怠惰ぐらし希望の第六王子 悪徳領主を目指してるのに、なぜか名君呼ばわりされています

服田 晃和

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2巻

2-2

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 ◇


 翌日。朝食の際、俺とルナのどこかぎこちないやり取りを見て、他のメイド達がキャーキャー騒いでいた。
 なぜか執事しつじのルイスからも「おめでとうございます」との言葉をもらうしまつ。全員が何かを勘違いしているみたいだが、ルナが嬉しそうにしていたので、あえて否定することはしなかった。
 そしてその日の午後、俺は屋敷の応接室でシェスカ姉様と対峙たいじしていた。俺の後ろにはカイルとアンヌ以外にも、先日トト村で購入した子供の奴隷達が並んで立っている。
 どうせ嫌われるなら、シェスカ姉様にも俺の悪評を広めてもらうべく、改めて呼び出したのだ。

「話があると言われて来てみれば……お前がこんな馬鹿なことをしているとはな」

 奴隷達の姿を見て怒りを露にするシェスカ姉様。
 そんな姉様に俺は開き直った態度で、ニヤリと笑みを浮かべてみせる。その顔を見たシェスカ姉様の眉が一瞬ピクリと動いた。
 また殴られるかもと恐怖するも、俺は気合を入れて口を開いた。

「馬鹿なことだなんて、姉様も分かっていませんねぇ! この子達は、自ら望んで俺に買われたんですよ! なぁカイル、そうだよな?」
「はい……」

 俺の問いかけに、カイルは作り笑いしつつ返事をした。その後すぐに、カイルは顔を歪めてみせる。
 もちろん、これは事前に決めておいた段取りの行動だ。演技派のカイルなら上手くやってくれると思っていたが、ここまで上手に表情を変えるとは驚きだった。
 シェスカ姉様はカイルの演技に気付かず、俺を睨みつけながら机を力強く叩く。

「あれが、望んで買われた奴隷の姿だと言うのか⁉ ふざけるのもいい加減にしろ! あの子達が悲しんでいるのがまだ分からんのか!」
「言いがかりはやめてくださいよ! 子供達はみんな、この屋敷で楽しく暮らしていますよ? なぁゾーイ! 昨日も俺と一緒にみんなで楽しく遊んだよなぁ?」

 俺はゾーイをこちらに呼びつけて、頭を撫でながらそう問いかける。その問いかけに、彼は満面の笑みを浮かべながら答えてくれた。

「はい! 昨日はアルス様と一緒に、いーっぱい遊びました! 凄く楽しかったです!」
「ははは! それならまた一緒に遊んでやろう。今度はアンヌも一緒にな!」
「本当ですか⁉ ありがとうございます‼」

 アンヌもまたゾーイと同じような顔で嬉しそうに笑ってみせる。二人の言葉と表情は、カイルとは違い、嘘偽うそいつわりのないものだった。
 二人にはカイルのように、演技の指示はしていない。八歳のゾーイにシェスカ姉様をだますような演技をさせるのは無理があるだろうし、アンヌは大根役者だいこんやくしゃだ。
 だから俺は、ゾーイが嘘をつかなくても良いように昨日の午後を使って、本当に遊んでやった。
 鬼ごっこやかくれんぼ、戦いごっこまでしてやった。その結果が、今の返事を生み出したのだ。それを知っているアンヌは、普通に遊べると思って喜んだ。
 その二人の無垢むくな笑顔に、シェスカ姉様は信じられないといった様子で俺を見つめてきた。

「……馬鹿な! こ、こんな子供達と、お前は一体どんな遊びをしたというんだ!」
「ただの遊びですよ! もちろん、沢山楽しませてあげましたがね!」

 姉様の頭の中で『遊び』という単語がどのように変化をげているかは分からない。だが間違いなく、文字通りの意味では理解していないだろう。
 その判断が間違っていないと思わせるべく、俺は下卑げびた笑みを浮かべて姉様を見つめた。
 俺の表情を見て姉様はすべて悟ったのか、深く息を吐いてゆっくりとその場で立ち上がる。
 以前は輝いていた姉様の瞳が、暗くしずんだ闇の色へと染まっているように見えた。
 もう俺があの頃の姉様に会えることはない。覚悟を決めていたとはいえ、やはり心にくるものはあった。
 だがこれで俺の評価はガタ落ちすること間違いない。シェスカ姉様がこの事実を広げれば、俺が帝国の間者を炙り出したなんて噂も消えてなくなるはずだ。

