暴君専務は溺愛コンシェルジュ

玉紀直

文字の大きさ
1 / 17
1巻

1-1

しおりを挟む

   プロローグ


「秘書は必要ない」

 耳を疑った。
 いや、その言葉を発した人間を疑った。

「そんなものは欲しいと思ったこともないし、用意しろと言ったこともない。俺には不要だ」

 淡々と言い放つ人物を、笹山久瑠美ささやまくるみは言葉もなく呆然と見つめる。正確には、彼の口元ばかりを見ていた。これから自分の上司になる人物が発した言葉とは思えなかったからだ。
 本日付で上司になる平賀拓磨ひらがたくま専務。まだ三十一歳だという若さに加え、噂どおりの男前だ……と、久瑠美は思う。
 ハッキリと言い切れないのは、彼が手元の書類に視線を落としているせいで、顔を正面から見ることができないからだ。
 しかしながら、うつむき加減でも綺麗な顔をしている……と感じるので、イケメンなのは間違いないだろう。

(いや、角度的にイケメン、とか……。正面はそうでもないかも)

 この深刻な状況下で、久瑠美の脳はまったく余計なことを考え出す。
 本来は、秘書として初出勤したこの記念すべき日に、ボスになる予定の専務から「いらない」と切り捨てられてしまったことを深刻に考えるべきなのだが。
 とはいえ、そんな扱いを受けているのが信じられないのだ。だから、これはなにかの冗談だと脳が判断して、余計なことを考えさせているのかもしれない。
 専務のデスクの前で直立したまま、久瑠美はどうすることもできない。彼女をここへ連れてきた副社長は、とうに退室している。気まずい沈黙が流れる専務室には、自分と拓磨しかいない。
 必要ないと言い放ったまま、拓磨は久瑠美を見ようともしない。
 まったくの無関心だ。これ以上に居心地の悪い状況があるだろうか。
 久瑠美は身体の前で重ねた両手をグッと握り合わせる。気まずい雰囲気だからといって、このままでいるわけにはいかない。

「そうおっしゃられましても、わたしも困ります」

 久瑠美が冷静に言葉をつむぎ出すと、拓磨の手が静かに止まる。だが相変わらず目は書類に向いているので、久瑠美の言葉で止まったのか、それとも書類に気になる部分を見つけただけなのか、いまいちわからない。
 それでも久瑠美は良いほうへ解釈し、言葉を続けた。

「わたしはすでに、以前の会社を退職しております。もちろん、こちらで秘書として採用していただけたからです。今さら『いらない』と言われても、聞き入れることはできません」

 拓磨がゆっくりと顔を上げた。すぐに視線がぶつかって、久瑠美はハッと息を呑む。
 真正面から見ると、彼の眉目びもく秀麗しゅうれいさに驚いた。突き刺さるような眼差しさえも美麗で、ビスクドールにも似た雰囲気がある。
 思わず目を見開いてしまったら、拓磨がかすかに口角をゆがめた。それはまるで、久瑠美を嘲笑あざわらっているかのようで……

(み、見惚みとれてた、とか思われてないわよね!?)

 にわかに焦りが走る。そんな久瑠美から目を離さないまま立ち上がった拓磨は、デスクを回りこむようにして彼女の横に立った。
 そして、いきなり久瑠美のあごつかむと、グイッと乱暴に顔を上向かせる。
 なんの言葉もなく、この扱いはひどい。ひるみかかった心を奮い立たせ、久瑠美は強固な眼差しで拓磨を見返す。
 拓磨の眉がピクリと動くが、彼は特に不快な顔をするわけでもなく、すぐに手を離した。

にらみつけられたのは初めてだ」
「は……?」
「確かに、初日から『いらない』と言われても困るだろう……。わかった」

 独り言のような声ではあったが、納得してくれたらしい。わかった、と言ってくれたのだ。このまま職を失うことにはならないだろう。
 だが安堵あんどしている久瑠美の前で、拓磨は綺麗な顔にニヤリと邪悪な影をただよわせる。
 ぞくっと……おかしな寒気がした。



   第一章


 いい天気だ。
 窓の外には抜けるような青空が広がり、清々すがすがしさを感じる。
 ついぼんやりと考えてから、久瑠美はハッとして気持ちを引き締めた。
 今は仕事中だ。そんな悠長ゆうちょうなことを考えている場合ではない。
 ……とはいえ……

「はあ~」

 溜息を声に出し、何気なく向けていた大きな窓から目をそらす。
 視界に映るのは、広く立派な室内。入口から近い場所と奥まった場所に、それぞれ応接セットが置かれている。奥のほうが明らかに豪華なので、手前は打ち合わせ用なのだろう。
 スチール書庫は優しいクリーム色。明るい壁紙との統一感も生まれていて、堅苦しさを感じさせない。眺めのいい窓が壁いっぱいに広がり、その前には重厚で大きなデスクがある。デスクの主こそ不在だが、そこに座る姿が脳裏に浮かぶ。
 彼――平賀拓磨の、研ぎ澄まされた眼光とともに……
 ぶるっと小さく身震いをして、久瑠美はそこから目をそらす。視線を落とすと、目の前に置かれている電話が鳴った。

「お電話ありがとうございます。平賀コーポレーション専務室……」
『あーっ、平賀専務さん、いらっしゃいますかっ! 至急の用件なんですよ!』

 久瑠美が名乗り終わらないうちに、テンションの高い男の声が聞こえてくる。またもやこの手の電話かと思いつつ、久瑠美は落ち着いた態度で相手の身分を確認した。
 どうやら外車のディーラーらしい。車にあまり興味のない久瑠美でも知っている有名な高級車を扱うメーカーだ。

『先日お話しされていた限定車種で、ご希望のカラーを見つけたのでご連絡をとりたいんですよ。別の販売店に在庫が残っていたらしいんですよね。それで、今押さえさせているんで……』

 名立たる高級車の限定モデルならば、さぞかし値段も張るのだろう。男の張り切りようたるや、受話器を離していても耳が痛いくらいだ。

「申し訳ございません。平賀は只今外出しております。戻りましたら、その旨お伝えいたしますので……」
『急ぐんですよー! なんとか連絡つきませんか!?』
「申し訳ございません。こちらからは連絡がとれない状態になっております」

 一刻も早くと訴える青年に、久瑠美は冷静な一言を突きつけ、「必ずお伝えいたします」と強調して通話を終えた。
 話しながらとっていたメモをもとに、電話があった時間と相手、用件をタブレットに打ちこんでいく。午後の三時を過ぎているが、今日かかってきた電話の中では一番必死さの伝わる口調だったかもしれない。

「だけど……、本当にこっちからは連絡がとれないんだもの……」

 ポツリとつぶやき、小さく息を吐く。拓磨宛てに来た電話のリストを眺めていると、なんとなくモヤッとした気持ちになってきた。
 ここ、平賀コーポレーションは、大手ゼネコンと肩を並べるトップクラスの建設会社だ。久瑠美が秘書として抜擢ばってきされた……はずの平賀拓磨専務は、この大企業の将来をになう社長令息である。
 なのに……

「なんなの……これ」

 リストに並ぶ用件は、どう考えても仕事に関係なさそうなものばかり。
 証券会社の勧誘しかり、水商売らしき女性からのお誘いしかり、今のように車やらスーツやらのセールスしかり。
 すぐにでも専務にお伝えしなくては、と思わせる電話が一本もないのは、どういうことなのだろう。
 仮にも大企業の専務なのだ。どう考えてもおかしいような気がする。

(それとも、会社が大きくて顔が広いゆえに、雑多な用件も多い、とか?)

 今までの秘書がどんな人物だったのかは知らないが、もしそうだとしたら、こんな電話を律儀りちぎさばきながら仕事をしていたのだろうか。
 と、ここでちょっとした不安が生まれた。
 久瑠美は、拓磨から涼しい顔で告げられた今朝の言葉を思いだす。

『おまえの仕事は、あれだ』

 彼が指さしたのは、専務室の一角――スチール書庫の前に置かれたデスク。今まさに、久瑠美が座っている場所だった。

『俺は出かけてくる。夕方まで戻らない。ついてくる必要はまったくないから、ここで電話番をしていろ。記録用のタブレットはデスクの引き出しの中だ』

 一瞬、なにを言われているのかわからなかった。
 自分はこの人の秘書になったはずなのに、外出に同行しなくてもいいなんて。あまつさえ、専務室に残って電話番をしていろというのだ。
 大切な電話がくる予定だから、などの理由があるのならともかく、かかってくるのはさほど重要でもなさそうな電話ばかり。
 今朝、秘書なんかいらないと言われたときは驚いたが、いきなり辞めさせられるわけではないとわかってホッとしたというのに。
 この扱いはなんだろう……

「わけわかんない……」

 本日、何度目になるのかわからない溜息。秘書という役目をもらったはずなのに、専務がどこへ行って、どんな仕事をしているのかもわからない状態だ。
 もちろん秘書としてやとわれたのだから、基本情報くらいは頭に入っている。
 拓磨が業界でも一目いちもく置かれるほど有能で、そのぶんかなり仕事に厳しい人物でもあること。
 今は古い雑居ビルの建て替え事業をおこなっているということ。
 過去の実績や、手がけた物件も知っている。
 取引のある土木関係者の中には、彼の頼みでなければ動かない人さえいるという。

『すごいね、久瑠美ちゃん。あんな一流企業に引き抜かれるなんて、大抜擢だいばってきじゃないか』

 ほんの数日前まで、久瑠美が秘書として勤めていた小さな会社の社長は、まるで自分の娘が出世したかのように喜んで激励してくれた。
 実際、彼には実の娘同様にかわいがってもらっていたのだ。
 久瑠美の両親は、彼女がまだ幼いころに他界している。社長は亡き父の兄で、久瑠美にとっては伯父にあたる人だった。
 伯父夫婦には子どもがいなかったので、両親を亡くした久瑠美を引き取り、大学まで行かせてくれた。伯父の経営する土木建設会社に就職したのは、少しでも手伝いをして伯父の力になりたい、と思ったからだ。
 なので、引き抜きの話がきたときはすぐに断った。しかし伯父は、若い久瑠美の将来を見据みすえていた。広い舞台へ出て、もっと輝けるようにと願い、背中を押してくれたのである。

『笹山さんは優秀だから、すごいところに目をつけてもらえたね。もっともっと活躍できるよ、笹山さんはできる子だもん』

 一緒に仕事をしていた先輩や、現場の作業員たちも、誰一人として久瑠美の転職をとがめなかった。むしろ彼女を応援し、笑顔で送り出してくれたのだ。
 伯父の会社は平賀コーポレーションの下請したうけで、社長秘書と雑用係を兼任して動き回っていた久瑠美に、平賀コーポレーションの副社長が直々じきじきに引き抜きの打診をしてきた。

『うちの専務の秘書を探しているんだ。君のように真面目で頭の切れる女性なら、適任だよ』

 提示されたお給料や手当などの条件は格段によかった。
 それになんといっても、業界有数のビッグネームだ。周囲が転職を勧めるのも当然だろう。
 久瑠美としては、温泉のように居心地のよい職場を離れるのはためらわれたが……
 ――伯父さん夫婦やみんなの気持ちに応えるためにも、頑張ってみよう。
 そう、決心したのである。
 みんなの期待を背負い、さらなるやりがいを求めて転職したはずなのに……
 いろいろ考えていると、なんだか胸がモヤモヤしてくる。今朝の拓磨の態度からして、間違いなく久瑠美は歓迎されていなかった。
 そう考えると、ますます不安になってくる。
 ぜひとも専務秘書に、とのせられて転職を決めたものの、当の拓磨には今日初めて会った。事前に挨拶あいさつしておいたほうがよいのでは、と副社長に確認したが、かえってしないほうがいいと言われ、それに従ったのだ。

(もしかして、なんの挨拶あいさつもなくいきなり来たから、へそを曲げられた……とかじゃないわよね……。副社長に言われたから、そのとおりにしただけだし……)

 考えこんでいる頭に、電話の着信音が聞こえてくる。一日じゅうこの音を聞いているので、一瞬、脳が錯覚を起こしたのかと思った。
 しかし気のせいではない。電話に目を向けると、ディスプレイに【ヒラガセンム】という文字が見える。その瞬間、頭で考える前に受話器を取っていた。

「専務、お疲れ様です」

 自分が置かれている状況に不安はいっぱいだが、表向きは冷静な声を出す。
 電話の向こうの相手は一瞬沈黙したものの、すぐに反応を返してくる。

『よく俺だとわかったな』
「電話機に、ヒラガセンムと表示されましたが?」
『以前いた秘書が、番号を登録していたんだろう。……余計なことを……』
「専務からのお電話には、特に注意を払えるようにしたのでしょう。真面目な方だったのですね」
『さぁ? どんな顔だったかも覚えていないな』
(ひどい……)

