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第二章
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しおりを挟む六
「東堂の店に行っていたのだが、時代は動いているね。ランプと言うものを、見せてもらった。石油でつける火なんだ」
「だから何だ。何で点けようが、明るければ良かろう。そもそも、わしらは夜目がきく。ランプだろうが、ろうそくだろうが、関係あるまい」
「お前ならそう言うと、思った」タイマは声を上げて笑い、団扇を取り出すと、それで前髪を仰いだ。
「しかし、面倒なことに巻き込まれそうだった。何かの運動をやっているみたいでね。大同団結だか、なんだか、ようわからんが。東堂の店に来ていた客の何人かが、一緒に国会まで行こうと言うじゃないか。はじめて、辟易したよ」
「民権運動とか言うんじゃなかったか?貴様、新聞で読んどったじゃないか。もう忘れたのか。あれほど、わしに勉強しろ、勉強しろと言っておいて。いい加減な奴じゃ」
呆れたため息をついてそう言うと、タイマは、驚いた顔をしてじっと、見つめてきた。「お前がそんなことを言うなんて、どうしたんだ。偽物か?悪いものでも食ったのか?」にやにやしながら、尻尾の先をくるくると、くすぐってきた。煩わしい奴だ。
「やかましい。話を合わせてやろうとしても、そうなら、もう何もしゃべらんからな」
「いやいや、これでも感激しているんだ。八枯れの向上的な優しさに」
「ふざけるな、殺すぞ」
「褒めてるんだ。お前は、優しさにまで向上心を持っている。そして、恒常的なんだ」
「とんちのつもりか?」
鼻を鳴らして、尻尾をぱたり、と動かした。タイマはそれに、苦笑を返して、「まったく、人は忙しないな」と、言って由紀の淹れた茶をすすった。
「自由と言うものを手にしたいなら、闘わなくてはいけないそうだ。言われたよ。若いのだから闘え、個人が権利を取得すべきだ、とね」
人間の台詞だな、と鼻で笑った。若さの闘争、権利取得の戦いだと?反吐が出るな。そんなものを、化け物に押しつけることが、そもそも間違っている。
「いまさら、自由じゃないとでも言うつもりか?」
「おや、心外だな」そう言って笑んだタイマの顔を見つめながら、ため息をついた。
「十分、好き勝手をやっているだろう。それとも、人間のように貪欲になったか?」
「まさか。俺は、これでも弁えているつもりだけど。ううん、そうだなあ。権利だとか、なんたら主義だとかのために、どうして戦えるだろう。そんな、立派なもので、本当に人は戦うものだろうか?」
タイマは珍しく難しい表情をして、ううん、とうなっていた。わしは、目を細めて、それをちら、と見上げて、にやにやと笑った。
「貴様のような境遇こそ、不当だ、理不尽だ、と騒ぐもんじゃ。人間だったらな。奴らは弱い。良い環境があると知れば、それにすがりつきたくもなるんだろう。貴様のように、笑って済ますことなどできんのさ」
「どうだろうか。俺は十分、恵まれた生活をしていないか?誹謗中傷や、差別など、いまの世じゃそう珍しくもあるまい。それに、捨てられたり、殺されなかっただけ、マシかもしれんよ」
「貴様の場合は、特別だ。比べること自体、意味を成さん。どのような状況でも、生き抜ける。大概は相手が先に死ぬからな。化け物を殺すことなど、人にはできぬ」
「それは堂々と、俺が非社会的存在だと、言っているようにしか聞こえないな。そこに人か、そうじゃないか、の境界があるのだとしたら。俺は、やはり人ではないのかもしれないが、どうしてもリアリティーと言うものに、欠けるよ」
「何がじゃ」
タイマは団扇をゆらしながら、庭先に植わっている楓の葉を見つめる。枯れて、茶色くなった葉は、風に吹かれて、空を舞った。
「身の回り以外について、本気で考えることが、だよ。果たして、そんなに立派なことをできる生物が、どれだけいるんだろうか」
そのつぶやきに、ふん、と鼻を鳴らして毛づくろいをはじめた。タイマはそれを眺めながら微笑むと、団扇を動かして、前髪をゆらせた。その笑顔に嫌な予感がして、眉間に皺をよせた。
「と、言う訳で。俺は明日から、占い屋を開業することにした」
「ちょっと待て」
「もちろん、占うのは我が妻である由紀だ。俺はそれを、もっともらしく話すだけだよ」
「待て、待て。なぜそうなるんだ」
「だって、未来についてみんな知りたいから、憂うんだ。そんなら、占ってやれば、いいじゃないか。それで、万事解決だな」
そう言って、曇りない眼で微笑まれては、もはや何も言えまい。わしは、するはずのない頭痛を覚え、縁側の上で丸くなった。「ご飯ができましたよ」と、言う由紀の呼びかけが、やけに虚しく感じられた。
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