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触れる唇(物語中盤)
触れる唇①
しおりを挟む水曜、夕方18時。ゆったりとした足取りで葉大のバイト先へ向かう。
慣らすことを目的に始まった行為は、いつの間にか体を繋げるものへと形を変え、季節が変わった今も続いている。正直、この関係をやめられるタイミングなんていくらでもあった。それでも続いているのは俺がハマってしまっているからに違いない。
なんてことなかった幼馴染の体温に、表情に、名を呼ぶ声音に、速まる鼓動をいい加減自覚せずにはいられなかった。それなのに俺は葉大の恋愛事情なんてほとんど知らないに等しく、好きな人の有無すら一度だって聞いたことがない。一緒に育ったはずなのに葉大は知らぬ間に不特定の相手と関係を持つようになっていた。性に奔放なあいつは俺のことも数いた中の一人としか思っていないのではないかと思う。勘違いしそうになるほど優しい手も声も気遣いもおそらく皆に与えられるものだ。これまでも勘違いして散っていった人たちを俺は見てきている。それなのに好奇心と妙な焦りから関係を持ってしまった自分を改めて愚かだと思った。
「久」
向かい側から来た影がぶつかりそうな距離でぴたりと止まる。視線を上げると見慣れた整った顔がにこやかに俺を見つめていた。
「どうしたの、ぼーっとして…考え事?」
「や、なんでもない。お疲れ」
「ありがとう。わざわざこっちまで歩いて来てくれなくても家まででいいのに」
「別に…やっぱ落ち着かねぇし、それだけ」
話しながら来た道を引き返して葉大の家へと向かう。考えを巡らせているうちにいつの間にか家を通り越し、だいぶバイト先まで近づいていたらしい。
葉大の家に着き、一息つく葉大の横で出された麦茶を飲みながらだらりとソファーで足を伸ばす。
「俺好きな人できた」
ふいに思いついた言葉だった。どんな反応をするのか、ほんの少し期待していた。
本来、俺はこんな曖昧な関係を続けるような性ではない。だが、フラれて繋がりが全てぷつりと切れてしまう可能性があるのが怖かった。
「へえ。誰?俺の知ってる人だったりする?」
ごく自然な動きでこちらを見て言葉を返す。普段の会話と同じ反応だ。動揺の欠片もない反応にチクリと心臓に針が刺さった感覚がした。冷静を装いつつ、この先なんてないのだと思考する。
「…知らね」
「今まで聞かせてくれてたのに今回は教えてくれないんだ?……ていうかさ、好きな人いるのに俺のとこ来ていいの?もしかしてもうやめるって言いたくて最近ずっと上の空だった?」
ずいと距離を縮めてきた葉大に驚いて反射的に距離を取る。ソファーに腰を掛けた俺に覆い被さるように位置取って俺の顔に影が落ちた。
表情も声も穏やかなのに、初めて葉大といて逃げられないと思った。
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