「少し……待っていろ!」

 そう言うと姉様は護衛を引き連れて部屋の外へ出ていってしまった。緊張の糸が切れたのか、身体が急激に重くなる。俺は盛大に息を吐いて、背もたれにもたれかかった。

「ああぁぁ、しんどかった! カイルもありがとうな! お前のおかげで、シェスカ姉様も完全に騙せたぞ!」
「ありがとうございます。でも……本当によろしかったのですか?」

 カイルは心配そうに俺の顔を見つめる。俺はその問いに答えることなく、静かに微笑ほほえんだ。
 カイルには昨日俺のすべてを打ち明けた。実は俺には自堕落な生活を送る目的があること。その目的のために、悪徳領主を目指していること。
 その話をした時、カイルはかなり引いていた。まぁ目的が変だし、自分のところの領主が、悪徳領主を目指していると宣言する奴だったら誰でも引くし、怒るだろう。
 だが領民を傷つけるような行動はしない。一年後にはこの領地にあるうみと共に消え去る。そう説得したら、カイルは渋々協力すると言ってくれた。
 だがその話を知らない他の奴隷達は、無垢な笑顔で話し始める。

「ゾーイは良いなぁ! 俺もアルス様と一緒に遊びたかったのに!」
「オレットさんは、勉強のが大事とか言って、全然遊んでくれないもんなー! 仕事は簡単だから良いけど……」
「アルス様、今度は私達とも遊んでくださいよ! ゾーイばっかりズルいです!」

 ブツブツと文句を言うミゲルとエリナ。オレットは意外と真面目なようで、俺が指示したことをしっかり守っているらしい。こんなことなら、遊ぶ時間も与えるように指示しておくんだった。

「分かった、分かった。オレットには遊びの時間も作るように言っておくから。その代わり、勉強も仕事もしっかりやるんだぞ!」
「わーい‼ ありがとうございます、アルス様!」

 嬉しそうにはしゃぐ子供達を見て、ありもしない過去を妄想する。
 俺にも彼らと同じように、同年代の子供達と遊ぶ時間があったら、一体どうなっていただろう。こんな馬鹿な考えなど浮かばず、立派な王子になるよう行動していたかもしれない。
 だがもしそうだとしたら、俺の隣にルナはいないだろう。いたとしても、今のような関係になれるとは到底思えない。
 互いが互いを尊敬し、尊重し合うそんな関係。ルナと出会ってからの七年があったからこそ、俺達はそこに辿り着けたんだ。
 ルナの方をチラリと見ると、彼女は僅かに口元を緩めてみせる。それだけで身体のしんが熱くなり、俺は頬を紅く染めながら目を逸らした。
 やはり、シェスカ姉様に嫌われようとも、ルナとの生活を離す気にはなれない。それを再確認出来ただけでも本当に良かった。
 その時、応接室の扉が勢い良く開かれた。そこには先ほど出ていったシェスカ姉様の姿がある。だが一緒に出ていったはずの護衛の姿がなかった。

「遅くなってすまなかったな。どうしても……お前に見せなければならないものがあったのだ」
「見せなければならないもの? いったい何ですかそれは──」

 姉様の言葉に少し不安になる。
 もしかして、俺をさばくような何かだろうか? そんな不安が脳裏のうりをよぎり、手に汗がにじみ始める。その直後、姉様は部屋の外にいる何かに声をかけた。

「おい、お前達! さっさと歩かんか‼」

 姉様の声に続くようにじゃりじゃりと、鉄がすれる音が聞こえてくる。その音と共に、姉様に引きずられてなにかが、この部屋の中へと入ってきた。
 それらの物体を見て、あまりの衝撃に言葉を失う俺と幼い子供達。
 俺はそれらが視界に入らないように、咄嗟とっさにゾーイの目だけでも両手でおおった。

「姉様……それはいったい」
「これか? これは……私の奴隷達だ! さぁお前達、しっかり挨拶をせんか!」

 姉様は手に持ったむちで、奴隷達のしりを思い切りぶっ叩く。バチーンともの凄い音がしたかと思うと、奴隷達は一斉に鳴き声を上げだした。

「ぶひぃ! ぶひぃ! ぶひぃ!」
「わはははは! そうだそうだ! しっかり鳴いて、挨拶しないとなぁ!」

 恍惚こうこつとした表情で奴隷達を叩き続けるシェスカ姉様。奴隷達の顔をよく見ると、二人とも先ほど出ていった護衛達だ。
 驚愕の事実に俺達が全員ドン引きしているのにもかかわらず、姉様達はその行為に没頭ぼっとうしている。
 だが何とか我に返った俺は、一度子供達を部屋から退出させたあと、意を決して姉様に問いかけた。