 久瑠美は内心、本音をつぶやいてしまう。やはり以前の秘書たちも、今の久瑠美のように電話番をさせられることが多かったのだろうか。だが、顔も覚えていないとはなんたることか。このぶんだと名前なんか絶対に覚えていないだろう。
 あまりのことに言葉を失っていると、自分の発言などまったく気にしていないらしい拓磨から、不可解な指示が飛んできた。

『帰っていいぞ』
「は?」
『もうすぐ定時だろう? 定時を過ぎてからの電話なんか受ける必要はないから、帰れ』

 定時を過ぎてまで働く必要はない、さっさと帰れ……というだけなら、とってもホワイトないい会社だと思う。
 しかし、本当に帰ってもいいのだろうか。いや、せめて上司が戻るのを待ったほうがいいだろう。

「ですが、専務のお戻りを待ってから……」
『俺が戻るのは定時を過ぎる。今朝の様子を見るに、俺が戻らなければ定時を過ぎてもクソ真面目に電話番をしていそうだからな。一応言っておいたほうがいいと思ったんだ』
「お……おそれいります……」

 とは言うものの――

(なんなのよー、それ!!)

 久瑠美は叫ばずにはいられない。ただし心の中で。

(クソ真面目に、とか、なんなのよ!! 電話番してろって言ったのはそっちでしょぉ! 指示を出したボスが戻ってくるまで待っているのは当たり前じゃないの! それを、そんなイヤそうにっ!!)
「お、お忙しいところ……わざわざお電話でお伝えくださり恐縮です……。では、定時になりましたら上がらせていただきます……」

 久瑠美は平静をよそおい、人当たりのいい声を出す。しかし受話器を握る手には汗がにじんでいる。もう片方の手はひざの上で固く握られ、プルプルと震えていた。

「ですが、専務宛ての伝言をいくつか預かっておりますので、それはお伝えしておいたほうが……」
『その必要はない。たいしたものはないだろうし、聞くだけ無駄だ』
「はぁ……」

 あまりにもアッサリ言われて、気の抜けた声が出てしまう。ということは、たいして重要でない電話しかこないことをわかっていて、あえてその番をさせていたということになる。

「あの……ですが、至急専務に連絡をとりたいとおっしゃっていた方もいて」
『たいていみんな、そう言うだろう?』

 確かにそうだ。しかし久瑠美は、めげずに外車ディーラーの件を伝えた。

『ああ、あの男か。あまりにしつこいから、限定モデルの中でも特に珍しいカラーを指定したんだが、よく見つけたな。根性は認める』

 さぞかし高額な限定車なのだろう。思わせぶりな態度をとられれば、必死になるのは当たり前だ。

「それでしたら、ご連絡してみてはいかがでしょう? かなり急ぎのご様子でしたし」
『必要ない。同情しているなら、おまえが買ってやればいいんじゃないのか?』
「……免許を取得しておりませんので……」

 自分の声が乾いているのがわかる。
 いまだかつて、仕事でどんなに腹立たしいことがあろうと、態度どころか声にも出したことはない。だが、このとき初めて、久瑠美は少々不機嫌な声を出してしまった。


 駅の改札を抜け、ホームへ向かう。その足取りは重かった。
 まだ電車は来ていない。電光掲示板に視線を向けたまま、久瑠美は無人のベンチにストンッと腰を下ろした。
 こんなふうに座ってしまうのは初めてだ。いつもはどんなに疲れていても、しっかりとホームに立って電車を待っているのに。
 つまりはそれだけ、久瑠美は疲弊ひへいしていたのである。
 深く溜息をつき、ホームの天井を仰ぐ。

「……なんなの……、あの会社……」

 文句というよりも弱音。そんなトーンの声が出ていた。
 いっそ大きな声で叫んでしまおうか。そうしたら、この胸のモヤモヤも少しはスッキリするかもしれない。
 しかしホームの雑踏ざっとうから生じる物音は、この規模の駅にしては小さい気がする。ここで叫べば久瑠美は間違いなく注目を浴び、会社に不満を持ったOLが自棄やけになっていると、同情の目を向けられるに違いない。

