(停止中)愛し、愛されたいのです。

七辻ゆゆ

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ユス

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「キャン!」

 ユスが悲鳴を上げました。私が振り向くと、お姉様が子犬のユスに手を振り上げていました。

「や、やめてぇっ、なにするのっ!」

 私の足は短く、なかなか早く走ることができません。その間に、ユスは何度も叩かれ、突き飛ばされ、蹴られてしまいました。
 お姉様もまだ子供で、誰かを殴ったり蹴ったりなどし慣れない貴族の子女です。でも、それでもユスは悲鳴をあげています。痛がっています。

「どきなさい」
「キャアッ!」

 お姉様は近づいた私のことも突き飛ばしました。
 私は尻もちをつき、痛みに泣いてしまいました。

「なんでぇっ……なんで、やめてぇ、うっ、うわああん!」
「なに、どうしたの」
「おかっ、さまっ」

 やってきたお母様に助けを求めましたが、泣いている私よりも、お姉様が話し出すほうが早いのでした。

「ユスと喧嘩したみたい。ユスは小さくても犬だもの、アイシャは勝てないわよ」
「ユスと? 噛まれたの?」

 お母様は眉を潜めて、私の体をざっと見ました。

「かっ……噛まれて、な、ぃっ、おね、さまが、突き飛ばしてっ」
「怒ってるの? 仕方ないじゃない、喧嘩してたんだから、危ないでしょ、離れないと」
「ちが、ちがうぅっ、ひっく、ちがうのぉっ」

 ユスと私は喧嘩などしていません。ユスはとてもいい子で、私になついてくれていました。喧嘩などするはずがないのです。
 でも、泣き続けている私は上手く訴えることができませんでした。お母様は私の言葉を聞くことをすぐに諦めたようです。

「そうだったの。アイシャ、グローリアはあなたを助けてくれたのよ。……はあ。やっぱり犬はよくなかったわね。体に傷が残ったら大変よ」
「そうよね、残念だけど、アイシャは上手くやっていけないと思うわ」
「アイシャが欲しがるから、わざわざ連れてきたけど……お返ししたほうがよさそうね」

「いやっ! ユスとっ、ひっく、いる、のぉっ」
「アイシャ、わがままを言わないで。ユスだってこの狭い別邸で上手くいかない相手といるより、領地で良い飼い主を探したほうが幸せよ。わかるでしょう?」




 私は目を覚ましました。
 こめかみには涙のあとがべとついています。またあの夢を見て泣いていたようです。

 幼い頃の記憶なので正確ではないかもしれませんが、実際にあったことです。あのあとユスは、お母様につれられて領地に戻っていきました。
 ユスは領地の牧場で生まれた子のうちの一匹です。幼い頃は私も領地に行くことがあり、そこで仲良くなった子でした。どうしても一緒にいたいといって、王都の別邸まで連れ帰ってもらったのです。

 でもお姉様はユスを気に入らなかったようです。お母様も、私がユスと仲良くしていたのを全く知らなかったのでしょう。簡単に領地に戻すことを決めたのです。
 ユスはいなくなり、私はまた、誰とも触れ合わない日に戻りました。別邸の女主人はお姉様で、お姉様は私を嫌っているからです。

 ユスは今も牧場にいるのでしょうか。
 それとも新しい飼い主のもとにいるのでしょうか。私はそれを知ることもできません。ユスの話をすると、お母様はいつも面倒そうな顔をしました。

「アイシャ」
「あ……」

 朝日にきらきら輝く存在がいて、私はまだ夢の中かと思いました。現実です。ユストス、私のウィスプがここにいてくれます。
 私は指先で彼に触れてみました。
 はっきりした感触がなくても、確かにここにいるとわかります。

「おはよう、ユストス」
「うん、おはよう。悲しい夢をみた?」
「……ううん」
「そう」

 ユストスは微笑んで、私の頬を両手ではさむと、額をこつんと触れ合わせました。衝撃などはありません。ぬくもりはあります。優しさを感じます。
 私はひどく安心してしまって、力を抜きました。
 だってユストスは、私が何か言えばきっと聞いてくれます。私のために考えてくれます。そんな人がいてくれるだけで、実際なんの会話もなくても、充分だと思えました。

 微笑みあってベッドから降りて、私は着替えを始めました。昨日、私は疲れてしまって、帰ってすぐに眠ってしまったのです。誰にも邪魔されませんでした。
 お姉様はまだ私が人型のウィスプと契約したことを知らないのでしょうか。
 そうかもしれません。お姉様は婚約者こそいませんが、仲のいい男性は何人かいて、独身生活を楽しんでいるようです。

「今日もあの学園ってところに行くの?」
「そうね。でも今日は、卒業式だから。……そのあとはパーティ。ウィスプがね、飛び回って、とても素敵なんだって」

 子供のような言葉に私は恥じ入りましたが、楽しみなものは楽しみです。
 ウィスプを呼び出し、契約することができたら、もう学園生活は終わりです。最後のパーティはウィスプのお披露目の場も兼ねています。

「あの……ユストス、一緒に踊ってくれる?」
「もちろん。アイシャと踊りたい。アイシャとしか踊りたくない。ずっと踊っていたい」
「ふふ。そうね、そうしていられたらいいね」

 もうふわふわと踊っているようなユストスが可愛くて、私はその頭を撫でてあげました。日に溶けるような髪にも少しだけ感触があります。
 素晴らしい朝でした。でも、学園に行くのは憂鬱でもありました。皆は私とユストスを見て、何を言ってくるでしょうか。それにディーグ様は……考えたくありません。
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