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第一章
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「赤也、いい加減にしろよ」
怒りを抑えるような低い声に、そっと目を開けると、目の前に不機嫌そうな黒猫の顔があった。鬚をひくつかせながら、黄色い双眸を細め「早く、頭をどかせ。わしの尻尾が曲がる」と言われ、ようやく状況がわかった。
「ああ、すまない」
あわてて起き上がると、こめかみの辺りがずきずきと、痛んだ。眉間に皺をよせて、額を押さえると、辺りを見回した。縁側の上に脚立が倒れていた。どうやら、僕はバランスを崩し、転がり落ちて、八枯れの尻尾を踏んづけてしまったようだ。
「どのくらいだ?」
尻尾を舐めながら、鼻息を荒くしていた八枯れを見つめて、つぶやいた。八枯れは眉間に皺をよせて、「何がじゃ」と、ぶっきらぼうに答える。
「脚立から倒れて、どのくらい経った?」
「五分も経ってない」
「そうか」
口元を歪めて顎をなでると、縁側であぐらをかいた。八枯れは、もう眠りの体制に入っており、大きなあくびをもらしていた。
やわらかな午後の陽が、庭に植わった楓の葉の間から、まだらに射しこむ。そのひとつ、ひとつが、八枯れの黒い毛並みに落ちて、かがやいている。顔をのぞきこむと、もう一つ、大きなあくびをもらしていた。
こいつは、僕の飼っている式神の一匹で、普段は黒猫の成りをしているが、本来は二メートルを超える青鬼だ。口が悪く、寝ることと、喰うことにしか本気をださない。怠惰なものである。
「おい、ぼんやりしとる場合か?もうすぐ小うるさいちびどもが、来る時間だろう」
前髪を左右にゆらした風にのって、色づいた銀杏の葉が数枚、畳の上に吹きこんできた。それを、じっと見送りながら、小さく息をついた。
「文句を言う割に手伝う気がないようだな」せっついてきた八枯れに、舌打ちをする。「そもそも、お前と邪植が酔っ払って暴れなければ、こんな苦労は知らずに済んだ」
転がっていた脚立を立てて、床にある新しい電球を手にすると、ゆっくりと段を上がって行った。八枯れは、不機嫌そうに尻尾をぱたん、と振るだけだった。
「酔っぱらっていたのは、ばか鴉だけじゃ」
「弱いのがわかっていたなら飲ますなよ」
「あいつが、勝手にわしの酒を飲んだんじゃ。そんなことまで面倒見切れるか。子どもじゃあるまいし」
「お前がいま手伝わないことの言い訳には、まったくなっていないけどね」
持っていた電球をさしこんで、きつく回してゆく。きゅ、きゅ、と金属のかすれる音が響く。それを億劫そうに見上げながら「事実じゃ。わしは悪くない」と、言って鼻を鳴らしていた。
「強情なところだけは、何年経っても変わらないな」
「貴様にだけは、言われたくない」
「僕は昔から思いやりあふれる、良い男だった」
「よく言う。冷酷鬼のくせに」
「鬼はお前だろ」
ぐっと、力を入れて締めると、電球の灯が点いた。脚立から降りると、割れている古い電球をビニール袋の中に入れてしばる。軍手をはずして、ポケットにつっこむと、縁側で日向ぼっこを続ける八枯れを見下ろして、微笑を浮かべた。
「昼飯にしよう」と言うと、八枯れはちら、と黄色い視線を投げてよこしてきた。大食漢であるこの大鬼は、なんでも好物なのだ。
「今日は何じゃ?」
僕が廊下を歩きだすと、その後ろを嬉々としてくっついてきた。わかりやすいやつだ。
「椎茸と、ほうれん草の炒めもの」
「またか。なんでお前は、きのこばかり炒めるんだ」
「じゃあ、舞茸と小松菜」
「もういい」
八枯れはうんざりした声を上げて、大きなため息をついた。
「どうしたんだ?」と、首をかしげたが、返事はない。さっきまで、ずいぶん機嫌を良くしていたくせに、よくわからないやつである。
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