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前編
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「ローゼリーナさんはカイン様にふさわしくありません! 身を引いてください!」
中庭のガーデンチェアに腰をおろしたところでした。
護衛メイドが私の前に立ちましたので何かと思えば、ずいぶん元気なご令嬢が近づいてきて言ったのです。
「……はい?」
わたくしは首をかしげました。
彼女は確か隣のクラスの、男爵家のご令嬢です。王子の婚約者というわたくしの立場上、学園の方々の名前と顔は覚えております。
できるだけ多くの方々とも親しくさせていただき、中には平民の方もいらっしゃるのですが、挨拶も名乗りもしないでよくわからない要求を告げてくる方は初めてです。
いったい彼女はどのように育って、何があって、わたくしの前にいるのでしょうか。
きっとわたくしとは別次元の世界で育ったのでしょうね。不思議なご縁です。
待ち人がまだいらっしゃらないというのもあり、わたくしはお話をすることにいたしました。
「ふさわしくないというのは、どのような点が、ですか?」
「すべてです!」
「すべて……」
「すべて、私の方がふさわしいです!」
わたくしは困惑いたしました。
育ってきた環境が違えば、評価が違うのも当然でしょう。しかし理解しかねましたので、わたくしは一つずつ聞いてみることにしました。
「成績は、わたくしの方が上でしょう?」
「あんな紙のテストで人の善し悪しを測ろうなんて、頭がどうかしています!」
「……わたくしはそうは思いませんけれど、護衛術もダンスの実技も、わたくしの方が上でしょう?」
「あんなの、何の役に立つんですか!」
「ええと……あなたは一体何のために学園にいらしているのですか?」
「そんなの、けっこ……将来の人脈づくりのためにです!」
「ああ、なるほど、ご将来をよくお考えなのですね。お家を継ぐ予定なのですか?」
「私にふさわしい家の妻になる予定よ!」
「そうなのですか」
将来のために勉強するのが学生の姿でしょう。であれば、他の何より人脈づくりに注力するのも悪いことではないのかもしれません。何でも完璧に、というわけにはいきませんものね。
「では、あなたの将来の役には立たないけれど、実技はわたくしが上ということでよいのですね?」
「えっ……まあ、役に立たないし」
「それならば、すべてあなたがふさわしいというのは、間違いでは? カイン様の婚約者として、実技ができなくては困ります」
「そんなことより大事なことがあります」
「でも、すべてあなたの方がふさわしい、とおっしゃいましたよね?」
「それは……」
「すべてではないのじゃないかしら?」
「愛です!」
「すべてではないのですよね?」
「えっ、なんですか、しつこいですね」
「そこが大事なところなんです」
「そんなことより! 愛の話を……」
「すべてではないのですよね? イエスかノーでお答えいただきたいわ」
カイン様にふさわしいか否かという話であるなら、わたくしにとって重大なことです。納得いくまで譲らずにいると、彼女は少し嫌そうに顔をしかめました。
「すべてではない、ということで、よいのでしょうか? 困りましたわ……そこのところがはっきりしませんと」
「そんな小姑みたいなところがふさわしくないって言ってるんです!」
「それはそうとして、筆記と実技はあなたよりわたくしの方が上で、カイン様の婚約者にふさわしいのじゃないかしら?」
「だから大事なことはそれだけじゃないって言ってるんです!」
「いえ、それはそうとして、筆記と実技は」
「あーもー! わかりました! 筆記と実技はいいです! だからそれより大事なことの話をしますよ!」
「筆記と実技はわたくしの方がふさわしいのですね? 良かったですわ」
譲っていただけたので、わたくしは安心して微笑みました。
役に立たないとか言われましたけれど、わたくし勉強はとても頑張っておりますし、嫌いじゃないのです。誰にだって大事なものはありますでしょう。
「カイン様はあなたのような冷たい方より、もっとカイン様を愛している方と婚約するべきです! たとえば、私とか……」
「あなたと?」
「ええ! そうです。身分がどうとか言いますか? そんなもの、愛の前ではゴミクズです」
「まあ。カイン様をお慕いいただいているのですね。カイン様の婚約者としてお礼申し上げます」
わたくしは心から礼をしました。
この国の王子が不人気では不安ですし、婚約者が慕われているというのは誇らしいものです。世界では王子=馬鹿という認識が広がっているようなのですが、カイン様はすばらしい方ですからね。
「ふん、わかればいいのよ。だからローゼリーナさんは大人しく身を引きなさい。あなたにもふさわしい人がいるわよ」
「え? いえ、お譲りする気はないのです」
「なんですって? どこまでもその地位にしがみつくつもりなのね? カイン様がかわいそうだと思わないの?」
「私がどうかしたかな?」
「あっ……」
「カイン様。……申し訳ありません、おかしな話になってしまって……」
「構わないよローゼリーナ、遅れてしまった私が悪いのだから。君を退屈させるくらいなら、他の誰かと話していてくれた方がいい。少し、妬けるけどね」
「まあ、ふふ」
「カイン様! そんなふうに優しくするから、ローゼリーナさんが勘違いしてしまうんです!」
