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8話 着信アリ
しおりを挟む「終わったあ~!」
教材倉庫の中、一通りの整理を終えた俺は、思わず大声をあげてしまった。
結局、倉庫整理はたっぷり三時間かかった。
「あのクソ教師……結局ほとんど俺に押し付けてるじゃねえか……」
整理作業は先生と二人でやる予定だったのだが、作業を始めてすぐに、先生は職員室からの呼び出しをくらって、「あとは任せた」と言わんばかりにそそくさと退散してしまったのだ。
その後、俺は、汗とホコリにまみれながら、足の踏み場もないレベルでゴチャゴチャになっている倉庫を一人で黙々と整理していった。
倉庫内に置かれているシロモノはどれも汚いわ重たいわホコリっぽいわで、作業終了後の疲労感たるやなかなかのモノだった。
この重労働を優木坂さんが一人でやっていたかと思うとちょっとゾッとする。
俺は倉庫の鍵を先生に返却してから、学校を後にした。
そして自宅の最寄り駅に着いた頃には、時計の針は十時を回っていた。
「ああ、疲れた」
酷使した肩や腰を手でモミモミしながら、自宅までの道を一人歩く。
ふと、ズボンのポケットに突っ込んでいたスマホが震えた。
「誰だろ。姉さんかな……」
ポケットから取り出し、画面を見やると、『優木坂さん』と表示されていた。
「ッ――!?」
思わず、心臓がドクンと高鳴る。その拍子にスマホを落としそうになった。
家族以外の女の子からの電話着信。
生まれて初めてですが何か?
俺の脳が「早く電話に出ろ」と指令をだすのだが、神経回路がうまく繋がっていないせいか、指先はすぐに反応しない。
俺は暴れる鼓動を落ち着かせるように、ゆっくり深ーく深呼吸をしてから、おずおずとスマホの通話ボタンをタップした。
「もしもし……」
「もしもし。あの、優木坂です」
スマホのスピーカーの向こう側。優木坂さんの柔らかい声が耳の奥まで響いた。
「ど、どうも」
「青井くん……あの……今、電話しても大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
俺は曲がり角の街灯の下、少し明るくなっているところで立ち止まった。
「もしかして、青井くん……まだ外にいるの?」
「あ、うん。さっき電車で駅に着いて、今家まで歩いてたところ」
俺がそう言うと、電話の向こうの優木坂さんの声がずーんと沈んだような気がした。
「ごめんなさい……青井くんに迷惑かけちゃって……」
「気にしないで。俺が好きでやってたことだから」
俺は慌ててフォローを入れる。
「でも、本当は私が――」
「それは違うよ。だって今日は優木坂さんには、妹の誕生日っていう何よりも優先しないといけない用事があったんだからさ」
「だけど」
「そもそも優木坂さんが絶対に手伝わないといけないっていうクラスの空気感もおかしいしね? とにかく、さっきも言ったけど、俺が好きでやったことだから、優木坂さんは気にする必要まったくなし!」
「だからって、青井くんに押し付けていいわけじゃ……」
まだ言うか、この子は。
「優木坂さん」
「え?」
「友達が困っているとき、助けるのは当たり前だろ?」
俺はピシャリと言い切った。
……自分で言っときながら、流石にちょっと恥ずかしいセリフだと思った。
そもそも友達がゼロの陰キャが言っていいセリフか、これ?
だけど本心なのだから仕方ない。
「……」
しばらく、電話口から沈黙が伝わってきた。
あれ、変なこといっちゃったかな?
あ、そうか。優木坂さんと友達になったっていうのは、俺が一方的に思い込んでいるだけで、優木坂さんからしたら俺はガムテープの次くらいの存在価値しかないってことも大いにあり得るし。そんな男から突然友達とか言われたら「これだから童貞は目が合っただけで勝手に好いてくるんだから笑える。ストーカー予備軍まじでキモい」なんて思われていることだって往々にして――
「ありがとう。青井くん」
そんな俺の悲観を吹き飛ばすように、優木坂さんが言った。
「青井くんが助けてくれて、嬉しかった。ほんとに嬉しかった。ありがとう」
優木坂さんは何度も「嬉しい」と感謝の言葉を重ねる。まるで彼女の表情が伝わってくるようだった。
俺の口許が思わず緩まる。
「――どういたしまして。誕生日会、楽しかった?」
「うん。凄く! すっごく!!」
それから優木坂さんは一転して楽しげな口調で、今日の出来事を語ってくれた。
単身赴任中の父親が今日のために帰ってきて、久しぶりに一家全員が揃ったこと。大きいショートケーキを皆で食べたこと。妹は優木坂さんの用意したプレゼントを喜んでくれたこと。
優木坂さんの口から楽しげなエピソードが次々と語られる。
そして――
「今日の楽しい想い出、全部青井くんのおかげだよ。本当にありがとうね。青井くん!」
電話の最後にもう一度、彼女は俺に感謝の意を伝えたのだった。
そんな大げさなと思ったけれど、そう言われて悪い気はしない。
電話を終えた後、再び俺は家に向かって歩き出す。
すると、またスマホがブルッと震えた。
画面を確認すると今度はメッセージのようだった。差出人はもちろん優木坂さんだ。
俺はメッセージアプリを開いて内容を確認する。
それは一枚の写真だった。
ロウソクが刺さった大きなホールケーキを前に、二人の少女が身を寄せ合いながら、一人はどこかはにかみながら、もう一人は満面の笑みでピースサインを作っている。
一人はもちろん優木坂さん、そしてもう一人は彼女の妹だろう。
「よかったね、優木坂さん――」
その写真を見て、今日一日の疲れがぜんぶ吹っ飛んだような気がした。
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