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第三章
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しおりを挟む十一
登紀子は十五を迎えるころ、外見もさることながら、信じられないほど大人びた振る舞いをするようになった。
身の丈は、五尺七寸(約百七十センチ)にも成長し、腰のあたりまでのばした赤茶の髪を一つに結び、タイマの着古した男物の着物を、羽織るようになっていた。本人が言うには、「女物を着ると、肩が張って不格好なんだよ」だそうだ。鼻筋の通った顔は、透明感があり、弧を描く黒い眉と、双眸からは知の深さと、闇を見据える冷静さが、映し出されていた。
タイマとはまた違った形で、霊力をうまく扱うようになっていた。それまで、惑わされるだけだった魔や、持てあましていた力の内実について、くわしくなっていった。所蔵していた書物や、東堂のもとで調達した文献などを、朝から晩まで読みふけり、学んでいたからだろう。
なにより、わしを困らせたのは、例の「家守」だった。本家に居た時と同じように、「家を守り、空気を清浄化する人間が、必要なんだよ」と、言って札を貼り、塩を盛り、門前を清掃し、清気を満たし、わしを含む妖魔の数々を苦しめはじめた。
「余計なことをするな」と、うなり声を上げると、何かよくわからん札を額に貼りつけられ、一日放って置かれた。どうやら、貼った人間にしかはがせない札であり、貼られたものは、自由を奪われるようだ。そのため、わしは縁側の上で、動けなくなった。ろくでもない成長を遂げたものだ、と舌打ちをしながら、夜を迎えた。
ようやく座敷に上がることができ、息をついて畳の上で丸くなった。雀色をした座卓に肘をついたまま、本を開いていた登紀子は、突然笑いだした。わしは、眉間に皺をよせて「お前のせいだろう」と、つぶやいた。
「言う割に、手ごたえないよね。本当に最強なの?心配だから、私が守ってあげるよ。八枯れ」
登紀子は湯上りの火照った頬を歪めて、微笑を浮かべた。紺色の着流しの間からのぞく、白い足が妖艶だと言う男は多くいるだろうが、如何せんわしには、白いミミズが二匹のびているようにしか、見えない。
わしは鼻を鳴らして、毛づくろいをはじめた。
「弱いものいじめをする趣味はないんだ」
「強がるだけなら犬にもできる」
「貴様、いい加減で喰うぞ」
「あら、光栄ね。そうしたら、私はあんたを喰って解析してやる」
「化け物め」
「どうもありがとう」
そう言って、歯を見せて笑う顔も、このやりとりも、まるで再演しているようで、少々気味が悪い。登紀子は、開いていた本を閉じて、「八枯れ、知っている?」と、つぶやき前髪をかきあげた。
「人はね、無償の労働と、強いられた共同生活の前では、発狂してしまうのよ。膨大な時間の前に立ち尽くし、朝も昼も夜もない。終わりのない石拾いは、さいの河原ね。強いられた世界のなかでは、個性の樹立など、夢、空想の物語。磨滅、消滅するの。個として扱われなくても、人を人と呼べるのかしら。物のように扱われ、どうして『人』が生きられるの?」
「それは、誰のことを言っているんじゃ?」
一瞬どきり、としたが、すぐに平生を装った。双眸を細めて、じっと登紀子の顔を見据える。登紀子は無表情に、頬づえをつくと、また手にしていた本を開いた。
「『人間はどんなことにでも慣れられる存在だ。わたしはこれが人間のもっとも適切な定義だと思う。』ふふ、本当にそうなら良いけどね」
「貴様も、呪文を好む一人か」
「呪文?」
怪訝そうな表情をした登紀子に、盛大なため息をついた。どうして、こう、わしの周りには「狂い」が多いのだろうか。いい加減で辟易してくる。
「そういう小難しい話は、恭一郎か、東堂とやれ」
「犬は法で裁かれないでしょう。だから聞いてるのよ」
そう言って、にやにやと笑い出した登紀子に、わしは鼻を鳴らした。
「生を裁くのは、死じゃ。だからわしは貴様らには裁かれん。生きられなくなったら、死ぬだけだ」
つまらない話をもちかけるな。そう言って、目を閉じると、登紀子は声を上げて笑いだした。ぎょっとして見ると、裾を乱して畳の上で転げ回っていた。若い娘であると言う自覚は、どこかに忘れてきたのだろうか。嘆かわしい姿である。登紀子は赤茶色の髪をかきあげながら、笑い過ぎて目尻にたまった涙をぬぐう。
「わかっているんだか、いないんだか。でも良いわね、その考え。単純でわかりやすい」
「父親に似て、わしを馬鹿にするのが好きだな」
「あら心外ね。褒めてるのに」
ふん、と鼻を鳴らして丸くなった。
「貴様らの生きている世界は、いい加減だな。死や暴力を軽蔑するわりに、そういう呪文で無知な者や、それを必要としない者を追いこむのは、暴力にならないのか?それとも、そうやって嬲ることを、楽しんどるのか?何かを教えてやろう、と言う考えそもそもが、傲慢だと知れ。呪文の共有を望むのは、貴様の身勝手だろう。孤独だと?うぬぼれるな。生物はみな、孤独だ。何かのせいではない。貴様らは原因がないと、安心できないだけだろう。馬鹿ものどもめ」
「意外に、的を射てるわ。ふふ、たしかに孤独なんだけど、人がそばに多すぎても、少なすぎても、狂ってしまうのよ。環境に左右されやすい動物なのかもしれないね」
「勝手に言っていろ。わしは、どこでも生きられる」
「辛辣な忠告を覚えておくわ。八枯れにだけは、嫌われたくないもの」
「そもそも会話、と言うものをする気がないな?」
「あら、それってそんなに大事なこと?」
「だから嫌われるんじゃ。魔女め」
「それは、どうも。馬鹿鬼」
頬づえをついたまま、ふふ、と笑った登紀子の笑顔に、鳥肌が立つ。タイマとはまた違った形で、傲慢なこの娘に、これからも振り回されてゆくのかと思うと、うんざりした。
血は争ってほしいものである。
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