「あの……シェスカ姉様。どういうことか、説明していただけませんか?」
「ん? ああそうだったな! 実は私にもお前と同じような性癖があってな? 屈強くっきょうな男の奴隷共をこうしてひざまずかせて、鳴かせるのがたまらなく好きなのだ!」

 奴隷達を鞭で叩きながらそう語るシェスカ姉様の顔は、人体実験が大好きなサイコパス聖女――ソフィアとどこか似ていた。
 姉様は話しながら何度も何度も、奴隷達の身体を鞭で叩いていく。その度にみにくい声を上げる奴隷達。
 だがなぜか、奴隷達の顔はどこか嬉しそうだった。

「いやぁ、まさかお前も私と同じだったとはなぁ! この性癖のせいで、他の貴族と結婚も出来ず、誰にもバレないように過ごしてきたのだ! だがこれからはお前とこうして話せると思うと、気が楽になったぞ!」
「え……いや……俺はその──」
「どうした? 何か問題でもあったか⁉」

 シェスカ姉様に問われ、俺は言葉をのどで詰まらせた。なぜそんな風に思ったかは知らないが、シェスカ姉様は俺の奴隷との交流を見て、自身との共通点を見出したようだ。
「実は全部嘘だったんです」だなんて、もう二度と言えない。姉様は俺を同類と思って秘密を打ち明けたのだ。その俺が、普通の性癖の持ち主だと知れば、恥ずかしさのあまり姉様の方が自死しかねないだろう。
 俺の計画は、砂城のように瞬く間に崩れて消えていく。だが今目の前で起きていることに比べれば、そんな些細ささいな問題どうでもよかった。
 敬愛するシェスカ姉様は、ただの変態でドS女王だったのだ。


 ◇


 姉様に奴隷好きだと打ち明けられた翌日。俺達は街から離れた森の中へとやってきていた。

「いいか、お前達! これは我々にとって、初めての勝負だ! 負けたらタダではすまさんぞ!」
「は! シェスカ様!」
「アルス達に負けでもしてみろ! お前達にはキツイ仕置きが待っているからな!」
「お、お仕置き……ッツ……はい! 頑張ります!」

 そう、これからここで、お互いの奴隷が狩った魔獣の数を競う、魔獣狩り対決が行われることになったのだ。
 ここは普段冒険者達が魔獣の狩場として使っている場所。だが今日は冒険者の姿はどこにも見えない。
 それもそのはず。今日はシェスカ姉様のために、俺が冒険者教会の支部長、オルトに頼んで冒険者が森の中に入らないよう、警戒令けいかいれいを出すよう指示したのだ。
 その結果、姉様は人目を気にせず初めて趣味の奴隷遊びが出来ると大はしゃぎしている。
 俺はそんな姉様を横目に、防具に身を包んだアンヌとカイルに魔法を付与していった。

「あー……二人共。無理しなくていいからな? 一応『身体能力上昇フィジカルアップ』と『防御上昇ディフェンスアップ』と『攻撃上昇アタックアップ』の魔法は付与してあるから、大丈夫だろうけど。一時間くらいしたら戻ってこい」
承知しょうちしました! 怪我しないようにだけ気を付けます!」

 カイルは色々と察しているのか。少し苦笑いを浮かべたあと、元気に返事をする。しかし鈍感どんかんなアンヌはというと、やる気満々といった様子で息を荒らげていた。

「任せてください! 絶対にアルス様の顔にどろるような真似はしませんから! 頑張って沢山狩ってきます!」
「いや、頑張りすぎなくていいと思うぞ? 相手は大人の男だし。怪我しないようにだけ頑張ってこい」

 そう言いながら姉様の奴隷達の方をチラリと見る。姉様に『お仕置き』と言われたせいか、奴隷の二人は頬を紅潮こうちょうさせてフーフーと鼻から荒い息を出していた。
 もうあの二人が魔獣を狩ってくることなんて、絶対にないだろう。彼らも、姉様の本当の目的はお仕置きすることだと分かっているだろうからな。万が一狩ってきたら、お仕置きに失敗した姉様の真の怒りに触れることになってしまいそうだ。


 ◇


 奴隷達が魔獣狩りのために森の中へ入ってからしばらくしたあと、姉様が嬉しそうに頬を緩ませながら俺に話しかけてきた。

「ふふふ。楽しみだなぁアルス! どちらの奴隷が多く魔獣を狩ってこられるか……こんな勝負を出来る日が来るとはな! これもすべてお前のおかげだぞ!」
「ハハハ……姉様が喜んでくださって、俺も嬉しいです」

 興奮した様子の姉様にかわいた笑みを向ける。
 もう後戻りは出来ないところまで来てしまった。姉様が死ぬまで、俺は一生彼女の『奴隷大好き仲間』として生きていくしかないのだ。
 俺が苦悶くもんしていると知らない姉様。ニヤニヤと笑いながら森の方を見つめていたと思うと、突然カッと目を見開いて声を上げた。

「アルス! そういえば、興奮しすぎてすっかり本題を忘れていたぞ!」
「え、本題? まだなにか重たい話でもあるんですか?」

 姉様の勢いに、俺はこれ以上重たい話が来るのではないかと思わず身構える。しかし姉様の口から出てきた言葉は、俺の想像とは違うものだった。

「お前、クルシュとレオンの勧誘を避けているそうだな⁉ 以前会った時に、クルシュの方がぼやいていたぞ! どうするつもりなんだ⁉」

 姉様に問われ、俺は顔を下へと向けた。
 折角忘れ去っていたことについて、姉様のせいで思い出す羽目になるとは。
 憂鬱ゆううつな感情が波のように押し寄せてくる。
 だがここでそれを顔に出すわけにもいかず、俺は少し悩んでいるといった様子で悲し気な笑みを浮かべながら話し始めた。

「実はそうなんです……まだ覚悟がつかないというか、なんといっていいか。そんな中途半端な気持ちでどちらの兄弟につくか選ぶことなんて、俺には出来ませんから」

 俺が話し終えても、姉様はただじっと俺の顔を見つめている。その直後、姉様は俺の肩に手を置き、穏やかな微笑みを浮かべた。

「アルス、お前は派閥勧誘から逃げるために領主代理の職務にいたのだろう?」

 見透かしたようなシェスカ姉様の言葉に思わず目を見開くと、彼女は続ける。

「私には嘘をつかなくても良いんだぞ? この性癖を共有した仲ではないか! 私達のきずなは、誰にも引き裂けるようなものではない! そうだろ?」
「シェスカ姉様……ごめんなさい」

 優しい言葉をかけられた俺は、涙を隠すようについ姉様に抱き着いてしまった。
 姉様は一瞬戸惑ったようだったが、「謝らなくて良いんだ」といいながら、俺の頭を撫でてくれた。
 そんな姉様の優しさに、俺の両目から涙があふれ出していく。
 謝罪の言葉の真意を伝えられず、俺はくちびるを噛み締めることしか出来ない。それを知らぬ姉様は、会話を続けていった。

「あの二人は自分達が地位や権利を得るために必死だからな。さぞかしお前への勧誘もキツイものだっただろう。かく言う私も、何度もつまらんアプローチを受けたものさ」
「姉様もですか? でも、姉様は……」

 俺は言葉を詰まらせながら、顔を上に向けて姉様の顔を見つめる。それに対し、姉様はニヤリと笑ってみせた。

「ハハハハ! 私は面倒事は嫌いだからな! どちらの派閥にもつかないと、陛下へいかと父に宣言したのだ! それ以降、奴らからの勧誘はなくなったぞ!」

 そう言いながら嬉しそうな顔を浮かべる姉様。
 俺はそれがたまらなくうらやましかった。そんな豪快ごうかいなこと、俺には絶対に出来ない。姉様が女性だったからこそ出来た選択肢だといえる。
 俺がそんな発言したとしても、「馬鹿なことを言うな」と一蹴いっしゅうされるか、新しい派閥を作る気かもしれないと深読みされてしまうだけだ。

「すみません。姉様みたいにハッキリと言える人間じゃなくて……」
「謝ることなどない! 派閥勧誘から逃げるためとはいえ、お前は立派に役目を果たしている! それなら誰にも文句は言われる筋合いはないさ!」

 姉様は俺を慰めるように力いっぱい抱きしめてくれた。
 俺も姉様を力いっぱい抱きしめ返す。俺の思惑通りに行っていないとはいえ、姉様に褒めてもらえるなら良しとしよう。
 穏やかな笑みを浮かべていた姉様だったが、森の木々がざわめき始めたのと同じころ、その美しい顔をくもらせていった。
 俺は少し心配になり、姉様の名を呼んだ。

