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第三章
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しおりを挟む五
僕は、紫煙をくゆらせながら眉をよせた。口に煙草をくわえたまま、胡坐をかくと、座椅子の背もたれに体重をかけた。ジジ、と赤い炎が近づいてくる。
「神事は神事の専門家に任せた方がいい、と言っているんだ」
頭をかきながら乱暴に言うと、東堂も負けずと、眉間に皺をよせて声を低くした。
「しょうがないでしょう。彼女はあなたが良いって言うんだから」
「わからない奴だな。素人が手を出して良い問題じゃないかもしれないんだ。もう少し慎重になれよ」
「わからないのはそっちでしょう」
「なんだと」
つい、カッとなって姿勢を崩した。くわえていた煙草の先から灰がこぼれる。それと同時に、縁側から畳の上に上がった八枯れが、呆れた声を上げた。
「何をもめとるんじゃ、馬鹿馬鹿しい」
まったくだ、と思いながらも眉間によせた皺を伸ばすことはなかった。くわえていた煙草を灰皿に放って、畳の上にこぼれた黒い灰をじっと眺める。東堂も、組んでいた腕をほどいてため息をついた。
「良いわ。じゃあ、こうしましょう。三日、彼女をあなたに預ける。その間に何事もなければわたしの見当違いの寝ボケって認めるわ。でも、もし何かコンタクトを取ってくるようであれば、この依頼は直接あなたに引き継ぐ。それでどう?」
「わかった。それで良い」
憮然としたままうなずくと、じゃあわたしはこれで失礼するわ、と言って早々に立ちあがった。会うたびにつまらないことでもめて、互いを傷つけあい、そのたびに不機嫌になって、どちらかが一時退散する。そうして、数日後になんでもないような面をして、また「よう」だとか「やあ」だとかあいさつをしあって、僕は嫌味を言って、彼女はにやにや笑うのだ。それがわかっているから、こういう時には決して呼びとめたりはしない。しかし、今回ばかりは少し状況が違う。
「東堂」
襖を開けて、出て行こうとした東堂の名を呼んだ。彼女は予期していなかったのか。僕のあんまり真剣な声音に、不機嫌な表情を一時ひそめて「なによ」と、簡単に応えた。
「あまり、こちらのことに首を突っ込むな」
「こちらのこと?」
「君にはなんの力もない」
「だから何よ」
怪訝そうな表情を浮かべた東堂の、どんぐり型の双眸をじっと見据えて、静かにしかしはっきりと言った。
「死にたくなければ、深く関わるな」
じっと、表情をうかがうように見上げれば、東堂は一層深く眉間に皺をよせて「男って、いつもそう。勝手なのよ」と、つぶやいた。なんだって?問い返す前に、ずんずんと乱暴な足取りで玄関の方へと歩いて行った。しばらくすると、桶や靴や何やらを引っかき回す音がする。「乱暴はよしなさい」と、言う錦の不機嫌そうな声がしたが、それも無視して出て行った。
まったくあいつは何がしたいんだ。ため息をついて、額を抑えると、八枯れのにやにやした顔が目に入った。尻尾を振りながら、楊貴妃の枝に鼻をよせている。ぺろり、と口元を舐めて笑いだした。
「また、厄介なものを持ち込んで来たな」
「本物なのか」眉間に皺をよせて、腕を組んだ。
「貴様には偽物に見えるのか」
「信じたくないだけさ」
「いずれにせよ、こいつはちと面倒だぞ」
「わかってるよ」
ふう、と一つ息をついて立ち上がる。黒い包み紙の上にそっと置かれている楊貴妃の枝を手にとって、じっと見据えた。力のない東堂に話しかけたくらいだ。触れれば、すぐにでも声を聞き取ることができるだろう。そう楽観していたが、女王は機嫌を損ねているのか、うんともすんとも言いやしない。湿った枝を指の間でくるくると回しながら、八枯れを見下ろした。
「神の枝か。お前もたまには祈ってみるか?」
そら、と枝を差し出すと、八枯れは黄色い双眸を細めて、ふん、と鼻を鳴らした。「馬鹿め、わしは鬼じゃ。神に祈ることなどない」と、つまらなそうにつぶやいた。
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