逢魔伝(おうまでん)

当麻あい

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第二章

2-12

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  十二
 

 おそらく、それは一瞬のことだったのではないだろうか。
 自転車を降りると同時に、八枯れを猫の体から引きずり出し、鴉の捕獲を命じる。三メートルもの体躯で、両腕を広げ、鴉に覆いかぶさった。
 カラスは、何が起こったのか、理解できていないまま、八枯れにはがいじめにされ、土の上に体を伏した。
 手足を動かして、暴れるも、大きな鬼をふりほどけるはずがない。はじめから、こうして捕まえれば良かった、と思いながらそばに駆け寄った。
 「よし、そのまま動くなよ」
 カラスの上で、偉そうに腕を組んで、しゃがみこんでいる大鬼は、僕の言葉に三つ目を細めた。僕は、縛りの札を取り出して、地面で暴れるカラスの体に貼りつける。「う」と、短く、うめいて動きを止めた。もういいぞ、と八枯れを見上げるが、にやにやとしたまま動こうとしない。僕は怪訝そうな顔をした。
 「なんだよ?」
 「いや、お前を見下ろせるのも、なかなか気分が良い」
 呆れたため息をつく前に、頭上でとぐろを巻いている錦が、厳しい声を出した。
 「お前の頭の中には、ゴミしか入っていないのですね」
 「黙れ、白糞のとぐろ巻きめ」
 「下劣な悪言しか言えぬところが、阿呆だと言っている」
 ムッとした八枯れは、カラスを下に敷いたまま、錦とにらみ合っていた。僕は、それを無視して、カラスの正面に回り込み、しゃがんで顔をのぞきこんだ。
 「やあ、しばらく」
 微笑を浮かべて見せると、カラスは細い目をつり上げて、ううう、と低くうなった。
 「小賢しい、なんのつもりだっ」
 「お前だって、涼しい顔して、やってくれたじゃないか」
 とん、と自分の肩を指で叩いて、示すと、カラスは眉間に皺をよせた。
 「ふん。土壌に種を植えて何が悪い。あんたはもう、無理やり刈り取った後じゃないか」
 「それで、次は木下の花を刈りに来たんだろう。生憎だな。お前が木下だと思って、近づいたのは幻さ」
 頭上の錦を指さして、微笑した。
 ひどく心は冷静だが、同時に血がつめたくなっていった。カラスの悔しそうに歪められた顔をつかみ、僕は顔を近づけた。
 「ばあさんの札はよく効くらしい。さて、これから三つの選択肢を上げる。好きなのを選ぶんだな」
 カラスは、瞳の奥に、一瞬、おびえの色を見せたが、すぐに笑みを浮かべると、枯れた声を張り上げた。
 「あんたの欲望は、なかなか面白かったな。加虐心か?元から持っていたにしても、ずいぶんと残忍なものだった。どうやら、いたぶるのが、大好きらしい。普段は、無理に抑え込んでいるのかい?」
 カラスの笑みが、癪に障った。しゃがれた声が、耳触りだ。人の中身を解体しようとする言葉が、邪魔くさい。
 僕は、目を細めて、口元を曲げると、八枯れの名を呼んだ。
 「ご期待に添わないのは、悪いからな。まずは羽根だ」
 八枯れは、黄色い目を細めて、待ってました、とカラスの羽根に飛びついた。
 むきだしになっていた黒い羽根の片方に、かじりつく。同時に、空気が鳴動するほど、高い悲鳴が上がった。八枯れは嬉々として、食いちぎった羽根を、奥歯で味わっているようだ。
 涙を浮かべて、息を荒くしているカラスの顔を持ち上げて、にっこりと微笑む。
 「話を最後まで聞かないと、そのうち手足もなくなるぜ」
 「こんなことをしたところで、木下社はあんたを許さないっ、化けものなんだからな」
 大きなため息をついて、八枯れに目で合図した。よだれをたらしながら、待っていた八枯れは、残っていた片方の羽根にも喰らいつき、はぎとった。
 カラスは目を大きく見開いて、歯をかみしめた。額に浮かんだ血管が、びくびくと脈打っている。それを指でなぞりながら、僕は無表情に、とつとつと話を進めた。
 「さて、三択だ。
 一、このまま八枯れの餌になる。
 二、錦の腹の中に入る。
 三、僕の式になる。
 おいおい、そんな顔をするな。羽根はまた生えてくるし、五体満足なんだから、大丈夫さ。
 さあ、どうする?僕はどうでもいいんだ。お前が生きようが、死のうが。ただ、邪魔にならないよう、処理はするよ。もちろん、恨みがある訳でもない」
 カラスが口を開きかけたのを制止して、ああ、そうだ、と顔を近づけて微笑んだ。
 「これ以上、僕の質問に答えない場合は、八枯れの胃袋の中だ」
 妖怪を喰えてご機嫌なのか、八枯れは太い声を上げて笑った。
 「そりゃあ、三択じゃないぞ。奴隷になるか、死ぬか、ってことじゃろ。お前も相変わらず、人が悪いな」
 僕は八枯れをちら、と見上げ、苦笑をもらした。
 「人聞きが悪いな。式は丁寧に扱っているじゃないか」
 「ようやくお前らしくなったな」
 「鬼の所業だからか」
 「そうじゃ、わしの手柄じゃ」
 平気な顔をしてそう言った八枯れに、笑みをこぼした。今回ばかりは、奴の言う通りかもしれない。
 人は僕を残忍だと言うが、残忍じゃない人間が、いったいどこにいると言うのだろうか。
 都会の妖怪でさえ、人間を食糧の養分として扱っているのだ。実の姉が、実の弟を殴り、友人は友人を簡単に蔑むようになる。
 いまの僕と、どう違う。いつだって、誰だって、残酷になれる。倫理だ、道徳だど、奇麗ごとを並べたところで、度し難い現実の前では、何の役にも立たない。
 精神論で人が救えるものなら、救ってみるがいい。
 少なくとも、永遠に僕だけは救えまい。面白ければそれでいい。真実など、まったくそれに尽きる。
 瞬間、痛んだ左足のつけ根を押えた。忘れていた。八枯れが元の姿に戻ると、どうやら、しばらく古傷が痛むらしい。
 「わかった。わかりました。式になります。だから、許して。殺さないで」
 しかし、カラスの弱弱しい言葉を聞いて、しばらく思考が止まる。いま、何か思い出しそうだったが、何だったか。
 僕は、頭を振って、涙を浮かべているカラスを見下ろした。頭上では、八枯れが、残念そうにため息をついている。
 契約を結ぼうとしたが、いい加減、体力の限界がきていたのか、八枯れの体重が余程、重たかったのか。そのまま、気絶してしまった。それを錦が、渋々と家まで運んだ。
 こんな軟な妖怪見たことがない、と八枯れに馬鹿にされていたが、三メートルも超える鬼の下敷きになっていれば、誰だって、気を失うのではないだろうか。僕はそう思うも、なにも言わずに、自転車をこいだ。
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