(以前の駅なら、うるさいくらいだったのに)

 今日からは、利用する駅も電車も変わった。以前の会社は久瑠美が住むアパートからそんなに遠くなかったので、気持ちに余裕があったし、学生の多い時間帯と重なって、行きも帰りもホームはにぎやかだったのだ。
 その騒がしさに、久瑠美も元気をもらっていたような気がする。
 対して、新しい会社はアパートから遠く、最寄駅の利用者は会社員が多い。どことなく地味な駅で、少々暗くも感じられる。比較的落ち着いた路線のようだが、午後五時の定時を迎えてすぐに会社を出たので、余計に人が少ないのかもしれない。
 いつものにぎやかな駅が恋しくなってきた。あの空気に触れれば、この沈んだ気持ちも少しは浮上するのではないだろうか。

「なーに、シケた顔してるのー?」

 聞き慣れた声がして視線を横にずらす。すると久瑠美を見下ろす人物と目が合って、り固まっていた顔の筋肉がふにゃりと緩んだ。

亜弥美あやみぃ~」
「今帰り? 定時が五時って聞いてたけど、ピッタリに上がれたの? そんなに忙しくなかった? 大きい会社の秘書って大変?」

 一気に質問をしながら、日野ひの亜弥美は久瑠美の横に腰を下ろした。サブリナパンツに包まれた細い足を組み、上半身を前に倒して下から覗きこんでくる。気の強そうな大きな瞳が、からかうように久瑠美を見つめていた。

「大きい会社で待遇もいいのに、前のちっちゃい会社より暇? 最高じゃない」
「暇じゃないわよ……。たぶん」

 たぶん。そう、たぶん暇ではないはずなのだ。朝一人で出ていってしまった拓磨が、定時になっても戻ってこられないくらいなのだから。

「亜弥美こそ、こんなところでなにしてるの? 仕事は? 今日は出社するって言ってなかった?」
「行ったわよ、午前中。昼過ぎに帰ってアパートで仕事をしてたんだけど、今日はこれから行きたいところがあるからここまで出てきたの」
「そっちは自由でいいねぇ」

 嫌味でもなんでもなく、本心からその言葉が出る。亜弥美はIT企業でプログラマーをしているのだが、勤務形態がかなり自由なのだという。自宅でできる仕事も多く、週に一日しか会社に顔を出さないときもある。
 そんな亜弥美は高校時代からの友人だ。なにかと要領のいい彼女とは妙に気が合い、友だちの中でも一番親しくしていた。
 大学を卒業して一人暮らしを始めたときから、同じアパートの同じ階に住んでいる。空き部屋をひとつ挟んでお隣さん、という近さ。なので、お互いの近況は常に把握しているのだ。

「そういえば、久瑠美の新しい会社に行くにはこの駅で降りるんだったよなぁ~、なんて考えていたら、シケた顔してベンチに座ってるOLがいるじゃない? よっぽど仕事で疲れたのかなって思ったら、久瑠美本人なんだもん。びっくりよ」
「ははははは~」

 乾いた笑いが漏れる。自分はそんなにも、疲れてますオーラをただよわせていたのだろうか。

「所属は秘書課なんでしょう? 初出勤だったのに、課の歓迎会とかないの?」
「歓迎もなにも……。誰一人として話しかけてこなかったし」
「は?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

諦めて身を引いたのに、エリート外交官にお腹の子ごと溺愛で包まれました

桜井 響華
恋愛
旧題:自分から身を引いたはずなのに、見つかってしまいました!~外交官のパパは大好きなママと娘を愛し尽くす ꒰ঌシークレットベビー婚໒꒱ 外交官×傷心ヒロイン 海外雑貨店のバイヤーをしている明莉は、いつものようにフィンランドに買い付けに出かける。 買い付けの直前、長年付き合っていて結婚秒読みだと思われていた、彼氏に振られてしまう。 明莉は飛行機の中でも、振られた彼氏のことばかり考えてしまっていた。 目的地の空港に着き、フラフラと歩いていると……急ぎ足の知らない誰かが明莉にぶつかってきた。 明莉はよろめいてしまい、キャリーケースにぶつかって転んでしまう。そして、手提げのバッグの中身が出てしまい、フロアに散らばる。そんな時、高身長のイケメンが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのだが── 2025/02/06始まり~04/28完結

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。