触れる唇(短編詰め合わせ)

イツキカズラ

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小人化(中後期)

小人になった恋人①

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 朝。聞いたこともないような轟音と振動で目が覚める。自分のまわりをものすごい巨大な何かが暴れているような騒ぎだ。

「な、なに…」

 普段目覚めが悪く必ずと言っていいほど二度寝する俺でもこの異常事態にはすぐに目が覚めた。

 目を開けるとそこは葉大の部屋ではなく、何か巨大で柔らかな素材の何かに挟まれていた。その安心感のある素材とは裏腹に、俺の近くをバスバスとすごい勢いで何かが襲撃していて安易に身動きを取ろうとは思えない。昨日の夜は普通に葉大の部屋で寝たはずなのに何がどうしてこうなったんだ。心臓が嫌に速い。

 少ししてすぐにその襲撃は収まった。ドタドタと巨大な足音がしたことから察するにここには巨人か何かがいるのだろうか。そもそもここはどこなんだ。日本なのかすらわからない。

「久?!」

 遠くで焦るように俺を呼ぶ葉大の声がする。

「葉大!俺、なんかに囲まれてて…暗くてわかんねーけどとりあえず無事!」

 精一杯の声で返事をしたが、気付かないのかずっと名前を呼び続けている。俺の声が聞こえないところにいるのだろうか?

 とりあえずこの暗く柔らかい場所から抜け出そうと四つん這いになって慎重に前に進む。ようやく落ち着いてきて気付いたが、なぜか俺は何一つとして布を身に着けていない。裸だ。いきなり知らない場所で知らない何かに襲われて裸とは、ゲームにしたってハードモードすぎる。普通、武器の一つくらいあるもんじゃないだろうか。だが、まずは葉大との合流だ。武器は何か拾えれば幸運とでも思おう。

 少しずつ進んでいるとその先に光が見えてきた。このまま行けば外に出られるに違いない。…裸で外に出るのは問題な気がするが、今この状況ではやむを得ない。しかし、もう少しといったところで離れたはずの巨人の足音がまた近づいて来ているのがわかった。

 巨人は恐ろしいが、その姿を見れば何か少しは情報が得られるかもしれない。少しだけ、少し目を出して覗くだけだ。すぐに隠れれば見つからないはず。

 そしてすぐ近くで四角い何か……スマホを操作している巨人を見て俺は身を乗り出した。

「葉!!」

 巨人、もとい葉大がその声を聞いてキョロキョロと辺りを見渡す。

「ここ!葉大!」

 先程までいた場所から完全に抜け出し、山のように盛り上がった柔らかいものの上を駆け上がる。周りを見渡すとここは葉大の部屋だった。たった今登ったものは枕で、さっきまで俺がいたのは脱げた自分の服の中だったらしい。ぴょんぴょんと跳ねているとようやくこちらに気付いた葉大がすごい勢いで俺に顔を寄せる。

「なっ…なんで、久がちっちゃくなってる」

 スッと差し出された手に触れると葉大の強張っていた表情が少しずつ和らいでいく。両手で掬い上げられ、手のひらに小さく座った。どうやら俺は小さくなってしまったらしい。体のサイズは葉大の指先ほどしかない。

「…よ、よかった。久が俺より早く起きてるとか今までなかったし服だけ残ってるとか意味わかんなすぎてマジで焦った。どこにいたの?この状況もわけ分かんないけど…とりあえず無事でよかった…」

 はぁー…と深い溜め息をついてじっと俺の顔を見つめる。

「心配さしてごめん。俺も目覚めたらこんなんで…わけわかんなくて、あの服の中で」

 そこまで言ったところで盛大にくしゃみをした。いくら春になったとは言え、何も身に着けていなければ肌寒い。

「大丈夫?風邪引くな…。話は後でいいや。なんか着れるもん探そう」

「ん。でも人形のフリフリの服とかやめろよ」

「ふはっ、大丈夫。そんなん持ってない」

 手のひらに乗せられてリビングまで行くと、机に敷かれたハンカチの上に降ろされる。そしてすぐに二、三枚のハンカチに囲まれて頭だけ出す形になった。

「可愛い、こっち向いて」

 パシャパシャと四方向から写真を撮って満足そうに笑う。あんなに焦ってたのにすんなりこの状況を楽しめるものなんだなと感心する。

「何かないか探すからそこにいて」

 頷いて返すと葉大はキッチンへと向かった。服候補として最初に持ってきたのは衝撃のサランラップだった。とりあえずの防寒用だと言い張られて体に巻き付けたが、ペッタリと体に張り付く感覚と通気性の悪さが最悪だった。何よりもこんな半透明のものを服としてカウントするべきではない。

