恋する二人とシスコン暴霊

七緒稲葉

文字の大きさ
2 / 2

記憶喪失時々暴霊、のち両想い?

しおりを挟む
 鏡子が初めて記憶喪失になったのは、大好きな兄・京平が亡くなって暫くした時だった。
 兄のいない家に帰るのが嫌で、学校帰りにまっすぐ帰宅しないようになっていた鏡子はその日も公園で時間をつぶしていた。当時、時期的にもおかしな人間の出やすい時で、また時間帯も狙いすましたように悪かった。
 鏡子はその時初めて変質者というものを見た。
 荒い息に、時期としておかしすぎるトレンチコート。
 常日頃、兄は鏡子に怪しい奴を見たら一目散に逃げろと言い聞かせていた。それが功をそうしたのか、鏡子の思考回路はすぐに走ることを選択したが、実行する前に怖いのが先立って動けなかった。
 が、鏡子は気がついたら家のベッドにいたのだ。
 自分に何が起こったかわからなかった鏡子は母親に聞いたが、彼は鏡子自身が自分で帰ってきてご丁寧にも手洗いとうがいを済ませて、今日は早く寝たいと申告までして行ったと教えてくれた。
 勿論、鏡子にそんな記憶はない。
 これが最初だった。
 それからというもの、鏡子は時々記憶をなくす。病気かと思ったが、学校のカウンセラーに相談しても埒があかず、そのうち気にしなくなった。
 別に自ら厄介ごとに突っ込んで行っているわけではないし、鏡子は記憶喪失になっても不便なことはなかったからだ。
 年頃の女の子がそんなに楽観的でいいのかと自分でも思うのだが、鏡子は記憶がない間は誰かが守ってくれているような気がしてそんな自分を気味が悪いとは思えなかった。実際、鏡子は身内の一人にこのことを相談したのだが、彼はそれを溜息はついていたがいいのではないかと言ってくれている。
 その身内は、鏡子の従兄で京平とは幼馴染だった小泉八代という青年だった。
「京平が死んでからも守ってくれてるかもね。あいつ、凄まじい鏡子ちゃん信者だから」
 たまに会うと八代はどこか鏡子ではない方を見てニヤリと笑いながらそんなことを言うのだ。
 この青年は、実は鏡子の記憶喪失の原因に薄々感づいていた。
「おまえさ、いくら鏡子ちゃんが心配だからって妹の身体使って問題起こすのはどうかと思うぞ」
 ぼそぼそ言う言葉は鏡子には聞き取れないが、八代が何か呟くたびに周囲がさわさわいっているのは彼女も時々わかる。前に、八代は自分には霊感があると言っていたのでその何かだろうと思っているので特に質問はしない鏡子だった。
 そうして記憶喪失を受け入れている鏡子ではあるが、由鷹と話した後に記憶喪失になった後で彼に会った時、彼のなんとも言えない表情が忘れられないでいた。
 朝、下駄箱でばったり顔を合わせた彼は、鏡子を見るなりハッとした顔になり、次にじっと見つめ、次に何故か安堵したかのように息をついて、そして何かを決意したように気合いを入れているようだった。そうして軽く手を上げて去っていった。
 この百面相はなんだったのだろうかと、授業中も鏡子は考えていた。
 そんな中やって来た昼休み、由鷹に呼ばれた鏡子は少しドキドキしていた。
「やだ、告白?」
 クラスの女子が嫉妬半分好奇心半分で鏡子を見送った。
 ほとんど知らないのにそんなことあるわけがないのに、と鏡子は思う反面、少しだけ期待してしまう自分が恥ずかしかった。
 誰もいない、閉鎖された屋上へ続く階段まで歩いてきた由鷹は突然振り向いたと思ったら鏡子に手を差し出してきた。
「え?」
「手、取り敢えず握ってくれないかな」
「え、ええ……」
 手を握った瞬間、鏡子は物凄い力で引っ張られて、その後気がついたら由鷹と手は繋いでいなかった。
「……あれ、わたし……」
「大丈夫。何もしてないし、俺としては誠心誠意を尽くしたから」
「どういう意味?」
 わけがわからない鏡子に、由鷹は何故か腹を押さえながら少し苦しそうに笑った。
 それがまた兄を思い出して鏡子はキュンとしてしまう。
「和泉鏡子さん。取り敢えず、お付き合いを前提に俺と友達になってください」
 笑顔を引き締めて少しコワメの顔をした由鷹は真面目にそう言って今度は頭を下げた。
 クラスの女子が言ったことはあながち間違いではなかったと、鏡子は自分の事態が理解できずにぼんやりと思ってしまった。
 大人しく地味な彼女は今まで男子にこんな申し出を受けたことがなかったのだ。
「駄目かな」
「あの、わたし、そういうこと言われたことないから、混乱してて……。あの、なんでわたしなの?もっと可愛い子や美人な子だって、いるのに……」
 本当に目立たない、しかも知り合いにもなっていないような人間にどうしてそんなことが言えるのかと、やはり由鷹は軽い人間なのだと失望も混じった言い方をくどくど続ける鏡子に、彼は少し恥ずかしげに頬をかいた。
「理由は、すごく在り来たりだけどひとめ見た時に気になったから。もっと知り合いたいと思って名前聞いたんだけど、結構衝撃的に予想外なことがあって、難関があっても振り向いてもらいたくなったというか」
「難関?わたしでゲームでも……?」
「えっ?違う!難関は、確かにあるけどゲームとかじゃなくて、俺は友達とか言う前に付き合いたいとも思うんだけど、そうなると殺さ……、じゃなくて、和泉さんも困るだろうから取り敢えずお友達からスタートってこと!」
 とにかく気になるから、そこは本当だからお試しだと思って友達から始めよう、と強い勢いで言われた鏡子はそれに押されつつ、思わずうなづいていた。
「よっしゃ!これでぶん殴られなくて済む!」
「誰が殴るの?」
「ご、御免。つい喜びが先走って」
 変な人、と鏡子は表情を緩めた。
 それが花がそっと開くような変化だったので、由鷹は思わず赤くなって咳払いをして気づかれないようにした。
「な、なあ。和泉さんさ、今までモテなかったの?」
「ええ。だって、わたしみたいな地味な女子は男の子は興味ないでしょう?わたしも興味がないし」
「……ムシは殺されたんだろうな。あれ?じゃあ俺はどうしてその気になってくれたの?」
 由鷹の言ったことの前半はよくわからなかったが、後半の問いかけに鏡子は答えをためらった。
 しかし、ごまかすのもなんだか嫌だったので、亡くなった兄に笑顔が似ていて気になったからと白状した。
 すると由鷹は少し考えたように唸ったが、気分を害したようではなかった。
「ブラコンで引いたでしょ」
「いいや。シスコンには怯えてるけどブラコンは大丈夫。……何はともあれ、きっかけは勝ち取れたんだから良しとしよう」
「さっきからちょっと意味がわからないんだけど」
「大丈夫!俺たち、きっと付き合えるよ!」
 何をそんなに自信満々に言っているのか鏡子には見当もつかなかったが、由鷹が俄然やる気で、その顔がキラキラしていてカッコよく見えた。
 今まで笑顔を兄に重ねていただけなのに、まるで兄に見えない由鷹に鼓動が跳ね上がった。
 鏡子は心の中で自分に問いかける。
『もしかして、恋をしているのかしら』、と。


