18 / 43
第1章 奴隷を買いたい男
第18話 日常
しおりを挟む
翌日。目を覚ました俺は、いつも寝ているベッドの感触とは違う床の固さに驚き、自分が昨日ネムの部屋でそのまま寝てしまったことに気づいた。
一瞬マズイと思い、体を起こしてネムが寝ているベッドの方へと顔を向ける。そこには顔を暗くして俺の方を見つめているネムの姿があった。
「……ごめんなさい」
目に涙を浮かべ、布団をギュッと握りしめながらネムはポツリと呟いた。あんなに傷つけられたのに、目が覚めて最初に出てくる言葉が謝罪の言葉とは。あんなパジャマよりも、もう少し自分を大事にしてほしい。
そう伝えたかったのに、気の利いた言葉が思いつかない。俺は結局、普段通りに笑いながら、ありきたりな言葉をかけることになってしまった。
「なんでネムが謝んなきゃなんねぇんだよ!そこは、おはようだろ?」
「でも……」
それでもネムは申し訳なさそうに下を向いてしまう。しかし、俺もそこで引くわけにはいかない。俺がそのまま無言でネムを見つめ続けたことで、やっとネムも折れてくれた。
「……おはよ」
「おう、おはよう!そんじゃあ朝ごはんにでもしますか!」
そう声をかけて俺は部屋を出るとキッチンへと向かった。ネムもすぐに部屋から出てきて、リビングの椅子へと腰かけ、俺の方を無言で見てくる。やっといつもの生活が戻ってきたような気がして、俺はクスリと笑みをこぼした。
軽めの料理を作り終え、テーブルの上へ置く。いつものように食事が始まり、このまま平穏な日常に戻れる──かと思ったのだが、俺にはどうしても気になっていた事があった。
それをそのまま胸の奥にしまっておくわけにもいかず、傷口をえぐるようで悪いが、ネムに聞くことにした。
「あのさぁ……一個だけ聞きたいんだけどいいか?」
「んぐんぐっ……なに?」
「なんであいつらについてったんだ?二週間後には迎えに行くって言っておいただろ?」
「んぐっ……それは、んぐっ……ユウキがデナードに、奴隷買うためのお金を借金したって。その返済を伸ばすために、力を貸してほしいって言ってるって言われた」
ネムが語った内容に、俺は思わず手に持っていたサンドイッチを皿の上に落としてしまった。まさか、ネムが連れていかれた理由が俺だったとは。しかも、俺が奴隷好きだという情報を奴らが入手していたのは驚きだ。
そして、ネムが居候相手の俺に対し恩を感じていること。自分に出来ることはしてあげたいと思っていることまで調べてあったのか。それとも偶然奴らの策がハマっただけなのか分からないが、これはしっかりと訂正しておく必要がある。
「いいか、ネム!俺はこれまでも、そしてこれからも、他人に金を借りて奴隷を買うような真似は一切しない!俺は自分の稼いだ金だけで、運命の奴隷ちゃんを迎えたいんだ!分かったな!」
「ごきゅっ……わかった」
頬張っていたサンドイッチを一気にのっくみ、コクリと頷いて見せるネム。これで奴隷の件に関しては問題ないだろう。あとはもう一つ──
「あと、お前に力を借りたい時は直接お願いする!だから、誰かが『ユウキが力を貸してほしいって言ってた!』なんて話しかけてきても、絶対に信じるなよ!分かったな!」
「……ん、わかった」
ネムは俺の眼をしっかり見て頷いてくれた。これできっと同じような目に遭うことは無いだろう。俺の憂いも晴れたところで、ネムが残っていたサンドイッチを全て食べきってしまった。
「ごちそうさまでした……おなかいっぱい」
満足げに呟くネムを見て、ようやく日常が戻ってきたことを実感する。ただ完璧に元へ戻すには、あと一つ足りないモノがあった。
俺は空になった皿を手に取って流しへと向かっていく。
「これ洗い終わったら出掛けるから、自分の部屋行って着替えて来いよ」
それを買いに行くためにネムへ声をかけたのだが、彼女は何故か乗り気では無かった。
「……いい。ネムは部屋で寝てるから、ユウキ一人で出かけてきて」
ネムはそう言うと、また下を向いて暗い顔をしながら階段を上ろうとし始めた。俺は慌てて洗い物をする手を止め、ネムの手を引き留める。
「いやいやいや!お前が居なきゃ買い物行っても意味ねぇんだって!」
