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どうぞがんばって
「リツェルさん!」
「はい?」
生徒会室で書類を整えていたときのことだ。
ノックさえせずに、小柄な女生徒が飛び込んできた。ふわふわと愛らしい金髪を揺らして、全く落ち着きというものがない。
生徒会室は一般生徒の入室禁止というわけではない。さすがに無人のときは鍵をかけているが、相談があるならいつだって来てくれていいのだ。
それにしても、生徒会メンバーには高位貴族が多い。生徒会長からして王子殿下だ。生徒会の仕事をリツェルに押し付けてほとんどいないが。
王子の管理すべき領域に、こうまで無作法な乱入は初めてだった。
「お願い、ハル君を自由にしてあげて!」
「?」
意味がわからない。
リツェルは首をかしげ、ずいぶん動揺しているらしい彼女に穏やかな声をかけた。
「落ち着いてくださいな。どうかしましたの?」
「ハル君は苦しんでいるの。ずっと、ずっとよ!」
「……ハル君とは、ハルシェード殿下のことでしょうか? 殿下がどこかで問題を起こしたのですか?」
ハルシェードは件の生徒会長であり、この国の第一王子であり、リツェルの婚約者である。
彼はとにかく軽薄なたちで、王家の最初の子供として甘やかされたせいか、あるいは彼本来の質か、色々なものが足りていない。学園内でトラブルを起こしても不思議はなかった。
もっとも致命的な問題であるなら、ここは学園、教師が呼ばれているだろう。そんなに心配する必要も感じなかった。
「そうっ、王子様としての義務と、自由な心に挟まれて身動きが取れないでいるの」
「はあ」
「本当のハルくんはもっと優しくて、素敵な人なのに」
どうも彼女は会話能力に難があるようだ。言いたいことが全くわからない。
「あなたに人の心があるなら、ハル君との婚約を解消してあげて」
「ははあ」
言っていることはわからないが、望んでいることはわかった。
(無意味な会話だったわね)
貴族の婚約である。そこにリツェルの意思はないし、ハルシェードだってそうだ。
王が王子の婚約者としてふさわしいと選び、それをありがたくリツェルの家が受けただけだ。
リツェル自身に解消する権利はない。
ハルシェードにも同様だ。
貴族家の子女ならあたりまえのことなので、誰もわざわざ説明しない。リツェルも、説明するのが面倒だなと思った。
話の通じない相手に常識を解く、考えただけで面倒だ。まだ仕事も終わっていないので、さっさと出ていってほしい。
「わたくしと殿下の婚約を解消してほしい、ということですのね?」
「あたしが望んでるとかそういうことじゃなくて、そうするべきだと思うの」
「はあ。義憤ということですの?」
「ぎふ……? なに、おかしな言葉を使わないで。ちゃんと話して、リツェルさん!」
「それが正しいと信じておられるのね。では必要なものをお渡ししますわ」
リツェルは棚から書類を取り出し、ペンでさらさら表題を書き込んだ。
『ハルシェード・ディ・パレアーニアとリツェル・ハーヴェンの婚約解消を求める署名』
それを四、五枚。親切にしっかりした厚紙で挟んで、彼女に渡した。
「貴族の署名(サイン)が五十も集まれば、王家も無視できないでしょう。がんばってくださいませ」
「えっ」
「もちろんサインが多ければ多いほど力になると思いましてよ」
彼女はおずおずと受け取った。その手が震えている。話が通じない上、変な空気感の人だなとリツェルは思う。
そしてキラキラした瞳を向けてくるのだ。
「絶対に達成してみせます!」
まあ、やる気になったならいいことだ。
名乗らないので彼女の名前も知らないが、この学園の生徒なのだから貴族縁者ではあるのだろう。持たざるものではないのだから、自分の責任において好きにすればいい。
「はい?」
生徒会室で書類を整えていたときのことだ。
ノックさえせずに、小柄な女生徒が飛び込んできた。ふわふわと愛らしい金髪を揺らして、全く落ち着きというものがない。
生徒会室は一般生徒の入室禁止というわけではない。さすがに無人のときは鍵をかけているが、相談があるならいつだって来てくれていいのだ。
それにしても、生徒会メンバーには高位貴族が多い。生徒会長からして王子殿下だ。生徒会の仕事をリツェルに押し付けてほとんどいないが。
王子の管理すべき領域に、こうまで無作法な乱入は初めてだった。
「お願い、ハル君を自由にしてあげて!」
「?」
意味がわからない。
リツェルは首をかしげ、ずいぶん動揺しているらしい彼女に穏やかな声をかけた。
「落ち着いてくださいな。どうかしましたの?」
「ハル君は苦しんでいるの。ずっと、ずっとよ!」
「……ハル君とは、ハルシェード殿下のことでしょうか? 殿下がどこかで問題を起こしたのですか?」
ハルシェードは件の生徒会長であり、この国の第一王子であり、リツェルの婚約者である。
彼はとにかく軽薄なたちで、王家の最初の子供として甘やかされたせいか、あるいは彼本来の質か、色々なものが足りていない。学園内でトラブルを起こしても不思議はなかった。
もっとも致命的な問題であるなら、ここは学園、教師が呼ばれているだろう。そんなに心配する必要も感じなかった。
「そうっ、王子様としての義務と、自由な心に挟まれて身動きが取れないでいるの」
「はあ」
「本当のハルくんはもっと優しくて、素敵な人なのに」
どうも彼女は会話能力に難があるようだ。言いたいことが全くわからない。
「あなたに人の心があるなら、ハル君との婚約を解消してあげて」
「ははあ」
言っていることはわからないが、望んでいることはわかった。
(無意味な会話だったわね)
貴族の婚約である。そこにリツェルの意思はないし、ハルシェードだってそうだ。
王が王子の婚約者としてふさわしいと選び、それをありがたくリツェルの家が受けただけだ。
リツェル自身に解消する権利はない。
ハルシェードにも同様だ。
貴族家の子女ならあたりまえのことなので、誰もわざわざ説明しない。リツェルも、説明するのが面倒だなと思った。
話の通じない相手に常識を解く、考えただけで面倒だ。まだ仕事も終わっていないので、さっさと出ていってほしい。
「わたくしと殿下の婚約を解消してほしい、ということですのね?」
「あたしが望んでるとかそういうことじゃなくて、そうするべきだと思うの」
「はあ。義憤ということですの?」
「ぎふ……? なに、おかしな言葉を使わないで。ちゃんと話して、リツェルさん!」
「それが正しいと信じておられるのね。では必要なものをお渡ししますわ」
リツェルは棚から書類を取り出し、ペンでさらさら表題を書き込んだ。
『ハルシェード・ディ・パレアーニアとリツェル・ハーヴェンの婚約解消を求める署名』
それを四、五枚。親切にしっかりした厚紙で挟んで、彼女に渡した。
「貴族の署名(サイン)が五十も集まれば、王家も無視できないでしょう。がんばってくださいませ」
「えっ」
「もちろんサインが多ければ多いほど力になると思いましてよ」
彼女はおずおずと受け取った。その手が震えている。話が通じない上、変な空気感の人だなとリツェルは思う。
そしてキラキラした瞳を向けてくるのだ。
「絶対に達成してみせます!」
まあ、やる気になったならいいことだ。
名乗らないので彼女の名前も知らないが、この学園の生徒なのだから貴族縁者ではあるのだろう。持たざるものではないのだから、自分の責任において好きにすればいい。
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