「エロ」

「お前次はまともなもん持ってこいよ。マジで。サランラップとかあり得ないから」

「これでもちょっとはアリかなって思ったんだけど、着やすいし」

「ナシ」

 脱いだサランラップを無造作に放り投げ、ハンカチの山へと戻る。じっと待っていると、次に持ってきた物は靴下だった。

「いや…どうやって着るんだそれ」

「余った部分切って頭と腕の穴開ければどうかなって」

「んー……足につけるもんだろそれ」

「まだ1回も履いてないよ。新品。試しに着てみる?」

「でも新品なんだろ。いまいち着れる感じじゃなかったら穴開けんの悪いからいい」

「また買えばいいよ」

 反論もできないうちにハサミを持った葉大がジョキジョキと靴下を切っていく。あっという間に3つの穴があき、頭から被せられた。

「正直に。どう?」

「…中がチクチクで着心地悪いし痛い」

「じゃあダメだな。んー、暖かくしてほしいけどちょうどいいサイズとか売ってないだろうし…」

 暖かくしてほしいと思う人間がサランラップなんて持ってくるなと内心思ったが、思うだけに留めた。しばらく考えるように上を見ていた葉大がはっとして自分の服を見る。

「服縫ってみるか。裁縫セットあるはずだし」

「お前裁縫できんの」

「家庭科でやったレベルだけどやる価値あると思う。流石に袖はつけられないかもしれないけど着心地はマシになるんじゃない?」

「確かにな。頑張れ葉大」

 いそいそと席を外し、しばらくして戻ってきた葉大の手にはドラゴンが描かれた裁縫セットと服が3着ほど抱えられていた。

「まじで家庭科じゃん、懐…」

「どの生地がいい?」

 手に持っていた服を目の前に置かれる。縫うとは言ったが、まさか本当の服の生地を使うつもりなのか。

「は、まさかこれ切る気か?いや、流石にそれはいいよ。俺このままハンカチに包まってるから、あったけーし」

「もう着ないやつだから気にしないで。それともハンカチでやってみる?」

 確かにそれらの服を葉大が着ているのはしばらく見ていない。

「なら…これ」

「りょーかい」

 俺はその中で一番軽そうで柔らかい生地を指差した。ハンカチにすら毛布のような重みを感じるのだから身につけるならなるべく軽い方がいい。

 それから葉大は真剣に布を切り、俺と布を並べてサイズを見て縫い始めた。なんでも器用にこなすと思っていたが、裁縫は苦手らしい。針に糸を通してから10分もたたないうちから左の人差し指にもう3回は針を刺している。

「血ぃでてる、…てきとーでいいからあんまケガすんなよ」

 ハンカチを巻いて近くまでティッシュを持っていく。

「ん、ありがとう。でも針危ないから久は離れてて」

 小学生かよ、と思ったが今の俺は小学生が巨人に見えるほど小さい。針はまるで武器のような大きさで今の俺があれに胴を突かれたらひとたまりもないだろう。

「それはそうと写真撮っていい?」

 答える間もなくシャッター音がする。さっきから隙があればこうして写真を撮っていて、フォルダが同じような写真で埋まっているんじゃないかと思う。

 しばらくしてようやく服が完成した。ワンピースを模したようなそれは正直服と呼べるか怪しいが、俺には機能するものを作ることはできないので馬鹿にはできない。それに押さえずに着られて動き回れるならなんでもいいとも思う。大胆な縫い後が外側からも見えるが、着心地は案外悪くなかった。

「おお…すげー。ありがとう」

「ん、そこでくるくる回って」

 スマホに向かって、くるりと一周するとぶつぶつと満足気に何か呟いているのが聞こえる。何かと俺に与えるのが好きなやつだから服を作るというのも楽しかったのかもしれない。

「葉、手出して」

「ん?」

 差し出された刺し傷だらけの指先にちゅ、と軽く唇で触れる。

「ありがとな」

 顔を上げると驚いて固まった葉大と目が合う。数秒見つめあった後、掬われて頭を撫で回された。

「ほんとかわいい。食っちゃいたい」

「しゃれになんねーって」

「俺はいつでも本気だけど…。ていうか久も腹減ってるよな。…減ってる?」

「減ってる、どんくらい食えるかわからんけどなんか食いたい」

「チャーハンでいい?」

「ん」

 危ないからとキッチンから離れて待っている間、机の上から床を見下げてその高さにゾッとした。落ちたら無事ではきっと無事では済まない。慣れた葉大の家もこの体では危険がいっぱいだ。肝心のチャーハンは米粒を数粒食べただけでお腹いっぱいになってしまった。
 
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