お姉様の身代わりになって婚約を阻止しに行ったはずが、どうやら溺愛されてしまったようです。

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7. 訪問

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 彼が私の家に行くと言ったあの日、私は気が付くと自分の家の前に立っていた。
 アメリアさんに誘導されるがまま放心状態で馬車へ乗り、景色を見るわけでもなくただ一点を見つめて馬車に揺られていた私は、帰り道の記憶が一切無かったのだ。

 心配した表情のアメリアさんに連れられ、重い足取りで家に入る。

 彼と会った日は決まって居間にいるお姉様にその日のことを報告しなければいけない。
 しかしそれは報告という名のお姉様の罵倒大会。

 時には臆病で醜いご子息に好かれる私を気持ち悪いなどと罵ったり、時にはシド様を必死に好かれようとする気持ち悪い人だと罵ったり。

 ──シド様のことは悪く言わないで。

 何度そう出かかった言葉を飲み込んだのかわからない。

 「お姉様、帰りました。」
 「さ、時間がないの。手短にお願い。」

 爪を研ぎながらソファーに座るお姉様はいつも通り気怠げな様子で答える。

 お姉様に言わなければ。
 この家に彼が来ると。

 「あの……、次に会う日なんですが……」
 「はぁ……。本当イライラするわね。ボソボソ言わないではっきり喋ったらどうなの?」

 腹が立った様子で、爪やすりを私に向かって投げる。
 爪やすりはちょうど私の顔に当たり、金属音を立てて床に落ちた。

 「次に会う日は私があちらへ出向くのではなく、シド様がこの家へ来たいとのことです。」
 「……はぁ?」

 私たちの話を聞いていたのか、お母様がひょっこりと顔を出す。
 お母様はこの家で誰よりも地位や権力、お金に執着している人。
 だからお母様は3人の中で唯一今回の身代わりに乗り気ではなかった。

 「そうなったなら仕方がないわ。出来る限り彼をもてなしてアヴェーヌ家の印象は良くしておくのよ。そうすれば娘1人が変人だからと言って、これからの交流をやめようとは思わないでしょう。」

 お母様がソファーに座るお姉様の両肩に手を添え、言い聞かせるように言った。

 「だけど私はどうすればいいのよ!アヴェーヌ家は両親と娘の3人家族だときっとヘレフォード家のご子息だって知っているわ。」
 「あなたは離れにでもいなさい。いいわね。」

 ──3人家族。
 私も家族のはずなのに、私もアヴェーヌなのに、何故かいつも私を数えてくれない。
みんな私を同等に扱ってくれないのだ。

 お母様の言うことにはお姉様も逆らえないようで、先程まで声を張り上げていたお姉様も、お母様に言われた途端に大人しくなった。

 到頭彼がこの家に来てしまう。

 この家での私を見て欲しくない。
 利益しか考えない酷い両親と彼を会わせたくない。
 彼をお姉様に見られたくない。

 そんな汚い感情が渦巻いている。

 「リリー、あなたはもう部屋に戻りなさい。」
 「──はい、お母様。」

 泣きそうになるのを堪えながら、自室へと戻った。






 1週間後。
 彼からの手紙に書かれていた約束の日がやってきた。

 彼から直近で送られてきた白いビオラの花を静かに見つめる。
 この花はプリザードフラワーで、いつものように押し花にする必要がなかったため、いつまでもこうして目で愛でることができる。

 すると突然、使用人のビオラが部屋の扉を勢いよく開けた。

 「リリーお嬢様、ヘレフォード家のご子息がお見えになりました…!」
 「──すぐに行くわ。」

 ついに来てしまったと息を呑む。
 私は徐に立ち上がり、深呼吸をしながら玄関の方へ向かった。

 玄関に着くと、そこにはお母様とお父様も立っており3人で出迎えるつもりなのかと瞬時に理解する。

 2人の横に立ち、ただ彼を待った。

 少しして足音が微かに聞こえ、扉がゆっくりと開かれる。

 「あぁ、皆さんお揃いで。お初にお目にかかります。僕はシド・ヘレフォード。以後お見知りおきを。」

 落ち着いた色合いの優美な紳士服を見に纏った彼は、慣れた様子で優雅に一礼する。

 「──っ!」

 彼の姿を見て驚愕した顔の両親は、口をあんぐりと開けて何も言えずに突っ立っていた。

 「やぁ、ミラ。今日も綺麗だね。会えて嬉しいよ。」
 「──ありがとうございます。私も嬉しいですわ。」

 ブルーアイが優しく私を見つめる。
 私には眩しすぎてとても見ていられなかった。

 私の声に我を取り戻したのか、両親がニコニコと人の良い笑顔を浮かべる。

 「きょ、今日はお越しいただきありがとうございます。…さぁどうぞ中へ。」

 お父様は酷く動揺しているようで、シド様に声を掛けるとぎこちなく歩き出した。
 お母様はいつものよそ行きの顔をしていて、なんだか悪い予感がした。




 談話室に着き、私がお母様の近くに座ろうとすると、シド様が私の隣がいいと言ったため、私とシド様が隣同士で並び、そしてその向かい側にお父様とお母様が座ると言う形になった。

 横を見ると彼はいつも通りの柔らかい微笑みを浮かべている。

 「そ、それにしても驚きましたわ。ヘレフォード家のご子息がこんなにも見目麗しい方だなんて。どうして今まで社交界にお顔を出さなかったのかしら?」

 お母様は興味津々といった様子でシド様を見つめる。

 「僕はああいった場所がどうも苦手で。それに他にしたいことが山ほどありましたし。」
 「そうですか。確かにシド様がパーティーに出れば女性からのアプローチが凄まじいでしょうね。」

 困った笑顔を見せるシド様に、媚び諂うような笑みを浮かべるお父様。
 私はこれ以上この光景を見たくないと強く思った。

 「僕の話よりも今日はミラの話をしていただけませんか?僕、彼女のことをもっと知りたいんです。」

 両親が前にいるというのに、シド様は膝上あたりに重ねている私の手を優しく握りしめた。
 唐突な行動に一気に心拍数が上がるが、彼の顔も見れずただ俯き続ける。

 「あ、あぁ…。ミラのことですか……。」

 いつも平気ででまかせを並べるお母様が、何故か言葉を詰まらせている。
 お母様はお父様と顔を見合わせて小さく頷き合った。

 「シド様、そのことですが──…」
 「お父様、お母様……っ!!」

 お父様が何かを言おうと口を開いた時、肩で息をしたお姉様が勢いよく扉を開けて部屋に入ってきた。

 ──どうしてお姉様がここに…

 お姉様がここに来てしまったら、今までのことが全てバレてしまうじゃないかり

 騙していたのかと、彼はきっと私に幻滅する。

 恐る恐る隣に座る彼の顔を見ると、特に驚いた様子もなくただ静かにブルーアイがお姉様を捉えていた。

 「あ、あなたどうして…」
 「お母様、私やっぱりこんなこと続けられません…っ!もう耐えられないわ…。」

 狼狽えるお母様に、涙を浮かべて訴えるお姉様。

 話が見えない私はただその光景を見ていることしかできなかった。

 「──私がミラ・アヴェーヌなのに、それを偽り続けるなんてもうやめにしましょう……っ!」

 心臓が止まってしまったかと思った。

 何故それを、お姉様が──。

 私は無自覚に、シド様の手を強く握り返していた。
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