「……どうして?ネムいなくても、いつも買ってこれてるでしょ?」
どうやらネムは今から行く買い物を、普段俺が行っている買い出しだと思っていたらしい。それなら確かに俺一人でも行けるが、今回の買い物は明確な目的があるのだ。
「普段の買い物ならそうだけどな……約束したろ?新しいパジャマ買ってやるって。俺一人で行ったら犬柄のパジャマ買ってきちまうぞ?」
「!!」
俺の言葉に耳をピンと立てて尻尾を振り回し始めるネム。ボロボロになってしまったパジャマの代わりに、新しいパジャマを買うと約束していた。それを買ってこそ、本当の意味で元の生活へ戻れるのだから。
喜びをあらわにしていたネムだったが、何故かまた尻尾を丸めて耳をペタリと倒してしまった。そのまま下を向いて唇を噛み締めてみせる。
「……ネム、買ってもらう資格無い」
口から零れるように出た言葉だったが、そこには彼女の気持ちがハッキリとこめられていた。
買って貰いたいけど、パジャマをボロボロにしてしまった自分にはそんな資格はない。自分のせいでボロボロになったわけではないにしろ、ネムは俺のことを気にしているのだろう。そんな心の優しいネムだからこそ、俺は他のかぼちゃとは違うと思えたのかもしれない。
だから俺は、ほんの少しだけ格好をつけるのだ。
「バッカお前、タダで買って貰おうと思ってんのか!?今回はパジャマ買うついでに新しいタイプのメイド服も買うからな!今後はメイド服二着をローテーションで着こなしてもらうぞ!分かったな!」
「……いいの?」
俺の真意をくみ取ったネムが、また尻尾をくるくる振りながら問いかけてきた。俺は頷く代わりに軽く笑ってキッチンへと戻っていく。
「皿洗ったら出掛けるからなー?早く着替えて来いよ!」
「……ん!」
ネムが嬉しそうに返事をし、二階へ駆け上がっていく。こうして俺達の同居生活が再び始まったのであった。
~あとがき~
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第1章はここでおしまいとなります。
引き続き第2章をお楽しみください。
一瞬マズイと思い、体を起こしてネムが寝ているベッドの方へと顔を向ける。そこには顔を暗くして俺の方を見つめているネムの姿があった。
「……ごめんなさい」
目に涙を浮かべ、布団をギュッと握りしめながらネムはポツリと呟いた。あんなに傷つけられたのに、目が覚めて最初に出てくる言葉が謝罪の言葉とは。あんなパジャマよりも、もう少し自分を大事にしてほしい。
そう伝えたかったのに、気の利いた言葉が思いつかない。俺は結局、普段通りに笑いながら、ありきたりな言葉をかけることになってしまった。
「なんでネムが謝んなきゃなんねぇんだよ!そこは、おはようだろ?」
「でも……」
それでもネムは申し訳なさそうに下を向いてしまう。しかし、俺もそこで引くわけにはいかない。俺がそのまま無言でネムを見つめ続けたことで、やっとネムも折れてくれた。
「……おはよ」
「おう、おはよう!そんじゃあ朝ごはんにでもしますか!」
そう声をかけて俺は部屋を出るとキッチンへと向かった。ネムもすぐに部屋から出てきて、リビングの椅子へと腰かけ、俺の方を無言で見てくる。やっといつもの生活が戻ってきたような気がして、俺はクスリと笑みをこぼした。
軽めの料理を作り終え、テーブルの上へ置く。いつものように食事が始まり、このまま平穏な日常に戻れる──かと思ったのだが、俺にはどうしても気になっていた事があった。
それをそのまま胸の奥にしまっておくわけにもいかず、傷口をえぐるようで悪いが、ネムに聞くことにした。
「あのさぁ……一個だけ聞きたいんだけどいいか?」
「んぐんぐっ……なに?」
「なんであいつらについてったんだ?二週間後には迎えに行くって言っておいただろ?」
「んぐっ……それは、んぐっ……ユウキがデナードに、奴隷買うためのお金を借金したって。その返済を伸ばすために、力を貸してほしいって言ってるって言われた」
ネムが語った内容に、俺は思わず手に持っていたサンドイッチを皿の上に落としてしまった。まさか、ネムが連れていかれた理由が俺だったとは。しかも、俺が奴隷好きだという情報を奴らが入手していたのは驚きだ。
