怠惰ぐらし希望の第六王子 悪徳領主を目指してるのに、なぜか名君呼ばわりされています

服田 晃和

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第4章 裏切ってみた

第77話 居場所

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 結局俺はセレスティアとの昼食を断ることも出来ず、一緒に食事をすることになった。アルスだとバレていないか気が気でなく、飯の味など分からなかったのは言うまでもない。

 更に大変なことに、明日以降も治療の後は一緒に食事を取る約束をしてしまったのだ。そのため俺は女性の所作について学ぶ羽目になってしまったのである。

 ◇

 その日の夜。ルナーラに女性の所作について指導をして貰った俺は、疲れきっていたため早めに寝ようとベッドの上に寝ころんでいた。瞼を閉じ、あと数分もすれば夢の中へ誘われるだろうと言った時、部屋の扉がガチャガチャと音を立てたのだ。

「うおぉ!びっくりしたぁ!誰だこんな時間に!」

 突然の事に眠気が覚めた俺は、起き上がって扉の方へ顔を向ける。その間もずっとドアノブがガチャガチャと音を立てていた。侵入者が俺の部屋に忍び込もうとしているのか?と不安がよぎったが、そんな馬鹿な侵入者などいないとその疑念は直ぐに消え去った。

 となると、扉の向こうにいる人間はもう一人しかいない。それが誰なのか察した俺は、ため息を零しながら扉に歩み寄ると、鍵を開けて扉を開放した。

「オレット……こんな夜遅くにどうしたんだ?」

 扉の向こうに立っていた犯人に対し、面倒くさそうに問いかける。だがオレットの反応は鈍く、俺の問いかけに返事すらしなかった。

 どうやらオレットも寝ようとしていたらしく、彼女の両の瞼は既に閉じかけていた。その瞳をこすりながら、オレットがムニャムニャと話し始める。

「ふわぁぁ……遅くにすいません、ルナさんからの伝言ですぅ……『アリスちゃん。セレスティアに子守唄をお願いします』だそうです」
「はぁ!? 」

 オレットから告げられた内容に、俺は思わず声を上げてしまった。セレスティアは昨日からルナと一緒に寝ているはず。そんな所に俺がいけるわけがない。いくら女装しているとはいえ、それはなんだかアウトな気がする。

「いやいやいや! 流石にそれは無理だろ! ルナと一緒に寝ているんだろ? だったらルナが歌えば──」

 そこまで口にして、俺はハッと息をのんだ。数日前に見たルナのあのオーラが脳裏をよぎる。そのイメージがオレットに伝わるはずも無いのだが、彼女はなぜか俺と同じように気まずそうな表情を浮かべていた。

「いやぁそのですね、ルナさんも歌って見たそうなんですがぁ……すいません、察してください」

 それだけ言うとオレットは笑って見せる。いつものような満点の笑みではなく、何処か苦笑いのように見えてしまう彼女の表情に、俺は全てを察した。

「分かったよ……着替えたら向かうから」
「ありがとうございます……それじゃあ、おやすみなさぁい」

 オレットはそう言うと欠伸をしながら廊下を歩いていった。俺は一人部屋の中へと戻り、クローゼットに締まっていた衣装を手に取る。ルナ―ラに教わったやり方で着替えを終わらせ、俺はセレスティアの部屋へと向かうのだった。

 ◇

 セレスティアの部屋に入った俺は、妙な胸の高鳴りに違和感を覚えた。いままで毎日のようにやってきて、夜は子守唄まで歌っていた。その日々の中では感じたことのない鼓動の速さに、少し体が火照りだす。

(おい、ルナー……オレットから話は聞いたぞー……)

 その違和感が何なのか分からぬまま、俺は部屋に居る筈のルナに向かって声をかけた。するとベッドの方から布の擦れる音がし、誰かの影が立ち上がる。その陰がベッドから降りたところで、ようやくルナだと認識することが出来た。

(すいません、アルス様。私も何とかしようと歌ってみたのですが……上手くいきませんでした)

 そう言ってルナが申し訳なさそうに頭を下げた。俺はそんな彼女の言葉に一言だけしか返すことが出来なかった。

(い、いや、気にするな……)

 そう答えた後、俺はただただルナの姿を見つめていた。別に派手な衣装を着ているわけではない。ただの寝間着姿なのだが、そんな普段の姿とは違うルナに俺は見惚れていた。

(アルス様、どうかなさいましたか?)
(いや、なんでもない! とりあえず、子守唄は俺が歌うから! ルナはあっちの椅子に座って待っててくれ!)

 俺の様子が変だと思ったのか、ルナが声をかけながら近づいてきた。俺は反射的に手を前にかざし、彼女から距離を取る。そのままルナを避けるように迂回してセレスティアの寝ているベッドへと歩み寄っていった。

 普段と一緒の筈なのに、なんだか良い匂いすらしてくる。そんなよく分からない感情を抱いていた俺だったが、うなされているセレスティアを目にした途端、そんな浮ついた感情もどこかに消えていった。

「……ハァ……ハァ……」

 以前よりはマシになっているもののとても辛そうな表情をしている。眉間にシワが寄るほどの力で目を閉じて、何かから逃れようとしているのか必死に顔を横に振るっていた。

 そんなセレスティアの恐怖を少しでも和らげるために、俺は彼女の手を握ってやる。そのままセレスティアの傍で歌を歌い続けた。

 一曲、二曲と歌ううちにセレスティアの表情が和らいでいく。その後も暫く歌い続け、三十分も経った頃には穏やかな表情で寝息を立てていた。

「……スー……スー」

 その表情を見て安心した俺はセレスティアの手から自分の手を放してベッドから離れようとする。だがその瞬間。セレスティアが俺の手をギュッと握り返してきたのだ。

(うぉ!?……マジか、全然離れねぇぞ)

 突然の事でびっくりしたが、すぐに冷静になり手を放そうとする。だが思いのほか力が強く、簡単には離せそうになかった。仕方なくルナを呼ぼうと彼女の方へと顔を向ける。

(すまん、ルナ。セレスティアが手を離してくれないんだ。ちょっと手伝ってくれ)
(……)

 セレスティアを起こさないような声量で声をかけるも、ルナからの返事がない。しょうがなく再度声をかけようとした瞬間、俺の耳に驚愕の音が聞こえてきた。

「スー……スー……」

 椅子に座って待機していた筈のルナから、可愛らしい寝息が聞こえてきたのだ。まさかの事態に、俺は慌ててルナの名を呼ぶ。

(おい、ルナ!おきろ!起きろってば!)

 何度も彼女の名を呼んでみるが、一向に起きる気配はなかった。まぁ三十分も放置してしまっていたのだ。寝てしまっても仕方ないだろう。

 俺はルナを起こすことを諦め、力づくでセレスティアの手を離そうともう片方の手で彼女の指を剥がし始めた。だがその時、セレスティアの口元が動き、小さな声でこう呟いたのだ。

「……いかないで……ひとりにしないで……」

 その言葉を聞いた俺の動きが止まる。起こしてしまったか?そう思い、セレスティアの顔を見る。だが起きている様子はなく、目は閉じたまま。だがその目の端から、一筋の雫が零れ落ちていった。

 俺はその雫を拭ったあと、セレスティアの指を元の形に戻して今度は俺の方からギュッと力強く握りしめてやる。

「どこにもいかないよ、セレスティア」

 その言葉がセレスティアに届いたかは分からない。だが彼女はまた、静かな寝息を立て始めた。いまセレスティアがどんな夢を見ているのだろうか。その夢が良い夢であることを願いながら、俺はセレスティアの傍で目を閉じたのだった。
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