1 / 3
前編
「ねえ姉さん、どうせ再来年には死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
私はゲマーニ村のベベ。今年で14になる。10でお父さんを亡くして、次の生贄に選ばれた。
ゲマーニ村は痩せた貧しい土地にある。収穫を支えているのは豊富な水量の川だ。そこにはアンカラウンという神がいて、村人の良い行いには美しい水を、悪い行いには汚い水を流すと言われている。
良い行いというのは、神に感謝して生贄を差し出すことだ。
生贄は神に捧げられる栄誉を得て、村人から尊敬されて育つ。
そんな、馬鹿馬鹿しい話だ。
全部うそだ。
だって私は知っている。子供の頃に見てしまった。川に流れついた若い女の死体、生贄の成れの果て。
噛み跡のついた乳房はそれでも村人と違う白い色をしていた。私と同じ色。両頬は腫れ上がって化け物のようだった。白い足が折れて変な方向に曲がり、陰部は頬より腫れ上がって血にまみれていた。
そして虚無に濁った目が空を見上げていた。
あの光景が目に焼き付いている。
神であるはずがない。
神なら邪神だ。そうでなければただの魔物だ。私は魔物に捧げられ、あんなふうに死ぬのだ。ひどい匂いの、腐った肉になるのだ。
「働いてもないくせに、なんでお腹が減るの? ねえ、そんな怠け者だから生贄に選ばれたんじゃない?」
いらいらと握ったり開いたりしている妹の手、爪には泥が入り込んで取れず、関節は膨れ上がって固まっている。そして日に焼けた、健康な村の女の姿だった。
10の年から座敷牢に閉じ込められた私とは似ても似つかない。
あの悪夢のような日、私が生贄に選ばれたのだと村人が伝えに来た。母さんは私を抱きしめて泣いた。母と私が泣くのを見て、妹も泣いた。
でもそれから私は座敷牢に閉じ込められて、母さんは会いに来てもくれない。
妹はまるで私を憎んでいるかのように、ギラギラした目で見てくる。
「ねえっ! 聞いてるの? おかしいわよ。どうして姉さんだけ働きもしないでご飯を食べてるの? おかしいわ、おかしい、おかしいじゃないのっ!」
「2年後に死ぬからよ」
「あたしなんてっ、母さんとあたしなんて、明日死んでもおかしくないじゃない!」
「そう」
私は知っていた。
私が生贄に選ばれたのは、怠け者だからじゃない。もちろん私に特別な能力があったわけでもない。
父さんが死んだからだ。
母さん一人じゃ、二人の子供を育てられない。そう思われたから、村のみんなは私を生贄にした。
それは親切だったらしい。そう言われた。私が生贄に選ばれて、捧げ物をしに村の人達が現れて、くどくど、言うのだ。名誉なことだ、これが一番いいことだ、みんなにとっても、私にとっても。飢えて死ぬよりましだろう?
近所のおばさんが、一緒に遊んだ友達が、父さんの友達だったおじさんが、優しいおばあさんが、言うのだ。
化け物の慰みものになって死ぬ未来があって良かったね。
「あたしが今日どれだけ働いたか知ってる? それでどれだけ食べ物がもらえたか知ってる? どうして何もしない姉さんだけ、のうのうとご飯を食べてるの!」
どうしてだろう。
私はきれいな格好をして充分な食事をしていても、ちっとも幸せではない。
だって死ぬのだ。2年後には動かない死体になる。ただの物体になる。何も話せない、何もできない、ひたすらに暗闇の中にいる……そして消えてしまう、もう何もない。
でも私は母さんと妹のためなら、それでもいいと一度は覚悟をしたのだ。
実際、父さんがいなくなって、母さんと妹の生活は楽ではないらしい。こうやってたびたび罵倒しに来るくらいだ。
(私への供物で生きているくせに)
私はそう、思ってしまう。
生贄には村人から供物が捧げられる。それは私に供されるけれど、余分は生贄を出す家族に分け与えられる。
私が生贄にならなければ、妹はもっと苦しい生活をしていたはずだ。私が生贄になったから。私が失った未来のぶん、妹に未来ができた。
「じゃあ、代わってあげましょうか?」
二人のためなら生贄になろうと決めたのに。
私にはもう、そんな気持ちがなかった。こんな目で見られるなら、こんな理不尽な罵倒を受けるなら、会いにも来ない母親と、私の気持ちなど考えもしないこの女のために死にたくない。
肌が黒くなっても爪が剥がれ落ちても私は生きたかった。
妹は目を見開いたあとで、耳障りな金切り声をあげた。
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
私はゲマーニ村のベベ。今年で14になる。10でお父さんを亡くして、次の生贄に選ばれた。
ゲマーニ村は痩せた貧しい土地にある。収穫を支えているのは豊富な水量の川だ。そこにはアンカラウンという神がいて、村人の良い行いには美しい水を、悪い行いには汚い水を流すと言われている。
良い行いというのは、神に感謝して生贄を差し出すことだ。
生贄は神に捧げられる栄誉を得て、村人から尊敬されて育つ。
そんな、馬鹿馬鹿しい話だ。
全部うそだ。
だって私は知っている。子供の頃に見てしまった。川に流れついた若い女の死体、生贄の成れの果て。
噛み跡のついた乳房はそれでも村人と違う白い色をしていた。私と同じ色。両頬は腫れ上がって化け物のようだった。白い足が折れて変な方向に曲がり、陰部は頬より腫れ上がって血にまみれていた。
そして虚無に濁った目が空を見上げていた。
あの光景が目に焼き付いている。
神であるはずがない。
神なら邪神だ。そうでなければただの魔物だ。私は魔物に捧げられ、あんなふうに死ぬのだ。ひどい匂いの、腐った肉になるのだ。
「働いてもないくせに、なんでお腹が減るの? ねえ、そんな怠け者だから生贄に選ばれたんじゃない?」
いらいらと握ったり開いたりしている妹の手、爪には泥が入り込んで取れず、関節は膨れ上がって固まっている。そして日に焼けた、健康な村の女の姿だった。
10の年から座敷牢に閉じ込められた私とは似ても似つかない。
あの悪夢のような日、私が生贄に選ばれたのだと村人が伝えに来た。母さんは私を抱きしめて泣いた。母と私が泣くのを見て、妹も泣いた。
でもそれから私は座敷牢に閉じ込められて、母さんは会いに来てもくれない。
妹はまるで私を憎んでいるかのように、ギラギラした目で見てくる。
「ねえっ! 聞いてるの? おかしいわよ。どうして姉さんだけ働きもしないでご飯を食べてるの? おかしいわ、おかしい、おかしいじゃないのっ!」
「2年後に死ぬからよ」
「あたしなんてっ、母さんとあたしなんて、明日死んでもおかしくないじゃない!」
「そう」
私は知っていた。
私が生贄に選ばれたのは、怠け者だからじゃない。もちろん私に特別な能力があったわけでもない。
父さんが死んだからだ。
母さん一人じゃ、二人の子供を育てられない。そう思われたから、村のみんなは私を生贄にした。
それは親切だったらしい。そう言われた。私が生贄に選ばれて、捧げ物をしに村の人達が現れて、くどくど、言うのだ。名誉なことだ、これが一番いいことだ、みんなにとっても、私にとっても。飢えて死ぬよりましだろう?
近所のおばさんが、一緒に遊んだ友達が、父さんの友達だったおじさんが、優しいおばあさんが、言うのだ。
化け物の慰みものになって死ぬ未来があって良かったね。
「あたしが今日どれだけ働いたか知ってる? それでどれだけ食べ物がもらえたか知ってる? どうして何もしない姉さんだけ、のうのうとご飯を食べてるの!」
どうしてだろう。
私はきれいな格好をして充分な食事をしていても、ちっとも幸せではない。
だって死ぬのだ。2年後には動かない死体になる。ただの物体になる。何も話せない、何もできない、ひたすらに暗闇の中にいる……そして消えてしまう、もう何もない。
でも私は母さんと妹のためなら、それでもいいと一度は覚悟をしたのだ。
実際、父さんがいなくなって、母さんと妹の生活は楽ではないらしい。こうやってたびたび罵倒しに来るくらいだ。
(私への供物で生きているくせに)
私はそう、思ってしまう。
生贄には村人から供物が捧げられる。それは私に供されるけれど、余分は生贄を出す家族に分け与えられる。
私が生贄にならなければ、妹はもっと苦しい生活をしていたはずだ。私が生贄になったから。私が失った未来のぶん、妹に未来ができた。
「じゃあ、代わってあげましょうか?」
二人のためなら生贄になろうと決めたのに。
私にはもう、そんな気持ちがなかった。こんな目で見られるなら、こんな理不尽な罵倒を受けるなら、会いにも来ない母親と、私の気持ちなど考えもしないこの女のために死にたくない。
肌が黒くなっても爪が剥がれ落ちても私は生きたかった。
妹は目を見開いたあとで、耳障りな金切り声をあげた。
あなたにおすすめの小説
ある、義妹にすべてを奪われて魔獣の生贄になった令嬢のその後
オレンジ方解石
ファンタジー
異母妹セリアに虐げられた挙げ句、婚約者のルイ王太子まで奪われて世を儚み、魔獣の生贄となったはずの侯爵令嬢レナエル。
ある夜、王宮にレナエルと魔獣が現れて…………。
私の、虐げられていた親友の幸せな結婚
オレンジ方解石
ファンタジー
女学院に通う、女学生のイリス。
彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。
だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。
「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」
安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。
ある幸運な伯爵夫人の話
オレンジ方解石
ファンタジー
ブランシュの従姉は物語のような婚約破棄、そして魅力的な貴公子からの求婚を受けて、幸せな結婚をした。
社交界で誰からも「幸せな伯爵夫人」と讃えられる従姉。
「物語のような出来事が本当に起きると、ローズは信じてしまったのよ。愚かなことに」
その従姉が、ブランシュにだけ話した寝物語とは――――
姉から全て奪う妹
明日井 真
ファンタジー
「お姉様!!酷いのよ!!マリーが私の物を奪っていくの!!」
可愛い顔をした悪魔みたいな妹が私に泣きすがってくる。
だから私はこう言うのよ。
「あら、それって貴女が私にしたのと同じじゃない?」
*カテゴリー不明のためファンタジーにお邪魔いたします。
【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。
ある平民生徒のお話
よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。
伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。
それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――