異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

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挿話:母と息子の会話

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 どうして自分でレストランを持とうとしないのかという問いに、母はこう答えた。

「いいこと裕也、料理でお金を稼ぎたいのであれば、飲食店経営なんてしてはダメ。私のように“フードコンサルタント”になるほうが遥かに稼げるわ」

 新作ピザのメニュー開発を手伝っているときに、母親は手を動かしながら俺に言った。いやいや、その飲食店からの依頼だろ。日本でも有名なイタリアレストランチェーンから、期間限定のピザメニューを三つ開発してほしいって依頼だったはずだ。依頼料は500万円だったと思う。

「飲食店を始めようとする人の多くは、夢を描くの。この料理を食べてほしいとか、こんなコンセプトの店にしたいとか…… 頭の中がお花畑なのよね。経営というものをまったく理解していない。そういう店は真っ先に潰れるわ」

 母親は、東証一部上場企業に勤める父親の年収を遥かに超えるカネを稼いでいる。だが自分で飲食店をやろうとはしない。雑誌の取材を受けたり、レストランのメニュー開発や、飲食店の立て直しのコンサルティング、そして主婦向けの料理教室を開いている。最近は動画サイトにも投稿し始めている。我が母ながら凄いと思う。

「例えば、新宿歌舞伎町でラーメン屋を開こうとする。10坪で家賃は月額30万円、席はカウンターのみで15席よ。人件費は自分を含めて2名分、月額60万円。週休一日で、原価率30%のラーメンを一杯800円で売ろうとしたら、一日何杯売れば利益が出ると思う?」

「さぁ……5、60杯くらいかな?」

「正解は、100杯よ。ラーメンは光熱費が掛かりやすい。原材料費のみならず、スープを作るためのガス代もバカにならない。一杯当たり10%の光熱費と水道代が掛かっていると考えていいわ。つまり、本当の原価率は40%、一杯売るごとに480円の利益が出る。一日100杯売って4万8千円の利益。さらにあとから、消費税という税金も払わなければならない。月間120万~130万円の利益を出して、ようやくトントンなのよ。そして一日100杯売るラーメン屋は繁盛店と見做される。これが現実よ」

 プチトマトをパクッと食べながら、母親は話を続けた。

「ラーメン屋を始めようとする人は、自分が作りたいラーメンを作ろうとする人が多いわ。だから毎年多くの店が潰れるの。ラーメン屋が作るべきは、旨いラーメンでもこだわりのラーメンでもない。おゼゼを稼げるラーメンよ。たとえゴミのような食材を使おうが、自分で食べて不味いと感じようが、とにかく稼げれば正義なの。その大原則を無視して、飲食店の成功はないわ」

「だったら、母さんだったらどんなラーメン屋にするんだ?」

 すると母親は手を止めて、そうねぇ~と少し考えた。

「飲食店経営で考えるべきは、まず変えられないものよ。家賃と人件費、償却費は変えられない。だから月間120万円という損益分岐点も変えられないわ。そのうえで、変えられるものに注目する。それは売価、原価よ。母さんなら原価率25%、光熱費と水道代を含めて原価30%のラーメンを考えるわ。つまり売価800円なら、一杯当たりの原材料費200円のラーメンを考える」

 俺は笑った。ラーメンは何度も自作しているが、一杯200円のラーメンなんて想像できない。家ジローをやったときは、一杯600円もかかった。

「インスタントラーメンでも作るのかい?」

「近いところではあるわね。まずスープは作らないわ。業務用スープを使う。麺は小麦価格が国で統制されているから、一食45円程度はかかるわね。あとはタレやトッピング…… そう考えると、担々麺がいいかしら。醤油ラーメンや塩ラーメンは、食材の品質がモロに出るわ。その点、担々麺は芝麻醤や甜麵醬の味で誤魔化しやすい。業務用の鶏ガラスープに炊いた業務用のコメを入れて攪拌してシノワで濾して完成、ポタ系濃厚スープを作るわ。濃厚=手間が掛かっているというイメージを利用する」

「酷い詐欺だ」

「あら、儲かっている飲食店なんて、多かれ少なかれ似たようなことをしているわ。ジャガイモを使ったりね。そのかわり、辣油、芝麻醤、甜麵醬はすべて店で作る。これらは保存が利くし、自作すれば業務用とは比較にならないくらいに味も良くなるのは、貴方も知っているでしょ? それを大々的に広報するの。“当店では自家製調味料を使っています。様々なスパイスを効かせた極上辣油、厳選した胡麻油を使った芝麻醤、手間暇かけた唯一無二の甜麵醬を味わってください”とか言ってね。で、できるだけ安価な食材で揃える」

「厳選じゃないのか?」

「厳選してるじゃない。最低価格・・・・という基準で」

 俺はため息をついた。本当にこの母親はペテン師だ。この口先に、父親もコロッと丸め込まれたんだろう。

「トッピングは合い挽き肉に肉かすを加えたものにしましょう。ボリュームも多くなるし…… 濃厚スープなら〆も売れるわね。厳選ご飯(輸入米)、こだわりの卵(業務用、一玉15円)で作った半熟煮卵、肉みそと刻み小葱のセットを300円で売って、〆の雑炊を楽しんで下さいっていうのもいいわね。スープを飲み干してくれたら、洗い物の手間も省けるし……」

 喋りながらも、春野菜ピザがオーブンに入れられる。俺は後片付けだ。洗い物を終えて、包丁を研ぐための砥石を用意する。俺も母親も、包丁は必ず自分で研ぐ。他の人に任せれば、包丁に変な癖がつきかねないからだ。

「さぁ、焼けたわ。味見して頂戴」



 菜の花、ゆでたけのこ、新玉ねぎ、ミニトマトのピザだ。薄く焼かれた生地がサクサクしていて美味い。トロッとしたチーズの甘み、菜の花の香り微かな苦み、ゆでたけのこの歯ごたえ、プチトマトの甘酸っぱさが一体となる。食べた瞬間、春を感じさせるピザだ。

「うん、美味いな。これを幾らで売るの?」

「699円よ。あのチェーン店にしては高いと思うかもしれないけれど、売れるわ。このピザのウリは、春野菜じゃない。その生地よ」

 俺は首を傾げた。たしかに普通のピザと比べると、小麦の風味が弱いような気がするが、特に問題があるようには思えなかった。

「その生地は、低糖質食材で作られてるの。糖質90%オフ、“野菜たっぷり、低糖質、ヘルシー”という言葉を前面に出せば、必ず女性が注文するわ。ちなみに原価率は26%よ」

 たしかに売れるだろう。売れるに違いない。だがなぜだろう。どこか納得のいかない自分がいる。普通の小麦を使えば、もっと美味くなるのだ。そして原価も下がる。俺ならそう作る。そう言うと、母親はワインを一口飲んで、ため息をついた。

「だから貴方は、料理人に向かないのよ。シェフではなく、主夫として料理をすべきね」

 そして俺は、料理人の道を諦めた。
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