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第三章
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なつかしい夢を見た。これが、あの影の群れの求める郷愁なのだとしたら、おそらくわしにも、それが見えたのかもしれない。
だからと言って、わしは決して月を仰ぐことなどしない。手の届かないものを、時間を、手に入れようなどと、ましてやそこに故郷を見出そうなどと、そんな愚挙を想うはずがない。わしは地を這い、血肉を喰らう、鬼だからだ。
腐臭のただよう闇の谷をさ迷い歩いていると、頭上を白い羽根がおおった。三つの目を大きく見開いて、体を硬直させる。藍色の空を、白い天狗が旋回していた。その鋭い双眸は、まっすぐにわしをとらえ、滑空してくる。
風が、闇を切り裂いた。噴煙の上がる地を踏みしめ、飛ばされそうになるのを、こらえる。眼を開くと、大きな天狗が、目の前にいた。長い鼻をかきながら、わしをじっと、見つめていた。
「何だ?鬼なのか?ずいぶん、でかいんだな」
「貴様こそ何だ。鳥の化け物め。どけ、わしは行かねばならん」
血と肉のこびりついた歯を見せて、低くうなった。天狗は、怖がるでもなく、怪訝そうな顔をして、腕を組んだ。
「どこに?」
「どこでもない。わしは、腹が減っているんだ。貴様でも良いぞ、どかぬと喰らう」
天狗の肩を押すと、よろけそうになる足に力を入れて、前へと進む。腐肉を喰らって、ようやく立てるようになったのだ。いま、ここで妙な奴に関わっている暇はない。なぜかは、わからぬ。だが、わしはまだ生きねばならない。どんなことをしてもだ。
「何だ、喰い物を探しに行くのか。じゃあ、手伝ってやるよ」
そう言って、快活に笑うと、天狗はわしの後をついて歩く。それをわずらわしく思い、振り返ると、喉を鳴らした。
「ついてくるな。邪魔だ」
「だって、お前、もうフラフラだろうが」そう言って、天狗は眉間に皺をよせた。
「貴様には関係ないことだ。消えろ」
「うるさい奴だな。面白そうだから、手伝ってやるって。安心しろよ、俺は強いからな」
「何だと」
わしが振り向くと同時に、天狗は大きな両翼を広げ、風を舞わせた。飛びあがる前に、鋭い双眸をわしに向けて、快活に笑った。
「生肉が良いんだろう?死に底ない。人間を一人か二人、さらってきてやるよ。でも、それじゃ足りないか?お前、燃費悪そうだもんな」
「余計なことをするな、なぜわしが、貴様に生かされねばならんのだ」
「だって、格好良いじゃないか。フラフラのくせに、強がってるの。お前、もとは人の魂だろう?俺は、純粋な化け物の生まれだけど、お前は違うね。人の匂いが、まだしている。弱いくせに虚勢を張っている。そんな奴、ここには一匹もいないぜ」
「知るものか。馬鹿にするのも大概にしておけ。殺すぞ」
「馬鹿にしているんじゃない。毎日が、茫洋としていて、退屈なんだ。俺より、強いものなんか、どこにもいないからね。喰うと脅せば、すぐに道が開く。だからね、わかるか?俺はお前より、ずっと長生きなんだよ。小僧」
「ふざけるな」
叫び、噛みつこうとすると、天狗は空に向かって飛び立った。旋回しながら、声を上げて笑い、「お前、面白いな。気に入ったよ、鬼」と、言いながら飛び去って行った。
小さくなるその白点を見つめながら、内部に立ち込めたのは、屈辱と怒りだけだった。後でこの感覚をタイマは、「郷愁」だと、ほざいた。
こんな内臓が煮えくり返りそうなものをかかえて、影の群れは鳴いているとでも言うのか?だとしたら、この地を生きるすべてのものは、より一層、救いがたい。
目を覚ますと、暗闇のなかでこちらを、じっと見つめている登紀子と、目があった。わしは、ようやく夢を見ていたことに気がついた。
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