1 / 2
1
しおりを挟む部屋にイケメンを飼っている。
なんだか誤解を受けそうだけど、文字通りだ。
飼う、という表現になるのは、相手が『俺を飼え』と言ったからで
実際はただのルームシェアに近い。
ただのルームシェアだと言い切れないのは自分がアルファで相手がオメガで要するにそういう関係だから。
そういう関係だけど恋人ではないのはお互いに恋愛感情がないから、と言いたいところだけど自分の感情に最近自信がもてない。
けれど恋人を望めば彼はいなくなってしまいそうで。
今の曖昧な関係だからこそ彼は自分に飼われてくれてる、一緒にいてくれているんだと思う。
あまりいい関係じゃない、いつかはケジメをつけなきゃいけない。
頭ではわかっていても離したくない。
きっかけは彼がオメガ特有のヒートに悩まされているのを助けたからだった。
春の宵、仕事帰りに女性と言い争っているイケメンを見つけて痴話げんかか近寄らないでおこうと思ったのに
鼻を匂いがかすめてどちらかがオメガだと気づいてしまった。
最初はどちらの匂いかわからなかったが女性がイケメンに言い寄られて困ってるのかもとほんの少しだけ下心を抱いて二人に近づいた。
オメガのヒートに出会ったらそれを静めるのはアルファの義務だ。
なのでいつもオメガ用の抑制剤を持ち歩いている。
このイケメンはそれを忘れて女性のヒートに付け込んだに違いない。
そう思って声をかけた。
「あーちょっといいですか?」
そもそもこういった修羅場は苦手な方だ。だからそんな間延びした声かけになってしまったけれど。
「何よ!」
長い髪を翻して振りむいた女性。その向かいにいたイケメンと目が合った瞬間。
こっちの匂いだ、とわかってしまった。
切れ長の鋭い眼光が印象的な顔立ちの整ったまさにイケメンといった感じの見た目だ。
アルファと言われても多分通じる。アルファのわりに地味な顔と言われるコンプレックスが突かれる。
ただ背は自分よりも10cmほど低かった。そんな些細なところに些細な優越感をこっそり覚えた。
「……すいません、そっちの男性オメガですよね?俺が引き取ります。アルファの義務なんで」
「私が先に見つけたのよ!」
「あなたベータですよね?どうぞお引き取りください」
アルファとべータとオメガは特に見た目の特徴はない。昔はアルファは容姿端麗で頭脳明晰といわれていたけれど
ベータやオメガとの混血が進んで容姿や頭脳に際だった差はなくなった。
ただその分というべきかどうかわからないが相手の目を見てそれを瞬時に理解するようになった。
かつ、オメガのヒートはより強くなりベータにもそのフェロモンが感じられるようになったのだった。
そのためアルファはオメガのフェロモンに子供の頃からならされ耐性をつける。
契約を結んだ相手以外のフェロモンに屈することはない。
それ故オメガのヒートを鎮める義務を課せられた。そうしなければベータにオメガは襲われる。
もちろんオメガも抑制剤を始めヒートコントロールなどをしているがたまにそれが利かなくなることがある。
彼もまたそういう状態なのだろう、そう思った。
「僕はアルファです。見てわかりますよね?どうぞお引き取りください」
重ねて言えば女性はぐっと言葉に詰まってふんと顎をそらして歩き出した。
「こっわ…」
美人だったけどああいう手合いはお断りだな、とため息をついてイケメンに向き直った。
イケメンは顔をしかめてなにやら近寄りがたい雰囲気だ。
もしかして本当に痴話げんかだったんだろうか?
「あれ?俺余計なことしちゃった?」
「いや、助かりました。手を上げるわけにもいかなくてどうしようか迷ってたんで」
ぺこりと頭を下げてくる。
「そう、ならよかった。あ、これあげるね」
カバンからピルケースを取り出してカプセルを一つ。青いカプセルはオメガのヒート抑制剤だ。
「あ、すみません…。ちょうど切らしてて…」
イケメンはカプセルを一つ取り出すと口に入れる。
「じゃあ気を付けて」
こくりとイケメンの喉が動くのを見てぞわりと自分から熱が這いあがるのを感じてそそくさとその場を立ち去る。
ヒートのオメガを前にして普段は意識しないアルファの本能が揺さぶられている、のを感じたのだ。
オメガでもベータでもアルファでもパートナーのいるアルファはヒートの影響は受けない。
もちろん耐性がついてるから本来ならそれほど動揺することもない。
けれどこのイケメンのヒートフェロモンはヤバい、と思う。
「待って」
ぱし、と手を掴まれた。
「な、なに?」
「……行くあてないんで、よかったら一晩泊めてもらえませんか?」
「え?」
「薬が効き始めるまででもいいです。今の状態で一人でいるの俺やばい気がして」
ちらりと往来に目をやる。確かにちらちらと彼を見ていく者が多い。
アルファはもちろんベータまで引き寄せてしまうフェロモンだ。
第二第三の先ほどの彼女が現れてもおかしくない。
「……わかった。おいで」
「ありがとうございます」
「でも、俺が悪いアルファだったらどうすんの?」
揶揄うようにちょっと笑って言うとイケメンは真面目な顔で答える。
「あんたちっとも悪くなさそうだし、それにさっき助けてもらったから」
から、なんだ?とは聞けなかった。言葉にさせてはよくない。
「じゃあこっち。すぐ近くだから」
さりげなくイケメンの手を外して家に連れ帰る。
なんだかより面倒なことになった気がしないでもないなと思いつつ。
行くあてがないという彼を結局追い出せずなし崩しに同居が決まった。
決まったというかしていた。
あの連れて帰った日に『俺が悪いアルファだったらどうするの?』と言ったけどどうやら向こうが『悪いオメガ』だったんじゃないかと今では思う。
何せ連れて帰ったあの日向こうに誘われる形で寝てしまったから。
罠にはまったかなと思いつつ、それもいいかとまた思う。
『悪いオメガ』といっても多分転がり込んで保護を受けるのが目的で金品が狙われたりするわけじゃない。
時々仕事と言って出かけるほかは家事全般をこなしてくれるのでありがたいかぎりだ。
仕事について聞けば芸能事務所で働いてるとあっさり明かしてくれたしその事務所がオメガ保護に務めてるところだったから納得した。
それを素直に信じたのは事務所の所長の名前入りの手土産と手紙を持って帰って来たからと何より所長と知り合いだったからだ。
それに彼が嘘をつくような人間じゃないことはほんの少し一緒に暮らしただけでわかった。
思い込みと言えばそれまでだけど。
そんなわけで訳ありのイケメンオメガとの生活は三大欲求を満たせるうえに家事の負担も減ったいいものだった。
ただいつまで続くのかは不明だったけれど。
まあ今が楽しいからいいか、と問題を先送りにして二人の関係に名前を付けずに過ごした。
6
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
数百年ぶりに目覚めた魔術師は年下ワンコ騎士の愛から逃れられない
桃瀬さら
BL
誰かに呼ばれた気がしたーー
数百年ぶりに目覚めた魔法使いイシス。
目の前にいたのは、涙で顔を濡らす美しすぎる年下騎士シリウス。
彼は何年も前からイシスを探していたらしい。
魔法が廃れた時代、居場所を失ったイシスにシリウスは一緒に暮らそうと持ちかけるが……。
迷惑をかけたくないイシスと離したくないシリウスの攻防戦。
年上魔術師×年下騎士
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる