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第二章
2-14
しおりを挟む十四
老朽化している板が、ぎしぎしと軋んだ。階段を降りて来たのは東堂だ。焼け焦げた二階の部屋を見てきたのか、ははあ、と言って肩を落としていた。
「勘弁してもらいたいわあ。なんぼする思うてんの」そう言って座敷に上がると、瑠璃色の座卓の前にしゃがみこんで肩を鳴らした。大通りから店に入って来たタイマが、戸をぴしゃりと閉めて、鍵までかけた。
「今日はもう休業にすべきだ。軒先に休みの札を立てといたよ」
「勝手に、店をたたまんで欲しいなあ」
東堂は苦笑を浮かべ、湯呑の中の茶をすすった。タイマも座敷に上がって、座卓の前にしゃがみこんだ。わしの方へちらと視線を移したので、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「すまない。逃してしまったようだ。どうする?」
快活に笑ったタイマの言葉に、東堂は意味深な笑みを浮かべて「それなら、問題ありまへんわ」と、言って茶を飲みきった。わしはその横顔を見つめながら「どういうことじゃ」と、つぶやいた。
「あれの行く先は、大体見当がついとります」
訳がわからず黙りこんだ。そもそも、なぜあのような獣の化け物が、わしを襲ったのか。否、なぜ東堂はそれを捕まえようとしているのか。タイマは目をかがやかせて、上体を乗り出した。嫌な予感がする。
「あんなやつははじめて見た。火を使っていたぜ」
「そらそうや。どういう変化の仕方したのか、よう知らんけど。火を使って悪戯するみたいで、そこらでよう目撃されとるんですわ」
「狐が火を使うのは聞いたことがあるけどなあ。獣はどうして、火の玉を転がしたがるんだろう」
「恐怖の対象だからと違いますか?誰もかれもが、火を怖がるはずあらへんのに、頭足らんなあ」
愉快そうに笑っている東堂を遮って、タイマをきつく睨みつけた。
「おいちょっと待て。わしにはまったく状況が飲み込めん」
「家出犬には、教えてやらん」などと幼稚なことを言われた。いろいろあって忘れていたが、こいつとは未だ喧嘩中だった。わしは盛大にため息をついて、呆れた顔でタイマを見つめた。
「貴様も案外、根に持つな」
軽侮の声を上げたが、タイマの笑顔は崩れなかった。「これはお前の問題だ。自分で解決するんだね」と言われてつい腹が立ち、睨みつけた。それをそばで眺めていた東堂は苦笑を浮かべると、湯呑に茶をそそいだ。
「これも依頼の一つだったんですよ。なんでも、化け狸を捕まえて欲しいだとかで、大金を積まれましてね。さっきまでの乱暴な男どもは、まあご同業でしょうな。非人情な」
そう言って東堂は傷だらけの狸の様子でも思い浮かべているのか、宙空を見つめてため息をついていた。
「心配はいらない」タイマはそう言って笑うと、わしの仏頂面を指さした。「次は、もっと良い方法で捕まえるさ。そうだろう八枯れ」
らんらんとかがやく黄色い双眸を見つめながら、ようやく事態を飲み込んだ。その長い指先を睨みつける。
「またわしを使ったな?」
「そりゃ働かざるもの食うべからずだ。それに依頼内容の仕事は、まだ済んじゃいないぜ」
「なぜ、わしがそんなこと」
眉間に皺をよせて低くうなると、タイマは双眸を細めて、平生の通り快活な笑みを浮かべる。
「一宿一飯の恩は働いて返すのが道理だぜ。やっちゃん」
「旦那に言われちゃ、放っとく訳にもいかんしなあ。じゃあ、焼けた畳の代金は別途でいただきますんで。今回の給料でまかないきれんぶんは、貸しにしときましょう」
「だ、そうだ。良かったな」
そろばんを弾いている東堂を見つめながら、舌うちをした。「貸し」も、くそもあったものか。守銭奴め。不機嫌に息をついて、尻尾を巻いた。同時に、これほど馬鹿げた状況があったものだろうか、と辟易してきた。もうどうにでもなったらいい。
「やれば良いんだろう」
力なくつぶやくと、タイマは嬉しそうに笑って「そうでなきゃ、面白くない」と言った。毎度のごとく、すでにタイマのペースに巻き込まれているみずからに気がつき、もう嘆くことさえできなかった。
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