(完結)殿下との婚約は私には破棄できませんの。……どうしてもというなら、署名活動なさったら?

七辻ゆゆ

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きっとうまくいく

 この学園では署名活動が認められている。
 生徒会にそれなりの権力があるので、生徒にもそれを覆す権利が与えられたのだ。社交能力を磨かせるという意図もあるかもしれない。

「署名お願いします!」

 彼女は早速、翌日から活動を始めたらしい。
 正門の前で頭を下げる、地道な活動だ。しかし彼女の左右には高位貴族の子息がいて、彼らも彼女の活動を手伝っている。

「あらまあ……」

 リツェルは馬車で通過しながら眺めた。
 正門を歩いて通るのは低位貴族の子息令嬢である。馬車止めの場所が限られているので、混み合う朝、低位貴族は正門前で馬車を降りるのが通例なのだ。


「本気で頑張るおつもりなのねえ」
「嘆かわしいことです」
「ふふ。あの方、どちらの方なの?」

 馬車の同乗者、学園では同級生でもある侍女に聞く。
 ファナという名の彼女は昨日、生徒会室に乱入者が来たときにもいた。影のように黙っていただけである。

「アブル男爵家のローズ嬢です。小さい頃は身体が弱く、領地で平民とともに育ったとか」
「まあ、お元気になられてよかったわね。これから大変でしょうけど」

 なるほどそれで、不思議な感じになっているのだろう。
 平民らしく育ったならまだましだっただろう。平民なら貴族に逆らわない。しかしローズは、貴族でも平民でもありえない不思議ちゃんになってしまっている。

「ハルシェード殿下はなんて?」
「問題だと進言した者がいたようですが、学園生の正当な権利だと」
「あらあら、お優しいことねえ。手伝って差し上げているの?」
「そこまでは。放っているようです」
「殿下らしいわ

 リツェルは微笑む。
 自分がもしハルシェードの立場なら、絶対に止めさせるだろう。そうでなければ無関係を強く主張するか、あるいは全力で後押しするしかない。自分の婚約について態度を曖昧なままとは、本当にどうかしている。

 まあ、リツェルには関係のないことだ。婚約者とは将来の結婚相手であり、今現在は無関係という意味だ。
 昨日も、生徒会の仕事として求められて署名の書式を作っただけだ。

「でも、もしかしたら殿下も署名くらいしていたりして? 自分の婚約解消を求める署名。ふふっ、うふふ、ちょっと、面白すぎるわ!」
「お嬢様……」
「ふっ、ふふ、大丈夫、大丈夫よ、もうすぐ落ち着くから。はあ、ふう。大丈夫」
「殿下にお会いしても大丈夫ですか?」
「ううーん、ちょっと笑いたくなりそう。悪いけど、殿下が近づいてきたら背中を叩いてちょうだい、気合を入れるから」

 ファナは呆れたように肩をすくめ、リツェルの乱れた髪を整えてくれた。





「ローズ、署名したよ」
「ありがとう!」
「とんでもない。ただ名前を書くだけなんて申し訳ないくらいだよ。ローズは凄いね、こんな活動を始めるなんて」
「ううん、あたし、できることをやってるだけだから……」

 署名活動の一日目、ことはローズの思うまま進んだ。
 ローズにはたくさんの「お友達」がいる。彼らに頼むと、すぐに署名をしてくれたし、ローズの活動に協力してくれるものもいた。

「ハーヴェン公爵家に逆らうなんて、誰にでもできることじゃない。皆、恐ろしくて言い出せずにいたんだ」
「大丈夫、リツェルさんだって一人の人間じゃない。みんなの声が集まったら、きっと理解してくれるはずよ」
「ローズ……君って人は」
「それに! 名前を書くだけっていうけど、すごいことだよ。ほんとはあたしも不安だったの。二人目はなかなか、誰もしてくれないかもって」
「ローズ、それは君が一番目に署名したからだよ」
「そうだ、君の勇気に続いただけだ」
「そんな……」

 ローズは頬を赤くしてうつむいた。
 本当に、ただローズは思うままやっているだけだ。

 ローズにとってハルシェード王子は恩人だった。貴族の中で浮いているローズに唯一話しかけ、なにかと優しくしてくれた。おかげでたくさんの友達もできたのだ。
 その優しいハルシェードが嫌うのがリツェルだった。ハーヴェン公爵家は王家を敬わず、王子をただのお飾りのように扱う。その娘リツェルも、ハルシェードを、王妃になるための踏み台のように思っているのだと。

 そんな相手と結婚させられるなんて可哀想だ。
 救わなければ、とローズは強い使命感を燃やしている。

「皆、署名は終わったか?」
「ああ、ローズ、もう二十になりそうだ」
「すごい! 本当にありがとう。きっと五十なんてすぐよね」
「それどころか百も目指せるさ。俺のクラスでも話を回しておこう」




 しかしそれ以降、署名の数が大きく増えることはなかった。
 
「署名お願いします!」
「必要なことなんだ、協力してくれ!」
「そうだ、名前だけでいいんだ!」

 校門前で頭を下げても、生徒たちは迷惑そうな顔で、視線さえ合わせず、関わりたくなさそうに距離を取って通り過ぎていく。

「どうして……最初はうまくいってたのに」

 自分の周囲の人間が協力してくれたから、簡単に達成できると思った。友達じゃない生徒にだって、時間をかけて説明すれば分かってもらえると思っていたのだ。
 だが実際には、話すら聞いてもらえない。

「頭の硬いやつらばかりだ」
「どうせハーヴェン家を怖がってるんだろう。だからこそ、この署名活動が重要だというのに!」
「殿下の婚約者という地位から排除しなければ、ハーヴェンはさらに力をつけてしまう……」

 口々に、難しい顔で声を荒らげはじめた彼らの前を、生徒たちが急ぎ足で通り過ぎていく。

「どうして殿下は協力してくださらないんだ?」
「そうだ、殿下さえいれば、ハーヴェン公爵家など恐れることはないというのに」
「殿下もやはり、面倒事を嫌って……」
「そんなこと言わないで!」

 ローズは慌てて割って入った。

「ハルくんは諦めちゃってるだけだよ。色々、ひどいことをされたんでしょう? それに、ご両親だって助けてくれなかった」

 唇を噛む。
 ローズは愛されて育ってきた。親は子供を愛して大事にするものだ。

 どうしてハルシェードの両親、つまり現王と王妃が、息子の望まない婚姻を押し付けるのか理解できなかった。
 それだけ苦しい事情があるのだろうか。

(どんなに苦しくたって、ハルくんの苦しさをもっとわかってくれるべきよ。そんなだから、ハルくんは何もかも諦めて、楽に生きようとしちゃうんだ)

 でもハルシェードは優しい男だ。
 ローズにはわかるのだ。傷ついた心が癒えれば、きっと素敵な人になる。

「もっと署名を集められたら、わかってくれる。信じてくれる」
「ローズ……」
「そうだな、殿下は……」
「それにハルくんの協力がなくたっていいの。あたしが、あたしがやるって決めたから。きっとやりとげるから!」
「ローズ、君ってやつは!」
「わかった。俺達もできる限りの協力をしよう!」

 盛り上がるローズとお友だちの前を、変わらず早足の生徒たちが通り過ぎていく。

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