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今ですか!?
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「あ、あの……」
とはいえ、私はいったいどうすればいいのでしょうか。
緊張のあまり気が遠くなりながら、私は声をあげました。かすれて、今にも消え去りそうな情けない声でした。
殿下は私をちらりと見ましたが、つまらなそうに目をそらしました。
それだけで私はくじけてしまい、ただ震えることしかできません。
「おまえに聞いている。人型のウィスプは言葉を話せるはずだ。この俺、王太子ガレスアルドに従わぬのであれば、ウィスプといえど与える罰はいくらでもあるのだぞ」
ぴくりと、彼が震えたような気がしました。
私はとっさに彼を抱きしめました。こんな、生まれたてのウィスプをいじめるなんてどうかしています。
思わず学園長先生を見てしまいましたが、どうかしてくれるわけがありませんでした。相手は王太子殿下なのです。
私が、私が守らないといけないのです。
この子を守れるのは私だけです。
「な、にを……聞きたいんですか?」
お腹に力を入れて、喉を引き絞るようにして聞きました。
私は彼の契約者なのです。ウィスプと契約者は、どちらが上ということはありません。支え合うものです。人はウィスプがいなければ魔法を使えませんし、ウィスプは契約者がいないと世界に関われないのです。
いま、目の前にいるのはこの国の権力者のひとりです。
ウィスプの領分ではありません。きっとウィスプには関係のないことです。私が、この国の人間である私がどうにか対応するべきなのです。
「おまえになど聞いていない。……いや、喜べ、命じることがあったぞ。それをよこせ」
「……そ、れ?」
「ウィスプだ。おい、誰か、こいつと契約を代われ」
「はっ。では私が」
「おまえのウィスプは? ああ、まあ、いいだろう。おい女、こいつと契約を代われ。そのウィスプはおまえには分不相応だ」
「なにを……言ってるんですか!?」
殿下の言葉の意味を理解して、私は彼を抱きしめる腕に力を入れました。わずかなぬくもりの他は、存在のはっきりしない彼です。抱きしめるほど不安になりました。全身が震えます。
でも、離すわけにはいきません。
「この子と契約したのはっ、私、です!」
「はあっ? この子って姿でもないだろうが。これのほうがそれこそお似合いだ。どうせ小さくて丸っこいのが好きだろ」
これ、と殿下が指さしたのは、契約を代わるという騎士の周囲を飛ぶウィスプです。空の色をしたそのウィスプは確かに可愛いですが、それよりも可哀想でした。
騎士さんはそんなに若くは見えません。それなりの時間をウィスプと過ごしたはずなのに、こんなに簡単に切り捨てられるなんて。
「私のウィスプは、この子です!」
「アイシャ!」
「っきゃ!」
離すまいとぎゅっと抱きしめたのに、抱きしめ返されて驚いてしまいました。これでは本当に、人前で抱き合ってしまっています!
でも、でも離しません!
「……はあ、面倒くせえ」
「っ……」
殿下はひどく冷たい目で私を一瞥しました。
「おまえはいくつだ? 学園を卒業する年で、そうも子供だとはな。いったい何を学んだのか甚だ疑問だ。欲しい欲しいと言ってるだけのガキはせめて大人の言うことを聞いていろよ」
「アイシャ、僕の名前を考えて」
「……っえ!? い、今?」
「今」
ガレスアルド殿下は私を責め続けています。とてもそんな場合ではないと思うのです。
ですが耳元で甘えるように言われて、拒絶できません。名前は大事なことです。でも今!?
「誰もおまえに教えなかったのか? まったく、傲慢なほどに分不相応だぞ。人型のウィスプは強い力を持つ。おまえの元にいてどうなる? 役に立つのか? おまえが満足する以外にいいことがあるのか?」
「名前」
「えっ、えっ」
私達が内緒話をしているのをどう思っているのか、殿下は重みのある抑揚をつけて語り続けています。たぶんよくないことを言っているのですが、それどころでなく、耳に入ってきません!
「お願い。あと百数えるから。いーち、にい、さん」
「えええ!?」
「王家ならばその力を使って、多くの民を救うことができる。個人の、ひとつの貴族家でできることはあまりに少なく、無力で、どうしようもない。おまえがわずかでも民を思うなら、やるべきことはわかるだろうが」
「じゅう」
あと九十数える間に名前を考えないといけません!
でも私の頭の中にはユスのことしか浮かびませんでした。いえ、彼もそういう名前でいいと言っていました。そういう、とはどういうことでしょうか?
プーとかミイとかでいいのでしょうか?
とはいえ、私はいったいどうすればいいのでしょうか。
緊張のあまり気が遠くなりながら、私は声をあげました。かすれて、今にも消え去りそうな情けない声でした。
殿下は私をちらりと見ましたが、つまらなそうに目をそらしました。
それだけで私はくじけてしまい、ただ震えることしかできません。
「おまえに聞いている。人型のウィスプは言葉を話せるはずだ。この俺、王太子ガレスアルドに従わぬのであれば、ウィスプといえど与える罰はいくらでもあるのだぞ」
ぴくりと、彼が震えたような気がしました。
私はとっさに彼を抱きしめました。こんな、生まれたてのウィスプをいじめるなんてどうかしています。
思わず学園長先生を見てしまいましたが、どうかしてくれるわけがありませんでした。相手は王太子殿下なのです。
私が、私が守らないといけないのです。
この子を守れるのは私だけです。
「な、にを……聞きたいんですか?」
お腹に力を入れて、喉を引き絞るようにして聞きました。
私は彼の契約者なのです。ウィスプと契約者は、どちらが上ということはありません。支え合うものです。人はウィスプがいなければ魔法を使えませんし、ウィスプは契約者がいないと世界に関われないのです。
いま、目の前にいるのはこの国の権力者のひとりです。
ウィスプの領分ではありません。きっとウィスプには関係のないことです。私が、この国の人間である私がどうにか対応するべきなのです。
「おまえになど聞いていない。……いや、喜べ、命じることがあったぞ。それをよこせ」
「……そ、れ?」
「ウィスプだ。おい、誰か、こいつと契約を代われ」
「はっ。では私が」
「おまえのウィスプは? ああ、まあ、いいだろう。おい女、こいつと契約を代われ。そのウィスプはおまえには分不相応だ」
「なにを……言ってるんですか!?」
殿下の言葉の意味を理解して、私は彼を抱きしめる腕に力を入れました。わずかなぬくもりの他は、存在のはっきりしない彼です。抱きしめるほど不安になりました。全身が震えます。
でも、離すわけにはいきません。
「この子と契約したのはっ、私、です!」
「はあっ? この子って姿でもないだろうが。これのほうがそれこそお似合いだ。どうせ小さくて丸っこいのが好きだろ」
これ、と殿下が指さしたのは、契約を代わるという騎士の周囲を飛ぶウィスプです。空の色をしたそのウィスプは確かに可愛いですが、それよりも可哀想でした。
騎士さんはそんなに若くは見えません。それなりの時間をウィスプと過ごしたはずなのに、こんなに簡単に切り捨てられるなんて。
「私のウィスプは、この子です!」
「アイシャ!」
「っきゃ!」
離すまいとぎゅっと抱きしめたのに、抱きしめ返されて驚いてしまいました。これでは本当に、人前で抱き合ってしまっています!
でも、でも離しません!
「……はあ、面倒くせえ」
「っ……」
殿下はひどく冷たい目で私を一瞥しました。
「おまえはいくつだ? 学園を卒業する年で、そうも子供だとはな。いったい何を学んだのか甚だ疑問だ。欲しい欲しいと言ってるだけのガキはせめて大人の言うことを聞いていろよ」
「アイシャ、僕の名前を考えて」
「……っえ!? い、今?」
「今」
ガレスアルド殿下は私を責め続けています。とてもそんな場合ではないと思うのです。
ですが耳元で甘えるように言われて、拒絶できません。名前は大事なことです。でも今!?
「誰もおまえに教えなかったのか? まったく、傲慢なほどに分不相応だぞ。人型のウィスプは強い力を持つ。おまえの元にいてどうなる? 役に立つのか? おまえが満足する以外にいいことがあるのか?」
「名前」
「えっ、えっ」
私達が内緒話をしているのをどう思っているのか、殿下は重みのある抑揚をつけて語り続けています。たぶんよくないことを言っているのですが、それどころでなく、耳に入ってきません!
「お願い。あと百数えるから。いーち、にい、さん」
「えええ!?」
「王家ならばその力を使って、多くの民を救うことができる。個人の、ひとつの貴族家でできることはあまりに少なく、無力で、どうしようもない。おまえがわずかでも民を思うなら、やるべきことはわかるだろうが」
「じゅう」
あと九十数える間に名前を考えないといけません!
でも私の頭の中にはユスのことしか浮かびませんでした。いえ、彼もそういう名前でいいと言っていました。そういう、とはどういうことでしょうか?
プーとかミイとかでいいのでしょうか?
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