触れる唇(短編詰め合わせ)

イツキカズラ

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本編後

入社式当日の朝

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 カーテンから差し込む光と腕の中でモゾモゾと動く感覚に目を覚ます。そうだ、昨日の夜は久に会いに行ってそのまま家で一緒に寝たんだった。


 今日は入社式の日だ。まだ目覚ましは鳴っていないし顔も見えないけれど、背中に回された腕に入った力で久が起きているのがわかった。
 
「ん…久?」

「はよ」

「おはよ。いつ起きたの」

「ん。10分くらい前に勝手に目ぇ覚めた」

 いつもなら寝起きから10分経ってもパヤパヤしているのに今日は声も話し方も寝起きではないみたいに聞こえる。

 起き上がろうと体を動かすと久も一緒になってすっと体を起こした。いつもならあと5分だとかなんとか言うのに…

「今日は寝起きいいね。いっつももっと眠そうなのに」

 寝癖のついた髪にくしゃりと触れる。あちこち跳ねていて可愛い。

「ちゃんと起きねーとって思ってたら起きれた。…あー…」

 目覚めがいいだけで気分がいいわけではないらしくため息混じりに呟いてぺしゃりと布団に倒れ混む。


 
「朝ごはんこっちで食べていく?」

「んや、帰る。着替えたり持ち物の確認も念のためして早めにしたく終わらせたいし…」

「そっか」

 そう言いつつも久は倒れ込んだまま動く様子がない。無防備な背中をツンツンとつついてみても特に反応はない。
 

「久」

「んー」

 名前を呼ぶと顔だけこちらを向いた。やる気のなさそうな目が少しだけ大きくなって無言のまま広げた腕の中へと倒れてきた。肩に乗せられた頭にそっと手を添える。幸せな気持ちにあふれて毎日がこんな日ならいいのにと心から思う。
 

「俺のシャツでも着てく?」

「着てく」

 冗談めかして言った言葉に予想外の即答が返ってきた。

「まじ?」

「マジ。マジじゃないの」

 体を離した久が不満げな目を俺へと向ける。

「着てくって言うと思ってなくて。ちょっと待ってて」

 

 ベッドを降り、クローゼットからシャツを一枚取り出して戻ろうと振り返ると久が後ろからついてきていたので、ハンガーにかけたままのシャツを久へと当てる。

「サイズ一緒?」

「一緒じゃね、知らんけど」

 着てみて、と渡すと目の前で着替え始めた。


 着れないほどでもないけれど、裄丈が合っていない気がするし久が普段着ているものの方が断然フィットしている。

「これ借りる。じゃあな」

「待って待って!それも良いけど初日大事だって、今日は自分の着よう」

 くるりと扉の方へと向かう久の手を掴んで引き留める。俺のを着てご満悦なのももちろん可愛いけど今日は入社式だ。流されるわけにいかない。初日はピシッとした久を披露すべきで俺のシャツのせいでイメージを下げたくない。

「もう着たからやだ」

「いつものほうがかっこいい」

「お前にしかわかんないって」

「わかるからダメ」

「…じゃあネクタイは」

 不服そうにシャツを脱ぎながら久が呟いた言葉にその手があったか、と目から鱗が落ちる。

「それなら交換しよ。俺も久の着けていきたい。どれがいい?」

 そう言ってネクタイを取ろうとすると、「後で戻ってくるから葉大が選んどいて」と薄い唇の両端を嬉しそうにあげる。



 会える時間が減ってしまうと思っていたけど社会人生活も悪くないかもしれない、そんな風に思った。
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