触れる唇(短編詰め合わせ)

イツキカズラ

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本編後

入社式前日

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 布団に寝転んだまま、はぁとため息を吐く。

 
 眠れない。


 明日は入社式だ。
 とはいえ、大して緊張しているわけでもない。それに今日は朝からちゃんと起きていた。それなのに目を瞑ってもずっと頭は冴えたまま。一向に眠れる気がしない。

 
 
 観念して枕元に置いていたスマホに手を伸ばす。ずっと暗闇で目を瞑っていたからか液晶画面がものすごくまぶしく見える。薄目でなんとか見えた画面には21時38分と表示されている。『もう寝る。おやすみ』と葉大に連絡したのが21時過ぎだったから、もう30分以上は目を瞑っていたことになる。



 また目を瞑る気にもなれず、なんとなく葉大とのトーク欄を開く。寝る前に既読をつけたおやすみから特に追加の連絡はない。

 …まだ十時前だし、起きてたりしないかな。

 


 寝る前にすこし声を聞いて話したい。明日は葉大も同じく入社式だしもう寝ているかもしれない…、そう迷ったものの、いつもならまだ起きている時間だし出なかったらすぐに切ればいいと電話をかけてみることにした。


 切ろうという考えが浮かぶ前にすぐにコール音が途切れた。
 

『もしもし久?どうしたの?』

 スピーカーから聞こえたその声に気持ちが上がる。

「寝てた?」

『ん-ん、まだ支度してたとこ』

「ならいいんだけど…。なんか、早く寝ようって思ってんだけど寝れないから5分でも話せないかと思って』

 お前も朝早いのにごめん、と小さく呟く。
 
『気にしないで。俺は10分でも30分でも嬉しいし』

「お前も早く寝た方がいいんじゃないの」

『まあね』


 電話の向こうで葉大がくすくす笑っているのがわかった。
 長年一緒にいるけれど緊張しているところなんて数えるほどしか見たことがない。それも「緊張する~」なんて笑顔で言っていたレベルだ。きっと今回だって少しも緊張なんてしていないんだろう。


『寝れないって眠くもないの?あったかい飲み物飲んだりした?』

「多少眠いし30分目ぇ瞑ってたけど寝れない。さっき諦めたとこ。部屋に一人だとそわそわするっつーかさ、色々考えちゃって。話したら気紛れるかと思って」

『それならちょっとだけ会いに行ってもいい?』

「マジ?いいの?」

 微かに声が弾んだのが自分でもわかってきゅっと唇を結ぶ。

『うん。じゃあ久んちの前すぐ行くからちょっと待ってて』

「わかった」




 心が余計にそわそわし始める。会えるのは嬉しいけれど、寝るための策としては失敗だったかもしれない。パジャマのまま玄関へと向かい、外に出る。もう四月だし大丈夫だろうと思ったが少し肌寒い。 

 待っててとは言われたけれど玄関前でジッとしていられなくて葉大の家の方へと足が動く。

 

 少し進んだところでこちらへ向かってくるのが見えた。思わずこちらの足も速まる。

 
「久」

 あと一、二歩というところまで近づいて足を止め、にこにこ俺の名前を呼ぶその顔を見つめる。するりと伸びてきた手がフェイスラインを撫でたかと思うとムニムニと頬を指で挟みこまれた。


「はに」 

「緊張してんの」

「ひてない。ただ眠れないだけ」

「そう?明日は何時起き?」

 指はそのままに会話が続く。離す気はないらしいが、そのせいで喋りにくい。

「6時。ほんとはもうちょい遅くてもいいと思うけど一応。葉は?」

「同じくらい。久ちゃんと起きれるの?モーニングコールしようか」

「流石に起きれるってか起きる」

 「じゃあ本当に起きてるか電話かける」と葉大が笑う。今までは暇な日は起きたら直接会いに行ってだらだら一日を過ごすなんてこともできたが、これからはそうもいかないだろう。平日は毎日仕事があるし、会いたい時に時間が空いてるとも限らない。そう思うと少し寂しい。

  

 しばらく好きにさせていた手を取る。夜は人通りの少ない道だ、どうせ誰も通らない。
 近寄って項垂れるようにトンと額を肩にのせると葉大の匂いがしてふっと体の力が抜ける。そこで初めて自分の体が少し強張っていたことに気づいた。緊張しているつもりなんてなかったのに。


「…お前の匂い落ち着く」

 髪を掬うように撫でる手が心地いい。そのまま肩に顔を埋めているとだんだんと呼吸が深くなり瞼が落ちてくる。きっとこの場に布団があれば俺はすぐにでも寝れるだろう。

 寝るために話したいと言って無事に眠くなって目的は果たされたのだからこのまま部屋に戻るべきなのかもしてない。でも部屋に戻る頃にはまた眠くなくなっているかもしれない。
 離れがたくてぐりぐりと額を押し付ける。

 
 しばらくそうしていると欠伸が出た。吸い込んだ息を吐き、横を向いてまた頭を元の位置へと戻す。腰に手を回されてそっと体を預ける。
 

「寝れそう?」

「…多分?葉眠くないの」

「あんまり。でも俺は寝付きいいからなぁ、寝ようと思えば寝れると思う」


 羨ましい限りなことで。

 布越しにじんわり伝わってくる高い体温も眠くなる一因に違いない。できることならこのまま寝たい。


「…このまんまお前んち行って寝ちゃだめ?その方が寝れる気がする。起きたらすぐ帰るから」

「いいよ、久の好きな時に来て」


 


 葉大の家に着いて一直線に葉大の部屋へと足を踏み入れる。まだ眠気もあるままだ。

「ここ来るのも減るな」

 ふとさっき考えたことが頭を過ってぽつりと呟くと葉大が首を傾げた。

「なんで?」

「や、だって仕事始まったら今までみたいに来るとかできないだろ」

「あー、たしかに。でもさっきも言ったけど久の好きな時に来ていいし仕事帰りこっち来てくれても嬉しい。俺も被災会いに行っていい?」

「ん、また泊まりにくる」

 
 コクリと頷いて返す。それもいいね、と弧を描く口元に視線が滑ると察したように口づけてくれた。

 
「んじゃおやすみ」

「おやすみ」
 
 ベッドに横になるとすぐに微睡みに沈んでいく。少し前まで布団の中で眉間に皺を寄せていたのが嘘みたいにすぐに眠りにつくことができた。

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