中庭のガーデンチェアに腰をおろしたところでした。
護衛メイドが私の前に立ちましたので何かと思えば、ずいぶん元気なご令嬢が近づいてきて言ったのです。
「……はい?」
わたくしは首をかしげました。
彼女は確か隣のクラスの、男爵家のご令嬢です。王子の婚約者というわたくしの立場上、学園の方々の名前と顔は覚えております。
できるだけ多くの方々とも親しくさせていただき、中には平民の方もいらっしゃるのですが、挨拶も名乗りもしないでよくわからない要求を告げてくる方は初めてです。
いったい彼女はどのように育って、何があって、わたくしの前にいるのでしょうか。
きっとわたくしとは別次元の世界で育ったのでしょうね。不思議なご縁です。
待ち人がまだいらっしゃらないというのもあり、わたくしはお話をすることにいたしました。
「ふさわしくないというのは、どのような点が、ですか?」
「すべてです!」
「すべて……」
「すべて、私の方がふさわしいです!」
わたくしは困惑いたしました。
育ってきた環境が違えば、評価が違うのも当然でしょう。しかし理解しかねましたので、わたくしは一つずつ聞いてみることにしました。
「成績は、わたくしの方が上でしょう?」
「あんな紙のテストで人の善し悪しを測ろうなんて、頭がどうかしています!」
「……わたくしはそうは思いませんけれど、護衛術もダンスの実技も、わたくしの方が上でしょう?」
「あんなの、何の役に立つんですか!」
「ええと……あなたは一体何のために学園にいらしているのですか?」
「そんなの、けっこ……将来の人脈づくりのためにです!」
「ああ、なるほど、ご将来をよくお考えなのですね。お家を継ぐ予定なのですか?」
「私にふさわしい家の妻になる予定よ!」
「そうなのですか」
将来のために勉強するのが学生の姿でしょう。であれば、他の何より人脈づくりに注力するのも悪いことではないのかもしれません。何でも完璧に、というわけにはいきませんものね。
「では、あなたの将来の役には立たないけれど、実技はわたくしが上ということでよいのですね?」
「えっ……まあ、役に立たないし」
「それならば、すべてあなたがふさわしいというのは、間違いでは? カイン様の婚約者として、実技ができなくては困ります」
「そんなことより大事なことがあります」
「でも、すべてあなたの方がふさわしい、とおっしゃいましたよね?」
「それは……」
「すべてではないのじゃないかしら?」
「愛です!」
「すべてではないのですよね?」
「えっ、なんですか、しつこいですね」
「そこが大事なところなんです」
「そんなことより! 愛の話を……」
「すべてではないのですよね? イエスかノーでお答えいただきたいわ」
カイン様にふさわしいか否かという話であるなら、わたくしにとって重大なことです。納得いくまで譲らずにいると、彼女は少し嫌そうに顔をしかめました。
「すべてではない、ということで、よいのでしょうか? 困りましたわ……そこのところがはっきりしませんと」
「そんな小姑みたいなところがふさわしくないって言ってるんです!」
「それはそうとして、筆記と実技はあなたよりわたくしの方が上で、カイン様の婚約者にふさわしいのじゃないかしら?」
「だから大事なことはそれだけじゃないって言ってるんです!」
「いえ、それはそうとして、筆記と実技は」
「あーもー! わかりました! 筆記と実技はいいです! だからそれより大事なことの話をしますよ!」
「筆記と実技はわたくしの方がふさわしいのですね? 良かったですわ」
譲っていただけたので、わたくしは安心して微笑みました。
役に立たないとか言われましたけれど、わたくし勉強はとても頑張っておりますし、嫌いじゃないのです。誰にだって大事なものはありますでしょう。
「カイン様はあなたのような冷たい方より、もっとカイン様を愛している方と婚約するべきです! たとえば、私とか……」
「あなたと?」
「ええ! そうです。身分がどうとか言いますか? そんなもの、愛の前ではゴミクズです」
「まあ。カイン様をお慕いいただいているのですね。カイン様の婚約者としてお礼申し上げます」
わたくしは心から礼をしました。
この国の王子が不人気では不安ですし、婚約者が慕われているというのは誇らしいものです。世界では王子=馬鹿という認識が広がっているようなのですが、カイン様はすばらしい方ですからね。
「ふん、わかればいいのよ。だからローゼリーナさんは大人しく身を引きなさい。あなたにもふさわしい人がいるわよ」
「え? いえ、お譲りする気はないのです」
「なんですって? どこまでもその地位にしがみつくつもりなのね? カイン様がかわいそうだと思わないの?」
「私がどうかしたかな?」
「あっ……」
「カイン様。……申し訳ありません、おかしな話になってしまって……」
「構わないよローゼリーナ、遅れてしまった私が悪いのだから。君を退屈させるくらいなら、他の誰かと話していてくれた方がいい。少し、妬けるけどね」
「まあ、ふふ」
「カイン様! そんなふうに優しくするから、ローゼリーナさんが勘違いしてしまうんです!」
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2,011
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