そして、ネムが居候相手の俺に対し恩を感じていること。自分に出来ることはしてあげたいと思っていることまで調べてあったのか。それとも偶然奴らの策がハマっただけなのか分からないが、これはしっかりと訂正しておく必要がある。
「いいか、ネム!俺はこれまでも、そしてこれからも、他人に金を借りて奴隷を買うような真似は一切しない!俺は自分の稼いだ金だけで、運命の奴隷ちゃんを迎えたいんだ!分かったな!」
「ごきゅっ……わかった」
頬張っていたサンドイッチを一気にのっくみ、コクリと頷いて見せるネム。これで奴隷の件に関しては問題ないだろう。あとはもう一つ──
「あと、お前に力を借りたい時は直接お願いする!だから、誰かが『ユウキが力を貸してほしいって言ってた!』なんて話しかけてきても、絶対に信じるなよ!分かったな!」
「……ん、わかった」
ネムは俺の眼をしっかり見て頷いてくれた。これできっと同じような目に遭うことは無いだろう。俺の憂いも晴れたところで、ネムが残っていたサンドイッチを全て食べきってしまった。
「ごちそうさまでした……おなかいっぱい」
満足げに呟くネムを見て、ようやく日常が戻ってきたことを実感する。ただ完璧に元へ戻すには、あと一つ足りないモノがあった。
俺は空になった皿を手に取って流しへと向かっていく。
「これ洗い終わったら出掛けるから、自分の部屋行って着替えて来いよ」
それを買いに行くためにネムへ声をかけたのだが、彼女は何故か乗り気では無かった。
「……いい。ネムは部屋で寝てるから、ユウキ一人で出かけてきて」
ネムはそう言うと、また下を向いて暗い顔をしながら階段を上ろうとし始めた。俺は慌てて洗い物をする手を止め、ネムの手を引き留める。
「いやいやいや!お前が居なきゃ買い物行っても意味ねぇんだって!」
「……どうして?ネムいなくても、いつも買ってこれてるでしょ?」
どうやらネムは今から行く買い物を、普段俺が行っている買い出しだと思っていたらしい。それなら確かに俺一人でも行けるが、今回の買い物は明確な目的があるのだ。
「普段の買い物ならそうだけどな……約束したろ?新しいパジャマ買ってやるって。俺一人で行ったら犬柄のパジャマ買ってきちまうぞ?」
「!!」
俺の言葉に耳をピンと立てて尻尾を振り回し始めるネム。ボロボロになってしまったパジャマの代わりに、新しいパジャマを買うと約束していた。それを買ってこそ、本当の意味で元の生活へ戻れるのだから。
喜びをあらわにしていたネムだったが、何故かまた尻尾を丸めて耳をペタリと倒してしまった。そのまま下を向いて唇を噛み締めてみせる。
「……ネム、買ってもらう資格無い」
口から零れるように出た言葉だったが、そこには彼女の気持ちがハッキリとこめられていた。
買って貰いたいけど、パジャマをボロボロにしてしまった自分にはそんな資格はない。自分のせいでボロボロになったわけではないにしろ、ネムは俺のことを気にしているのだろう。そんな心の優しいネムだからこそ、俺は他のかぼちゃとは違うと思えたのかもしれない。
だから俺は、ほんの少しだけ格好をつけるのだ。
「バッカお前、タダで買って貰おうと思ってんのか!?今回はパジャマ買うついでに新しいタイプのメイド服も買うからな!今後はメイド服二着をローテーションで着こなしてもらうぞ!分かったな!」
「……いいの?」
俺の真意をくみ取ったネムが、また尻尾をくるくる振りながら問いかけてきた。俺は頷く代わりに軽く笑ってキッチンへと戻っていく。
「皿洗ったら出掛けるからなー?早く着替えて来いよ!」
「……ん!」
ネムが嬉しそうに返事をし、二階へ駆け上がっていく。こうして俺達の同居生活が再び始まったのであった。
~あとがき~
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第1章はここでおしまいとなります。
引き続き第2章をお楽しみください。
24
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる