(停止中)愛し、愛されたいのです。

七辻ゆゆ

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ウィスプ

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 我が家の領地は難しい土地なのだそうです。隣国と接しているため揉め事が多く、父は領地を離れられません。父の代理として動く母にしても、この王都の別邸に来ることは稀なのです。
 後継者である兄も学園の卒業後、父について領地運営を学んでいます。

 この家にいるのは使用人たちを除けば、私とお姉様だけです。
 貴族の子供はウィスプについて学び、契約するために王都の学園に通わなければなりません。また、どのみち女である私達は家を出るからというのもあるのでしょう。王都のこの家で育ってきました。

 お姉様はすでに学園を卒業していますが、婚約者は決まっていません。
 私は幼い頃から泣き虫でどうしようもないと心配されていたので、早いうちに婚約者が決められたのです。そして、卒業と同時に結婚する予定なのです。

(もうすぐ卒業……)

 ひどく憂鬱です。卒業したらディーグ様と結婚しなければなりません。私の言葉をひとつも聞いてくれないディーグ様とです。
 それは今の家族も同じです。でも、だからこそ、夫となる方には私の言葉を聞いてほしい。その方と心を通じ合わせ、愛し、愛されたいというのが私の夢でした。

(……でも、ウィスプと会えるのは楽しみだわ)

 少しだけの希望が胸に灯ります。
 ウィスプとは、お母様の周囲を飛んでいたような精霊です。契約者の意思で様々な姿になりますが、基本は光る小さな玉の姿をしています。
 それらはか弱く見えますが、私達は彼らと契約することで、光や風、炎などを操ることができるようになるのです。

 学園ではずっと、教師のウィスプを借りて、その力の扱いを学んできました。使い方もわからないうちに手に入れるには危険な力だからです。
 卒業の日を迎える寸前に、本当の自分のウィスプとの契約の儀式を行います。

(どんな子だろう? どんな子でもいいから、私を愛してくれますように)

 多くのウィスプは言葉を話しません。それでも私と契約して、死ぬまで一緒にいてくれるなら、私は愛することができるでしょう。




「ではこれよりウィスプ召喚の儀を開始する。皆、静粛に!」

 先生が大きな声で言うと、講堂はしんとなりました。けれど王家から派遣されてきた方々がウィスプとともに儀式の準備を始めると、またざわつき始めます。

「ついにウィスプを手に入れられるのか!」
「楽しみね、水のウィスプだったらいいのだけれど」
「私の領地は鍛冶が盛んだから、火がいいのよ。ね、もしなんだったら交換しない?」
「交換ならもう先約があるの」
「どうせ契約してから、みんなで都合し合うことになるぞ。毎年そうらしいから」

 私は真面目だからではなく、口下手で会話に参加することができないので、黙って儀式を見ています。王家から来た方々は四人で、話し合ってタイミングを測っているようでした。そしてどのウィスプも行儀よく主人の肩に留まっています。

 ウィスプは呼び出されてこの地に来るわけではありません。常にウィスプはどこにでもいて、ただ人間がその存在に気づけないのだそうです。
 派遣されてきた方々は、ウィスプの力を増幅し、誰にでも見えるようにすることができます。増幅はとても希少な能力で、そのような力を持つウィスプと契約できたら、王家に雇ってもらえるということです。

「では、増幅を開始します」
「……ああっ!」

 誰かが叫んだのが聞こえました。
 無理もありません。私も圧倒されました。

 広い講堂を埋め尽くさんばかりに、無数の光の玉が浮かんでいます。それぞれは小さな輝きのようですが、集まれば目が痛いほど眩いのです。
 まるで星空をぎゅっと集めたようでした。

「きれい……」
「さあ、契約を!」

 先生の言葉に皆はっとして、心で「契約を」と唱えました。声に出してしまった人たちもいます。
 私は目を閉じて「契約を」と願います。

 どうか来てほしい。
 私の一生を、どうかそばで支えて欲しい。

 ……愛してほしい。
 願うのはそれだけ。どんな姿をしていても、どんな力を持っていても、いえ、なんの力もなくていい。どうか私を愛し、愛させて欲しい。

「あ……」

 ふわりと、頬をくすぐられたような心地がしました。
 この子だとすぐにわかりました。ぬくもりを感じたのです。確かに、心よりずっと深いところで繋がりを得たのがわかったのです。

「契約を」

 まるで人間の少年のような声が聞こえ、私は「契約を」と頷きました。曖昧なぬくもりだった繋がりが、ぴんと一本の紐のようにしっかりと、私と彼を繋いだのがわかりました。

 震えながら目を開きます。そこには……。

「えっ!?」
「契約は成された。君の名前は?」
「わ、私? 私は……、私は、アイシャ。アイシャ・ストレヴィ」
「アイシャ・ストレヴィ。どうぞ末永く、よろしく」

 ウィスプの輝きをまといながら、そこにいたのは私と同じ年頃の、美しい男性にしか見えませんでした。
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