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3章
3.2
しおりを挟むクロエと連絡を取り、昨晩拘束した三人のヴァンパイアとの面会の約束を取り付けると、トウリはエミリオを伴い、警察の管轄する留置所へ向かった。
人間とヴァンパイアの間で事件が発生した場合、その対応はハンター教会と夜の血盟の領分となる。
しかしながら、今回の事件ではどちらの協力も得られなかったという事情から、ゼノン卿は人間の警察とヴァンパイアの警察、二つの組織の力を借りて調査を進めている。
エクレシア共和国の治安組織は入り組んでおり、しばしば組織間で所轄の縄張りを巡って対立する場面も見られる。その運用には、まだまだ課題が多いようだった。
「――他の二人と飲んでたら、男がやって来て取引を持ち掛けてきたんだ。報酬をやるから、金持ち連中を襲わないかって。ただし、必ず手順に従うようにと……」
炎の魔法を操っていた長身の男は、すっかり観念した様子でそう言った。
テーブルを挟んで男の向かいに座ったトウリは、後ろに立っているエミリオが男を注意深く観察しているのを確かめ、男に尋ねた。
「手順とは?」
「言われた通りの時間に指示したターゲットを吸血して、金目のものを適当に盗って来いって。ただし、ターゲットはむやみに傷付けるな。それから、盗んだものはくれぐれも丁重に扱えって……」
男に犯行を依頼した首謀者と思われる人物の目的が、仮に金品を得ることにあるとすれば、人間を油断させ、あるいは抵抗不能にする方法は何でもいいはずだ。ただ、数ある選択肢の中でも、吸血して弱らせるという手口は、確かで確実な方法と言える。
男は肩を落としながら続けた。
「だから、あの日は指示通りに二人の人間を襲ったんだ」
「同様の手口で他の三件の事件を起こしたのも、お前たちの仕業か?」
「他の事件って?」
男は白を切っているようには見えない。とすると、今回捕らえた三人の男たちの他にも、首謀者から取引を持ち掛けられ、事件の実行役となった者がいるのかもしれなかった。
「とにかく……俺たちは昨日の晩、あの酒場で報酬を受け取ることになってたんだ」
昨晩、男たちと乱闘になったあのとき、首謀者は近くにいた可能性がある。トウリは静かに指先を重ね、思考を巡らせた。
「報酬というのは何だ?」
「そんなもん、輸血液と人工血液に決まってるだろ!」
男はさも当然といった様子でテーブルを叩いた。
トウリはあくまでも冷静に言葉を返す。
「輸血液や人工血液は、国の事業で配給されているはずだろう?」
「これだから人間様は……、……」
男はそう言うと、呆れた様子で椅子の背凭れに凭れ掛かった。
トウリがエミリオにチラと視線を向けると、どうにもいたたまれない表情を返されてしまう。
「あれっぽっちじゃ、ちっとも足りやしねぇよ。血やそれに変わるものがいくら手に入りやすくなったと言っても、俺らみたいなあぶれものにとっちゃ高級品さ。だから、俺たちは今も夜に紛れて人間から血を頂きながら、配給された輸血液や人工血液を金に換えて生きてる。まるで、時代に取り残されたみたいに……」
「……」
「お育ちが良さそうなアンタや、そこにいるヴァンパイアちゃんにはわからねぇだろうが……今回の取引を持ち掛けられて、俺たちは大喜びで引き受けたさ。腹ごしらえのついでに、金になる輸血液や人工血液まで頂戴出来るんだからな」
エミリオの表情から察するに、男の話は、ヴァンパイアにとって現実の一端なのだろう。建前だけの政治では、救いきれない者たちがいる。
トウリは会話の主導権を取り戻すかのように、指先でテーブルを軽く叩いて言った。
「お前たちに取引を持ち掛けてきた男について、知っていることは?」
「サングラスをした赤毛の男ってこと以外は、何も……」
サングラスをした、赤毛の男。
昨晩の乱闘騒ぎの後、怪我を負ったエミリオに声を掛けてきた人物のことを思い出し、トウリが彼と視線を交わす中、男は最後に呟くようにこう言った。
「……詮索しないことも、取引の条件だった。どのみち、興味もなかったしな……」
他の二人の男からも話を聞いたが、これといった情報は得られなかった。
面会を終えたあと、トウリはエミリオとクロエとともに、休憩室で話を整理することにした。
男たちの証言で明らかになったのは、サングラスをした赤毛の男が、ヴァンパイアたちに報酬をチラつかせ、アトランジェの北西部で人間に対して吸血と窃盗を行わせて、報酬と引き換えに窃盗品を回収しているということだ。恐らくは、一連の事件の全てで……。
赤毛の男は、実行役となるヴァンパイアたちに対して、ターゲットや犯行場所、手口に至るまでの一切を指定している。ということは、事前にターゲットの行動やスケジュールを把握していたということになる。
「首謀者が実行犯に特定の手順を踏ませる理由は、一体何なのだろう。余程に用心深い人物なのだろうか」
コーヒーの入った紙コップを揺らしながらトウリがそう言うと、エミリオは紙コップに入ったココアを一口飲み、考えるように指で唇を叩いた。
「どうしてアトランジェの北西部で犯行を行わせているのか……っていうのも、気になるね」
「被害者たちに何か共通点がないか、もう一度洗い直した方がよさそうだな」
「それから、被害者たちが盗まれたものの行方探しかな。質屋とか――ううん、用心深い首謀者なら……足が付かないよう、ブラックマーケットや盗品ディーラーを中心にあたっていった方がいいのかも……、……」
二人の話を黙って聞いていたクロエが、急にクスッと笑った。トウリとエミリオが思わず目を丸くすると、クロエはハッと口に手を当てる。
「すみません。まるで、往年の相棒みたいなので……」
頬を赤くして紙コップに視線を落とすエミリオの隣で、トウリは取り立てて気に留める様子も見せずにコーヒーを飲む。その様子を見て、クロエは微笑みながら言った。
「お二人のお話は、ゼノン卿に共有しておきます。調査は警察に進めさせるので、お二人は週明けまで体を休めてください」
万が一のことがあれば連絡しますので、とクロエに言われるまま、トウリとエミリオは留置所をあとにした。
よく晴れた空の下、トウリは深い溜め息とともに肩回りの筋肉を動かして言った。
「俺は一度、屋敷に戻る」
この辺りで一度、トウリはショウジにここまでのことを報告しておきたかった。どのみち、そろそろ顔を見せないといけないと思っていたところだ。
「僕も、家に帰らないと」
エミリオはそう言うと、茶目っ気たっぷりに敬礼のポーズをして、
「じゃあ、また月曜日に大学でね」
「ああ」
「色々とありがとう、トーリ」
くるりと踵を返し、足取り軽く去っていく。
その背中を見送り、トウリは今朝の食卓のことを思い返しながら、どうしてか胸がしんと静まり返るのを感じていた。
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