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第三章
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「助けてくれて、ありがとう」
夜半過ぎ、目を覚ますと同時にそんなことを言った。わしは、丸くなっていた体を起こして、小さく息をついた。一瞬でも、眠っていたことが、悔しかった。おかげで嫌な夢を見た。
「なんじゃ、もう起きたのか」
「うん、なんだか寝ていられなくって」
苦笑を浮かべて、体を起こした登紀子の顔を眺めながら、わしはふん、と鼻を鳴らした。
「問題ばかり起こすのは、父親の血か。まったく、面倒な娘だ」
「うん、八枯れがいなかったら、たぶん死んでいたね」
そう言った登紀子の表情は、無感動なものだった。今までと違う様子に、わしは目を細める。薄暗い闇の中、ぼうっと、天井や、壁を見つめる登紀子は、凛とした雰囲気をまとっていた。
「血生臭いなかで、見上げると、鬼のような顔をした女が、私を踏みつぶしていたよ。おどろいた。本当に首の骨って、折れるんだね」
「それはお前の記憶じゃない」
「わかってる。ううん、よくわかった。神経から、触感まで、すべてつながっていた。それを断ち切る術を、学ばなきゃいけなかったんだ。八枯れの言う通りだった」
「何がじゃ」わしは、短くあくびをもらした。
「無駄なことよ。持った力は、受け入れるしかないんだわ」
苦笑を浮かべた登紀子に、わしは鼻を鳴らして尻尾を振った。
「お前たちは、いつも大層だな。つきあってゆくだけだろう、最後まで」
低くつぶやくと、登紀子は、ふふ、と声を上げて笑った。わしは丸くなったまま、薄眼を開けて「何じゃ」と、ぶっきらぼうに返事をした。
「そういう言い方もあるのね。まるで、そうしてきたみたい」
「これからもな」
登紀子は、「そうね」と、つぶやいてから、また横になった。布団を首元まで引き上げながら「私、八枯れのことが、もっと知りたいわ」と、言って笑った。薄暗いせいか、その笑みがタイマの快活な笑顔と、重なった。親子は厄介なものかもしれない。わしは舌打ちをして、尻尾を巻いた。
「お前が知らねばならんのは、他にいるだろう」
「お父さんのこと?」
「そうかもしれん」
曖昧にうなずくと、登紀子は眉をしかめて「なによ、それ」と、言った。わしは大きなため息をついて、いいからもう寝ろ、とそっぽを向いた。
「いいわ。そのうち、あんたのことも解析してやるから」
登紀子の強気な発言に、わしは苦笑をもらして、息を吐いた。
「力を持て余している小娘が、鬼であるわしを喰らうか。片腹痛いわ」
「そうやって、余裕ぶっていればいい。気づいた時には、あんたの記憶は私のものよ」
「やってみろ」
登紀子のことだ。タイマのこれまでのことを知れば、おそらく一発は殴るだろう。なにより、自分がそれで生かされていることや、余計な能力の原因がわかったら、タイマを殺しかねない。しかし、あのわからず屋を、この娘に一度殴らせてみるのも、案外面白いかもしれない。
タイマは人の心に、一瑠の望みをかけた。わしは、いまそばで寝ている、無力で、小さな娘に、生きることの希望を見ている。おかしな話しだ。
「狂気の沙汰だ」
わしは微笑を浮かべて、一人つぶやくと、目を閉じる。微かに聞こえる、登紀子の寝息を聞きながら、障子から射す、白い光を待ち望んだ。
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