「シェスカ姉様?」
「……アルス。お前が考えているよりも、我が国の闇は深いぞ。上手く逃げたと思っているだろうが、奴らはお前の力を欲しがっている。そのためならどんな手でも使ってくるだろう」

 俺の頭を撫でながら、悲しそうに笑うシェスカ姉様。この国の闇を見てきた姉様だからこそ、俺の身を案じてくれているのだろう。
 それから姉様はひとしきり俺の頭を撫でたあと、ニコリと笑みを浮かべた。

「まぁ安心しろ! 何かあったら私を頼ってくるとよい! 奴隷好き同士、私に出来ることなら力を貸してやるさ!」
「姉様……ありがとうございます!」

 姉様に感謝の言葉を告げ、ギュッと抱きしめる。もしこれから何かあったら、姉様を頼らせてもらおう。
 そんなこんなで時間は過ぎていき、一時間後。ホーンラビットを三体とビックボアを一体狩ってきたカイルとアンヌと、魔獣を一匹も狩ってこなかった姉様の奴隷達が帰還した。

「何たる様だぁ! 貴様らそれでも私の奴隷かぁ! 恥を知れぇ‼」

 そう言って息を荒らげながら奴隷達を鞭で叩く姉様の顔は、今までで一番生き生きしていたのは言うまでもない。


 ◇


 姉様の趣味に付き合ってから、三日が経った。俺はベッドに横たわり、一人部屋の中で身体を休めている。
 今日はルナも仕事が休みなので、自室で休んでいることだろう。
 魔獣狩りを楽しんだあと、屋敷に帰ってきてから寝るまでの間、姉様の性癖について話を聞かされる羽目になったのだが、それが身体的にも精神的にもかなりの苦痛だった。ストレスで飯が喉を通らなくなったのは言うまでもない。
 そんなこんなで今朝ようやくシェスカ姉様は自分の領地へと帰っていったのだが、結局俺の評価を下げることは出来ずに終わった。
 まぁよくよく考えてみれば、領主代理になってまだそこまでの時間は経っていないのだ。
 その期間だけで、俺の人間性や能力を判断出来るとは兄様達も思っていないだろう。
 これからゆっくり、じっくりと悪評を広めていけばいい。
 鈍感な俺はそんなふうに気軽に考えていたのだった。


 ◇


 シェスカ姉様が去ってから二週間後、俺の元へ、とんでもない報が舞い込んで来た。

「サイクス領から移住希望者がやってきているだと⁉ 一体何がどうなってるんだ!」

 報告書に書かれた内容を見た俺は、思わずルイスに問いかけた。
 書類には千人の移住希望者が隣領りんりょうであるサイクス領から、最寄りの街であるエドハス領のオスガリアへ向かっていると書かれている。
 ルイスは手に持っていた追加の資料を俺に手渡すと、淡々たんたんとした様子で語り始めた。

「領主がアルス様に変わったことで、エドハス領の政策が改善されたと噂が流れているようです。農民達への待遇改善たいぐうかいぜんの政策が、移住の理由ではないかと」
「まだ施行せこうしてからあまり時間も経っていないのに、そこまで広がっているのか……まさかトト村の件が、隣領にまで影響を出すことになるとはな」

 俺は書類を見つめながら唇を噛み締める。
 ルイスの言う農民達への待遇改善というのはおそらく、領内の貧村に対し行った二年間の免税めんぜいと一時的な補助金を与える政策の件だろう。
 俺が帝国の間者に襲われて少しの間屋敷にこもっていた時、暇だったのでたまには領主らしい仕事でもするかと考えたのがその政策だ。
 なぜこんなことをしたかといえば、トト村ばかりを優遇ゆうぐうするわけにはいかなかったから。ただこれに尽きる。
 俺は少し前に魔獣の被害を受けたトト村を経済的に支援した。『悪徳領主』目線で言えば、一つの村だけ優遇しやがってと悪評を広めるチャンスになるだろう。
 しかし、それでは優遇を受けたトト村も迫害される危険性がある。それは俺のポリシーに反するため、平等な政策を取るしかなかった。
 名君として評価が上がってしまうのを避けるために、今回は適度の支援を行ったつもりだったのだが、それでもまだやりすぎだったらしい。
 だがいくらなんでも移住を決めるには早すぎるのではないだろうか?


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