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第四章
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その赤い輝石は生きていた。炎が燃え上がっているかのような、激しい熱とかがやきを、表皮の内側に抑え込んでいるかのようだった。ああ、これが楊貴妃の中にいた、あるものなのなのだろう、と自然、微笑を浮かべた。
「ようやく、君にたどりついた」
ざら、とした表面をなでると、なでた箇所が、青くなったり、白くなったり、と点滅していた。なるほど、ここにある星屑は、移動した熱が、光の色やかがやきとなって、現れるようだ。
そのときだった。突如として放たれた、赤いかがやきが全身を包みこんだ。八枯れの、僕を呼ぶ声が聞こえたが、それに反応する暇などなかった。まぶしい赤のなかで、ある景色が広がっていた。
闇から、一つの星が生まれる瞬間だった。その光は二つあった。片方は、まぶしいほどの白と、燃え上がるような赤だった。赤と白のかがやきは、目にも止まらぬ速さで、闇を切り裂き、辺りを照らしながら、ある一つの星へと向かっていた。
数百万光年の距離を超えた、記憶がそこにはあった。僕らが何十回、何百回と、生まれ直さなくては追い続けることのできない時間を、この二つの光は、まるで散歩でもしているかのように、悠々と過ごしているようだった。
時には、人工衛星の周りをからかうように飛びまわり、他の新生の誕生に立ち会い、老朽化して収縮してゆく星の死を見守っていた。太陽の熱を浴びながら、月の重苦しい沈黙を聞いていた。闇の中をただよう、塵の合間をかけ抜けて、宇宙人にそのかがやきのまぶしさを褒められて、得意になっていた。
二つのかがやきは、共に生まれ、つねに共に在った。あらゆる引力と重力の衝突に耐え、かいくぐって、一つの土地を目指して飛び去って行った。光は永遠であり、一瞬だった。赤いかがやきは、白いかがやきを生き、また白いかがやきも、赤いかがやきを生きていた。
光年の海をわたって、たどりついたのが、いまの地球だった。大気圏を抜け、成層圏のなかで、二つのかがやきは分離した。赤いかがやきは、一つの木の苗の元に落下した。根の奥深くにまで吸収された赤いかがやきは、そのまま花をつけるまで、深い眠りについた。
しかし、眠っている間にも記憶はめぐっていた。爆撃音と共に、足元で大量の死体が積み上がった。血を多くふくんだ根は、それさえも栄養にして、成長していった。死体が白骨化し、堀起こされて、埋葬された頃には、そばに家が建っていた。はじめは、老人夫婦が暮らしていたが、夫が死に、妻が死にして、子供たちに家が渡った。
その子供たちが、子供を生み、その生んだ子供が大人になったころ、庭をつくって、木の苗を植え、池を掘った。庭の主は、赤いかがやきを内側に秘めた、楊貴妃と言う梅の花だった。毎年、三月と六月と十二月になるころ、赤いかがやきは、地上の熱の脈動に反応して、目を覚ます。目を覚ますとともに、白いかがやきの行方を想った。子どもらが、庭をかけて、喧嘩をして、笑いあっている声を聞きながら、白いかがやきとの旅を思い出した。
思い出したのだ。赤いかがやきは、白いかがやきのために泣いた。何のためにか、赤いかがやきにはわからなかった。しかし、以前より水分を多く含む、この身体は、脈動に反応するたびに湿り気をおびていった。
そうして、子供が楊貴妃の木の根に足を引っかけて転んだ。子供は男の子だった。子供は泣いた。膝小僧をすりむいていた。転んだ拍子に、口元にくっついた楊貴妃の涙が、口の中に入ってしまった。
地上と熱と、赤いかがやきと、あらゆるエネルギーが複合した、その不思議な水は、子供の怪我を治してしまった。驚いた子供は泣きやんだが、すぐに気味悪がって、家へと走って行った。
その子供が大人になって家を出たころ、楊貴妃を止まり木にした、二羽の尾長が歌うように話していた。裏山には古い祠があったのに、壊れてしまっていまはもう使われていないと言う。
荒れ果てた井戸の中から、声がする。そいつは、黒い蛇のような姿をしているが、実際は形をもたない何かだと言う。ずるずる、と地上に上がろうともがくが、いつまでも上がることができず、春と梅雨と冬の時期になると、慟哭するように叫ぶと言う。
おくれ、おくれ、水をおくれ。
その声が、ついに地上に上がってきたとき、そばに埋められていたあらゆる動物の亡骸が、土の中から這いだして来たのだと言う。骨だけだろうと、内臓がなかろうと、半分肉が腐っていようと、生き返った死体は、山を降りて人間の作物を食い荒らし、あるいは人の肉さえも食うと言う。
声は、あらゆる死骸の中に入り込んだのだと言う。楊貴妃は、尾長の噂話を聞いて、白いかがやきの行く末を想った。
そうして、あれほど活発に動き回っていた、かがやきのエネルギーを失った、自らを呪い、また泣いた。重たい土の下に、埋まってしまった根を動かそうと、何時間ももがいた。無駄だった。
結局、自由になれたのは、工事によって伐採された時だった。家が売り地になっていた。埋め立てられて、ビルが建つ、と看板には書かれていた。黄昏の迫る刻限、赤いかがやきは、切られた枝の中に移動した。
斜陽が徐々に傾き、闇が生まれるころ、動き出した。風に吹かれて、鳥たちに運ばれながら、自らの生まれたころを思い出した。
あのときは、白いかがやきもそばにあった。ふと見上げた大空には、かがやきの海が広がっていた。白と赤の瞬きのなかで、月が煌々と光っている。頭上に広がっていたのは、なつかしい故郷そのものだった。
ここでようやく、楊貴妃の記憶は途切れた。
あまりの茫漠とした時の流れの前に、僕は息を吹き返した者のように、よろめいた。様子をうかがっていた八枯れが、そばに駆け寄ってきた。はた、はた、と白い大地の上にまだらな雫が落ちた。
楊貴妃のものではない。僕の頬を伝うものは、悲しみのためのものではなかった。しかし、なんのためのものかは、わからなかった。ただ眩暈だけがした。足元から崩れおちそうなのを、ぐっと、こらえて顔を上げた。
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