 階段の踊り場で、手を握った鏡子を思い切り自分の胸の中に抱き込むように引き寄せると、由鷹はその場で見事に投げられた。
「てめえ、なんのつもりだ」
「いってえ~!ここ、コンクリートなんだから思い切り投げるなよ!」
「黙れ。俺の質問に答えろ」
 受け身をろくに取らずに投げられたので痛む腰をさすりながら立ち上がった由鷹を、鏡子は思い切り不機嫌な表情で睨みつけた。
 すでに鏡子はおとなしい口調ではないし、立ち姿からして男のものと変わりがない。
 いや、由鷹は今の状態の鏡子は女性ではないと思っている。
「あなた、和泉さんのなんですか?この間は妹にって言っていたから、お兄さん?」
「だったらなんだよ」
「………マジかよ」
「世の中の尺度を常に自分で合わせるんじゃねえぞ。俺だって自分が妹の身体だけに入ることができるっていう原理がわからねえんだからな」
 呆然とする由鷹に、鏡子は、いや鏡子の身体を借りている京平は苛立ったように呟いた。
 不慮の事故で他界した京平は妹を見守っているうちに、彼女の身に危険が及んだときなどの不定期なタイミングで身体を借りることができるようになっていた。
 京平はそれを利用して鏡子を人知れず危機から守ってきた。
 彼は妹には優しい兄だったが、悪友の八代とともに就職する前は素行不良なことを働きまくっていた問題児で、腕っ節は素人では敵わないくらい強かった。妹の身体ということもあり、無茶はできないがそれでも京平は彼女の身体でも十分すぎるくらい敵を撃退することができていた。
 由鷹に見られたのもその時のことで、妹の外聞を気にする彼にとって初めてのミスと言える出来事でもあった。
「あの、お兄さん。お話があるんですが」
「なんだよ」
「俺、和泉さんが気になってて、出来れば友達になって、更にお付き合いしたいなあって野望を抱いてまして」
 馬鹿正直に野望を話した由鷹に、京平は目つきを更に鋭くした。
「俺の可愛い鏡子に目をつけるのはいい趣味だ。だが鏡子にはまだ早い。認めない。おまえ、今からボコボコにするから」
「ちょ!二人で出て行ったのに俺がボコボコになったら和泉さんに疑いがかかりますって!」
 振り上げられた腕を掴んで抵抗を見せ、由鷹は取り敢えず落ち着いてと京平を制止する。
「毎回こんなことやっていたら和泉さんはずっとぼっちですよ!お兄さんはそれでもいいんですか!和泉さんの笑顔、知ってるでしょ!凄い可愛いですよっ!」
「おまえに言われなくても鏡子の笑顔が可愛いのはわかってる。宇宙一だ。でもそれとこれとは別だ。鏡子にはまだ早い」
「それはお兄さんの意見でしょう!和泉さんの意思を無視しちゃだめですって!」
 再び振り上げられた拳をいさめ、由鷹は頭を下げた。
「和泉さんのこと、もっと知りたいんです。だからチャンスをください。和泉さんに野望を提案するので断られたら俺をどうにでもしてくれていいですから!」
 殴られるかな、と思った由鷹だったが京平は少し考える表情で唸った。
「おい、顔を上げろ」
「あ、はい、うっ!」
 顔を上げた途端に京平から腹に一撃食らった由鷹は思わずうめいた。
「堂々と俺に申し出てくる根性に免じてチャンスをやろう」
「……どうも」
「もし鏡子が嫌がったらおまえをぶん殴る。鏡子を不快にさせた罰だ」
「・・・・・・」
 由鷹は恐怖したが、一度決意したので引くことは自分が許さない。
「俺、両想いになると思うんだよね」
 京平が入れ替わる瞬間、由鷹は可愛い女の子になる鏡子に笑みを向けた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

絵姿

金峯蓮華
恋愛
お飾りの妻になるなんて思わなかった。貴族の娘なのだから政略結婚は仕方ないと思っていた。でも、きっと、お互いに歩み寄り、母のように幸せになれると信じていた。 それなのに……。 独自の異世界の緩いお話です。

処理中です...