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彼女と彼と暴霊の出逢い
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鏡子は雷の大きい音が嫌いだった。
特に小さな頃は本当に駄目で、雷の音を聞くと部屋の隅で毛布にくるまって小さく小さくなって音が止むのを待っていた。
「鏡子!大丈夫か?」
「おにいちゃあああん!」
震えている鏡子に、一回り上の兄は心配そうに小さな頭を撫でてやる。
幼い鏡子はわからないが、既に社会に出ていた兄は共働きの両親が不在のために家で一人でいる鏡子のために、雷の日は仕事を切り上げて帰って行きていた。
「今日は泣いてないな。偉いなあ、鏡子は。よし、にいちゃんがホットケーキを焼いてやる」
鏡子は料理上手な兄が作るお菓子が大好きで、そのために泣かないでいたのかもしれないと今になって思うことがある。
「美味いか?」
「うん!」
いつの間にか雷のことを忘れてホットケーキにパクつく鏡子を、兄は優しい眼差しで見守っていた。
この光景を鏡子は大きくなっても、兄が自立して家を出ても、あまり変わらないと思っていた。
しかし、兄の京平はその二年後に不慮の事故でこの世を去る。
突然のことで鏡子は当時の記憶があまりない。
ただ、鏡子の中には優しかった兄の記憶だけは存在し続けている。
そして、鏡子の中で兄は理想の男性になった。
だからだろうか、兄が必要以上に美化されてしまった鏡子は年頃になっても同年代の男子に興味が持てない。
どこか子供に見えてしまって仕方がないのだ。
男子の方も、鏡子が興味を示していないのがオーラでわかるのか、はたまた彼女自身が控えめな性格で派手な外見ではないからか、積極的に近付いてこようとはしない。
鏡子は決して見目が悪いわけではない。ただ、目立たない。
周りの女の子たちは自分が主役だといつも思っているかのようにキラキラしたオーラを出しているが、鏡子はどこか落ち着いていて暗くはないが明るくもない。キンキンした声でもなく、どちらかというとこれも落ち着いている。
年齢にしては落ち着きがあって、地味。
それが周りの鏡子への評価だった。
鏡子はそんな自分に対してこれといったコンプレックスはない。
年頃なのだから派手な格好をして騒ぎたいとか、そう言った願望が全くないわけではなかったが、彼女の理想の男性である亡き兄は常々言っていたのだ。
「キャーキャー騒ぐ女より、そこにいてくれるだけで安心する女がいい」
根っからのブラコンの鏡子はそれをずっと覚えていて、落ち着いたという評価を受ける自分を変えようとは思わなかった。
しかし、鏡子も人並みに気になる男子を見つけた。
恋、と言うには淡い想いを心に抱えるようになった。
相手は隣のクラスの男子で、名前は最初わからなかった。
「一人で持つの大変じゃねえ?貸せよ」
すれ違った時に肩にぶつかった鏡子を見て、彼はそう言って山積みのプリントを彼女の手から取った。
正直、初めは怖いと思った。
彼は、あまり優しい雰囲気の男子とは言えなかったからだ。
だから鏡子はその時、震える声でしかお礼が言えなかった。
なのに彼は小さく笑った。
「慣れてるから」
その時の、彼の顔が鏡子の脳裏から離れられない。
コワメの顔が一変して、人懐こい子供が向ける無垢な笑顔になったのだ。
ふにゃっと崩れるその顔に、鏡子は幼い頃に見た兄の笑顔を思い出していたのかもしれない。
ここまで来てもブラコンだと鏡子は思ったが、やはり彼のことが気になった。
名前はすぐにわかった。
鏡子と一緒にいた時の彼の笑顔を見た女の子がいたらしく、騒いでいたからだ。
「由鷹くんのギャップ萌え笑顔、やっぱりいいよね~!」
「ああ、あれかあ。正岡くんって普段がコワモテだからさ、あれは威力あるよね」
正岡由鷹、と言うらしい。
気になったからといって、鏡子は彼についてそれ以上のことを知ろうとは思わなかった。
しかし、相手はそうではなかったらしい。
「あ、この間の!」
「……はい?」
「なあ、俺隣のクラスの正岡って言うんだけど、ちょっと話ししてみない?」
廊下を歩いていた鏡子に元気いっぱいに声をかけてきた由鷹に、彼女は少し躊躇った。声をかけられた瞬間、明らかに女子たちの視線が自分に突き刺さったからだ。
程のいい断り文句を言おうか、それとも騒ぎになる前にどこかに引っ張って行くか。
鏡子が考えている間に由鷹の方が周りの目を気にしたのか、鏡子に先に行くように促した。
「御免、ひと目気にしてなくて」
「ううん。いいの。ちょっとびっくりしちゃって」
「あーそれはわかるよ。そうだよな、びっくりするよな。俺としてはちょっと話がしてみたくて、いや、本当にちょっとで良かったんだけど」
「何か用事があるの?」
「え、ああ、用事というか、取り敢えず、名前を聞きたくて」
「和泉鏡子」
「泉鏡花と一文字違い?」
「漢字が違うの。うちはワイズミの和泉」
「おうおう、了解。覚えた。俺は正岡由鷹。ヨシタカって書いて由鷹」
鏡子は心の中で了解と小さく言ってみた。それがなんだか楽しくてクスッと笑うと、由鷹もちょっと笑った。
「かわいく笑うんだな」
「・・・・・・」
鏡子は、この人は口が上手い人なんだなあとちょっともやっとした。
こういうタイプはあまり関わりたくはないと思った。軽い感じがしてどうにも馴染めない。彼女の思いを知らない由鷹は名前だけ聞き出すと本当に去っていった。
気になったのも久しぶりに優しいことをしてもらったからだろうと、鏡子は思い直すことにした。
学校からの帰り道、なんだか疲れたなあと歩いていたらよそ見をしていた男子が鏡子にぶつかった。
「御免なさい」
「ごめんじゃねえよ!どこみてるんだ!」
「御免なさい」
イライラしているらしい男子は鏡子を睨みつけると思いっきり肩を突き飛ばした。
尻もちをついた鏡子は怖くて相手の膝しか見られない。
男子は容赦なく鏡子を踏みつけようとしていたが、鏡子はその瞬間から記憶がなかった。
由鷹は我が目を疑った。
「おい、今度からこの子に手を上げてみろ。これじゃあ済まさないからな」
まるで男のような口調だが、発しているのは落ち着いた女の子の声で、可愛らしい口元で。
しかし、顔つきがまるで違った。
由鷹が話した和泉鏡子という女の子は控えめで大人しくて、決して人に手を挙げるタイプではない。
その彼女が、体格のまるで違う男子を思い切り蹴り上げ、続いて回し蹴りをして地に伏せさせ、足で踏みつけたのだ。
何が起こっているのかわからず、誰かに聞いて見たくても由鷹以外人がいない。
「い、和泉……?」
信じられず、だが声をかけた由鷹の方を鏡子が見た。
「おまえ、この前妹を助けてくれたやつだな。正岡、とか言ったか?」
ツカツカ歩いてきた鏡子は、頭一つ分長身の由鷹の胸倉を掴んだ。
「このことは誰にも言うな。特に妹、鏡子に言ったらおまえに地獄を見せる」
どこかの総長かといった雰囲気で凄みを利かせた鏡子は、思い切り由鷹を脅して背を向けた。
コワモテ傾向の由鷹ではあるが、明らかに本物の迫力には流石に声も出なかった。
「あれは、だれだ……」
小柄な背中が見えなくなってぽつんと呟いた由鷹は、気になった女の子の秘密を知ってしまった気がして呆然とした。
特に小さな頃は本当に駄目で、雷の音を聞くと部屋の隅で毛布にくるまって小さく小さくなって音が止むのを待っていた。
「鏡子!大丈夫か?」
「おにいちゃあああん!」
震えている鏡子に、一回り上の兄は心配そうに小さな頭を撫でてやる。
幼い鏡子はわからないが、既に社会に出ていた兄は共働きの両親が不在のために家で一人でいる鏡子のために、雷の日は仕事を切り上げて帰って行きていた。
「今日は泣いてないな。偉いなあ、鏡子は。よし、にいちゃんがホットケーキを焼いてやる」
鏡子は料理上手な兄が作るお菓子が大好きで、そのために泣かないでいたのかもしれないと今になって思うことがある。
「美味いか?」
「うん!」
いつの間にか雷のことを忘れてホットケーキにパクつく鏡子を、兄は優しい眼差しで見守っていた。
この光景を鏡子は大きくなっても、兄が自立して家を出ても、あまり変わらないと思っていた。
しかし、兄の京平はその二年後に不慮の事故でこの世を去る。
突然のことで鏡子は当時の記憶があまりない。
ただ、鏡子の中には優しかった兄の記憶だけは存在し続けている。
そして、鏡子の中で兄は理想の男性になった。
だからだろうか、兄が必要以上に美化されてしまった鏡子は年頃になっても同年代の男子に興味が持てない。
どこか子供に見えてしまって仕方がないのだ。
男子の方も、鏡子が興味を示していないのがオーラでわかるのか、はたまた彼女自身が控えめな性格で派手な外見ではないからか、積極的に近付いてこようとはしない。
鏡子は決して見目が悪いわけではない。ただ、目立たない。
周りの女の子たちは自分が主役だといつも思っているかのようにキラキラしたオーラを出しているが、鏡子はどこか落ち着いていて暗くはないが明るくもない。キンキンした声でもなく、どちらかというとこれも落ち着いている。
年齢にしては落ち着きがあって、地味。
それが周りの鏡子への評価だった。
鏡子はそんな自分に対してこれといったコンプレックスはない。
年頃なのだから派手な格好をして騒ぎたいとか、そう言った願望が全くないわけではなかったが、彼女の理想の男性である亡き兄は常々言っていたのだ。
「キャーキャー騒ぐ女より、そこにいてくれるだけで安心する女がいい」
根っからのブラコンの鏡子はそれをずっと覚えていて、落ち着いたという評価を受ける自分を変えようとは思わなかった。
しかし、鏡子も人並みに気になる男子を見つけた。
恋、と言うには淡い想いを心に抱えるようになった。
相手は隣のクラスの男子で、名前は最初わからなかった。
「一人で持つの大変じゃねえ?貸せよ」
すれ違った時に肩にぶつかった鏡子を見て、彼はそう言って山積みのプリントを彼女の手から取った。
正直、初めは怖いと思った。
彼は、あまり優しい雰囲気の男子とは言えなかったからだ。
だから鏡子はその時、震える声でしかお礼が言えなかった。
なのに彼は小さく笑った。
「慣れてるから」
その時の、彼の顔が鏡子の脳裏から離れられない。
コワメの顔が一変して、人懐こい子供が向ける無垢な笑顔になったのだ。
ふにゃっと崩れるその顔に、鏡子は幼い頃に見た兄の笑顔を思い出していたのかもしれない。
ここまで来てもブラコンだと鏡子は思ったが、やはり彼のことが気になった。
名前はすぐにわかった。
鏡子と一緒にいた時の彼の笑顔を見た女の子がいたらしく、騒いでいたからだ。
「由鷹くんのギャップ萌え笑顔、やっぱりいいよね~!」
「ああ、あれかあ。正岡くんって普段がコワモテだからさ、あれは威力あるよね」
正岡由鷹、と言うらしい。
気になったからといって、鏡子は彼についてそれ以上のことを知ろうとは思わなかった。
しかし、相手はそうではなかったらしい。
「あ、この間の!」
「……はい?」
「なあ、俺隣のクラスの正岡って言うんだけど、ちょっと話ししてみない?」
廊下を歩いていた鏡子に元気いっぱいに声をかけてきた由鷹に、彼女は少し躊躇った。声をかけられた瞬間、明らかに女子たちの視線が自分に突き刺さったからだ。
程のいい断り文句を言おうか、それとも騒ぎになる前にどこかに引っ張って行くか。
鏡子が考えている間に由鷹の方が周りの目を気にしたのか、鏡子に先に行くように促した。
「御免、ひと目気にしてなくて」
「ううん。いいの。ちょっとびっくりしちゃって」
「あーそれはわかるよ。そうだよな、びっくりするよな。俺としてはちょっと話がしてみたくて、いや、本当にちょっとで良かったんだけど」
「何か用事があるの?」
「え、ああ、用事というか、取り敢えず、名前を聞きたくて」
「和泉鏡子」
「泉鏡花と一文字違い?」
「漢字が違うの。うちはワイズミの和泉」
「おうおう、了解。覚えた。俺は正岡由鷹。ヨシタカって書いて由鷹」
鏡子は心の中で了解と小さく言ってみた。それがなんだか楽しくてクスッと笑うと、由鷹もちょっと笑った。
「かわいく笑うんだな」
「・・・・・・」
鏡子は、この人は口が上手い人なんだなあとちょっともやっとした。
こういうタイプはあまり関わりたくはないと思った。軽い感じがしてどうにも馴染めない。彼女の思いを知らない由鷹は名前だけ聞き出すと本当に去っていった。
気になったのも久しぶりに優しいことをしてもらったからだろうと、鏡子は思い直すことにした。
学校からの帰り道、なんだか疲れたなあと歩いていたらよそ見をしていた男子が鏡子にぶつかった。
「御免なさい」
「ごめんじゃねえよ!どこみてるんだ!」
「御免なさい」
イライラしているらしい男子は鏡子を睨みつけると思いっきり肩を突き飛ばした。
尻もちをついた鏡子は怖くて相手の膝しか見られない。
男子は容赦なく鏡子を踏みつけようとしていたが、鏡子はその瞬間から記憶がなかった。
由鷹は我が目を疑った。
「おい、今度からこの子に手を上げてみろ。これじゃあ済まさないからな」
まるで男のような口調だが、発しているのは落ち着いた女の子の声で、可愛らしい口元で。
しかし、顔つきがまるで違った。
由鷹が話した和泉鏡子という女の子は控えめで大人しくて、決して人に手を挙げるタイプではない。
その彼女が、体格のまるで違う男子を思い切り蹴り上げ、続いて回し蹴りをして地に伏せさせ、足で踏みつけたのだ。
何が起こっているのかわからず、誰かに聞いて見たくても由鷹以外人がいない。
「い、和泉……?」
信じられず、だが声をかけた由鷹の方を鏡子が見た。
「おまえ、この前妹を助けてくれたやつだな。正岡、とか言ったか?」
ツカツカ歩いてきた鏡子は、頭一つ分長身の由鷹の胸倉を掴んだ。
「このことは誰にも言うな。特に妹、鏡子に言ったらおまえに地獄を見せる」
どこかの総長かといった雰囲気で凄みを利かせた鏡子は、思い切り由鷹を脅して背を向けた。
コワモテ傾向の由鷹ではあるが、明らかに本物の迫力には流石に声も出なかった。
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