24 / 45
第二章
2-12
しおりを挟む十二
おそらく、それは一瞬のことだったのではないだろうか。
自転車を降りると同時に、八枯れを猫の体から引きずり出し、鴉の捕獲を命じる。三メートルもの体躯で、両腕を広げ、鴉に覆いかぶさった。
カラスは、何が起こったのか、理解できていないまま、八枯れにはがいじめにされ、土の上に体を伏した。
手足を動かして、暴れるも、大きな鬼をふりほどけるはずがない。はじめから、こうして捕まえれば良かった、と思いながらそばに駆け寄った。
「よし、そのまま動くなよ」
カラスの上で、偉そうに腕を組んで、しゃがみこんでいる大鬼は、僕の言葉に三つ目を細めた。僕は、縛りの札を取り出して、地面で暴れるカラスの体に貼りつける。「う」と、短く、うめいて動きを止めた。もういいぞ、と八枯れを見上げるが、にやにやとしたまま動こうとしない。僕は怪訝そうな顔をした。
「なんだよ?」
「いや、お前を見下ろせるのも、なかなか気分が良い」
呆れたため息をつく前に、頭上でとぐろを巻いている錦が、厳しい声を出した。
「お前の頭の中には、ゴミしか入っていないのですね」
「黙れ、白糞のとぐろ巻きめ」
「下劣な悪言しか言えぬところが、阿呆だと言っている」
ムッとした八枯れは、カラスを下に敷いたまま、錦とにらみ合っていた。僕は、それを無視して、カラスの正面に回り込み、しゃがんで顔をのぞきこんだ。
「やあ、しばらく」
微笑を浮かべて見せると、カラスは細い目をつり上げて、ううう、と低くうなった。
「小賢しい、なんのつもりだっ」
「お前だって、涼しい顔して、やってくれたじゃないか」
とん、と自分の肩を指で叩いて、示すと、カラスは眉間に皺をよせた。
「ふん。土壌に種を植えて何が悪い。あんたはもう、無理やり刈り取った後じゃないか」
「それで、次は木下の花を刈りに来たんだろう。生憎だな。お前が木下だと思って、近づいたのは幻さ」
頭上の錦を指さして、微笑した。
ひどく心は冷静だが、同時に血がつめたくなっていった。カラスの悔しそうに歪められた顔をつかみ、僕は顔を近づけた。
「ばあさんの札はよく効くらしい。さて、これから三つの選択肢を上げる。好きなのを選ぶんだな」
カラスは、瞳の奥に、一瞬、おびえの色を見せたが、すぐに笑みを浮かべると、枯れた声を張り上げた。
「あんたの欲望は、なかなか面白かったな。加虐心か?元から持っていたにしても、ずいぶんと残忍なものだった。どうやら、いたぶるのが、大好きらしい。普段は、無理に抑え込んでいるのかい?」
カラスの笑みが、癪に障った。しゃがれた声が、耳触りだ。人の中身を解体しようとする言葉が、邪魔くさい。
僕は、目を細めて、口元を曲げると、八枯れの名を呼んだ。
「ご期待に添わないのは、悪いからな。まずは羽根だ」
八枯れは、黄色い目を細めて、待ってました、とカラスの羽根に飛びついた。
むきだしになっていた黒い羽根の片方に、かじりつく。同時に、空気が鳴動するほど、高い悲鳴が上がった。八枯れは嬉々として、食いちぎった羽根を、奥歯で味わっているようだ。
涙を浮かべて、息を荒くしているカラスの顔を持ち上げて、にっこりと微笑む。
「話を最後まで聞かないと、そのうち手足もなくなるぜ」
「こんなことをしたところで、木下社はあんたを許さないっ、化けものなんだからな」
大きなため息をついて、八枯れに目で合図した。よだれをたらしながら、待っていた八枯れは、残っていた片方の羽根にも喰らいつき、はぎとった。
カラスは目を大きく見開いて、歯をかみしめた。額に浮かんだ血管が、びくびくと脈打っている。それを指でなぞりながら、僕は無表情に、とつとつと話を進めた。
「さて、三択だ。
一、このまま八枯れの餌になる。
二、錦の腹の中に入る。
三、僕の式になる。
おいおい、そんな顔をするな。羽根はまた生えてくるし、五体満足なんだから、大丈夫さ。
さあ、どうする?僕はどうでもいいんだ。お前が生きようが、死のうが。ただ、邪魔にならないよう、処理はするよ。もちろん、恨みがある訳でもない」
カラスが口を開きかけたのを制止して、ああ、そうだ、と顔を近づけて微笑んだ。
「これ以上、僕の質問に答えない場合は、八枯れの胃袋の中だ」
妖怪を喰えてご機嫌なのか、八枯れは太い声を上げて笑った。
「そりゃあ、三択じゃないぞ。奴隷になるか、死ぬか、ってことじゃろ。お前も相変わらず、人が悪いな」
僕は八枯れをちら、と見上げ、苦笑をもらした。
「人聞きが悪いな。式は丁寧に扱っているじゃないか」
「ようやくお前らしくなったな」
「鬼の所業だからか」
「そうじゃ、わしの手柄じゃ」
平気な顔をしてそう言った八枯れに、笑みをこぼした。今回ばかりは、奴の言う通りかもしれない。
人は僕を残忍だと言うが、残忍じゃない人間が、いったいどこにいると言うのだろうか。
都会の妖怪でさえ、人間を食糧の養分として扱っているのだ。実の姉が、実の弟を殴り、友人は友人を簡単に蔑むようになる。
いまの僕と、どう違う。いつだって、誰だって、残酷になれる。倫理だ、道徳だど、奇麗ごとを並べたところで、度し難い現実の前では、何の役にも立たない。
精神論で人が救えるものなら、救ってみるがいい。
少なくとも、永遠に僕だけは救えまい。面白ければそれでいい。真実など、まったくそれに尽きる。
瞬間、痛んだ左足のつけ根を押えた。忘れていた。八枯れが元の姿に戻ると、どうやら、しばらく古傷が痛むらしい。
「わかった。わかりました。式になります。だから、許して。殺さないで」
しかし、カラスの弱弱しい言葉を聞いて、しばらく思考が止まる。いま、何か思い出しそうだったが、何だったか。
僕は、頭を振って、涙を浮かべているカラスを見下ろした。頭上では、八枯れが、残念そうにため息をついている。
契約を結ぼうとしたが、いい加減、体力の限界がきていたのか、八枯れの体重が余程、重たかったのか。そのまま、気絶してしまった。それを錦が、渋々と家まで運んだ。
こんな軟な妖怪見たことがない、と八枯れに馬鹿にされていたが、三メートルも超える鬼の下敷きになっていれば、誰だって、気を失うのではないだろうか。僕はそう思うも、なにも言わずに、自転車をこいだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる