月のない夜に

雪菊

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 部屋にイケメンを飼っている。
 なんだか誤解を受けそうだけど、文字通りだ。
 飼う、という表現になるのは、相手が『俺を飼え』と言ったからで
 実際はただのルームシェアに近い。
 ただのルームシェアだと言い切れないのは自分がアルファで相手がオメガで要するにそういう関係だから。
 そういう関係だけど恋人ではないのはお互いに恋愛感情がないから、と言いたいところだけど自分の感情に最近自信がもてない。
 けれど恋人を望めば彼はいなくなってしまいそうで。
 今の曖昧な関係だからこそ彼は自分に飼われてくれてる、一緒にいてくれているんだと思う。
 あまりいい関係じゃない、いつかはケジメをつけなきゃいけない。
 頭ではわかっていても離したくない。




 きっかけは彼がオメガ特有のヒートに悩まされているのを助けたからだった。
 春の宵、仕事帰りに女性と言い争っているイケメンを見つけて痴話げんかか近寄らないでおこうと思ったのに
鼻を匂いがかすめてどちらかがオメガだと気づいてしまった。
 最初はどちらの匂いかわからなかったが女性がイケメンに言い寄られて困ってるのかもとほんの少しだけ下心を抱いて二人に近づいた。
 オメガのヒートに出会ったらそれを静めるのはアルファの義務だ。
 なのでいつもオメガ用の抑制剤を持ち歩いている。
 このイケメンはそれを忘れて女性のヒートに付け込んだに違いない。
 そう思って声をかけた。
 「あーちょっといいですか?」
 そもそもこういった修羅場は苦手な方だ。だからそんな間延びした声かけになってしまったけれど。
 「何よ!」
 長い髪を翻して振りむいた女性。その向かいにいたイケメンと目が合った瞬間。
 こっちの匂いだ、とわかってしまった。
 切れ長の鋭い眼光が印象的な顔立ちの整ったまさにイケメンといった感じの見た目だ。
 アルファと言われても多分通じる。アルファのわりに地味な顔と言われるコンプレックスが突かれる。
 ただ背は自分よりも10cmほど低かった。そんな些細なところに些細な優越感をこっそり覚えた。
 「……すいません、そっちの男性オメガですよね?俺が引き取ります。アルファの義務なんで」
 「私が先に見つけたのよ!」
 「あなたベータですよね?どうぞお引き取りください」
 アルファとべータとオメガは特に見た目の特徴はない。昔はアルファは容姿端麗で頭脳明晰といわれていたけれど
ベータやオメガとの混血が進んで容姿や頭脳に際だった差はなくなった。
 ただその分というべきかどうかわからないが相手の目を見てそれを瞬時に理解するようになった。
 かつ、オメガのヒートはより強くなりベータにもそのフェロモンが感じられるようになったのだった。
 そのためアルファはオメガのフェロモンに子供の頃からならされ耐性をつける。
 契約を結んだ相手以外のフェロモンに屈することはない。
 それ故オメガのヒートを鎮める義務を課せられた。そうしなければベータにオメガは襲われる。
 もちろんオメガも抑制剤を始めヒートコントロールなどをしているがたまにそれが利かなくなることがある。
 彼もまたそういう状態なのだろう、そう思った。
 「僕はアルファです。見てわかりますよね?どうぞお引き取りください」
 重ねて言えば女性はぐっと言葉に詰まってふんと顎をそらして歩き出した。
 「こっわ…」
 美人だったけどああいう手合いはお断りだな、とため息をついてイケメンに向き直った。
 イケメンは顔をしかめてなにやら近寄りがたい雰囲気だ。
 もしかして本当に痴話げんかだったんだろうか?
 「あれ?俺余計なことしちゃった?」
 「いや、助かりました。手を上げるわけにもいかなくてどうしようか迷ってたんで」
 ぺこりと頭を下げてくる。
 「そう、ならよかった。あ、これあげるね」
 カバンからピルケースを取り出してカプセルを一つ。青いカプセルはオメガのヒート抑制剤だ。
 「あ、すみません…。ちょうど切らしてて…」
 イケメンはカプセルを一つ取り出すと口に入れる。
 「じゃあ気を付けて」
 こくりとイケメンの喉が動くのを見てぞわりと自分から熱が這いあがるのを感じてそそくさとその場を立ち去る。
 ヒートのオメガを前にして普段は意識しないアルファの本能が揺さぶられている、のを感じたのだ。
 オメガでもベータでもアルファでもパートナーのいるアルファはヒートの影響は受けない。
 もちろん耐性がついてるから本来ならそれほど動揺することもない。
 けれどこのイケメンのヒートフェロモンはヤバい、と思う。
 「待って」
 ぱし、と手を掴まれた。
 「な、なに?」
 「……行くあてないんで、よかったら一晩泊めてもらえませんか?」
 「え?」
 「薬が効き始めるまででもいいです。今の状態で一人でいるの俺やばい気がして」
 ちらりと往来に目をやる。確かにちらちらと彼を見ていく者が多い。
 アルファはもちろんベータまで引き寄せてしまうフェロモンだ。
 第二第三の先ほどの彼女が現れてもおかしくない。
 「……わかった。おいで」
 「ありがとうございます」
 「でも、俺が悪いアルファだったらどうすんの?」
 揶揄うようにちょっと笑って言うとイケメンは真面目な顔で答える。
 「あんたちっとも悪くなさそうだし、それにさっき助けてもらったから」
 から、なんだ?とは聞けなかった。言葉にさせてはよくない。
 「じゃあこっち。すぐ近くだから」
 さりげなくイケメンの手を外して家に連れ帰る。
 なんだかより面倒なことになった気がしないでもないなと思いつつ。




 行くあてがないという彼を結局追い出せずなし崩しに同居が決まった。
 決まったというかしていた。
 あの連れて帰った日に『俺が悪いアルファだったらどうするの?』と言ったけどどうやら向こうが『悪いオメガ』だったんじゃないかと今では思う。
 何せ連れて帰ったあの日向こうに誘われる形で寝てしまったから。
 罠にはまったかなと思いつつ、それもいいかとまた思う。
 『悪いオメガ』といっても多分転がり込んで保護を受けるのが目的で金品が狙われたりするわけじゃない。
 時々仕事と言って出かけるほかは家事全般をこなしてくれるのでありがたいかぎりだ。
 仕事について聞けば芸能事務所で働いてるとあっさり明かしてくれたしその事務所がオメガ保護に務めてるところだったから納得した。
 それを素直に信じたのは事務所の所長の名前入りの手土産と手紙を持って帰って来たからと何より所長と知り合いだったからだ。
 それに彼が嘘をつくような人間じゃないことはほんの少し一緒に暮らしただけでわかった。
 思い込みと言えばそれまでだけど。
 そんなわけで訳ありのイケメンオメガとの生活は三大欲求を満たせるうえに家事の負担も減ったいいものだった。
 ただいつまで続くのかは不明だったけれど。



 まあ今が楽しいからいいか、と問題を先送りにして二人の関係に名前を付けずに過ごした。



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