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第二章
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しおりを挟む「坂島赤也くん」
陽光がアスファルトに反射して、白くかがやいていた。
玄関前に立つその男は、僕の通う高校と同じ学生服を着ている。
神経質そうな眉間に皺をよせて、不機嫌そうに眼鏡のフレームを中指で押し上げた。声には大した抑揚もなく、しかしはっきりとよく通る声で、僕の名を呼んだ。
「君が、坂島くん?」
その男をしばらく見つめてから、うっすらと微笑を浮かべた。
「お前は何だ?」
つき放すように言った。しかし、男は気にした風でもなく、不機嫌そうな表情を崩さず、腕を組んだ。
「木下社です。君と同じ教室で学ぶ、生徒の一人だ」
意外なことに、木下社と名乗るその男は、僕と同級の学生らしい。
それは、まったく知らなかった。と、言うより、見たこともない。覚えもない。否、もとより人にあまり興味がないのだから、当然と言えばそうかもしれない。小さくため息をついて、苦笑をもらした。
「それで、木下社くん。なんの用?」
木下は意外そうに片眉を持ち上げて、様子を見るように、何事かを考えていた。すぐに組んでいた腕をたらして、僕をまっすぐ見つめてきた。
「君はこれまで、友人を作ったことが無かったんじゃないか?」
馬鹿馬鹿しい、と僕は吐き捨てた。
わざわざ朝早くから人を呼びとめておいて、用とはそんなことなのか?そう思い、侮蔑の視線を投げると、木下は構わず続けた。
「お前、と言う呼び方は自分より、目下の者にしか使わない。しかし、君、というのは、もともと同等、あるいはそれ以上のものへの敬意を示している。または、あなた、とも言う。つまり、僕は君に多少なり敬意を持って、接しているつもりなんだけどな」
小うるさい説教だ。
僕は木下の色素のうすい双眸を見据えて、微笑を引っ込めた。
このような理屈屋には、これまで会ったことがない。いろいろと面倒くさそうだ。そう思い、ぼりぼりと頭をかいて、玄関の敷居をこえた。
「それは重ね重ね、失礼しました。わざわざそんなことを、宣託するために、こんな朝早くから待っていたのか?」
木下は、神妙な顔をして、ちょっと待ってくれ、とまた僕を呼びとめた。
何なんだ。
ついと不機嫌を隠しもせずに、眉間に皺をよせた。
「まだ何かあるのか?」
「なぜ、僕が待っていたことを知っているんだ?ここは、通学路でもある。登校途中に通りがかったと、普通は考えるだろう」
木下は、さっきよりは人間らしい表情を浮かべて、狼狽しているようだった。
僕は、軽く首をかしげて怪訝そうに言った。
「なぜだって?僕が朝起きてから、門の外に出てくるまで、ずっとそばの灌木の影に隠れて、こちらをうかがっていたじゃないか。敵意や悪意は感じなかったから、放って置いたんだけど?」
何を今さら、と顔を歪めて木下を見ると、彼は言葉を無くしていた。だから、何なのだ。僕はいい加減、うんざりしてきたので、次に何を言われても、もう絶対に足は止めん、と草履を脱いだ。
しかし意外にも木下は、すまない、と小さな声で謝った。その殊勝な雰囲気に、ああ、もう。と、ふり返って、口元を歪めた。
「朝飯でも食うか?」
予想外だったのか、木下は仏頂面を少しゆるめた。
「どういうことだ?」
「なんだ、もう食べたのか」
「いや、まだだ」
「じゃあ、食って行けよ。どうせ同じ場所へ行くんじゃないか」と、言って、靴箱の横に、桶を置いた。
木下は、ここに来てはじめて笑みをもらすと、「君は、意外とかわいい所があるんだな」と意味不明なことを言った。
余計なお世話である。
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