくつか工程があるのですが、簡単に言えば、葉を乾燥して……こうなります」
「まあ」
 ユーファミアがティーポットの蓋を取ると、その中にはひたひたに濡れた茶色の葉が入っていた。

「葉っぱなのですね!」
「そう、葉っぱなの。ですからまた、いくらでも増やせますわ」
「この優しい味と香りは、葉っぱなのですね。とても……懐かしいです」

「あ……頭がおかしいのではないか!? 恥を知らぬ獣にまで成り下がったか? いや、おかしくなったのだな……おかしく……、頭のおかしい女だ、」
「黙りなさい」

 ユーファミアが視線を向けもせずに言うと、一瞬だけ王子が黙った。
 それから顔を赤くして声をあげる。
「私に黙れだと? 聖女であったというだけの、お飾り王妃ごときが!」
「ええ。お飾り王妃ですわ。わたくしの名がついた料理が、この果ての国いちばんの特産とされているくらい、お飾り王妃ですわね」

「いつまでも昔の成果を……」
「そうですわね。それで、あなたはお飾り王子になるほども何かをなさいましたの?」
「……」
「この城の主は陛下。わたくしは陛下の妻です。わたくしの茶会を邪魔して、まあずいぶんできの悪い義息子ですこと」
「貴様は母親などではない!」
「母親でなければ、あなたは王妃を罵倒しておりましてよ。謝罪なさい」
「……!」

「わたくしは王妃であり、マイラ様の教会入りを推薦いたしました。撤回しましょうか」
「くっ……」
「謝罪なさい」
「……茶会だと? これが、この、牢獄で、頭のおかしい女との」
「謝罪を拒否なさるのね。それもいいでしょう」

「待て……!」
「リーリエ様、今日の茶会は無粋な邪魔が入って申し訳なかったですわ。次の時は別の茶葉と、お菓子をお持ちしますね」
「あっ……はい!」
 二人の話に置いていかれていたリーリエは、急に言われて驚いたが、すぐに楽しみでならなくなった。
 次もあるのだ。

「ユーファミア!」
「誰が、誰を呼び捨てているのですか?」
「……ユーファミア妃、茶会を……台無しにしてしまったことは、謝罪する……」
「これだけのことをしておいて、あまり反省していらっしゃらないようね。お育ちを疑いますわ」
「……っ、謝罪は、した! 覚えていろ!」
 王子は荒々しい大股で部屋を出ていった。

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?

ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。 それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。 「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」 侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。 「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」 ※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい…… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。 〔2026/02・大幅加筆修正〕

「病弱な幼馴染を置いていけない」と言った婚約者に、最後の処方箋を置いてきました——彼女の病気は、3年前に治っています

歩人
ファンタジー
侯爵令嬢エリーゼは宮廷薬学士。婚約者ルカスに「病弱な幼馴染リディアを看病するため婚約解消してほしい」と告げられた日、エリーゼは一つの事実に気づいていた。リディアの処方箋——3年前から薬の成分が変わっている。「治っている人間に出す薬」に。 エリーゼは何も言わず身を引いた。ただ一通の封書を残して。中身は3年分の処方記録と、宮廷薬学士としての最終所見。「患者リディア・フォン・ヴァイス。現在の健康状態:良好。治療の必要性:なし」 その封書が開かれた日、ルカスの世界は崩壊した。

三人の孤児の中から聖女が生まれると言われましたが、選ばれなかった私が“本物”でした

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
フクシア神教国では、聖女になることは最高の誉れとされている。 ある日、予言者は三人の孤児を指してこう告げた。 「この中から、一人は聖女になる」と。 長女カヤ、次女ルリア、そして三女ケイト。 社交的で人望のある姉たちは「聖女候補」として周囲に期待され、取り巻きに囲まれていた。 一方でケイトは、静かで目立たず、「何にもなれない」と言われる存在。 ――だが。 王族が倒れ、教会の治癒でも救えない絶望の中。 誰にも期待されていなかった少女が、ただ「助かってほしい」と願った瞬間――奇跡は起きた。 その日、教会は“本物”を見つける。 そして少女は、まだその意味も知らないまま、聖女として迎えられることになる。 これは、誰にも選ばれなかった少女が、神に選ばれるまでの物語。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。

黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!